本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。業界就職を目指すテクニカル系の学生に、どんな会社やキャリアパスがあり、どんな活動をしていけば良いのかを伝えることも本連載の目標のひとつだ。

第3回で話を伺うCGSLAB(シージーエスラボ)は、3Dスキャニングなどのサービスや研究開発を事業の柱にしており、会社というよりも山田有祐氏と是松尚貴氏のチームという印象が強い。創作者集団ではよく見かけるが、技術者集団としては珍しいかたちだ。前編では、CGSLABの仕事と、会社設立にいたった経緯について、山田氏と是松氏に紹介してもらった。

記事の目次

    CGSLABの仕事

    山田有祐氏(以下、山田):CGSLABには私と是松の2人が所属しています。合同会社なので、どちらかが代表というわけではなくて、2人とも代表社員となっていますね。当社では3Dスキャナやフォトグラメトリーを用いた3Dスキャニングなどのサービスや、研究開発を行なっています。

    CGSLABとして請けている仕事のほかに、各々が個人的に請けた仕事もあるのですが、全て会社名義で契約して進めるようにしています。そのため当社の仕事は、私と是松の仕事が3分の1ずつ、会社として請けているものが残りの3分の1という割合です。

    2人とも得意な分野が異なっており、興味の幅も広いため、オフィスにはかなり色々なものが置いてあります。一見すると、何をしている会社なのかわからない感じですね。

    山田有祐氏

    (筆名:ハヤシヒカル)

    CGSLAB 代表社員。
    X:hayashi_cg

    是松尚貴氏(以下、是松)最近だと『シン・仮面ライダー』(2023)で3Dスキャニングとトラッキング映画『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』(2023)で3Dスキャニングを担当しました。そのほかにも映画『シン・ウルトラマン』(2022)映画『キングダム 運命の炎』(2023)などの作品に携わっています。

    もともと私はフリーランスとしてコンポジットやマッチムーブをやっていたので、そのつながりから3DスキャニングやVFX関連の仕事の相談をいただくことが多いです。あとは純粋に、「美術品をスキャニングしたいです」といった他業種からのお問い合わせをいただくこともあります。とは言っても、やはり仕事としてはCMや映画のVFX関連の案件が一番多く、大体8割くらいを占めます。

    是松尚貴氏


    CGSLAB 代表社員。
    X:kurono73
    cgcompo.blog134.fc2.com

    山田また、10月からはCGWORLD.jpで「THETA Z1を用いたVFX向け高品質HDRI作成ハンドブック」とい連載を始めました。ここでは、月刊『CGWORLD』vol.262(2020年6月号)特集「コスパ最高のHDRI制作術」の内容を更新した、VFX向け高品質HDRI作成の最新ワークフローを解説していきます。

    CGSLAB(LAB=研究室)という社名の通り、技術開発にも力を入れて業界貢献したいと考えていて、以前から会社個人のブログや、CGWORLDをはじめとする各種媒体で積極的に技術情報を公開しています。

    ▼山田氏と是松氏の執筆記事
    コスパ最高! RICOH THETA Z1を利用した ACES対応HDRI制作フロー<1>撮影編
    コスパ最高! RICOH THETA Z1を利用した ACES対応HDRI制作フロー<2>現像からスティッチ処理まで
    CGSLABが教えるテクニカルルックデヴの真髄。フォトリアルルックデヴのためのリファレンス撮影TIPS
    連載「THETA Z1を用いたVFX向け高品質HDRI作成ハンドブック」
    Blenderによるマッチムーブのススメ

    RICOH THETAを用いたHDRI作成

    是松:HDRI作成はもともと仕事としてやっていたわけではなく、私が個人のブログで一眼レフカメラや初代「THETA」、「THETA S」を使ってHDRIを作成する検証記事などを書いていたのが始まりです。その後、2019年に「THETA Z1」が発売され、同時にプラグイン開発向けのSDK・APIも公開されたので、これは現場で使えると思い、当社の営業ツールとしてプラグインを開発できないかと山田に相談しました。

    山田:プラグイン開発のためTHETAの開発者申請をした際に、リコー(RICOH)の方からスキャニングをしている会社での利用用途が気になると連絡をいただいたんです。HDRIのプラグインを開発したいと伝えたところ、「話を聞かせてほしい」と依頼され、開発の方に当社まで来ていただいて情報交換を行なったりもしました。

    是松:その後に、THETA Z1を使ってフリーソフトでHDRIデータを作成する記事をCGSLABのブログに書いています。

    山田:当時は開発者が集まって一緒に開発をするもくもく会が流行っていて、THETA関連でも、SDK・APIを使っている人たちが集まって開発するコミュニティがありました。そこに参加して議論した結果、当時SDKで提供されていたWeb/Camera APIの機能では、われわれがやりたいことを実現するのにかなりの労力が必要だとわかったので、プラグイン開発は一旦中止することにしました。

    それでも、THETA Z1でHDRI撮影をするワークフローはひと通りつくれたので、当時のCGWORLD編集長だった沼倉(有人)さんに記事化の話をもって行ったんです。ちょうどコロナ禍が始まったタイミングで、CGWORLDもその煽りを受けて特集枠が空いていたこともあり、せっかくなので本格的特集記事にしようという話になりました。

    どうせやるならきちんとしたものにしようと思ってLogoscopeの亀村文彦さんにも協力していただき、ワークフローブラッシュアップして記事の内容を充実させました。そのながれでリコーの方へのインタビューの席を設けていただいたり、「表紙もお願いできませんか?」という提案をいただいて表紙まで手がけることになったりしましたね。

    是松:最初はユーザーから見たTHETAのHDRI作成という感じで記事を書いていたのですが、タイミングや様々な縁がつながって最終的には月刊CGWORLD』としては珍しい、事例紹介ではない技術寄り話が盛りだくさんの1冊になりました。面白い特集になって良かったなと思っています。

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.262(2020年6月号)


    第1特集:コスパ最高のHDRI制作術
    第2特集:オートモーティブ×ゲームエンジン
    発売日:2020年5月9日(土)
    cgworld.jp/magazine/cgw262.html

    山田:それからしばらくしてAPIのアップデートがあり、バースト撮影モードという機能が追加されたので、改めてプラグイン開発を再開し、VFXで使うHDRI作成用のブラケット撮影を効率化する「Burst-IBL-Shooter」をリリースしました。

    その後THETAのHDRI撮影環境は大きく変化していて、本体にAEブラケット機能が追加されたり本体内でHDRIを作成するプラグインが公式から出てきたりしています。もともとTHETAの開発者の方もHDRI撮影の需要はかなり初期から認識していたので、私が開発者申請をした際に情報交換を申し出てくださったという経緯がありました。なので公式からHDRI作成プラグインが出たときには、「おっ!出たんだ」と感慨深かったです。

    是松:Burst-IBL-Shooterと同様のことができるAEブラケット機能が公式のアプリに搭載されたので、当社のプラグインは必要なくなるかなとも思っていたのですが、当社のものは本体のみで操作でき、撮影データのフォルダ分けなどもできるので、それぞれ棲み分けができていると思います。実際に多くのプロダクションで活用いただいている話を聞きます。

    HDRIデータの活用

    山田:最近ではHDRIデータを配布しているWebサイトが増えたので、HDRIを使用してライティングをするハードルは、以前に比べるとかなり下がりました。ただ、そこで配布されているデータがどのような経緯で作成されたのかはわからないため、品質に信頼がおけるのか不明という問題は常にあります。

    極端な話、フルCGで画をつくるのであれば、画づくりのライティングとして成立していればいいので、精度の高いHDRIである必要性はありません。しかし実写に合わせてCGをつくる場合は、実写プレート(撮影素材)という基準があるため、それに合わせる必要が出てきます。これに関連したテクニカルルックデヴについては、2022に書いた記事「CGSLABが教えるテクニカルルックデヴの真髄。フォトリアルルックデヴのためのリファレンス撮影TIPS」でも解説しています。

    テクニカルルックデを行うためには高精度なHDRIを作成するための知識が必要ですが、HDRI作成に関する詳細なドキュメントは非常に少ないです。記憶にあるものだと2012年に出された『The HDRI Handbook 2.0: High Dynamic Range Imaging for Photographers and CG Artists』(Christian Bloch, Rocky Nook)くらいかなと思います。そこで当社は、HDRI作成に関する情報を積極的に公開ています。

    是松:当社が普段担当しているのは3Dスキャニングしたデータを納品するまでの作業なので、HDRIを使って何かをする仕事はほとんど発生しません。スキャニングの際にHDRIも一緒に撮って、納品先に渡すことはありますが、自分たちで使うことは少ないです。なのでHDRI関連の記事執筆は、ほとんど趣味と業界貢献を兼ねた活動としてやっています。

    所有する3Dスキャナ

    ▲CGSLABが所有している3Dスキャナ。左から、「Artec Space Spider」、「Artec Leo」、「FARO Focus Premium」、「GENERATION-SURVEY-ONE」。購入した順に並んでおり、主に左側の3台を目的に応じて使い分けている

    山田会社の仕事3分の1を占める3Dスキャニングでは目的に応じて主に3台3Dスキャナを使い分けています。「Artec Space Spider」は、当社のWebサイトのトップページにも掲載している靴のスキャニングに使用したものです。公開しているサンプルの通り、非常に細かい部分までスキャニングが可能で、最小で指紋サイズのものまで再現できます。その隣にあるのが、人や車といった、ちょっと大きめのサイズのものをスキャニングできる「Artec Leo」です。

    これら2台は、もう5年以上使っていますが、現在発売されているスキャナの中でも上位に入るほど高性能です。フォトグラグラメトリーで取得できる形状データと比べると、段違いに綺麗なデータを素早く得られます。

    「FARO Focus Premium」という、測量・計測で使用される広域向けのスキャナもあります。撮影現場やセットなどをスキャニングしたいという要望に応えるために導入しました。

    最近購入した一番新しいスキャナが、「GENERATION-SURVEY-ONE」です。手持ちで公園や街を歩きながら、区画をまるごとスキャニングし、点群データを取得することができます。プリビズ用途など、精度が低くても良いので、低コストかつ短時間で広域のデータを取得したい場合に向いています。

    お客さんの要望と予算に応じて、広域はFARO Focus Premiumで撮影し、精細なデータがほしい部分だけを個別にArtec Leoで撮影するというふうに、各機材の強みに合わせて使い分けています。このように、VFXの現場ほしいと思うデータを適切に選択し、スキャニングできるラインナップになっています。

    是松:当社で所有しているスキャナは、それぞれが1台につき数百万円します。最近は10万円くらいでも購入でき、小物から人物くらいのものを撮れるスキャナも出てきてはいますが、品質や安定性、スピード感の点でやはり大きなちがいがあります。

    高価ではありますが、例えばArtec Leoは、かなり速く移動させてもきちんとスキャニングしてくれますし、ほとんどの場合スキャニング時のマーカーも必要ありません。さらに、一度トラッキングが外れても自動で復帰し追従してくれます。このように基本的な部分がしっかりしていて、安心して案件の撮影ができるというのは、とても大事なポイントです。

    特に現場では、撮影のためだけにその場がセッティングされており、当日のみ参加する役者さんや、撮影終了と同時に解体されるセットなども多く、時間もありません。なので短時間で高精度のデータを取得できることが重要ですが、安価なものだとそのあたりの保証ができません。

    ※筆者も10万円ほどの3Dスキャナを持っているが、使用時にはマーカーをつけるのがほぼ必須な上に、かなり慎重に動かさないとすぐにトラッキングが外れてしまうので、手持ちでのスキャニングには苦労している。スキャナを固定して、ターンテーブル上に置いた対象をスキャニングすれば何とか使用に耐えうるデータを取得できるが、それでも数分では済まないくらいの時間がかかる。今回見せていただいたスキャナは、それとは比較にならないほどのスムーズさでスキャニングできていた。

    山田:また、フォトグラメトリーと大きくちがう点は、撮影した3Dデータをその場である程度確認できることです。撮影時にプレビューできるため、その場でデータの抜けがないかを判断できる安心感があります。フォトグラメトリーの場合、撮影漏れに気づかなかったり、撮影データを計算しても綺麗に3D化できないことに後から気づいたりすることもあるため、精神的に良くないし、一期一会の撮影に使うにはリスクがあります。

    逆にこれらのスキャナは精細なカメラを搭載しているわけではないので、フォトグラメトリーと比べるとテクスチャの品質については見劣りする部分があります。ご相談いただいた案件で高品質なテクスチャデータも必要な場合には、フォトグラメトリーを併用したり、人物の場合は専門のフォトグラメトリースタジオの利用をお客さんにおすすめしたりすることもあります。

    当社の機材は、持ち運びのしやすさもひとつの基準にして選定しています。機材をキャリーバッグに入れて、身ひとつで撮影現場に持って行けるので、様々な現場に対応できます。「人物をスキャニングするついでにプロップもお願いします」といった要望にもスタッフ1人で応えられますし、セットとプロップのような組み合わせであっても、2人いれば対応する機材を全て運びきれます。

    映像制作の経験を活かした撮影

    是松:私はもともと撮影現場に立ち会うこともあるので、VFXのために現場で割ける時間感は把握しています。限られた時間の中で良いデータを取得するために工夫した結果が、THETAのプラグイン開発や3Dスキャナの選定・運用に活かされています。

    VFX用に現場のスタジオセットを3Dスキャニングする場合、本番の撮影が終わった後、解体のために照明部さんや美術部さんに残ってもらい、深夜近くになってから撮することもあります。その場合、少し前の3Dスキャナやフォトグラメトリーだと、常夜灯だけを残してもらって、VFXチームで1〜2時間かけてデータを撮ることも多かったと思います。これに対して、スキャニング速度が導入の決め手だったFARO Focus Premiumだと、同じ場所を15~30分あれば撮りきることができます。この差はとても大きいです。

    山田:意外と需要があるのが人物のスキャニングです。フォトグラメトリーのために役者さんに専門のスタジオまで移動してもらうことは、CMなどの場合はなかなか難しいので、現場でスキャニングしてほしいという要望がすごく多いです。

    人は静止したままでいるのが難しいので、本来ハンディータイプのスキャナでの撮影に向いていないのですが、最近は手持ちで撮影することにも慣れました。ひと昔前のスキャナだと5〜10分ほど静止してもらう必要がありましたが、Artec Leoだと2分ほどで全身のスキャニングができるので、される側の負担も少ないですまた、多少動いてしまっても、後から修正するノウハウが蓄積できています。フォトグラメトリーに比べるとテクスチャは劣りますが、現場で手軽に撮影できるので重宝されています。

    ▲Artec Leoで山田氏をスキャニングしている様子。撮影した3Dデータをその場で確認できる

    会社設立の経緯と、法人化のメリット

    山田:私も是松も、昔はそれぞれ個人で活動していました。2017年頃に活動用の場所を借りられることになったので、一緒に活動しないかと私から是松に声をかけ、CGSLABを結成しました。当初は会社ではなく、チームとしてスタートしましたね。

    是松事務所を借りてチームを結成し、これから何をしていこうかと考えたときに、まずは私が趣味でつくっていたテクスチャスキャナなどをアップグレードし、サービス化していくことにしました。でもそれだけでやっていくのは難しいよねと話し合って、もうひとつの事業の柱を探して3Dスキャニング関係の情報を調べ始めたんです。

    ちょうど2018年5月にリリースされたばかりのArtec Leoを見つけて、これを導入して事業の柱のひとつにすることを決めました。ですが、事務所を借りるのに加え、高額な機材も管理するとなると、ちゃんと仕事を請けるために法人化した方が良いんじゃないかと考えるようになりました。

    山田:大きな案件を受注する際には、資金面に加え、信用の面でも法人化の必要性を感じたんです。実際、テクスチャスキャナをつくって法人化前にサービスとして提供を始めたときに、とある自動車会社からお問い合わせをいただいたのですが、やはり会社じゃないと契約部分で問題が起きることがわかったので、「じゃあこの機会に法人化するか」と決めました。

    是松:テクスチャスキャナの開発や3Dスキャナの検証をしていた期間もありましたし、Artec Leoの納品が約1年遅れの2019年4月になったこともあって、実際に法人登記したのは、事務所を借りてから約2年後の2019年6月となりました。その少し前からテクスチャスキャニングの相談をいただいていたり、購入したスキャナの運用の目処も立っていたりしたので、法人化のタイミングとしては良かったと思います。

    山田法人化する前と後で、私たちがやっていることはほとんど変わっていません。ですが、スキャニングのサービスを、会社が個人に発注するとなると、どうしても二の足を踏んでしまうことがあります。法人化によって、先方にも安心して発注していただけるようになりました。さらに、R&Dや開発の相談をいただくようにもなりましたね。

    会社を設立するにあたって注意したのは、単純なスキャニングサービスの提供だけに留まらないことでした。一般的なスキャニングサービスだと、データを取得して終わり、という単純作業になりがちです。それだとわれわれ2人でやる意味が乏しいし、もともと2人とも研究開発が好きで会社をつくるのだから、高い品質のものを提供していこうと決めました。当社のWebサイトでも高精細や色精度を売りにして、サービスを提供しています。

    痴山紘史

    日本CGサービス(JCGS) 代表

    大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。

    TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
    EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota