市川春子原作のコミックが、フルCGにより待望のTVアニメ化された『宝石の国』。これまで多くのアニメCGを手がけてきたオレンジが元請けとして初めて世に出す作品であり、宝石の質感をもった髪、様々な手法を採り入れたキャラクターアニメーション、VFX的な要素を用いたエフェクト、手描きの美術を再現したCG背景など、多くの挑戦を行なっている。CGWORLD.jpではTV放送に合わせ、制作現場における試行錯誤やスタッフの想いを数回にわたり紹介していく。

今回は、10月7日(土)のTV放送開始に向け、CGでしかできない表現を探求し、怯むことなく大胆に選択した美しき宝石たちの煌めく質感について、フォスを例に解説する。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 231(2017年11月号)からの転載となります

TEXT_佐藤平夥
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

TVアニメ『宝石の国』2017年10月7日より、TOKYO MX、MBS、BS11、AT-Xにて放送スタート
© 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

恐れることなく新たな表現へ
リアルな宝石の質感を探る

本作で最もこだわった点のひとつに、宝石の質感表現がある。本作に登場するキャラクターは、様々な宝石がモチーフとなっており、髪にそれぞれの宝石の質感が現れている。京極尚彦監督は髪の質感について「当初から、髪はキラキラしたクリアパーツが動いているようにしたいと考えていました」と話す。しかしリアルな宝石の質感を作画で表現することは困難であり、CGによる挑戦となった。とはいえCGであっても、セル調の作品に共存させる宝石の質感づくりは一筋縄ではいかない難しさがある。そこで2015年秋の企画初期から山本健介VFXアートディレクターがルック開発に参加し、宝石の髪の試行錯誤が始まった。

  • 京極尚彦氏
    監督(京極班)

リアルな宝石の質感は反射・屈折が多いことから、レンダラはV-Rayを採用。同年11月、主人公のフォスフォフィライト(以下、フォス)を想定し最初のテストが作成された。質感の開発では「リアルとセルの間をねらっています」と山本氏。同時進行で、キャラクターの肩に落ちるコースティクス表現も模索された。最終的なルックが決まったのは2016年の12月、1年以上もの検証であった。山本氏いわく「複雑そうに見えますが、構造はシンプルにしました」のだとか。他のキャラクターの髪も、基本的にはフォスと同じしくみでつくられているが、個性に合わせて別途ルックが開発されている。中でもシンシャとダイヤモンドはかなりの変遷があったそうだ。

  • 山本健介氏
    VFXアートディレクター

髪の質感のほかにも、作中に登場するカタツムリなど、CG表現が引き立つ部分はフォトリアル寄りに描かれている。京極監督は「CGは浮いているくらいで良いのです」と話す。「社内でも賛否両論ありました。でもCGでしかできないことが詰まっていますし、未知の領域があるから面白いのです。新しいことにビビらずに攻められたのは、オレンジに技術があるからできたことですね」(京極監督)。山本氏は「原作がアーティスティックな作風なので、CG否定派の方もいると思います。でも、今までにはない表現に挑戦したので、CGが苦手な人にも"これならCGでも良いな"と言ってもらえるようなものになっていたら嬉しいですね」と期待を語った。

コースティクス初期テスト

本作の特徴のひとつに、コースティクス表現がある。これは原作由来のもので、宝石の髪に当たった光がこぼれ落ちるように首や肩にキラキラと入る表現だ。当初はV-Rayでリアルに即したコースティクスをシミュレーションしたり、セル調のキャラクターに合わせてPencil+を使った質感に変えたり、様々な案が模索された。しかしリアルに寄せると光源の扱いがデリケートになってしまい、感情表現のひとつとしてコースティクスの範囲や動くスピードをコントロールできた方が良いという現場からのリクエストもあったため、結果として不採用に

  • コースティクスがない状態

  • V-Rayによるライト

  • V-Rayによるコースティクス

  • V-Rayによるライトとコースティクスを落とした初期テスト

▲初期テストの動画

▲Pencil+でセル調の表現を試した動画

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コースティクス表現の変遷

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コースティクス表現の変遷

コースティクスはプロシージャルなノイズの模様を発生させてレンダリングし、首や肩の部分だけマスクして模様を乗せ、コンポジットで階調化させることになった


▲2016年7月のテスト2パターン。コースティクスの範囲が広く、少々のっぺりとした感じがする

▲9月には髪の艶感が強まり、コースティクスは狭く濃い目になった

▲12月には最終形に近いルックになっている

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宝石の髪の表現

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宝石の髪の表現


  • 2016年5月


  • 7月①


  • 7月②


  • 8月

▲最も試行錯誤した髪の質感の変遷過程。髪の表面を滑らかにすると柔らかく見えてしまうため、髪のモデル内に屈折・反射するモデルを仕込み、硬質でシャープな印象を出した。また、透明な髪では頭の形が透けて見え、背景の映り込みなど周りの影響を受けすぎてしまうため、最終的に「透明じゃないけど透明に見える風」に修正したという。キャラクターによって対応策はまちまちだが、屈折・反射用モデルで頭を隠しつつ、マテリアルで根元や毛先の透明度を濃くし、自己照明をほぼ100%にして環境の干渉を受けないようにしている

▲V-Rayの設定。「ビットマップの組み合わせが多層にわたっているので複雑そうに見えますが、構造としてはシンプルで、屈折・反射用モデルで質感をつくり、自己照明で色をつくっているだけです。ライティングの影響はほぼ受けません」(山本氏)。なお、一部を除きバンプマップは不使用とのこと

髪の光沢表現

髪の毛は後工程での修正を考慮し、複数のパーツには分けず、まるっとひとつの素材として出力されている

▲髪の3Dモデル(左)と屈折・反射用モデル、ハイライト用の素材(右)

▲左はハイライトなし、右は屈折・反射・ハイライトありの状態。髪の質感はリアルな宝石に寄せられているが、作画アニメ的な部分も採り入れて、エンジェルリングのハイライトが表現されている

▲V-Rayの設定。「最終的に自己照明がほぼ100%のため、V-Rayの旨味はだいぶ消えてしまいました(苦笑)」とは山本氏の言



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TVアニメ『宝石の国』制作秘話~サラサラの髪を目指したシンシャ篇~
TVアニメ『宝石の国』制作秘話~現実の宝石と原作のイメージの間で質感を模索した輝く、ダイヤモンド篇~
TVアニメ『宝石の国』制作秘話~リアルな質感のウェントリコスス&針状結晶のルチル&特徴的なハイライトのモルガナイト篇~

  • TVアニメ『宝石の国』
    TOKYO MX、MBS、BS11、AT-Xにて10月7日(土)より放送開始!
    原作:市川春子『宝石の国』(講談社『アフタヌーン』連載)
    監督:京極尚彦
    CGチーフディレクター:井野元英二
    制作:オレンジ
    © 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.231(2017年11月号)
    第1特集UnityとUE4、ノンゲームにおける活用動向
    第2特集TVアニメ『宝石の国』

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2017年10月10日
    ASIN:B075N573CF