2018年6月〜2023年5月の5年間にわたり「痴山紘史の日本CG見聞録」を連載してきたパイプライン開発の専門家・痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS) 代表)が新連載をスタートする。テクニカルアーティスト(以下、TA)、システムエンジニア、ソフトウェアエンジニアなどのテクニカル系のスタッフは、CG映像制作において不可欠の存在だが、需要に対して供給が間に合っていない状況が慢性的に続いている。その解決の一助となることを目指して、本連載では各社におけるテクニカル系の仕事の現状と課題を探っていく。

第1回では、オー・エル・エム(以下、OLM)、オー・エル・エム・デジタル(以下、OLM Digital)で取締役を務める四倉達夫氏(博士(工学))へのインタビューを前後編に分けてお届けする。四倉氏が統括する研究開発部門は「デジタル映像表現の新しい可能性の具現化、および、映像制作現場における高効率化の実現」をミッションに掲げており、SIチーム(4名)とR&Dチーム(17名)で構成されている。その仕事の現状と課題を語ってもらった。

記事の目次

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    連載:痴山紘史の日本CG見聞録

    研究開発部門の概要

    OLMとOLM Digitalでは、『ポケットモンスター』『妖怪ウォッチ』などのアニメシリーズをはじめ、数多くのCG映像作品を手がけています。

    アニメ作品を制作する場合、OLMがクライアントから受注し、作画部分をOLM、3D部分をOLM Digitalが担当します。両社のスタッフを合わせると300名以上になり、PCは1,000台以上あります。

    これだけの規模になると両社の技術サポートを担う専門職が必要になってくるため、社内に研究開発部門を設けており、SIチームとR&Dチームで構成されています。

    四倉達夫氏


    オー・エル・エム 取締役。オー・エル・エム・デジタル 取締役/R&Dスーパーバイザー。博士(工学)。

    R&DチームではCG映像に関する研究開発を長年行なっており、OLM Smootherをはじめ、業界で広く使用されているツールを提供しています。加えて、SIGGRAPHなどの国際学会での研究発表も継続的に行い、業界の発展に寄与してきました。

    研究開発部門のWebサイトの採用情報では、職種を以下の4種類に分けて紹介しています。

    R&Dテクニカルアーティスト
    ソフトウェア・エンジニア
    システム・エンジニア
    リサーチャー

    システム・エンジニアはSIチーム、それ以外はR&Dチームに所属しています。

    SIチーム

    SIチームには4名が在籍していますが、内1名はOLM Asia SDN BHDに出向中なので、実質3名で前述の300名以上のスタッフのシステムサポートと、1,000台以上のPCの管理を担当しています。

    R&Dチーム

    R&Dチームには総勢17名が在籍しており、3名のシニアエンジニアが、12名のR&Dスタッフと、2名の業務委託スタッフをまとめています。

    R&Dスタッフは、フランス出身のリサーチャー1名、インド出身のTA1名、プロダクション&パイプライン担当8名、Unreal Engine リアルタイム系担当2名で構成されています。

    そのほかに業務委託スタッフが2名いて、1名はニュージーランド在住のフルタイム、もう1名はフランス在住のパートタイムです。後者は日本の映像制作に携わりたいという動機で、本業の傍ら私たちの仕事を手伝ってくれています。

    また、コロナ禍の影響で3年間母国に帰れなかったスタッフがいたので、90日間を上限に母国に帰り、有給休暇を消化しながらフルリモートで働いてもらう特例措置もとっています。日本人スタッフでも、静岡県に帰ってフルリモートで働く人が1名いたりと、働き方が多様化してきました。R&Dチームは対面でのやり取りを必要とする仕事が少ないので、フルリモートでも対応できています。

    各チームの業務内容

    SIチームの業務内容

    近年はコロナ禍の影響で、社内のフロア統合、リモートワーク環境の構築、リモート会議を前提とした会議室の設置などの仕事が発生しており、SIチームのシステム・エンジニアが大活躍しています。当社は「システム全般を自分たちの手で管理していこう」という方針を掲げているため、SIチームは様々なことを手がけています。ここ数年で社内の作画工程のデジタル化が完了し、SIチームへの依存度が高まっているので、常に人手が足りておらず、絶賛スタッフを募集中です。

    R&Dチームの業務内容

    【パイプライン開発】
    映像制作のためのシステムやツールを開発しており、R&Dチームの中で最も優先度の高い仕事です。現場のスタッフがつくったツールを、より大規模なチームで共有する場合には、R&Dチームが引き取ってメンテナンスをすることもあります。現場のアーティストの方が的を射たツールをつくれる傾向にあるので、このようなやり方はお互いに大きなメリットがあります。

    R&Dチームがツールを引き取る際には、リファクタリングや既存パイプラインとの整合性をとるための整理をします。幸い、チームメンバーはリファクタリングを得意とする人が多いので、このながれで上手く回っています。現場とのやり取りを重ねた結果、信頼関係を形成できてきたことも大きな成果だと思います。

    【中長期開発】
    現場で即座に必要としないものの、中長期的に考えると必要になる、After Effectsのプラグインや、プロジェクトを跨いで汎用的に使用するツールなどの開発も行なっています。

    前述のパイプラインや中長期の開発は、シニアエンジニアの3名がR&Dスタッフのスキルと興味を勘案してアサインしており、各々の役割や作業内容が固定されているわけではありません。さらに、1ヶ月に1回程度の頻度でコードレビューも行なっています。これには、仕事が特定の人に偏ることを防ぐ、メンバー間での情報共有を促すなどのねらいがあります。

    R&Dチームの業務内容の比率は、約50%がパイプライン開発、約50%が中長期開発となっています。週に1回ミーティングをして、各スタッフの仕事量や内容を確認し、柔軟に組み替えていきます。

    【リサーチャーの役割】
    リサーチャーはR&Dチームの中でも別職種という扱いで、行列式のソルバーをリサーチするなど、尖った部分を追求しています。トゥーン表現に関する論文を実装して評価するなど、研究だけではなく、現場とのつながりもあります。そもそも論文を実装できる人は少ないため、研究を現場に転用できる非常に貴重な人材と言えます。

    【TAの役割】
    現場のスタッフは忙しく、新しいツールやパイプラインを試すことは難しい場合が多いため、現場の代わりに検証したり、難しいVFXショットをアーティストと一緒につくったりといった役割を担います。

    【リアルタイム系の役割】
    Unreal Engineを使用して、リアルタイムレンダリング関係の調査をしたり、技術開発を行なったりしています。

    R&Dチームの現状

    社内で使用しているパイプラインは2系統あります。

    ひとつは15年くらい使用しているパイプラインで、主に作画と3DのハイブリッドアニメやVFXのプロジェクトで使用します。もうひとつはフル3D用のパイプラインで、キャッシュワークフローの導入や自動化が進んでいます。プロジェクト開始時に、どちらのパイプラインの採用が適切かを判断します。

    ベースとなるものはすでにありますが、パイプラインはぬか床のように日々手入れをしないと腐って使いものにならなくなるため、こまめなメンテナンスが必要です。普段の作業は使い勝手を良くするためのちょっとした変更が中心ですが、ソフトウェアのAPIの変更や、Python2からPython3への変更など、細かいことが積み重なると、意外とやることが多くなります。

    これに加えて、日々の業務の中で出てきた問題にも、地道に対応していきます。そのための人員として、パイプライン開発にはR&Dチームから常に3~5名程度を割いています。この人数はパイプライン開発の波の具合によって増減します。例えば、新しいシステムを導入する際には「実験段階では問題なかったのに、実際のプロジェクトでは回らない」といったことが起こります。このような場合には、優先度を上げて緊急対応することもあります。逆にパイプライン開発が落ち着いて手が空いたら、中長期開発に集中します。

    パイプラインが未成熟だった時代は、状況に応じたリソースの配分が難しかったのですが、パイプラインの成熟と共に配分がやりやすくなってきました。最近はR&Dチームと現場のアーティストの距離感が近づいてきたので、パイプライン開発と中長期開発をバランス良く混ぜることが可能になっています。

    またリモートワークが定着した現在は、チャットなどで随時コミュニケーションをとることができるので、助かっています。

    プロダクションでつくった成果を基に、社外に向けた発表をすることも私たちの活動のひとつです。プライオリティが高い活動ではないですが、国内外での知名度が上がり、社外の方々との交流を促進できるので、積極的に発表しようというスタンスをとっています。そのためリサーチャーだけではなく、R&Dチーム全員でこの活動に取り組んでいます。

    もちろん、新しい数学などの知見が得られたら、ちゃんとした研究論文にしています。論文執筆は専門のスキルが必要なので、4名の経験者が担当します。このような活動を続けたおかげで、最近はニュージーランド、フランス、ドイツなど、海外からもスタッフを採用できるようになってきました。

    スタッフの採用とキャリア

    SIチームのスタッフ

    SIチームの2名のスタッフは、専門学校を卒業した後に当社のシステム・エンジニアになりました。ネットワーク系、セキュリティ系の専門学校に在籍している人や、ゲーム系の専門学校に進んだものの実はシステム系が好きだと気づいた人が、システム・エンジニアに応募してくることが多いです。

    もう1名のスタッフは、3DCGの黎明期から活躍してきたベテランです。かなりの古参で、3DCGの制作環境が整っていなかった時代には、ワイヤーフレームを表示するためのプログラムを書いていたような人です。

    R&Dチームのスタッフ

    R&DチームのシニアエンジニアとR&Dスタッフの学歴は、博士が3名、修士が8名、学士が4名となっています。

    中長期開発では、C++や、画像処理などの知識が必要なので、修士以上の学歴をもっている人が多くなっています。一方でパイプライン開発を担う人は、映像制作が好きで、PythonやMayaの知識をもっている場合が多いです。リアルタイム系のエンジニアは主にUnreal Engineを使用しており、XR・VR系の大学研究室出身者です。

    求める人材像

    私たちの仕事は、5年後、10年後には求められるものが変わってくるので、常にアンテナを張っておく必要があります。ここ数年をふり返ってみても、フル3D制作のパイプライン開発、アニメの立体視、作画と3Dのハイブリッド、作画のデジタル化とパイプライン開発など、技術の需要が大きく変化してきました。

    特に最近は学習の窓口が増えているので、やりたいと思ったことを即座に試せる環境が整っています。その環境を活かし、自力で学習できる人が求められています。研究開発部門の人は、全員技術が好きで入ってきて、率先して新しい技術にキャッチアップしています。それができるから、エンジニアとして今日まで生き残ってこれたのだと思います。

    当社を志望する学生の方々には、入社前にインターンシップを経験することを強く推奨しています。インターンシップを通して当社の仕事内容を理解していただければ、ミスマッチを事前に防ぐことができるからです。


    さらに各職種に対して、次の内容を重視しています。

    システム・エンジニア

    専門学校や大学で技術を学び、その最新動向を自ら追いかけることをいとわない人は大歓迎です。技術は日進月歩で進化しているので、好奇心をもって取り組めることはとても大事な素養です。

    昨今のシステム・エンジニアに求められる知識は、OSやインフラだけに留まりません。かつてはExcelのマクロだけで処理していたことに、クラウド、AWS(Amazon Web Services)、GAS(Google Apps Script)などの知識を活かして対応し、バックオフィスのワークフローを自動化するといったことも求められるようになってきました。

    リサーチャー

    現在は1名のみですが、研究論文を実装できる人をさらに必要としているので、博士号をもっており、映像制作全般に興味がある人は歓迎です。

    TA

    スクリプトが書けて、CG映像の全般的な知識をもっており、現場のエンジニアとアーティストの仲介ができる人を求めています。前述したように、現場で使用する新しいツールの検証をしたり、難しいショットを現場と一緒につくったりすることもあるからです。

    ▷当社にはR&DチームのTAとは別に、映像系のTAも在籍しています。後者はTAとして採用するのではなく、リガーやテクニカルに強いアーティストとして、現場のプロデューサーやディレクターが採用しています。アーティスト寄りのTAを志望する方は、そちらの求人もご覧になってみてください。(https://olm.co.jp/recruit/

    パイプライン担当のR&Dスタッフ

    Python、Maya、映像制作の知識に加え、中長期のプラグイン開発では、C++、コンピュータサイエンス、コンピュータビジョンの知識があると望ましいです。

    まずはCG映像業界のエンジニアについて知ってもらいたい

    当社も学校に求人票を出したり、説明会を実施したりしていますが、CG映像業界のエンジニアの仕事はまだまだ知られていません。まずは学生の方々に知っていただくことが大事だと考えています。

    昨今は作画のデジタル化が進み、アニメの制作会社でもシステム・エンジニアやソフトウェア・エンジニアの需要が高まっていますが、テクニカル系の人材はどこの会社でも不足しています。アニメやCG映像の会社でも、テクニカル系の仕事がたくさんあることが広く知られることを願っています。

    当社のR&Dチームは、CGWORLD クリエイティブカンファレンスや、OLM R&D 祭で成果を発表しています。もっと知りたい方は、ぜひ参加してみてください。

    今回の記事をきっかけに、テクニカル系の仕事に興味をもつ人が増え、より多くの応募がくるようになれば嬉しいです。

    <後編>
    アニメ制作のフルデジタル化と今後の課題

    information

    テクニカルアーティストスタートキット 改訂版


    著者:曽良 洋介、Marc Salvati、四倉 達夫
    協力:株式会社オー・エル・エム・デジタル
    定価:5,500円(本体5,000円+税10%)
    発行・発売:株式会社ボーンデジタル
    ISBN:978-4-86246-514-6
    総ページ数:448ページ
    発売日:2021年09月下旬

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    痴山紘史

    日本CGサービス(JCGS) 代表

    大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。

    TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
    EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota