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No.014:山梨大学 工学部 茅・豊浦研究室

No.014:山梨大学 工学部 茅・豊浦研究室

誰かに切実に必要とされる眼科疾患補償のためのAR研究

豊浦は京都大学の学部と修士・博士課程で学生時代を過ごした後、恩師の紹介で助教として本研究室に参加しました。学生時代の研究テーマは多視点画像からの3次元形状獲得で、獲得した3次元形状の活用手段のひとつとして、拡張現実感(AR)の研究に着手しました。

本学に着任した後、眼科の柏木賢治准教授と出会い、眼科疾患補償のための拡張現実感の研究が始まりました。それ以前の研究では、開発した技術に対する切実な需要を感じていませんでしたが、本研究のおかげで、誰かに切実に必要とされるテーマにようやく出会えた気がしました。本研究に着手した当時はGoogle Glassの話題が出始めた頃で、ARウェアラブルデバイスの実用化に対する世間の期待が高まっていました。Google Glassと共に開発された技術も、一気に普及する可能性を感じていましたが、プライバシー侵害の問題を解決できないなどの理由から、いったんは開発が中止されています。しかしその後も、Oculus、FOVE、Microsoft HoloLens、Magic Leapなどの製品が登場しており、ARウェアラブルデバイスの実用化と普及に向けた準備は着々と進行しています。今はまだ、一般的な眼鏡と比べれば、どの製品もサイズが大きいですが、検査などの特定の用途に絞れば、眼科領域での実用化に踏み込んでいける感触を得ています。

誰にどんな価値を提供できるかを示すのは、責務であり特権でもある

本研究室では、前述の研究以外にも、標本鑑賞のための拡張現実感技術、法科学データ分析、製品検査の画像処理、農作業支援の画像解析と情報提示、手術映像解析など、多岐にわたる研究が進行しています。

これらの研究の共通点は、以下の3点だと考えています。

・人の「処理」を理解したい
・人を支援したい
・誰かに切実に必要とされる研究をしたい

ディープラーニング(深層学習)全盛の現在においても、人が自身の五感を通して得た情報をどのように処理しているのか、ほとんど解明されていないように思います。自分では当然その処理ができているにも関わらず、です。本研究室では、人の処理を理解し、模倣することでコンピュータに人と同等の処理をさせる、あるいは、人とコラボレーションすることで人の処理を支援させることを目指しています。

一方で、CGの技術は十分実用の域に達しており、それをどう使うかを考える時代が来ているとも思います。そんな時代の中で、誰にどんな価値を提供できるかを示すのは、CG研究者の責務であり、特権でもあると考えています。だからこそ、私たちは誰かに切実に必要とされる研究をしたいと思っています。

例えば、前述の織物画像生成の研究では、平安時代から続く山梨県郡内地方の織物産業を支えるべく、技術開発を進めています。日本の織物産業は、着物をはじめとする、世界に誇れる製品を生み出してきました。しかし最近は、安価な海外製品による市場圧迫、職人の高齢化、後継者不足などにより、技術損失の危機に直面しています。私たちが提案する織物デジタルファブリケーションは、これまでにない織物パターンのデザインを実現し、世界で戦う新製品を生み出せる可能性をもっています。織物職人の技能をコンピュータに取り込むことができれば、失われつつある織物技術を、コンピュータの中に永劫に残すことが可能です。

医学領域では、特に製薬や画像診断において、画期的な成果が生まれているものの、日々の診察や診療ではまだまだ課題が残っています。その課題を解決するため、前述の眼科疾患補償のための拡張現実感の研究では、視線追跡装置、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)、タブレットスクリーンなどを使った技術の開発を進めています。具体的には、片眼失明者に立体感のある画像を見せる研究を皮切りに、最近では、色覚異常や視野狭窄の補償、視界の歪みの定量化などの研究も行なっています。いずれも生死に直接関わる疾患ではありませんが、本人にとっては大問題であり、また、長生きすれば全ての人に起こり得る問題です。平均寿命が100歳を超える日も近いと言われる現代において、これらの技術は、生活の質(Quality of Life, QOL)を向上させる上で欠かせないものになっていくはずです。

以上の2つの研究については、後ほど、さらに詳しく紹介します。

▲本研究室が2019年に発表した、視界の歪みを定量的に測定する研究の関連画像。【左】入力画像/【右】測定結果を踏まえた視界の歪みのシミュレーション結果。逆方向に補正することで歪みを打ち消し、視機能を向上させることも検討しています


学部や修士課程でもCG系の授業が充実

本学は国内の他大学に先駆けて情報系学科が設立された大学で、特にCG、マルチメディア、インターフェイス、感性情報に関わる研究室が多く設置されてきました。そのため、近い領域の研究室に所属する教員や学生が、議論を通して互いの知識を補完し、切磋琢磨しながら学位論文を完成させる土壌があります。学部や修士課程でも、CG系の授業が充実している点も、本学ならではの特徴と言えます。また、CGとも深い関わりのあるソフトウェア工学を、実学形式で学べる点も、本学のカリキュラムの特徴です。

加えて、本学と中国の杭州電子科技大学との間では、修士ダブルディグリープログラムを進めています。これは、両大学の教員の研究指導を受けることで、修了時に2つの学位を取得できるプログラムです。このプログラムに参加した本学の教員や学生は、発展目覚ましい中国の熱量を日々感じながら、研究に邁進しています。

現在の本研究室には、博士4名・修士7名・学部4年7名からなる、合計18名の学生が所属しています。その内9名は中国とタイからの留学生で、活発な雰囲気を吹き込んでくれています。また、本研究室の修了生で、山梨大学医学部所属の杉浦篤志助教には、拡張現実感の研究で指導の補助をしていただいています。

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織物デジタルファブリケーションの研究

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