6月14日(金)公開の『数分間のエールを』は、“ぽぷりか” “おはじき” “まごつき” の3名で構成されるHurray!(フレイ)と、100studio(ワンダブルオースタジオ)が共同制作した68分のオリジナル劇場アニメーションだ。Blenderをメインツールにしたことでも注目を集めている本作の舞台裏を、全3回に分けてお届けする。

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    ※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.312(2024年8月号)掲載の「映像制作チーム Hurray! が送る初の劇場アニメーション『数分間のエールを』」を再編集したものです。

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    『数分間のエールを』

    公開:6月14日(金)
    監督:ぽぷりか
    副監督:おはじき
    アートディレクター:まごつき
    脚本:花田十輝
    アニメーション制作:Hurray!×100studio
    配給:バンダイナムコフィルムワークス
    yell-movie2024.com
    ©「数分間のエールを」製作委員会

    作画アニメの後追いをせず、フルコマで綺麗な動きを付ける

    アニメーションの多くはモーションキャプチャをベースとしており、ぽぷりか氏とおはじき氏は本作の制作にあたり、共同でPerception Neuronを購入した。この機器は全身に取り付けた小型センサーで人間の動きを読み取るしくみで、おはじき氏の自宅にキャプチャ環境をつくり、ぽぷりか氏がアクターを務めた。特に女性キャラクターは可愛らしい、女性らしい演技に苦労したという。長距離を走る動きなどは近所の公園でキャプチャしており、周囲の子どもたちが遠巻きに見物していたと両名は苦笑いした。


    なお、モブの動きと、ライブシーンは100studio側でキャプチャしており、前者はiPhoneの撮影画像からAIが動きを生成するMove AI、後者は光学式モーションキャプチャを用いている。「100studioさんには、"キャプチャした動きを整理した上で、その演技を少し強調してください" とご依頼しました。作画アニメの2コマ打ち、3コマ打ちの動きは、3D映像の中だとカクついて見えるし、作画アニメの後追い表現にしかならないから、フルコマで綺麗に見える動きを目指しました。ただし一部の揺れものなどはコマを抜いた方が気持ちの良い動きになったので、例えば朝屋が全力で自転車をこぐシーンのシャツの袖は2コマ打ちにしています」(ぽぷりか氏)。

    Perception Neuronによるモーションキャプチャ

    ▲おはじき氏宅に自作したモーションキャプチャ環境。床下の金属製の建材などの影響でキャプチャ精度が下がったため、床を底上げする必要があった。「折り畳める箱形スツールの上に、縦横に連結できるよう細工した90cm四方の板を乗せ、その上でPerception Neuronを装着した僕が演技しました」(ぽぷりか氏)
    ▲「未明」MVの絵を描くシーンは、ラックに立てかけた板をキャンバスに見立てて演技している
    ▲創作空間で朝屋がモデリングをするSF的な演出は、おはじき氏の意見を聞きつつ、ぽぷりか氏が実際に演技しながら固めていった
    ▲『数分間のエールを』本編映像第1弾。MVづくりに熱中する朝屋の1シーン。創作空間のSF的な演出が斬新だ
    ▲高校の廊下や校門前を朝屋が走る演技は、近所の公園でキャプチャした
    ▲織重の路上ライブとスタジオライブの動きは、バンド収録を得意とするexsaの光学式モーションキャプチャスタジオで収録した
    ▲朝屋が全力で自転車をこぐシーンの動きは、ぽぷりか氏が手付けしている

    画に感情を乗せるための、飽くなきブラッシュアップ

    ▲夕暮れの公園シーンのマスターコンポ。各シーンのコンポジット時には、最初にぽぷりか氏が1〜2カットのマスターコンポを制作し、画づくりの方向性を提示した。「コンポジット工程に入っても、僕らは背景やレイアウトをガラッと変える場合が多々あるので、柔軟性の高いフル3Dでの画づくりの方がフィットしています」(ぽぷりか氏)
    ▲保健室シーンのマスターコンポ
    ▲ライブハウス前の路上シーンのマスターコンポ
    ▲保健室シーンの朝屋カットのブラッシュアップの変遷。「Vコンテの段階では、観る人に伝えたい感情までは乗せ切れていないので、それが伝わる画を探して、納期のギリギリまで粘っていました」(ぽぷりか氏)
    ▲色味の【上】調整前と【下】調整後
    ▲色味の【上】調整前と【下】調整後
    ▲背景の【上】調整前と【下】調整後。おはじき氏が3時間程度で背景のクオリティを上げている
    ▲レイアウトの【上】調整前と【下】調整後。「納期直前の2ヶ月間は、Hurray!の3名で手分けして、1日20カット前後のペースで画のクオリティを上げていきました。私はイラストレーターでもあるので、"自分が絵を描くとしたら、こうやった方が良い" と思う見せ方をレタッチというかたちで提案しました」(まごつき氏)
    ▲レイアウトの【上】調整前と【下】調整後
    ▲レイアウトの【上】調整前と【下】調整後

    Hurray!のやり方は一般的なアニメ制作とは大きく異なっていたが、その表現力と技術力には圧倒されたと田中氏は語った。「特に納期直前の2ヶ月間の追い上げには目を見張りました。えぐいスピードで色味や背景、レイアウトが変わっていったので、"これは真似できない" と思いましたが、Blenderで1本の劇場アニメーションをつくるという挑戦に参加できたことは良い経験になりました」(田中氏)。100studioは今後もBlenderを使っていく計画なので、トップクラスの使い手であるぽぷりか氏との仕事は大きな糧になったと森氏も続けた。


    Hurray!の3名にとっても、本作は新たな挑戦の場になった。「僕はこれまで2Dと3Dのアニメーションをメインにやってきて、「未明」MVでは従来通り3Dアニメーションをやりましたが、以降は主に背景モデリングを担当しました。納期直前には短時間で背景のクオリティを上げられるようになったので、本作を経験したことで、総合的な地力が上がったように思います」(おはじき氏)。


    まごつき氏の場合は、膨大な数のレタッチを経験したことで、画を良くするための道筋を短時間で示せるようになった。「どこを引き算して、どこを強調すれば良いかの判断は、かなり速くなったと思います」(まごつき氏)。


    そしてぽぷりか氏は、映像制作に対する認識が一変したと語った。「これまで経験してきた映像制作の世界が、いかに狭かったかを実感した作品となりました。僕の知らない、もっと広くて深い世界があるんだろうという先行きも見えたような気がして、それがすごく楽しかったです」(ぽぷりか氏)。

    ©「数分間のエールを」製作委員会

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    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.312(2024年8月号)

    特集:『パルワールド』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2024年7月10日

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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue