SIGGRAPH期間中に開催されるProduction Sessionでは、ハリウッド映画のメイキングが連日披露される。今年も興味深いテーマが目白押しであったが、本稿ではProduction Sessionsの中から、『Generations of Houdini in film』をふり返る。

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TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe



イアン・ファイレス(以下、イアンMC):みなさん、こんにちは。本日の司会を務めさせていただきます、シドニー在住のVFXジャーナリスト、イアン・ファイレスです。雑誌「3D World Magazine」、「Computer Graphics Wrold」、「VFX Voice」等に寄稿させていただきながら、ブログ『VFXBLOG』を主宰しています。このパネルの司会を務めさせていただき、大変光栄に思います。

今日は、1996年にHoudiniが初めてリリースされたときからのユーザー、その前身であるPrisms時代からのユーザー、逆に最近プロシージャルなワークフローに魅了された方まで、様々な世代のクリエイティブ・リーダーシップの方々にお集まりいただきました。

Photo by John Fujiii © 2018 ACM SIGGRAPH

登壇者たち(向かって右から)
イアン・ファイレス/Ian Failes(VFXジャーナリスト
ロブ・ブレドー/Rob Bredow(シニア・バイス・プレジデント/エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター、Industrial Light & Magic(ILM)
マーク・ホジキン/Mark Hod­gkins(グローバル・ヘッド・オブ・FX、Double Negative
アンディ・ヘイズ/Andy Hayes(ヘッド・オブ・エフェクト、Framestore
マット・エステラ/Matt Estela(VFXリード、UTS Animal Logic Academy
マイケル・カチャウク/Michael Kaschalk(ヘッド・オブ・エフェクト、Walt Disnye Animation Studios


イアンMC:まずはパネラーのみなさんを紹介しましょう。私の右隣にいらっしゃるのが、Industrial Light & Magic(ILM)シニア・バイス・プレジデントでありエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター、そしてヘッド・オブ・ILMを務めるロブ・ブレドーさんです。ブレドーさんは、HoudiniがPrismsという名前だった頃からのユーザーで、文字通りパイオニアです。最新の参加作品『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』では、VFXスーパーバイザーだけでなく、プロデューサーとしてもクレジットされています。

Solo: A Star Wars Story Official Trailer

イアンMC:続いて、Double Negative(DNEG)ロンドンのグローバル・ヘッド・オブ・FXを務めている、マーク・ホジキンさんです。『スター・トレック BEYOND』『エクソダス:神と王』『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』『ラッシュ/プライドと友情』など、多くの作品に携わっています。

Rush - Trailer 3

イアンMC:そのお隣が、Framestoreロンドンのヘッド・オブ・エフェクト、アンディ・ヘイズさんです。Framestoreで参加された作品では、『スター・トレック BEYOND』『パディントン2』『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『プーと大人になった僕』『デッドプール2』『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』などがあり、これから公開される作品には『メリー・ポピンズ リターンズ』、そして『ダンボ』があります。

Mary Poppins Returns | Official Trailer

イアンMC:続いては、マット・エステラさん。Houdiniトレーニングのサイトとして有名な「CG Wiki」を主宰されるほか、現在はメルボルンにある大学UTS(University of Technology Sydney)に開設された「UTS Animal Logic Academy」にてVFXリードとして教鞭をとり、後進の指導にあたっていらっしゃいます。余談ですが、私の自宅から5分ほどの所にお住まいなので、今度、ドアをノックしてやろうかと思う今日この頃です(笑)。

最後が、マイケル・カチャウクさんです。ロサンゼルスのWalt Disnye Animation Studiosのヘッド・オブ・エフェクトとして、『モアナと伝説の海』『ベイマックス』『塔の上のラプンツェル』『ボルト』等の長編アニメーション作品における、優れたエフェクト・アニメーションを総括をされてきました。

Moana Official Trailer

今年のエキシビションにおけるSideFXブースは、ただ椅子が置いてあるのみ(笑)「これじゃブースじゃなくて、休憩所だ!」と思わずツッコミを入れたくなる感じだが、ご安心を。案内係が常駐し、別フロアで開催されていた「Houdini HIVE at SIGGRAPH 2018」のスケジュール表を配布していた。そちらでは、ユーザー事例のプレゼンやチュートリアルセッションが連日行われており、最終日の夕方にはミニパーティ(後述)も催された(筆者撮影)

イアンMC:さて。Houdiniは20年以上の歴史があり、開発元のSideFXにいたっては30年もの歴史があります。まずは「Houdini、またはPrismsを初めて使ったときのこと」を聞かせてください。

ロブ・ブレドー(以下、ロブ@ILM):私が3Dアニメーション・ツールとして最初に使い始めたのはWavefrontの「Advanced Visualizer」でした。鳥の群れが一斉に飛び立つアニメーションを作成しようとしていたのですが、ちょうど廊下の反対側で、初代Prismsを操作しているアーティストがいたのです。「プロシージャル」という、初めて聞くアプローチのツールに大変興味を抱きました。また、その当時はまだ簡単ではなかったブロッビー・レンダリングがMantraでは実現できるのを目の当たりにして驚いたことをよく覚えています。たしか1993年頃のことですね。

イアンMC:ロブさんは、『インディペンデンス・ディ』(1996)のエフェクトも担当されていましたよね。

ロブ@ILM:はい、ウエストLAにあったVisionArt(※2000年に閉鎖)に所属していたときですね。そのときの私は背景のドッグファイト・シークエンス用に多くのツールを開発していました。今でこそHoudiniには多彩なパーティクル機能ありますが、当時のPrismsにはSOP中のParticleSOPしかありませんでした。そこで自分で開発したParticleシステムによって、戦闘機のドッグファイトの素材を作成し、それをコンポジターに渡してショットを完成させたのです。後日、そのツールをSideFX開発チームに見せたところ、「これは、良いアイデアですね!」と。数年後にこのアイデアを参考にしたPOPSを実装してくれました。

マーク・ホジキン(以下、マーク@DNEG):初めてHoudiniを使ったときに、その独創的なアプローチに大変興味をもったのです。プロシージャルな操作手順でオーシャン・サーフェスなどを作成したりしましたね。CHOPSがいろいろと応用が効くのも面白かったですね。

アンディ・ヘイズ(以下、アンディ@Framestore):私が最初にHoudiniをさわったのは、バージョン3でした。『インディペンデンス・ディ』を観てHoudiniに興味を抱いたのです。宇宙船をプロシージャルで作成したりしていました。

イアンMC:マット・エステラさん、あなたは確か、Houdini初期バージョンからのユーザーでしたよね?

マット・エステラ(以下、マット@UTS):ええ、そうなんですけどね......。このセッションは録画されていませんよね?(目前の客席に陣取るSideFX関係者たちを見ながら)終了後にSideFXの人に怒られるなんてことはありませんよね? 実は学生時代、友人経由でHoudiniのクラック版が手に入りまして(場内爆笑)、それをインストールして初めて操作してはみたのですが、よくわからないわ、クラッシュするわ......。それ以後は、しばらくの間、ふれていませんでした。それが、私のHoudiniとの出会いでした。

イアンMC:(笑) さて、マイケル・カチャウクさん、あなたはいかがですか?

マイケル・カチャウク(以下、マイケル@Disnery):今年45歳になるのですが、使い始めたときは20代でした。当時Digital Domainから、「映画『アポロ13』(1995)でPrismsを使える人材を探しているんだけど知らないか?」と連絡をもらったのがきっかけです。Prismsなんて聞いたことがなかったので興味を抱き、独学で使いはじめました。その頃は、今のようにフリーの試用版をダウンロードできるわけではなく、習得するための環境を整えるだけでも大変でした。ですが、がんばって勉強を続けた後、実際に商業案件で利用したのが、Disney入社後になります。映画『ファンタジア / 2000』における組曲『火の鳥』のシークエンスでした。

SIGGRAPHでは、新しいノベルティTシャツをゲットするのも楽しみのひとつだ。右端が2018年の新作(筆者撮影)

イアンMC:続いて、Houdiniを使用した最も印象に残る作品、そして、とても苦労した作品を順番に教えてください。

アンディ@Framestore:印象に残っているのは『47Ronin』ですね。オーガニックなクリーチャーが複雑に絡むエフェクトが多く、ジオメトリのトポロジーが頻繁に変わったり、物量も多く、大変でした。オブジェクトを大量発生させてシュミレーションを掛けたところ、社内ツールが3ケタまでのIDしかサポートしてなくて、999を超えた段階で0に戻ってしまい、シュミレーションが一気に破綻しました。ええ、『2000年問題』と同じ原理です。悲しい思い出でした(苦笑)

47 Ronin HD Trailer

マーク@DNEG:ある作品で、膨大な数の宇宙船が乱流のごとく飛び交うショットを担当したことがありました。膨大な数のキューブをアニメートして動きを決め、それらのキューブに後から宇宙船を当てはめていったのです。演出も複雑で、週末も出勤するなど、かなりの時間を要しました。ですが、われわれが制作したショットは本編ではあまり使われませんでした(苦笑)

マイケル@Disnery:『ベイマックス』のワーム・ホールのシークエンスが、個人的には印象に残っていますね。マンデルブロ集合を使用したボリュメトリック・データが大量に登場するので、最初はこの手法を本当にプロダクションで使用可能かどうか、大変なリスクがありました。しかし、チームの努力によって、リスクはどんどん下がっていきました。1フレームあたりのデータ量は最大で3テラバイトにまで達しましたが、全98ショットで使用することができました。

Disney's Big Hero 6 - Official US Trailer 2

マット@UTS: 『レゴバットマン ザ・ムービー』で、雨のルックデヴを担当していたのですが、『アードマン・アニメーションみたいなストップモーション風の雨と、超リアル系なVFX風の雨と、その両方を見せてくれ』というリクエストをいただきました。そこで、まず最初にリアル系の雨を見せたら、『レゴで作ったような雨も見たい』と。そこで、作って見せたら、今度は『レゴの雨と、リアル系の雨の、ハイブリッドな雨を見たい』と。そんなこんなで最終的な雨のスタイルが決まるまで、1か月以上かかりました。ですが、完成した本編に雨のシーンなんて登場しませんでした(苦笑)

The LEGO Batman Movie - Trailer #4

ロブ@ILM:『キャスト・アウェイ』の飛行機の海面墜落シーンが印象に残っています。当時Sony Pictures Imageworksの精鋭7人で完成させたのです。水のシーンは今やっても難しいものですが、あの当時のテクノロジーで良くがんばったと、われながら思います。テストで作った海面の出来映えが素晴らしかったので、担当したデイブ......彼の苗字をド忘れしてまったのですが(苦笑)、デイブに『すごいね。この海面のノイズの絶妙なフリクエンシーの設定とか、どうやって作った?』と聞いたら、『単にPointSOPでサイン関数を掛け合わせだけだ』と(笑) 『君はすごくラッキーだ! 普通、こんなシンプルな設定だけで、ここまで上手く見せられるヤツはいない。論文書いた方が良いよ!』などと、盛り上がりました。

『サーフズ・アップ』でもHoudiniが大活躍しました。MayaとHoudiniを駆使して、『アニメーターがコントロール可能な波』をプロシージャルに生成したほか、サブサーフェスをシェーダに組み込むなど様々なチャレンジがありました。おそらく、『アニメーション映画でフォトリアルな海面をつくった最初の作品』だったのではないかと思います。

Surf's Up - Trailer

イアンMC: さて、Houdiniはプロシージャルなワークフローが大きな特徴だと思いますが、みなさんのスタジオではどのように活用しているのでしょうか?

マーク@DNEG:プロシージャルなプロセスは、プロダクション・ワークフローの中で、クライアントのニーズに応えるのに大変適しています。Houdiniはその意味で良くフィットしていると言えます。何か変更が出た場合にも、大規模な作り直しの手間が発生するのを防ぎ、かつ効率的に作業が行えます。

アンディ@Framestore:演出上の要求に対して、コントロールがしやすいという利点は大きいと思います。シュミレーション自体に大きな変更をすることなく、細かい調整を加えやすい。フィルム・メーカーたちは、VFXテクノロジーが、『Better and Faster(より良く、より速く)』になっていることを知っていますから、新しいアイデアをどんどん出してきます。Houdiniはそうした要望に応えることができます。

イアンMC:カチャウクさん、長編アニメーションの制作現場におけるプロシージャルはいかがですか? 実写のVFXと比較して、何か大きなちがいなどはありますか?

マイケル@Disnery:.大きなちがいはないと思いますよ。チャレンジも利点も、ほぼ同じではないでしょうか。『チャレンジ』という観点では、プロシージャルの課題は"インタラクティビティ"だと思います。複雑なプロシージャル・プロセスを駆使していると、ViewPortに表示されているもの=必ずしも処理結果やレンダリング結果に直結するものではない、という場合があります。もちろん状況によりけりですが、例えばViewPort上に見えている姿はあまり信頼できず、実際にレンダリングするまでわからないこともあります。また、SOPのネットワークが長くなればなるほど、処理時間も遅くなるので、随所随所でキャッシュに書き出して、計算時間を短くする等の工夫も求められますよね。

反面、ポジティブな部分では、様々なコントロールができる利点があります。プロシージャルなワークフローが功を奏した好例としては、『ベイマックス』における"マイクロボット"の表現があります。マイクロボットは、何かの映画で観たことがあるようなデザインではなく、『斬新で、ユニークで、魅力のあるもの』でなければなりませんでした。その結果、3ヶ月にも達したR&Dの末にツールの準備が整い、全200ショットを完成させる段になり、私は全FXアーティストに『1ショットにつき4日間で仕上げるように』と指示しました。プロシージャルなプロセスのおかげで、この計画通りに完成させることができました。

イアンMC:最近は、HoudiniをFXシュミレーション以外の用途でも活用するスタジオも増えてきたようですね。DNEGではいかがですか?

マーク@DNEG:Houdiniをエンジンとして、Volumeツール、リギングツール、レイアウト、ライティング、などの用途にも使用すること力を入れています。より多くのライセンスが必要になりますけど(笑)

イアンMC:プロダクションにおけるHoudiniの利点とは?

ロブ@ILM:最近は群衆表現における利用頻度も増えていますね。また、パイプラインに組み込みやすいので、社内ツールとの連携など、ワークフローの面でもかなり強力です。

マイケル@Disnery:『モアナ』で、FXアーティストの1人であるデイビッド・ハッチンスが開発した、ボートから波紋を自動発生させるツールは利便性が高く、重宝しました。ボートが絡む95%の海のショットで使うことができました。実は、リグによる方法など、他にも様々なテストを行なったのですが、彼がHoudiniで作成した設定が最も効果的に機能しました。Houdiniの拡張性を示した好例だと思います。

イアンMC:そういえばFramestoreは先日、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』VFXブレイクダウン動画を公開されましたね。とてもカッコ良かったです。

Avengers: Infinity War | VFX Breakdown | Framestore

アンディ@Framestore:ありがとうございます。クリーチャーが絡むエフェクトが多くて大変でしたが、とてもクールなショウでした。

イアンMC:さて、終了時間が近づいてきましたので、これが最後の質問です。今日は、SideFXのキム・ディビットソンCEOが客席にいらっしゃいます。ずばり、みなさんが「今後のHoudiniに望むもの」をお聞かせください。

マイケル@Disnery:ライティング・パイプラインの今後の展開は興味がありますね。また、個人的にはリアルタイム・マルチ・ユーザー・インタラクション、複数の人が一緒にセッションを共有して作業できるようなアプローチなどもいつか実現してほしいと思います。AIを応用して、より効率的に、より早く設定ができる機能にも期待したいです。

マット@UTS:最近ようやく、噂のTouchDesignerをダウンロードして遊んでみたのですが、インターフェイスもわかりやすくて、面白かったです。こうしたアイデアがHoudiniにも反映されると、楽しいのではないでしょうか。

アンディ@Framestore:われわれはプロダクションでシュミレーションを良く使うので、関連機能のさらなる強化を。あとはHDKのドキュメンテーションを、もうすこし充実してもらえると、ありがたいですね。

イアンMC:ディビットソンCEO、ぜひメモをとっておいてください(笑)

マーク@DNEG: ViewPortのGPUによる描画速度向上、そしてMantraのGPUレンダリング。そして、より速いシュミレーションなどに期待したいです。

ロブ@ILM:斬新で便利な機能が登場してくれると嬉しいですね。これまでSideFXが業界に示してきたビジネス・モデルは素晴らしいと思います。今後は、よりユーザーも増えて、様々な良いアイデアが出され、Houdiniがさらに洗練されていく姿を楽しみにしています。

SIGGRPAH会期中に開催された『HIVE SOCIAL』(Houdiniユーザー交流会)の様子。世界中からユーザーが集まり、親睦を深めていた(筆者撮影)