2022年7月8日(金)、2021年春から4度目の開催となるオンラインカンファレンスイベント、「CGWORLD デザインビズカンファレンス 2022夏」が行われた。約5時間半にわたるイベントでは、建築・製造・アパレルなどの各業界をリードする企業陣から、その活用法を中心に、デザインビズの“今”が語られた。
本記事では、3DCGデジタルスキームでアパレル業界のDX化を推進する、三菱商事ファッション株式会社による「アパレル業界 DXの取り組みについて」をレポートする。
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イベント概要
CGWORLDデザインビズカンファレンス2022夏
開催日:2022年7月8日(金)
時間:13:00~18:30
場所:オンライン配信
参加費:無料 ※事前登録制
cgworld.jp/special/cgwviz2022/summer/
3Dモデリングを中心に、9つのコンテンツを供給
登壇者は、同社のデジタル事業推進本部 デジタル事業開発部長 兼 営業第三本部 商品企画部長、谷本広幸氏。谷本氏は1985年に繊維業界に入り、現在37年目。1997年に三菱商事ファッションに入社し、2010年からは商品企画部長として、アパレル向け企画情報やオリジナル素材の提案を行なってきた。
2017年にアパレルDXに着目し、CADパターンを起点とした3DCGデジタルスキームを構築。アパレルのモノづくりにおいて、企画・パターン・生地・工場・生産・営業など、販売を除いてひと通り経験したという谷本氏。自身のことを「モノづくり大好き人間」と紹介した。
三菱商事ファッションは、大きく分けて4つの事業を手がける。①商品供給事業、②ユニフォーム事業、③素材事業、④デジタル事業だ。
売上規模は1,600億円程度、社員数は約350名。メインとなるのは商品供給事業で、大手アパレル企業からの依頼に基づいて商品供給をする、OEM取引が中心だ。
「以降は、3DCGデジタルスキームのご紹介、靴の取り組みや『DiAPLEX(ディアプレックス)』の事例、そして、C2M型アパレルブランド『THE ME』のご紹介をさせていただきます」(谷本氏)。
3DCGデジタルスキームのフロー図は、以下のとおりだ。
まず、CADパターンでデータをつくり、3Dモデリングで組み上げる。生地のスキャニングを経て、「簡易CG」と呼ばれるカタログ用CGを作成していく。そして、EC用のCGをつくり、Webサイトに掲載する。
三菱商事ファッションでは、上図の ②3Dモデリング を中心に、9つのコンテンツを供給している。本来は3Dモデリング〜EC用CG制作までが同社の業務だが、そこに行き着くまでの様々なニーズに応えているのだ。
谷本氏によると、CADパターンからの3Dモデリング組み上げにかかる費用は、およそ1〜1.5万円前後。生地のテクスチャ情報と物性値をデータ化する、「e-Fabric」の測定のみを行うこともある。
「受注件数が最も多い」と谷本氏が言うのは、簡易CGの作成だ。もちろん、時間と費用をかければ緻密なCGをつくることも可能だが、一方で「カタログ用にそこそこの値段でつくってほしい」という要望も多く、現時点で同社は、1品番につき平均2万円前後で対応している。
「商品台帳ツール」は、簡易CGのデータをクラウド上で可視化するプラットフォームだ。現在、簡易CGと商品台帳ツールをセットで供給する事例が増えているという。アニメーションは、自社のSNSなどで使用する企業が多い。
PR動画は、本来は広告代理店が担うのが一般的だが、三菱商事ファッションは3DCGデータを保有、かつモノづくりのノウハウが豊富なため、「かなり早い段階でPR動画を制作できる」そうだ。
バケツリレー型生産から同時並行へ
アパレル業界の生産はこれまで、企画・生産・物流・販売を、各部門に分かれて流れ作業のように行なってきた(バケツリレー型生産)。このとき、いわゆるバケツの中身は、次の部門に受け渡されるまで見えなかった。
三菱商事ファッションが推奨するのは、開発段階でデジタルプロットをクラウド上で共有することによって、部門間で進捗を確認し、同時並行で仕事を進める方法だ。このしくみでは、例えば販売部門で企画が上がったその瞬間に、広告の打ち出し方や店舗のVMDを調整したり、生産部門が企画にフィードバックしたり......といったことが可能になる。
「アパレル業界の3DCG活用は、サンプル作成の数を減らすことでサステナブルなモノづくりを目指す考えが一般的ですが、弊社は、コンカレント(同時並行)による業務改善を推奨するゴールイメージをご提案させていただいております」(谷本氏)。
その結果、業務負担の軽減や商流の効率化、過剰在庫の削減ができる。これらを三菱商事ファッションでは、「デジタルサプライチェーンマネジメント」と表現する。
3DCGデジタルスキームの制作事例
次に、3DCGデジタルスキームの制作事例が紹介された。
「簡易CGはコストを抑えることを優先するため、かなり簡単なつくり方をしていますが、その上で、どの程度のクオリティに仕上がるのかをご紹介します」(谷本氏)。
谷本氏いわく、スポーツ業界は3DCG採用の先駆けでもあり、同社の事業と親和性が高いという。とくにスポーツアパレル業界はサステナビリティへの意識が高く、すでに3〜4シーズン前から、展示会のサンプルをデジタルで作成するブランドも多く存在する。
「アスリート向けの着装シーンを想定することもありますが、アスリート体型(筋肉体質)の3Dアバターはデフォルトでは存在しません。そのため、弊社が独自に筋肉体質の3Dアバターを作成し、対応させていただいております」(谷本氏)。
続いて、EC用CGの制作事例が紹介された。谷本氏いわく、EC用CGは大きく分けて2パターンある。ひとつは「写真代替(実物の写真に替わって、3DCGを使用すること)」ということをユーザーに明かさず3DCGを用いるパターン。この場合は、緻密で精緻に仕上げる必要があるため、制作費用はやや高めになる。
反対に、ユーザーに「3DCGを使ってサステナブルな先行受注をします」などと明かすパターンもある。このケースでは、3Dアバターを使い回すことによって生産性を高め、コストダウンを図る。
「ただ、いずれのパターンでも生地の表情をごまかすことは、アパレル業界では一切できません。かなり細かく研究して制作しています」(谷本氏)。
ここで、三菱商事ファッションの現在の取り組みが数字で紹介された。
まず、使用ソフトウェアの数だ。谷本氏いわく、5年前までは、CADパターン、Illustrator、Photoshopの3つが主要ソフトだった。現在はこれらに加えて、CLO EnterpriseやBROWZWEAR、Marvelous Designer、ICad3dといった多岐にわたる3Dモデリングソフトをはじめ、Mayaや3ds Max、レンダリングのV-Ray、市場調査のマーケティングリサーチなど36のソフトを用いる。
チームメンバーは17名。現時点では営業2名、3Dモデリストが10名、CGクリエイター5名だという。3Dモデリスト・CGクリエイターの15名を、谷本氏は「R&Dメンバー」と呼び、「営業よりもR&Dメンバーを増やし、技術を追求していきたい」と考えている。サンプルコスト削減率は30%、開発リードタイム(開発のための計画・立案を行う期間)の平均短縮率は40%にもなる。
3社で提携し、靴業界のDX化も
次に、「靴」の取り組み事例が紹介された。谷本氏によると、靴の3DCG化はアパレルとは手法が異なる。三菱商事ファッションが考案したのは、通常の靴づくりで用いられる「ラスト(靴型/木型)」を起点とした3DCGスキームだ。
2022年1月からは、Achilles(アキレス)、靴専業OEMのライフギアコーポレーションの2社と提携し、靴業界のDX化を進めている。
ワークフローは次のとおりだ。Achillesが三菱商事ファッションに靴の3Dサンプルを依頼し、同社で3Dモデリングを作成。Achillesの了承を得次第、生産工場にファーストサンプルを依頼する。
このとき、生産工場には3Dモデリングをクラウド上で共有するほか、作成したパターンのデータや、ソウル・ラスト・素材などのCADデータ、Achillesから提案された素材の現物見本を渡すようにしている。
その結果、モノのデータ化が進み、情報の可視化をクラウド上でできるようになったほか、ボツになったサンプル情報もアーカイブで見られるように。サンプル数(実物)も最低限に削減することにも成功した。上記のワークフローは、今後もブラッシュアップされる予定だ。
続いて、DiAPLEXの事例紹介だ。DiAPLEXは、三菱重工が開発した「防水・透湿・低結露機能記憶素材」というハイスペックな生地素材。このDiAPLEXの3DCGデータは、三菱商事ファッションの公式サイトで「e-Fabric」として無料公開されている。
「アパレルのC2Mモデルの確立」を目指す
「企画のDX化やe-Fabricは、今後も強化していく予定です。また、メタバースゲーム・ARの世界との親和性も高めていきたいと考えています。例えば、3DCGデジタルスキームで作成した3Dデータを、メタバース上で使っていただき、『リアルな商品をつくってみたい』という要望があればOEM取引をしていく、というループです」(谷本氏)。
最後に、BtoC事業が紹介された。「THE ME」は、三菱商事ファッションが展開する、全アイテムのセミオーダーを気軽に楽しめる、受注生産型のブランドだ。セミオーダーは一般的にスーツが多いが、THE MEの特徴は、カジュアルな商品もカスタマイズできること。ジャケットやパンツはもちろん、Tシャツやニットも取り扱う。
購入方法は、WebページからのEC決済のみだ。試着型のショールームで採寸をし、スタッフがコーディネートを提案する。そのためTHE MEの店舗には、レジがない。
「THE MEの事業目的は4つあり、1つは無在庫アパレルの確立。2つ目に消費者ニーズへの対応、また、サイズ欠品による機会ロスへの対応です。3つ目は、弊社のもつモノづくりの背景と、デジタルスキームを上手くかけ合わせた事業開発を目指すこと。4つ目は、C2Mの取引の民主化です。つまり、消費者から直接注文を受けて生産するアパレルモデルの確立です」(谷本氏)。
谷本氏によると、THE MEの機能を応用したBtoBの取り組みもスタートしている。「ご興味のある企業様がいらっしゃいましたら、ぜひお問い合わせいただければ幸いです」(谷本氏)。
TEXT_原 由希奈/Yukina Hara(@yukina_0402)