静謐なのに心が躍る、気鋭の若手アーティストが挑む「無限に見返したくなる」映像~画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.5 Kazuya Ohyanagi
著名アーティストの作品制作を通して、画づくり全体の設計から完成にいたる考え方やテクニックを紹介する短期集中連載企画「画づくりの達人」。第5回はBlenderアーティストのKazuya Ohyanagi氏に、「静謐なのに心が躍る、見返したくなる映像づくり」を紹介してもらった。
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今回の達人
Kazuya Ohyanagi
宮城県出身、18歳のBlenderアーティスト。17歳のときにBlenderに出会い3DCGを始め、数々のオリジ ナル作品を制作。現在、自身初となる長編オリジナル作品『MIE』を鋭意制作中
twitter.com/adana_xxx
www.instagram.com/kazu.ya777
「7:45 AM」
設計
1.無限(∞)に見返したくなる映像をつくる
かっこいい映像は無限に見たくなります。記憶に残る映像は何度も脳内で再生されます。映像をつくる場合には、基準として何度も再生しても飽きない映像、すなわち無限に再生してもかっこいい映像をつくることを目標にしています。今回もそういった作品を目指しました。
私は現在、自主制作の映像作品プロジェクト『MIE』を進行中なのですが、ストーリーはほとんど完成していてそれに沿ってコンテやカットを進めている段階です。今回、記事用に制作した作品もその一部になります。
「MIE」という長編オリジナル映像作品を現在個人制作中です。メインツールは #blender で、できる限り高いクオリティで仕上げ、多くの人に見ていただきたいです。
— Kazuya Ohyanagi (@adana_xxx) August 7, 2022
I'm currently working on a feature film called "MIE". I would like many people to see it when it is completed.#b3d pic.twitter.com/Cln6GIIjY3
2.動きが少ないシーンの演出
制作するのは主人公ミー(Mie)が暮らしている街の生活を映すカットです。日常の断片を切り取りつつ、ある意味、他のカットを際立たせるためのカットとしても機能させたいと考えながらつくりました。作品全体としては派手なアクションを多用し、爽快感を味わえるような映像になる予定です。しかし、メリハリを出すために穏やかなカットも必要です。
動きのあるシーンでのワクワク感の演出についてはこれまで多くの研究を行なってきました。一方で、今回のように動きの少ないカットでワクワク感を演出し、魅力的な映像に仕上げることを得意としていなかったので、その検証も兼ねて良い制作ができました。
具体的には、くっかさんをはじめとする多くのイラストレーターの作品や、スタジオジブリのアニメーション作品などを参考に進めました。また変わり種ですが、『ミッケ』という絵本もリファレンスに利用しています。
参考にした作品の大まかな共通点として、
・探せば探すほど情報が詰め込まれている
・普遍的に人間が「美しい」、「綺麗」と感じる要素がある
・構図がダイナミックである
などが挙げられます。
3.確実な視線誘導
視線を誘導する利点は、伝えたいことを確実に伝えられるところにあります。
作品を見るときに見せたいものが明確でない場合、頭がパンクしたような感覚になります。それが不快感につながると、何度も見たくなる映像には仕上がりません。外出すると頭が疲れるのと感覚が似ています。
今回は動きがほとんどないシーンなので、構図、配置、それから被写界深度で視線を誘導しました。カット1は三分割構図とオブジェクトの配置、それ以降のカットは被写界深度を利用しています。
制作
1.アセットの制作、ダウンロード
私の場合、制作は初めにアセットを揃えてキットバッシュしていくところから始まります。今回はプロップを大量に配置して、動画の細部を観察する楽しさを伝えたいと考えていました。そこで大事になってくるのは大量のプロップを配置しつつも圧迫感がない画に仕上げることです。そこで花瓶や小さなガラスの小物を多く制作・使用し、ボリュームがありつつも圧迫感のない画に仕上げました。
またガラスなどの透明感のある小物を使用したもうひとつの理由としては、制作する上で普遍的に綺麗だと思えるものや、美しいという要素を採り入れたかったためというのもあります。具体的な世界観としては「ガラスの花瓶や植物に囲まれながらもどこかギーク感もある世界」を表現しました。イラスト方面ではこのような色味の作品は少なくないですが、CG方面ではSFチックな作品が多いため、差別化を図る意味も込めてこのような作品にしました。植物はほとんどフリーモデルを改変して使用し、ガラス器具のほとんどは自作しました。
また、後景に何を配置するか、とても悩みました。
水槽を配置してみたりと様々な調整をして、どれも良い感じだったのですが、中でも雰囲気の良かった植物棚にしてみました。さらに機械的なディテールを足すためのプロップも追加しました。被写界深度でボケるので配置は雑です。
2.テレビの制作
カット1ではメイン、カット2、3でドアップで登場するテレビはかなりこだわって制作しました。
モデリングは実際のSONYの昔のブラウン管テレビをまずはそのままつくり、のちにデザインにアレンジを加えました。また、マテリアルは少し薄汚れたものにし、ステッカーなどを貼り付けて遊び心も表現しています。
モニタのマテリアルにも注力しました。動画素材は以前制作した動画を前半に使用しつつ、後半の顕微鏡写真はMidJourneyを使って生成。そこに動画編集ソフトでグリッチエフェクトを加え、さらに仕上げにマテリアルノードでRGBの画像を動画素材の上から重ねがけしました。また、アップでカメラに映るテレビ画面の枠の下部には、マテリアルノードで埃を積もらせています。
3.コンポジットなどの調整
今回は一貫して作業をほとんどBlenderで行いました。
そのまま3つのカットを繋いだだけだといくつか問題がありました。まずひとつはカット2と3の構図が似ていることと、もうひとつはゆったりながれすぎて緊張感がないことです。
カット2と3の構図が似ている点は間にニュース映像を挟むことで解決しました。また緊張感のなさは画面の輝度やコントラストを極端な値にして、点滅したような印象を加えました。結果的にどちらも良い影響をもたらしてくれました。
機材検証:iiyama SENSE ∞(インフィニティ)の実力
作品制作に用いたPC
SENSE-F069-LC129K-VBX-CMG [CG MOVIE GARAGE]
- 価格
372,700 円~(税込)
- OS
Windows 10 Home 64bit[DSP版]
- CPU
Intel Core i9-12900K プロセッサー
- チップセット
Intel Z690
- メインメモリ
DDR4-3200 DIMM (PC4-25600)32GB(16GB×2)
- ストレージ
1TB NVMe対応 M.2 SSD
- 光学ドライブ
非搭載
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080 12GB GDDR6X
- ケース
ミドルタワーATXケース MasterCase MC500
- 電源
800W 80PLUS GOLD認証 ATX電源
- URL
https://www.pc-koubou.jp/products/detail.php?product_id=907512
※紹介機材の構成は最新モデルの構成です。検証当時の構成とは異なります。
Kazuya氏が普段レンダリングに使用しているPC
- OS
Windows 10 Home
- CPU
AMD Ryzen 9 5950X
- メモリ
128GB
- GPU
GeForce RTX 3090
- ストレージ
3TB
レンダリング速度
普段メインで使っているPCはノートPCで、レンダリング用にWindowsのデスクトップPCを使用しています。今回もまずメインのノートPCでシーンを組み立て、最終確認とレンダリングを検証用のWindows PCで行いました。
このワークフローの良いところは、ノートPCで場所に縛られずふとしたアイデアを即座に試すことができ、レンダリングに関しては、スペック的に優れたWindows PCを使えるという点です。このワークフローを1年ほど続けていますが今のところ大きな問題はありません。データはクラウドで管理しています。
また、スペックの高い機材を重視する理由は、表現の限界を限りなくなくすためです。低いスペックのPCではレンダリングのプレビューや、大きなデータを扱う際に固まってしまったりしてしまいそもそも作業になりません。
今回検証に使用したPCは、私が個人で使っているPCと近い性能で安心してレンダリングを行えました。スピード感もさることながら安定感もあり、何よりCPUとGPUのバランスがきちんと取れていて扱いやすかったです。
今回のカットはファイルサイズ 992KB、ポリゴン数 105,422という容量が大きめのものでしたが、レスポンスに関しては何の問題もなくレンダービュー時もスピーディで好感触でした。レンダリングも実用上十分なスピードで、シーンビルディングから最終レンダリングまで快適に作業できました。
最後に
今回は私にとって得意分野ではなかった「動きの少ない映像をつくる」という新しい挑戦となりました。ただ、今後自主制作を仕上げていく上で、同じようなカットを魅力的に見せる技術は必須なので良い検証になったと思います。
また、今回いつもと一番ちがっていたのは、リファレンスの集め方です。いつもはSF作品をはじめとするCGや機械系のリファレンスを集めがちでした。しかし今回目指したのはまったく異なる表現だったので、リファレンス集めから差別化を行いました。今までつくっていたジャンルやある種の癖のような感覚から離れることで、新しい表現の方法を多く学ぶ良い機会になりました。本質的な部分として自分に採り入れるものが変わると、自分ができる表現もまた変わってくるというのを実感でき、とても興味深かったです。
たまには別人になったつもりでリファレンスを集めてみると、また新たな発見や成長につながります。皆さんもぜひやってみてほしいです!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
TEXT_Kazuya Ohyanagi