昨年で13回目を迎えた日本最大級のCGカンファレンス「CGWORLD 2023 クリエイティブカンファレンス」(CGWCC)から、株式会社ポリゴン・ピクチュアズ 長崎高士氏(CGスーパーバイザー)・河村康佑氏(CGスーパーバイザー)による「『メック・カデッツ』 グラフィックペインティングスタイルへの挑戦」の内容を紹介する。同セッションでは、NetflixのTVシリーズでポリゴン・ピクチュアズが取り組んだグラフィックペインティングスタイルへの挑戦の軌跡がプレゼンテーションされた。

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    グラフィックペインティングスタイルという新しいルック

    『メック・カデッツ』
    www.netflix.com/jp/title/81004665

    セッションでは最初に、長崎氏よりグラフィックペインティングスタイルについての概要が説明された。グラフィックペインティングスタイルとは、近年のノンフォトリアリスティックなCGアニメーション作品に端を発するスタイルの一種であるが、単にペインタリーであれば良いというものではなく、アートの原則とも照らし合わせながら『メック・カデッツ』における新しいルックが開発されていった。

    長崎高士氏

    株式会社ポリゴン・ピクチュアズ
    CGスーパーバイザー
    www.ppi.co.jp

    ルックの開発にあたってはまず既存のスタイライズされたアニメーション作品を徹底的に分析するところから始まった。結果、大切なのは表面的な手法ではなく、「世界をどう捉えて、どう再構築していくか」という思想なのだというところにたどり着いたという。

    具体的には、リアルとしての具象的表現と、スタイライズされた抽象的表現の間を振り子のように行ったり来たりしながら世界を再構築するスタイルであると定義づけられた。

    そして重要なのは、「全体を均一の情報量に抽象化してはいけない」と言うことで、良い意味で観る人の期待を裏切るルックが目標とされた。

    まず、具体的な例としてヒロインであるオリビアのルックデヴの説明がなされた。顔の陰影にはハードとソフトのシャドウが混在しているが、両者のバランスは均一なルールにしないように調整されている。

    髪の毛はXGenを使って具象的表現を強くしている中で、いくつかスタイライズされた髪の束を差し込んでいる。これらの例のように「抽象度」にどの程度の幅をつくる必要があるかの検討が続けられていった。

    ▲左がモデル、右がコンポジットしたもの

    デザイン画は監督の阿波パトリック徹氏によって描かれた。デザイン画の時点でもグラフィックペインティングを考慮して描かれており、ハードなシェーディングやソフトなシェーディングなど、丁寧に説明されている。

    ▲監督が描いたキャラクターのデザイン画。3D化されることを前提に描かれ、具象と抽象の描き分けがされている

    デザイン画を基にキャラクターを3Dでモデリングした後、改めて監督からペイントオーバーの指示をもらいつつキャラクターのルックを仕上げていく。グラフィックペインティングにはジオメトリックモデルが必要なため、プレーンチェンジと呼ばれる表面が変化するラインに注目しながらモデリングが進められていった。

    ▲主人公・スタンフォードのペイントオーバー。メリハリのある形状に修正するための指示が入っている
    ▲服のシワもスタイライズしていくだけではなく、リアルに近い表現も残すため、慎重に調整していった

    シェーディングは「PPI Stylized Shader」と呼ばれるArnold用のカスタムシェーダを自社開発している。シェーディングの中にもサブサーフェス・スキャタリングのような具象的表現を入れている反面、トゥーンシェーディングだけでなくリムライトをシェーダ側でコントロールできるようにするなど、具象と抽象のバランスをシェーダの中にも実装している。

    ▲オリジナルシェーダ「PPI Stylized Shader」の詳細

    背景のルックデヴでは、壁のスポットライトはシャープなエッジによってスタイライズされているが、全体的な雰囲気はグローバルイルミネーションでリアル寄りになっているなど一貫したグラフィックペインティングスタイルがここでも見て取れる。

    ▲室内のルックデヴ

    空は、背景の中でも登場頻度が高く、画面で占める割合も大きいため、時間をかけて描かれている。ボリューメトリックなシェーディングの雲とペイントで描かれたような雲のバランスなど、どこをスタイライズすれば効果的なのか、何度も試行錯誤が重ねられ。この初期段階での試行錯誤が、以降のショー全体のグラフィックペインティングスタイルの確立の重要な試金石になったという。

    ▲ルックの指標になったマットペイント

    感情を伝えるシネマティック・ライティング

    河村康佑氏

    株式会社ポリゴン・ピクチュアズ
    CGスーパーバイザー
    www.ppi.co.jp

    続いては実際のショットワークを見ながら、ライティング&コンポジティングのスーパーバイザーを務めた河村氏が解説を行なった。

    ライティングではシネマティック・ライティングが挑戦的なテーマとなった。シネマティック・ライティングとは、映画的な感情や情報を伝えるライティングのことで、そのショットで表現したい感情や見せたいものを理解して画面をデザインしていく。

    リーダビリティの高い画づくりを目標とし、視線を導く(Direct the viewer’s eye)シェイピング(Shaping)ストーリーの雰囲気(Tell the story)の3つの要素がある画面デザインを『メック・カデッツ』における「良い画」と定義した。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの名作ショートアニメ『Paperman(邦題 紙ひこうき)』の画づくりも参考にしたそうだ。

    ▲視線を導く(Direct the viewer’s eye)の例。画面右のオリビアがフォーカルポイント
    ▲シェイピング(Shaping)の例。リムライトや明暗差で背景からキャラクターを切り離す
    ▲ストーリーの雰囲気(Tell the story)の例。キャラクターの爽やかな感情を空やライトで表現

    具体的なショットの話では、監督によりエモーションのポイントやリファレンスを盛り込んだカラースクリプトがつくられた。これを元に、話し合いながらショットを制作している。

    ▲監督によるカラースクリプト。丁寧で細かい指示や映画などのリファレンスが入っていて、ライティングのクオリティが一段階上がったという

    最後に河村氏が一番気に入っているシーンを紹介してくれた。それは主人公のスタンフォードが両親から旅立っていくシーンで、カラースクリプトには「卒業」というテーマがあり、「幸福」を象徴する色として黄色が使われている。暗いガレージの中に、隙間から黄色い光が入り込み、シャッターを開けて明るい屋外へ飛び出すシーンだ。

    ▲旅立ちのシーンのカラースクリプト。黄色を基調とした暖色の優しい光が親子を照らしている
    ▲ガレージのカット。薄暗いガレージに光が差し込む
    ▲空へ飛び立つカット。右上のスタンフォードの母親ドリーのライティングは、納品した半年後に改めてつくり直したという

    「今までのプロジェクトでここまでこだわってショットを仕上げたことはありませんでした」と河村氏がふり返るほど、各ショットにこだわりが溢れている『メック・カデッツ』 。セッションの内容からも、そのこだわりのポイントがよく伝わった。3DCG制作者にこそ、ぜひNetflixで観てほしい作品だ。

    TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎデ)
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada