「最近、弊社の若手がヘリコプターを3Dスキャンしてきたんですよ!」。
打ち合わせの中で、楽しそうに話すのは「日南」取締役の猿渡義市氏。日産マーチのカーデザイナーとしてその名をご存知の方もいらっしゃるかもしれない。 (※ 猿渡氏についての過去記事はこちら)
日南は1970年の創業以来、製造業を中心としてデジタルプロトタイピングを行うパイオニア企業だ。現在、全国に10事業所を展開し、従業員数は750名を数える。国内における主要な自動車・家電メーカーのパートナー企業として、開発の上流から生産設計まで製品開発をサポートしてきた。
直近では、自動運転EVを手がけるスタートアップ企業「チューリング」向けに、AI(Stable Diffusion)を活用した「完全自動運転EV」コンセプトカーのデザインを行なったり、WOTA社の水循環型手洗いスタンドの「WOSH」の開発にUnityを用いたバーチャルプロトタイピングによる開発支援を行ったり、とにかくベンチャー企業のようなスピード感で、技術先取の取り組みを行ってきた。
こうしたプロジェクトを牽引してきた日南が、今度はいったい何を始めるつもりなんだろうか? というわけで、日南の”バーチャルものづくり”な現場(※)に迫ります!
※連載:「"バーチャルものづくり"な現場」について
近年、モノづくりや建築の現場でも3DCGツールやゲームエンジンが当たり前に使われるようになり、リアルとバーチャルを横断する、ワクワクするようなモノづくりの世界が広がっています。CGWORLDはこうした新たなムーヴメントを“バーチャルモノづくり”と称して、各業界ならではの3DCGの活用方法や、新たなビジネスやキャリアの可能性について紹介していきたいと思います。
日南の若手が部署横断で挑む、新規プロジェクト
CGWORLD編集部(以下、CGW):本日はよろしくお願いします! まずは自己紹介をお願いします。
飯星大和(以下、飯星):日南 開発本部 スマートモビリティ・モビリティ設計 リードエンジニアの飯星です。日南歴は9年になります。豊田スタジオ(愛知県にある同社の東海豊田スタジオ)でカーモデラーを3年半、本社(神奈川県綾瀬市)に異動してCADによるデジタルモデラーを3年半経験した後、昨年この部署に異動になりました。
日南 飯星大和氏
CGW:クルマのモデラーからキャリアをスタートしたんですね。クルマがお好きなんですか?
飯星:いえ、ものづくり全般に興味があったんですが、そこまでクルマに興味があったわけでは。でも入社してクルマと関わることが増えたら、だんだん興味が出てきました(笑)。今は設計的な分野でブラケット、シャーシ、モックアップの大元の骨になるフレーム、ドアの開閉などの設計をしています。
CGW:なるほど。では福富さんも自己紹介お願いします。
福富康平(以下、福富):日南 開発本部 電装ソフトウェア設計 エンジニアの福富です。入社5年目ですが、飯星さんと同い年で今年27歳です。自分は電装(※)のソフトウェアを中心にやってまして、コックピットのモックとかメーター、センターディスプレイのGUIとかをつくっています。ほかにも、例えば展示会で製品をお披露目するときに、CADデータからVRコンテンツをつくったりもしています。
※電装:クルマに装備される電気的な機器のこと
日南 福富康平氏
CGW:福富さんはどういう経緯で日南に入社したんですか?
福富:少し遡りますが、自分は九州大学の芸術工学部在籍中、CADのサークルに入り、3Dプリンタで毎日のようにものづくりをしていました。
それで当時はオートデスクのFusion 360の学生アンバサダーをやらせてもらっていたんですが、Fusionのイベントに出たときに、他の講演で登壇していた、猿渡さんと知り合ったんです。その後、就職活動の時期に入ったんですが、日南が良いなと思って猿渡さんに相談したら、面接の機会をもらって最終的に入社できた感じです。
CGW:もともとの素質と猿渡さんの出会いが相まって日南に入られたんですね!
なぜヘリコプターをスキャン?
CGW:早速本題に入りますが、日南さん、どうして最近ヘリコプターをスキャンしはじめたんですか?
飯星:まず、これはいわゆる日南のR&Dプロジェクトのひとつで、ヘリコプターをスキャンして、VRコンテンツをつくったりシミュレータをつくったりできないかを模索するためにはじめたものです。
●日南 高精度3Dスキャニングソリューション
CGW:なるほど、研究開発のプロジェクトなのですね。
飯星:はい。そもそもはカナダCreaform(クレアフォーム)社のHandySCAN 3D|BLACK Series(以下、Creaform)という高性能、高速スキャンが特長のポータブル3Dスキャナがありまして、それを設計とリバースエンジニアリング(※)用にツールとして導入したんです。
それで、使っているうちにその性能や手軽さが気に入って、これまでにクルマ1台から小さい部品まで、30〜40はスキャンしました。数ヶ月前にはCreaformのユーザーミーティングにも参加して、他社のユーザーさんたちと情報交換もしたぐらい真剣に取り組んでいます。
※リバースエンジニアリング:クルマの設計開発では、実製品をスキャンしてデータと実製品の誤差を調査することや、旧車など製造が中止した部品をスキャンして3Dプリンタで新しい部品をつくること。後者はレストアとも呼ばれる
飯星:それが社内でも周知されてきて、あるとき猿渡さんから「でっかいものをスキャンしたいね!」とかけ声がかかって(笑)。
Creaformの代理店さんに相談したら、埼玉県の雄飛航空 川島ヘリポートで「ロビンソンR44」という4人乗り用ヘリをスキャンさせてもらえるってことになったんです。
それと、実は福富さんは個人で重機のシミュレータをいくつもつくっているツワモノなので、自分と福富さんがタッグを組んで、ヘリコプターをスキャンしてシミュレータがつくれないか、という新しい商材開発のR&D案件になりました。
個人で重機のシミュレータを制作する福富氏
CGW:重機のシミュレータ! 福富さん、どういうことですか(笑)?
福富:重機が好きで、実は油圧ショベル(掘削・整地用重機)、ラフテレーンクレーン(運転席で運転とクレーン操作を同時に行えるクレーン)、ホイールローダー(四輪駆動の荷積み用重機)なんかを、モデリングからVRコンテンツまでつくった経験があります。
HMDをかぶってバーチャルでレバーを操作して動かせるものです。きっかけは、PlayStation用ゲーム『建設機械シミュレーター KENKIいっぱい』(ファブコミュニケーションズ)にハマってしまったことです(笑)。これ以降、そういうゲームは出てこなくて、特に日本のメーカーの重機のシミュレータがないので、自分でつくってみたという。
CGW:すごいですね。個人の趣味でつくったんですか?
福富:いえ、実際に動かしたいという欲求もありまして。なので、クレーンは自作のシミュレータで練習して、実物のライセンスを取りにも行きました。クレーンって距離感がつかみにくくて、自作のVRコンテンツで練習したとき、前後の距離感がわからなくていつも同じ場所でぶつけてしまっていたんです。「まあでもVRだからかな」と思って本番を受験しに行ったら、VRと全く同じところでぶつけた(笑)。
CGW:面白い(笑)。自作のシミュレータはちゃんとできてたんですね。
福富:はい、単純にクレーンは操作が難しい乗り物だったということですね(笑)。ほかにも人が乗るドローンのシミュレータもつくりましたし、サーキットをつくってオンラインでレースしたり。いろいろやってます(笑)。
副操縦士の搭乗が義務化され、ヘリのシミュレータにビジネスの芽
CGW:日南にはユニークな人材がいますね(笑)! 話を戻しまして、ヘリコプターのシミュレータって需要あるんですか?
飯星:クルマや飛行機のシミュレータはたくさんあるんですが、ヘリコプターはなかなかないんです。そもそもヘリコプターは事故が多くて、2022年には副操縦士の搭乗が義務化(いわゆるダブルパイロット制)されました。そういう状況なので、今はまだ免許を持っている人が少ないんです。免許を取るには練習が必要ですが、実地で乗るにもけっこう高額なレンタル料がかかりますから、シミュレータにビジネスチャンスが見えてるという。
CGW:なるほど。ニッチですが確実に需要が見込めそうです。
飯星:そうですね。しかも日南ってハードウェアのプロトタイプ制作と組み込みソフトウェア開発の両方ができる会社ですから、ワンストップでパッケージを提供できます。
Creaformがあれば、図面データがなくて運べない大型の乗り物のデータもつくれます。
社内では「飛行機とか船とか、クルマ以外の分野もデータを撮っていこうよ」という話もしています。特に船なんかはワンオフで作られたものが多いそうで、スキャニングの需要は高そうです。そういったR&Dが次の事業展開に繋がるよね、ということで。
CGW:Creaformのメリットは、やっぱり持ち歩けることですか。
飯星:はい、そこは大きいですね。それに、こういったポータブル3Dスキャナは環境条件に左右されず性能を発揮できるのが売りで、対象物を移動できないときも出張してスキャンできるのが強みです。もうひとつ、Creaformはスキャンしたデータと製品の3Dデータを重ね合わせて寸法の差分を検査する品質検査機能を標準搭載しています。これが実は製造業でCreaformが使われる一番の理由です。うちはちょっと特殊な使い方をしていますが(笑)。
それ以外にも、スキャナの使用前に機材を温める「暖機」やキャリブレーションの待ち時間が最小限で済むので、大型スキャナよりも素早く作業に取りかかれます。
Creaformでヘリのコクピットをスキャン!
CGW:実際のスキャンはどのようにやるんですか?
飯星:スキャンするために、直径11mmぐらいのターゲットシールというものを、150〜200mmピッチを目処に、スキャン対象に貼っていきます。スキャンはターゲットシールを4点見て計測するので、複雑な形状の場合はちゃんと4点が写るように貼るために頭を使います。
CGW:スキャンしたデータはどういうものですか?
飯星:STLのポリゴンメッシュデータで、生のデータはとっても重いです。ヘリのコクピット周辺だけで20GBぐらいあります。クルマ1台の外装で20〜30GBぐらい。作業時間はスキャニングで1〜2時間、シールを貼って剥がすのが1時間半から2時間ぐらいかかってます。
福富:ここから物理的なデバイス、「動きもの」と呼ばれるペダルやレバーを飯星さんが設計してくれました。
飯星:はい。設計したのは運転席の中央にある、機体の前後左右の傾きを制御する棒「サイクリック・スティック」。それと、足元にある「アンチトルク・ペダル」、これは機体の左右回転を制御するペダルです。もうひとつ、中央の「コレクティブ・レバー」。機体の上下昇降を制御するレバーですね。
CGW:おお、初めて聞く名前ばかりです(笑)。これはスキャンデータだけで設計したんですか?
飯星:動画などを参考にしたり操作方法を調査致しました。Siemens PLM Software社の3DCADツールNXを使って設計しました。
CGW:このデータをシミュレータに落とし込むんですね?
福富:はい、その予定です。今のところはまだ、Blenderでスキャンデータを間引いたデータをUnityに取り込んで、外装に簡単なテクスチャを貼り付けただけという状態で、この先どうするかはまだ悩んでいます。アメリカで教習用に使われるプロ向けシミュレータレベルを目指すのか、単純にライトに楽しく遊べるものをつくるのか……。考え中です。
バーチャルものづくりの楽しさとは?
CGW:なるほど、この先の展開に期待しています! 最後に、バーチャルものづくりの楽しさについてひと言お願いします。
飯星:自分たちが最先端の、今までなかったものをつくっているという感触があります。新しいことをやるときには、これまで自分が経験したことを活かすという側面もあって、こういった仕事にはとてもやりがいを感じますね。それと、自分はデジタルモデラーからハードの設計、福富は電装とGUIを強みにしていて、お互い強みがちがいます。日南としては、今回のヘリコプターの案件をきっかけにして、ふたりの強みを活かしたものづくりをアピールしていきたいです。
福富:まず、重機への愛がある人はぜひ日南に来てほしいです(笑)。それと、CGWORLDということで、実際自分が使ってるツールはUnity、Blender、Photoshop、Illustrator、Substance 3D、CADあたりで、親和性がありますね。クルマのメーターのGUIも最近は3Dで動くものが増えてきて、ものづくりの中に3DCGが溶け込んできています。自分の場合、趣味でシミュレータをつくったりしていますが、仕事でも趣味でも同じツールを使ってるので、全てが自分の生活に活きていて、スキルアップに繋がっている。日南で働いていると、いつもそういう感覚があります。
CGW:素晴らしいです! ヘリコプターのシミュレータも続報をお待ちしています。本日はありがとうございました!
TEXT_kagaya(ハリんち)
PHOTO_弘田 充
EDIT_池田大樹(CGWORLD)