本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。
第3回 後編では、CGSLAB(シージーエスラボ)の山田有祐氏と是松尚貴氏に、それぞれの経歴に加え、3DスキャニングとCG映像制作の動向についても語ってもらった。
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CGSLABの仕事
山田氏と是松氏の経歴
山田有祐氏の経歴
山田有祐氏(以下、山田):私は小学校の頃から毎年家族で写真を撮りに行っていたので、カメラは小さい頃から触っていました。Photoshopも写真をやっていた父から教わって、当時流行っていたカードゲームのオリジナルカードを自分でつくったりもしましたね。撮影を教えてくれる人が身近にいたので、環境がとても良かったんだと思います。父と一緒にカメラを下げ、カメラバックを担ぎ、三脚を持って開田高原や長野の植物公園をひたすら登り下りしていたので、今とやっていることは変わってないですね(笑)
CGを始めようと思ったきっかけは、幼稚園くらいのときに見た『トイ・ストーリー』です。2、3回見ただけで全カット覚えてしまうくらいのインパクトがあって、人間のキャラクターが出てくるまではCGだと気づかなかったくらいリアルだったので、「これからはCGだ!」と思いました。当時はハイビジョン放送などで映画のVFXやSFXのメイキングもやっていたので、それを見て「こういう裏方をやりたい!」とも思っていました。
中学生になって映画『FINAL FANTASY』を見たときに、今度は髪の毛や布の動きなどがリアルで、改めて「CGでいける」と強く感じました。子供の頃から特撮もメイキングの方が好きで、本編よりも「撮影現場を見たい」という思いが強かったので、「こういう作品をつくりたい」という方に気持ちがスイッチしたんです。そしてBlenderや六角大王といった無料で使えるCGソフトウェアがあると知り、実際にモデリングなどを始めました。
山田有祐氏
(筆名:ハヤシヒカル)
CGSLAB 代表社員。
X:hayashi_cg
CGを仕事にすると決めて、高校もCGができる学校を選びました。大学は中退して、独学で様々なツールやワークフローをひと通りやってみようと決め、当時それほどメジャーではなかったソフトウェアまでいろいろと触りました。その後専門学校に入って、1年間アナログで絵や造形の勉強もしています。とりあえずCG関連の作業は全部やってみて、一番しっくりくるものを選ぼうと思ったんです。
それから東京に出てきて初めて就職したのが、3DCGやVFXソフトウェアの代理店をしているオークでした。もともとマニュアルを読むのが苦ではなく、学生時代から様々なソフトウェアを触っていたので、代理店での技術サポート業務は私のスキルセットにマッチしていましたね。当時はV-Rayが好きだったので、V-Rayを担当できるオークに入ったという経緯がありました。マニュアル作成やサポートもやっていたので、そこから今の仕事につながっている面もあります。
オークで3年ほど働いた後はフリーランスになり、いろいろな会社でシステム・技術系の何でも屋的な仕事をしていました。2年後には半分契約社員・半分フリーランスのような立ち位置になって、スキャニングシステムをつくったり、アニメ関係の仕事のお手伝いをしたり、ピクシブの「VRoid」というキャラクタークリエイトツール周りのアドバイザーやポーズ制作をしたりもしましたね。それからCGSLABを結成して今にいたります。
是松尚貴氏の経歴
是松尚貴氏(以下、是松):私は高校時代にVFXに興味をもち、CG系の仕事を考えるようになりました。そんなときに、当時大学生だった兄から無料で使えるBlenderを紹介されて触り始めたんです。当時は周りにCGをやっている人はいなかったですし、田舎に住んでいて関連書籍も手に入らなかったので、学校にあるパソコンを使ってインターネットで情報収集をしていました。高校を卒業した後は、CGの勉強を続けるため、地元の岡山県から比較的近かった大阪情報コンピュータ専門学校に進みました。
是松尚貴氏
CGSLAB 代表社員。
X:kurono73
cgcompo.blog134.fc2.com
専門学校を卒業した後は、コンポジターとして東映アニメーションで働きました。ルックデヴの仕事を任される機会もあり、テクスチャ用に実物をちゃんと撮影したいと思ったことが、テクスチャスキャニングについて調べるきっかけになりました。
マッチムーブ作業が好きで、テストムービーを自主制作したりもしていました。実際にそれを見た方から、仕事の依頼をいただいたこともあります。当時はまだBlenderにトラッキング機能が搭載されていなかったので、SynthEyesをメインに使っていました。Blenderに正式にトラッキング機能が実装されたのは2011年にリリースされたバージョン2.61からです。私は開発版の頃から触り始めており、業務の方も徐々にBlenderに移行していきました。機能が安定してきてからはほぼ全てBlenderで作業をしています。
東映アニメーションでフリーランスとして3年間働いた後は、様々な会社で短期のコンポジットやマッチムーブの仕事をしてきました。CGSLABを設立してからも継続して、フリーランス時代と同じような仕事もやっています。
2人の出会いと、Blenderの盛り上がり
山田:是松と意気投合したのは、CG系の学生コミュニティでした。そこでフォトリアルなCG映像について話していたら、VFX系も含めてすごく話が合ったんです。テクニカル系の人で、実写やカメラに興味があって、フォトリアル系のCGをやっていて、という感じで、全ての話が通じる人間は本当に少ないので、出会うべくして出会った感じですね。
2人とも当時から機材をかなりもっていたのですが、貸し合いたくても家が遠くて不便だったので、機材をまとめて置く場所をつくるためにホームシェアを始めました。そうしたら次は事務所を借りられるという話が上がってきて、CGSLABを結成するながれになりました。
是松:ちなみに初めて会ったのは学生コミュニティではなく、それより前に名古屋で行われたBlenderのオフ会でしたね。山田は当時まだ高校生でした。
山田:私は愛知出身なので、名古屋でやると聞いて参加していて、是松は大阪から来ていました。
是松:当時はBlenderをやっている人なんて国内で数百人いるかいないか、みたいな状態だったので、イベントで会う人は大体同じ面々でしたしね。
山田:Blenderでショートフィルムをつくる「Blender Open Movie」プロジェクトは、Blenderが普及する良いきっかけになったと思います。立体視や4Kなどの当時の流行に乗った映像制作をしていて、3DやHDR対応のテレビが盛り上がったときにも、『Big Buck Bunny』(2008)がそれに対応できるようにつくられていたので、テレビ売り場で頻繁にながれていました。そのおかげで露出が増えて、多くの人にBlenderが認知されるようになりましたね。
『Big Buck Bunny』が公開された頃のBlenderがバージョン2.4で、今やバージョン4.0がリリースされていますから、かなりユーザー層も変化していると思います。2023年の9月に開催された「Blender Fes」の懇親会にも2人で参加したのですが、知っている人が登壇者側にしかいないという状況で、コミュニティの広がりを実感しました。
是松:当時はひと通り新機能を追いかけていたのですが、最近は高機能になりすぎて、さすがに全部は追えなくなってしまいましたね。
オリジナルのモバイルテクスチャスキャナ
是松:私はフリーランス時代から、趣味でテクスチャスキャナなどをつくっていました。個人のブログでレポート記事も書いています。現在当社で提供しているテクスチャスキャニングのサービスは、この頃からやっていた内容を基に、法人化する際にブラッシュアップしたものです。もともと工作は得意で、高校も機械科に通っていました。逆にソフトウェア関係の開発はほとんど山田に任せています。
2019年5月につくったモバイルテクスチャスキャナは組み立て式になっていて、分解して暗幕を傘のように折りたたみ、三脚ケースに収納して持ち運ぶことができます。
スイッチをオンにしたら自動的に撮影モードになり、素材の色や法線情報を現物から取得します。撮影に必要な光源の移動や、偏向フィルタのオンオフなどの制御も自動化しているので、とても手軽に扱えます。もともとはスマートフォンから操作できるようにしていたのですが、使用していた制御用アプリケーションがサービスを終了してしまったため、今は単独で動作するようになっています。
山田:一時期リアルなマテリアルをスキャニングしてライブラリ化しようという動きが盛んだったので、モバイルテクスチャスキャナもそのながれでつくっています。ただ最近は、そういうことをやっていた会社が買収されて表側に出てこなくなりました。
是松:初めの頃に比べてPBRの概念が整理されてきたので、ちゃんとスキャニングして素材を用意しなくても、ライブラリを活用すればデータをつくれることが理解されるようになったという背景もあり、実のところテクスチャスキャナはあまり稼働していません。
山田:今はリアルなマテリアルをつくるためのライブラリが、信じられないくらい大量に存在しますからね。AdobeのSubstance 3Dシリーズなども出てきて、「現物を撮りに行くのではなく、ライブラリからつくれば良い」という考え方が広まってきているので、美術的な価値や考古学的な観点から「それである必要性」がないのであれば、現物を撮るモチベーションは生まれにくくなっていると思います。
さらにNeRF(Neural Radiance Fields)や3DGS(3D Gaussian Splatting)のような技術も出てきて、正しい形をつくるよりも、人間の目で見た場合の見え方を再現する方が大事じゃないかという観点も生まれています。そのため、最近はスキャニングそのものよりも、スキャニングしたものをどうするのかの方が問われるようになってきていると感じます。
3DスキャニングとCG映像制作の民主化
是松:最近はiPhoneでも簡単に3Dスキャニングができるようになりました。撮影現場でも、CG班がiPhoneで手軽に3Dスキャニングすることが、現実的な選択肢のひとつになってきています。実際に私も、トラッキング用の当たりとしてiPhoneでスキャニングしたデータを受け取ることが多々あります。
今後は「何を求めてスキャニングするのか」の判断が大事になってくると思います。iPhoneで作成したデータでも、純粋にトラッキング用の当たりとして使用するのであれば、まったく問題がない場合も多いです。一方で、つくったセットを完全に3DCGで起こしたい場合には、iPhoneのスキャニングデータだと精度が足りません。その場合は、3Dの形状がほしいのか、見た目のデータがほしいのかという要求に合わせて、コストに見合う方法を提案します。
やりたいことを整理していくと、iPhoneのデータで十分と思われる案件もありますが、予算があるのであれば、ちゃんとしたデータを撮っておいた方が後工程での選択肢が増え、保険にもなるので安心です。
山田:CG班が直接現場に行って使用するデータを撮るのであれば、問題が起こる可能性は低いと思います。しかし制作スタッフやプロデューサーが代わりに撮ったものを使用することになると、データが使えるかどうかの判断がその場でできないので、ちょっと不安です。われわれもそのようなデータを受け取って「これはどうしようかな」、「本当にこれで大丈夫かな?」と思うことがあります。
現場は撮影のときだけセットされていて、撮影が終わるとすぐに解体されて残らないものも多いので、確実にデータを取得できているという安心感が大事になってきます。そこに価値を求めて当社にご相談くださるのかなとも思います。iPhoneで良いのか、われわれのスキャナなのか、フォトグラメトリーなのか、それともちゃんとしたスキャニング専用スタジオで撮った方が良いのか、その判断ができることが重要です。
是松:ちょっと前の3Dスキャニング界隈では、Webに載せる商品の3Dプレビューをつくりたいという要望も多かったと思うのですが、このように見た目のデータを求めるものは、NeRFのような技術に移行していくのではないでしょうか。これもどんなデータを求めているかで判断がきっぱり分かれるところです。
VFXの場合は、形状のデータがほしいという要望が多いです。逆に、背景のエクステンション素材や、LEDのバックウォールで映し出すための素材がほしいといった要望であれば、NeRFや3DGSのような技術の方が優位になる場面も増えていくと思います。
山田:2010年代前半には、様々なところからCG映像関連の新しい技術が出てきていました。それから技術がどんどん整理されてまとまり、今はかなり落ち着いてきている状況です。3DCG制作環境の進歩は少し停滞気味なので、じゃあ次は何が出てくるんだろうと、楽しみでもあります。
今はアセットも揃ってきているので、自分でイチからつくらなくてもCGソフトウェアの操作ができれば、かなりのものがつくれるようになりました。これに伴い、CGソフトウェアが使えるという、いわゆるオペレーターとしての仕事の需要は減って、どんなに良いアートワークやデザイニングができるかといった、アーティストやデザイナーとしての仕事が強く求められるようになっています。
例えばMarvelous Designerのように、服飾のソフトウェアをCG側にもってくる場合には、実際に服飾デザインをしている人のノウハウをCGにも反映させるため、プロのスタイリストさんを呼んでこようという考え方に変わってきているように思います。これからは様々な要素をたくさん組み合わせた技術が増えてくるのではないでしょうか。
それこそ最近は、iPhoneでのスキャニングが現場で本格的に使われたり、学生さんがプロと遜色ない機材を使って作品を制作したりすることが当たり前になってきています。それを基にした創作者のコミュニティができて、高品質なものをつくる環境も整っているので、創作がしたい人にとってはとてもやりやすい状況ができていると思います。
是松:誰でもスマートフォンひとつあればリアルな合成ができるアプリやサービスも出てきて、アイデアで勝負する時代になってきていますよね。
山田:そうですね。そういうものがたくさん出てくると楽しいだろうなと思います。
今後のCGSLAB
是松:前編でもお話したように、当社の仕事は3分の1が3Dスキャニングで、残りがそれぞれ個人で受けた仕事になります。スキャニングサービスだけを行う会社にはしたくなくて、R&Dもやっていこうと考えて社名にも「LAB」を入れた結果、ちょうどねらい通りの感じになっていると思います。
山田:3Dスキャニングサービス自体は、お問い合わせいただいたもののうち8割くらいは当社で対応して、残りの2割はより適切な方法をご提案したり、得意とする会社をご紹介したりします。例えば、森一帯のように超広域のスキャニングをしたいという要望があった場合、一般的にはドローンを使って撮影するのですが、当社はドローンを所有していないので、ほかの会社などを紹介したりしますね。機材や手法ごとに得意不得意もあるので、依頼されている内容に対して、適切な技術を選択できているのか、常に気をつける必要があります。
是松:技術サービスをやっていると、納品したものが実際に使われたのかどうかわからない、ということが結構あります。われわれは作品の最終的なカットではなく、あくまで素材をつくるだけなので、納品したデータがどこで使われているかというのを確認することは難しいです。納品はしたものの、成果物が目に見えにくいというのが、映像制作と少し感覚が異なります。後から現場の人に直接聞くと、「ものすごく使ってますよ」と言われることもよくありますけどね(笑)
山田:当社は5年後もスキャニングはしていると思いますが、それだけではなく、また新たな何かを絶対にやっているだろうなと思います。それが何なのかはわかりませんが......。何でしょうね?(笑)
是松:今後3Dスキャニングの需要や形態が変われば、それに合わせて仕事内容を変えていけば良いと思っているので、3Dスキャニングのためのデバイスや技術が広く普及するのは特に脅威とは感じていないです。
われわれが目指しているのは業界貢献なので、HDRIの記事を書いたり、コストを抑えて質の高いスキャニングをする方法を調べたりして、自分たちのR&Dの結果を公開することで、みんなの作業が少しでも楽になり、国内VFXのクオリティUPにつながれば良いなと思っています。
自分たちだけが技術をもっていても役に立たないという理由もあります。どんなに高品質なHDRIをつくれても、自分たちが普段から撮影現場に行くわけではないですし、レンダリングもしないですからね。
山田:きっと必要に駆られている人はやっているし、調べてできる人は自分でやれるはずなので、そんなに技術を隠す必要もないのかなと考えています。そもそもがわれわれの趣味のようなものなので、今後もCGSLABは面白そうなことを見つけて、それに没頭しているのだろうなと思います。
テクニカル系を目指す人に向けて
山田:私の場合はCGが好きで、興味があるものを追いかけていたら今につながった感じなので、何かに興味をもったら、すぐにやってみるのが良いし、即座に辞めてしまっても良いと思います。まずは経験して、知ることが大事です。まったく知らないと何もできないですが、少しでも知っていることがあれば、わからないことを調べられます。なので、何かしら知っているということは、とても強いんじゃないかと思います。
例えば、アニメーションを一度やってみてから辞めて、他職種に就いたとしても、数年後に仕事でアニメーションをつくることになったときに、自分でボーンを動かした経験が大きな意味をもちます。
是松:私も東映アニメーションで働いていたときに、CG制作の全工程に携わり、知ることができたので、その経験が今の仕事にも活きています。その上でひとつのことを極めていけば、例えばマッチムーブやスキャニングのようにニッチな市場での仕事につながるというのが面白いですね。
山田:知っているということは調べられる、調べられるということは、それがプロの仕事として十分かはともかく、何かしらかたちにできるということです。テクニカルな人になる第一歩は、調べられるかどうかなので、調べるためには何を知っているべきなのか、どこまで知っているべきなのか、という部分を見つけることができれば大丈夫なんじゃないでしょうか。
筆者まとめ
自分たちのやりたいことを実行するために会社をつくり、初心を忘れることなく業界貢献のために情報発信を続けているCGSLABさんの活動は、とても興味深いものでした。会社としての仕事と、山田氏と是松氏それぞれの仕事の三本柱で臨んでいる体制は非常に羨ましいです。この体制があるからこそ、理想を貫きつつ会社としても運営できているのだと思います。
前編を読んでいただいた方からは、会社紹介のはずがHDRI撮影に関する濃いまとめ記事になっているという、とても嬉しい感想もいただきました。このような濃い記事にできたのも、これまで継続的に良質な記事を書いてきたCGSLABさんと、過去の記事を丁寧に拾ってくれたCGWORLDさんのおかげです。
後編のお2人の経歴は技術系CG屋あるあるな、好奇心ベースで進んでいたら今のかたちになった、というものなので、学生さんがキャリア形成の参考にするのは正直難しいと思います。ただ、様々なかたちでCGに関われるルートはあるんだ、ということがわかる良い実例ではないでしょうか。
痴山紘史
日本CGサービス(JCGS) 代表
大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。
TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス)
EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)、李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota