この連載では、RICOH THETA Z1(以下THETA Z1)を用いて、高品質なVFX向けのHDRIを作成するためのフローを紹介します。CGWORLD vol.262(2020年6月号)の記事をベースに、速度を求められる現場業務向けに、更新された最新のワークフローで解説していきます。
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この連載について
この連載では、VFXでの高品質なHDRIを作成するための基本知識から、様々なワークフロー別トピックやTIPSをハンドブック形式でまとめていきます。
プロフェッショナルワークから趣味のホビーワークまで、幅広くハード・ソフト側での更新内容をHDRIに伴う内容で紹介していくので、ぜひ実際にHDRI作成をしつつVFX制作などに活かしていただければ幸いです。
また、この連載では短時間・高品質の撮影を想定し、シンプルな機材構成にすることで撮影スキルの差によるクオリティのばらつきを解消することを目的として、RICOH THETA Z1(以下、THETA Z1)を主軸に解説しています。
従来のプリセット撮影での速度の難点などがありましたが、自社制作したTHETA Z1向けアプリ「Burst-IBL-Shooter」や、新しく高速に公式プリセット撮影できるAEブラケット機能などのTHETA Z1の撮影機能の更新についても紹介していきます。
THETA Z1は、現在AmazonのRICOH THETA公式ストアでは132,670円(税込)で購入可能で、1日4,000円前後でのレンタルもあります。連載記事を読んでこれは使えそう! と思っていただけたなら、ぜひ実際に入手して以下の記事の内容を試してみてください。
■CGWORLD vol. 262(2020年6月号)第1特集:コスパ最高のHDRI制作術
■コスパ最高! RICOH THETA Z1を利用した ACES対応HDRI制作フロー<1>撮影編
■コスパ最高! RICOH THETA Z1を利用した ACES対応HDRI制作フロー<2>現像からスティッチ処理まで
■RICOH THETA Z1のRAWデータとフリーソフトを活用した高品質HDRI作成。データ配布あり。
本連載全体としては、以下のような構成を予定しています。
HDRIの基礎知識とTHETA Z1
HDRIとは?
HDRIとは、High Dynamic Range Image(ハイダイナミックレンジイメージ)の略語で、直訳すると高いダイナミックレンジ画像です。
ダイナミックレンジとは、1画素(pixel)がもっている値幅(レンジ)のことを指し、この値幅が高い=広い画素の集まりの画像になります。対義としてLDRI、Low Dynamic Range Image(ローダイナミックレンジイメージ)があり、値幅が低い=狭い画素の集まりの画像です。
一般的に私たちが普段目にしている画像は後者のLDRIで、RGB値のそれぞれが8bit(0〜255)の256階調の明るさを組み合わせて様々な色合い(1,677万7,216色)を表現しています。
一方、HDRIでよくフォーマットとして扱われる16/32bit(32,768〜32,767/2,147,483,648〜2,147,483,647)は、RGB値のそれぞれで、負の値を含めた8bitよりはるかに大きい数を扱うことが可能になっています。
それにより、より細かく大きな値を格納することが可能になり、その値を明るさとして使用することで、画像を用いたライティングであるIBL=Image Based Lighting(イメージベースドライティング)が活用されるようになりました。
こうしたHDRIは、一般的に、撮影する画像よりも広い値(明るさ)の範囲を得るために、複数の露光画像を撮影(ブラケット撮影)を行い、それらの画像を1枚に統合(HDR合成)することで作成されます。
高品質なHDRIとは?
高品質の定義は様々ですが、VFXにおいての照明(IBL)として使うことが目的の場合に重要になるのは、HDRIを撮影した場所にあるかのような明るさや影の出方といった照明環境や、周囲にある物体の色や映り込みといった環境要素の再現度の高さが問われるのではないでしょうか。
・照明環境の再現:周囲の照明情報(照射面積や強度、光源色)による、影や対象の質感への陰影(シェーディング)の再現
・反射・屈折要素の再現:金属面や透明な質感の場合は、その環境での複雑な反射・屈折の再現
この2つの再現を満たすことで、撮影した場所にあるかのようなレンダリング結果が得られるはずです。
不十分なHDRIでのライティングがどのように影響するかの一例が、以下になります。
同一のHDRIから意図的に光源がクリップされたHDRIを作成し、ライティングに使用しました。
・輝度が適切ではないため、反射やハイライトにちがいが出ている。
本来の光源強度がないため、適切に質感に対してのライティングができずハイライトが出ていません。同様に色味も適切に見えていません。
・光源の強度が足りないため、影がボケてしまっている。
太陽の輝度がクランプされて不足しているため、全体から同程度の弱いライティングを受けてしまい、ソフトシャドウになっている。
こうした情報を十分に担保したHDRIをIBLに使用することで、よりリアルなレンダリング結果を得ることが可能になりますし、実写合成を主とするVFXでは、あとからのコンポジットによる調整を少なくすることが可能となり、アーティストごとやカット間のバラツキが起きにくくなります。
それにより、演出に注力した追加のライティングを行うことが可能になるので、より画づくりに注力できるはずです。
HDRIの基本的な作成ワークフロー
HDRIの制作フローとしては、以下の工程を踏みます。
・撮影機材の用意
HDRIの制作工程に適した画像を撮影するための機材を用意します。
・ブラケット撮影
複数回に分けて異なる露光時間での撮影を行い、必要な強さの光源情報を撮影します。
・現像
撮影した写真を後の合成処理などに適切な状態や色空間に現像処理します。
・HDR合成
ブラケット撮影にて取得した複数枚の異なる露光画像を合成して、1枚の画像に明るさを合成します。
・スティッチ
回転方向別に複数に分かれている画像を1枚に合成し、その画像(または1枚のデュアルフィッシュアイ画像)を必要なHDRI向けの全天球画像に変換します。
ブラケット撮影〜スティッチについては次回以降細かく説明していきますが、本連載の主軸に撮影機材としてTHETA Z1を利用することが含まれていますので、その点について少し説明します。
従来の撮影機材
HDRIを作成するためには、専用の機材を用意するところから始まります。HDRI作成に必要な要件が、一般的な写真撮影に比べて特殊なためです。
その要件を、考えながら書き出してみましょう。
HDRIを撮影する場合は、照明とそれ以外の周囲状況などを含めた暗部を幅広く記録する必要があります。
ダイナミックレンジが広いカメラでRAW撮影したとしても、その明暗は1枚で収まりきるものではありません。そのためにカメラが計測できるレンジで何回か露出範囲を切り替えて撮影するブラケット撮影を行う必要があります。
そして、この撮影は短い時間で行うことが要求されます。
屋外ロケーションでは、時間経過によって太陽の傾きや雲の流れの影響を受け、環境の明るさが刻々と変化していきます。
屋内のそういった外光を受けないロケーションでも、HDRI向けの撮影は撮影の合間や休憩中に実施することが多く、短い時間の中でその照明状況を撮影しなければなりません。
そのため、周囲を少ない撮影回数で撮影するために、広い範囲が撮影可能な全周魚眼レンズで、プリセットによるブラケット撮影が可能なカメラが必要になります。
また、360°の全周を撮影するため、どうしてもカメラ自体を回転させ複数方向を撮影しなければなりません。
これも適当な位置で回していいわけではなく、焦点位置が回転軸からズレてしまうと視差が発生してその後のスティッチ処理に影響してしまいます。
この焦点位置をノンパララックスポイント(俗称としてはノーダルポイント)と呼びます。この位置合わせのために、三脚取り付け穴の位置を調整するプレートなどが必要になってくるでしょう。
また、撮影するたびに回す角度が変わってしまうとちゃんと全周分が撮影できているか不安ですから、規定の回数で全周をきちんと撮ろうとする場合は、決まった角度で回転させたくなります。
そのため、インデックス付き回転台も欲しくなります(一般的には60°~120°ごとに回転)。
もちろん安定して水平回転させながらブレなく撮影するために、水平器付雲台の三脚にリモートレリーズも必要になってきます。
さて、ここまで説明したものをリストアップすると以下のようになります。
1:ブラケット撮影可能なカメラ
2:全周魚眼
3:ノーダルポイント補正用のプレート
4:インデックス付き回転雲台
5:水平器付雲台三脚
6:リモートレリーズ
なかなかたくさんの機材を用意する必要がありますね。これらを全て装着したのが以下の写真になります。
そして撮影の際には、これらがセットアップされた一式を短い時間で回転させながら撮影する必要があります。
こうした機材数と手間やスキルの都合で、これまではHDRIの撮影までの敷居が高くなっていました。
これは以前の記事でも触れましたが、HDRIが必要な撮影の立ち会いに、この一式を用意した当人が全て参加できるわけではありません。
そのため、制作進行やCGIプロデューサーといった、現場に立ち会っているがHDRIを実際に使用するわけではない職種の人たちに撮影を任せなければならないケースがどうしても発生します。
RICOH THETA Z1を選択する理由
先に述べたように、従来HDRIを作成する際には、魚眼レンズと一眼カメラ、ノーダルポイントを補正するためのリグや三脚といった多くの機材と、それらを運用・撮影するスキルが必要でした。
そのなかでTHETA Z1を活用することで、三脚以外の撮影機材を全て1台用意するだけでまかなうことが可能となります。これは運用面で非常に大きなアドバンテージになります。
THETA Z1の性能面
THETA Z1では高速なシャッタースピード(〜1/25000)や高い絞り値(最大F5.6)を設定でき、最も暗い露出設定で19.9EVでの撮影が可能です。
なお、晴天の太陽を完全に収めきろうとした場合は、ND1000(10Stop)相当を含めた32EV前後での撮影が必要になりますが、本連載内ではそれらを補完するフローも紹介していきます。
高解像度な1型イメージセンサを搭載することによって7K(7,296✕3,648)解像度の撮影が可能になり、ライティング用としては2〜4K解像度が一般的ですから十分な解像度でHDRI撮影に適した性能と言えます。
従来機よりも高性能な分高額にはなりましたが、他社から発売されている類似の360°撮影カメラでRAW撮影と同等の露出設定が可能な機種は現時点でもありませんし、前述した機材などを揃えるとこの金額では難しくなります。必要十分の機能をよりコンパクトに、かつ手軽に運用することが可能となりました。
THETA Z1によるHDRI制作のメリット・デメリット
先の機材や撮影機能面でのメリット・デメリットをまとめておきます。
メリット
・シンプルな機材構成で済ませることが可能で、導入コストが安く抑えられる。
・レンズの設計上フレアが発生しにくく、光源で生じるスパイク状のフレアも出にくいためフレア切りした別撮り撮影が不要。レンダリングした際にリフレクションに影響が出にくい。
・データ精度としてみたとき、一眼カメラとほぼ遜色ないHDRIが作成できる。
・一瞬で撮影ができるため待ち時間が発生しない。
・1回のマルチブラケット撮影で完結できるので、データ管理が行いやすい。
デメリット
・AndroidをOSとして搭載したことで、完全OFFからの起動に時間がかかる。
・スリープモードであればすぐに起動するが、電池消耗が増加する。電池消耗がわりと早いため、現場運用時はモバイルバッテリーなど外部電源の準備が必要。
・用途によっては画質面で劣る。
・一眼カメラの反対側に隠れて撮影者が写り込まないテクニックが使えないため、素早く隠れる必要がある。
次回以降について
さて、今回は連載の前段として簡単なHDRIの解説と、なぜTHETA Z1を使用するのかといったことを説明させていただきました。
次回以降はCGWORLD vol. 262(2020年6月号)の内容を主軸に、ワークフロー別トピックスとして各ソフトウェアでのフローのアップグレードと、合わせてショートTIPSを紹介していきますので、ぜひ楽しみにお待ち下さい。
CGWORLD vol. 262(2020年6月号)
第1特集:コスパ最高のHDRI制作術
第2特集:オートモーティブ×ゲームエンジン
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2020年5月9日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_CGSLAB
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)