Sony Pictures Imageworksのアニメーターであり、オンラインスクール「AnimationAid」(以下、アニメーションエイド)の講師、そしてCGWORLDの編集長でもある若杉 遼氏がTwitter上でお題に沿ったポーズ画を募集する「アニメーションエイド ポーズ宿題(エイド宿題から改題)」。本連載では、その企画で集まった作品をピックアップし、若杉氏がドローオーバーによる添削とそのポイントを解説する。
「アニメーションエイド ポーズ宿題」とは?
こんにちは、海外で働くCGアニメーター兼CGW.jp編集長の若杉(@ryowaks)です。
「ポーズをつくる」という提出課題から添削した作例を選んで、添削時のコメントやノートを見ながら解説していきます。アニメーションエイドでは、サブテキストの言葉を生徒さんに選んでもらい、そのサブテキストを元にポーズをつくってもらいます。
サブテキストとは簡単に言うと「ポーズから伝わってくる言葉」のことです。それは多くの場合、キャラクターの本心や心の声であることが多いです。また、ポーズの種類によっては、ポーズ全体から伝わってくるニュアンスのような捉え方をする場合もあります。サブテキストのサブというのは、潜水艦を意味するサブマリンのサブと同じなので、「ポーズの中にある意図」のような感覚で理解してもらうとわかりやすいかなと思います。
画や映像を使ったアート作品というのは、基本的に、その画や映像を使い視覚的に何かを伝える必要があります。そのためポーズをつくる上では特にこのサブテキストの理解がとても重要になってくるというわけです。
サブテキストのお題は比較的自由度が高いものが多いので、キャラクター設定や状況は生徒さんに自由に決めてもらっています。小物があったり簡単なセットがあったり、キャラクターが複数いたりするポーズもあるので、ただ単にポーズをつくれば良いという訳ではなく、どのように全体的な画づくりをするのかという部分も重要です。
ポーズだけでなくレイアウトの要素も絡んでくるので、その辺りの解説も面白いポイントになると思います。
ポーズをつくる課題の添削では、ポーズを見て明確に伝わってくるかどうか、僕が指針にしている3つのポイントがあります。
①キャラクター(性格、年齢、性別など)
②コンテキスト(状況、話の流れ、時間経過など)
③サブテキスト(キャラクターの心の声など)
サブテキストはテーマとして選んでもらっているので、特にキャラクターとコンテキストについてちゃんと伝わってくるか見ていきます。
ポーズを通して状況やキャラクター性を伝えるのは、絵コンテや監督の意向を正しく伝えるという意味ではアニメーターにとってかなり重要な技術です。そういったことをしっかりと解説で押さえつつ、皆さんの自由な発想や面白いアイデアのポーズ添削をしていきます。
今回のお題について
今回、選んでもらったのは「やったあ!」というサブテキストです。
前々月でも同じサブテキストを取り上げ別の方の作品を添削したのですが、同じサブテキストでも異なるポーズになっているのが面白いですね。ただ、今回と前回で似ている部分もあります。サブテキスト的に台詞がかなりシンプルなので、ポーズもシンプルになっているという点です。
今回の作品も一番最初に出してもらったポーズがとても良くできていたので、よくできていた点と、もう少し良くなるための細かい改善点を深掘りして解説していきます。
提出作品『やったあ!』
まず最初に、今回のようなシンプルなアイデアでポーズをつくる上でとても大切な注意点をお話しします。
クリシェとベタなアイデア
アニメーションの仕事などでもよくあるのですが、「やったあ!」のようにシンプルで、あるあるな状況描写(他には例えば、怒っていたり、悲しくて泣いていたり)のアニメーションというのは、実は半分くらい簡単で半分くらい難しい要素を含んでいます。
どういうことかと言うと、そのような状況描写の場合、専門用語で言うと「クリシェ(Cliche)」、日本語で言うといわゆる「ベタ」なポーズや動きになってしまいがちです。ベタというとネガティブに捉えがちですが、ある意味では分かりやすいということなので、つくり手側からすると「こうするとこういうニュアンスになるだろうな」というアイデアがすぐ思いつきますし、つくったポーズや動きは誰が見ても誤解せずにわかるだろうと想像がつきますよね。
皆さんもイラストに描かれた人物のポーズなどで、いわゆるベタなポーズや動きというものが思いつくのではないでしょうか。そして、それらのベタっぽいポーズや動きというのは、とても分かりやすいですよね。ある程度、文化的な理解が必要かもしれないですが、ベタというのは表現の上で使いやすいのです。だからこそ良く使われるわけです。
個人的に、アニメーターとしての大きな仕事の1つは、観客に共感してもらうことだと思っています。そういう理由で、観客に「あるある」と明確に思ってもらえるベタな表現というのはアイデアとしても使いやすいわけです。
一方で難しいというのはどういうことかと言うと、誰でもわかってもらえるアイデアというのは、どういう状況でもある程度使えてしまう汎用性が高いポーズということです。
汎用性が高いことで何が問題なのかと言うと、例えば、悲しい表情というのを考えたときに、いわゆるベタな悲しい表情というのはこんな感じ(上画像)を想像するのではないでしょうか? 絵文字で使われていそうな表情で、誰が見ても悲しいと伝わりますよね。そういう意味で言うとベタで誰からも共感を得られるので、とても良い表情だと分かると思います。
ただし、ここで大事なポイントは何かと言うと、「悲しい」にも様々な種類があるはずということです。駄菓子を買って当たりが出なくて悲しい、受験に失敗して悲しい、友達と別れて悲しい、などなど様々です。また同じ状況だったとしても、5歳児の女の子が友達と別れるときの悲しさと、大人が友達と別れるときの悲しさでは、これもやはり表現が変わってくると思います。
汎用性が高いポーズ
つまり汎用性が高いポーズというのは、分かりやすいポーズという一方で、悪い意味でどこにでも当てはまってしまう抽象的なポーズということになるのです。抽象的なポーズなので、当たり前ですが見ている人に具体的な意図を伝えるのが難しくなってきます。先ほどの悲しい表情の絵文字を見ても「どうして悲しいのか?」は全く分からないと思います。そうすると、結果的に誤解を生んだり、間違ったニュアンスで捉えられてしまう危険性があります。
これまでにも口を酸っぱくして言ってきたのですが、どの場面でも使えて汎用性が高いというのは、一般的には良いことですが、アニメーションおいては「ダメなポーズ」ということになります。
ただこの辺りはとてもバランスが難しく、ポーズはなるべく具体的につくりたいのですが、その考えが、行き過ぎると独特や奇抜なアイデアになってしまうこともあり、そうすると結果的に見てる人に伝わらないということになってしまいます。これはこれで、やはりNGです。
ベタと具体性のバランス
では最終的にどうすれば良いかと言うと、結果的にベタなポーズになる分には問題ないということです。少し感覚的な話になってしまいますが、先ほどお話しした通り、「ベタを避ける」という意識が強すぎると、変に奇抜なアイデアになってしまいがちです。
そもそもなぜベタがいけないのかと言うと、ベタなポーズの場合ほとんどが、
①どういう状況なのか?
②どのようなキャラクター設定なのか?
③キャラクターが何を考えているのか?
この辺りが曖昧なままポーズをつくってしまっているからです。裏を返すと、この3つの要素をしっかり考えた上でポーズをつくっていれば、そもそも、つくっているポーズがベタかどうかはあまり考えなくても大丈夫です。
ちゃんと考えてつくってあるか? というのが、僕の個人的な判断基準というわけです。僕自身の経験上、そこまで考えてあれば、そもそもベタなポーズにならない場合や、ベタのポーズを選んだつもりが無意識のうちにポーズに具体性がある場合が多いです。
ちなみに、今回の提出作品はそういう意味で良くできていたと思います。シンプルな「やったあ!」というサブテキストに対して、膝で滑り込んでいて両手を上げてるポーズから、サッカーでゴールしたときや何かスポーツなどで興奮している状況が見えてきます。またキャラクター性に関しても、おしとやかな性格というよりは少しボーイッシュな雰囲気も見えます。
映画など作品内においては、背景や小物、話の前後関係もあるので、もっともっと明確で具体的なキャラクター性が伝わってくると思いますが、そのような情報がない状態でここまで具体的に見せられている点が素晴らしいです。
シンプルなデザインのポーズ
アイデアが明確でとても良くできていたので、僕からは表情に関して少し修正の提案をしました。先ほどの、ポーズを具体的につくるという話と合わせて考えると少し難しいのですが、 ポーズにしても表情にしてもなるべくシンプルにつくるようにしましょう。口の形を見てもらえると分かると思うのですが、元の作品は少し複雑なデザインをしています。僕がCGでポーズをつくるときには、かなり頻繁にコントローラーの値をリセットするようにしています。リセットすることで、元のデフォルトのシンプルな形に戻します。
初心者のアニメーターがよくやってしまうミスの1つとして、人間の可動域を超えてコントローラーを動かしすぎてしまうということがあります。アニメーションでは、いわゆる誇張表現というのがあるので、もちろんある程度は誇張して動かすことも問題ありません。ただ前提として覚えておいてほしいのは、キャラクターのリグというのは人間の骨格や動きをもとにつくられているはずなので、どうしても可動域を超えないとつくれないポーズというのは、そもそもそのポーズに無理がある場合が多いです。なので個人的には、コントローラーを動かす際に、なるべく人間の可動域や動きとして成立する範囲に納めるようにして、そこからさらにプラスして誇張表現が必要な場合は動きを足すイメージでポーズをつくっています。
特に口などの細いコントローラーがたくさんある箇所は、気がつくとたくさんのコントローラーを細かく動かしすぎていて、結果的に複雑なデザインになってしまうことが起こりやすいです。なのでポーズをつくっていてうまくいかない場合は、一旦コントローラーをリセットしてつくり直した方がシンプルで綺麗なデザインのポーズを手っ取り早くつくれることが多いです。
添削
<添削前のポーズ>
<添削ノート>
<添削後のポーズ>
今回は具体的なポーズをつくるためのコツよりも、そもそもポーズをつくるときのアイデアや考え方について掘り下げてみました。クリシェやベタなポーズについて解説しましたが、誤解しないでいただきたいのは、ベタなポーズ自体は見ている人に伝わりやすいということなので、それ自体は全く問題なく、どちらかと言うと良いポーズの部類に入ると思います。
ただ、根本的に大事になってくるのは考え方の部分です。曖昧なアイデアのままポーズをつくってしまうと、見ているほうも曖昧なニュアンスで捉えてしまいます。ベタなポーズの一番の問題点はそこになってくるということです。
今回の添削はこのような感じです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
最後に、ポーズづくりに参加してくださった皆さん、ありがとうございました! 皆さん毎回本当に素晴らしいポーズをつくってくださるので、僕も勉強させていただいてます。
今後も参加してくださると嬉しいです!
「アニメーションエイド ポーズ宿題」について
オンラインスクール「アニメーションエイド」のクラス内で出している「ポーズをつくる」という課題を、Twitterでみんなでやってみようというとってもシンプルな企画です。
●参加方法とやり方
・毎週月曜日にTwitter(@ryowaks)でその週のお題を発表するので、そのお題に沿ったポーズをつくってみましょう。
・CGでつくった、もしくは絵で描いたポーズにハッシュタグ(#エイド宿題)をつけてTwitterに上げましょう
・ぜひハッシュタグで検索して、他の人がつくったポーズも見てみましょう。
●参考
・「アニメーションエイド ポーズ宿題(旧・エイド宿題)」とは?
https://ryowaks.com/what-is-aidshukudai/
・これまでのお題
https://ryowaks.com/category/aidshukudai/
Profile.
若杉 遼/Ryo Wakasugi
2012年にサンフランシスコの美術大学Academy of Art Universityを卒業後、Pixar Animation StudiosにてCGアニメーターとしてキャリアを始める。2015年にサンフランシスコからカナダのバンクーバーに移り、現在はSony Pictures Imageworksに所属。CGアニメーターとしての仕事の傍ら、CGアニメーションに特化したオンラインスクール「AnimationAid」を創設、現在も運営のほか講師としてクラスも教えている。これまでに参加した作品は『アングリーバード』(2016)、『コウノトリ大作戦!』(2016)、『スマーフ スマーフェットと秘密の大冒険』(2017)、『絵文字の国のジーン』(2018)、『スモールフット』(2018)、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)など
●若杉遼 ブログ わかすぎものがたり
ryowaks.com
●AnimationAid
animation-aid.com
TEXT_若杉 遼 / Ryo Wakasugi(Sony Pictures Imageworks)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada