市川春子原作のコミックが、フルCGにより待望のTVアニメ化された『宝石の国』。これまで多くのアニメCGを手がけてきたオレンジが元請けとして初めて世に出す作品であり、宝石の質感をもった髪、様々な手法を採り入れたキャラクターアニメーション、VFX的な要素を用いたエフェクト、手描きの美術を再現したCG背景など、多くの挑戦を行なっている。CGWORLD.jpではTV放送に合わせ、制作現場における試行錯誤やスタッフの想いを数回にわたり紹介していく。
最終回となる今回はスペシャル版として、ウェントリコスス(カタツムリ&なめくじ)、ルチル、モルガナイトの3キャラクターの質感について、それぞれ動画と共に解説する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 231(2017年11月号)からの転載に加筆をしています
TEXT_佐藤平夥、CGWORLD
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
TVアニメ『宝石の国』TOKYO MX、MBS、BS11、AT-Xにて好評放送中
© 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会
本作はセル調のアニメ作品でありながら、CGでしか描けない宝石の質感を髪に落とし込むなど、恐れることなく新たな表現に挑んでいる。第3話「メタモルフォス」で登場するウェントリコススも質感に挑戦したキャラクターだ。京極尚彦監督からは「本物のカタツムリみたいにリアルに」というオーダーがあったそうだが、リアルすぎると作品の世界観から逸脱してしまうため、手で描いたような質感とリアリティのギリギリを探りながら作成したという。「ウェントリコススは3Dペイントで描きたかったので、Substance Painterを使って自分で描きました」とは山本健介VFXアートディレクター。最初の頃は遠慮していた部分もあったそうだが、京極監督から「もっとやって!」という要望があったことから、もともと実写VFXの経験をもつ山本氏は「それならとことんやろう!」と突き詰めていったとのこと。結果として「女性陣からは気持ち悪いと言われましたが、それは褒め言葉ですね」(京極監督)というほど、かなりフォトリアルな質感となった。「社内ではみんながCGを使ってセル調の作品として違和感のないもの目指している中で、自分だけ相反するリアルな方向をやっていました(笑)」(山本氏)。特殊な質感でありながらも、色彩を合わせることで画全体として上手く馴染ませている。最後に京極監督は「本作はCGでしかできないことが詰まっています。それが大きなアドバンテージであり、CGは未知の領域があるから面白いのだと思います」とCGの可能性と魅力を語ってくれた。
ウェントリコスス(カタツムリ)の変遷
作中に登場するウェントリコスス(カタツムリ)は、京極監督からのオーダーにより、リアルな方向で質感が調整された。また同時に、異質な気持ち悪さを目指してSubstance Painterでディテールが描きこまれているが、実写素材と合成するわけではないため、画らしさをどう残していくかが模索されたという。そのひとつが陰影に対する考え方だ。セル調のように階調を分けることはしていないが、自己照明を利用して明るさとその階調をコントロールし、明暗を描き分けているようなバランスが目指されている。以下の動画では、強く明るくして画らしさを強調したものや、逆に暗くハイライトを強くしてCGらしさを強調したものなど、試行錯誤した複数のパターンを並べている。
もうひとつはラインの有無とその色だ。これも画らしさを強調するために重要な項目で、3パターンを基準に検証されている。バンプの強度もバランスに難航した部分で、強くするとリアル感が強くなりすぎてしまう。逆に弱くすると画らしくはなるが、ディテールが弱く狙いとはずれてしまう。そこで、体のバンプは若干弱め、殻は強めに設定し、質感のちがいも表現しつつ、バランスをとっていった。
▲ウェントリコスス(カタツムリ)の設定画。リアルな質感が目指されたが、作画で描く場合の設定画が描かれ参考にされた。内部(内蔵)の参考も描かれているのは本作ならでは
▲立体へ直接描きこむため、Substance Painterで描かれたカタツムリ。京極監督から「リアル」というオーダーがあったため、一度アニメとしては振り切ったところまでつくりこんだ。画像はSubstance PainterのIrayレンダーでレンダリングしたもの
▲Substance Painterの作業画面
▲2017年3月上旬Ver.(A)。最初に作成された殻部分。初期の頃からリアルな質感がつけられている
▲2017年3月上旬Ver.(B)。身体部分も加えられた状態。まだリアルな質感は少し抑えられており、ラインが入ることでセル調にも馴染みやすい状態になっている
▲2017年3月上旬Ver.(A)。ラインは3パターンが検証された。【動画右上】がブラックライン、【動画左下】がラインなし、【動画右下】が明るいライン
▲2017年3月中旬Ver.(E)。様々な質感が試された結果、ヌメヌメとした感じが入ったリアル寄りの質感が選択された
▲2017年3月下旬Ver.。コントラストを調整した比較画像
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▲2017年4月上旬Ver.(A)。よりテカリが強化された
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▲2017年4月上旬Ver.(B)。影色バージョン
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▲傷ありVer.
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▲2017年5月Ver.。傷ありの夕景バージョン
▲ウェントリコスス(なめくじ)の設定画。柔らかなキャラクターのため、ポーズもつぶれなどがあり、様々なパターンが描かれている
▲ウェントリコススのなめくじバージョン。マスクとライティングは仮。愛嬌のある動きが思わず抱きしめたくなるほど可愛らしい
▲第3話の場面カット。カタツムリ姿から一転、なめくじ姿のウェントリコススの動きはアニメーターもこだわったところで、愛らしさがあふれている
[[SplitPage]]ルチルの髪の質感
ルチルは針状結晶で産出されることがある鉱石だということに由来し、山本氏の発案によって髪の3Dモデルは二重構造で繊維質の屈折・反射物(3ds Maxはスプラインをそのまま出せることもあり、針状の大量のスプラインを作成した)が入れられている。「オーダーされたわけではありませんが、京極監督に提案したところすんなり採用してもらえました」(山本氏)。
▲ルチルの設定画。こちらを参考にしつつ、CGでは針状結晶で産出されるという鉱石の特徴が加えられた
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▲ルチルのルックテスト2016年10月Ver.
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▲ルチルのルックテスト2016年12月Ver.
▲ルチルの髪の3Dモデル
モルガナイトの髪の質感
モルガナイトの髪はハイライトに特徴がある。原作を踏襲して影付け参考時点で独特な丸いハイライトが入るデザインになっていたため、それを目指して工夫されている。「テクスチャで貼り付いたようなハイライトにしたくありませ んでした」(山本氏)ということで、見えない大きなライトを頭上に浮かべて、自然に丸くハイライトが入るように設定された。アーティスティックな原作の雰囲気を大切にし、細かな部分まで再現している。
▲モルガナイトの設定画。髪の毛の丸いハイライトが特徴的である。CGで表現するにあたり、工夫が必要となった
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▲モルガナイトのルックテスト2016年12月Ver.
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▲モルガナイトのルックテスト2017年2月Ver.
▲3D空間で見たモルガナイト。頭上にハイライト用のライトが置かれている
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TVアニメ『宝石の国』
TOKYO MX、MBS、BS11、AT-Xにて好評放送中
原作:市川春子『宝石の国』(講談社『アフタヌーン』連載)
監督:京極尚彦
CGチーフディレクター:井野元英二
制作:オレンジ
© 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会