1989年『ヤングマガジン増刊 海賊版』(講談社)にて士郎正宗が原作漫画を発表して以来、気鋭のクリエイターが映像化し続けてきた『攻殻機動隊』。その最新シリーズとなる『攻殻機動隊 SAC_2045』が2020年4月よりNetflixにて全世界独占配信されている。当初から3Dで表現されていた思考戦車のタチコマはもちろん、本作では全てが3Dとなり公安9課メンバーのデザインも一新された。本記事では、その制作背景を「- No.1 - 草薙素子篇」「- No.2 - タチコマ篇」の2回に分けて探っていく。

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 263(2020年7月号)掲載の「 フル3Dとなって再結集された2045年の公安9課 アニメシリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』」に加筆したものです。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

▲『攻殻機動隊 SAC_2045』| インタビュー&メイキング映像


  • ◀左から、ライティング/コンポジットスーパーバイザー・高橋孝弥氏、3Dキャラクタースーパーバイザー・松重宏美氏、荒牧伸志監督、リギングスーパーバイザー・錦織洋介氏、神山健治監督、モデリングスーパーバイザー・田崎真允氏、リギングスーパーバイザー・井上暢三氏

3Dが抱える問題の性質は作画のそれとは真逆

『攻殻機動隊』を「フル3Dで、神山健治監督と共同監督したい」と、荒牧伸志監督が石川光久氏(Production I.G 代表取締役社長)に提案したのが発端となり、本作の企画が始動した。最初のミーティングが行われたのは2015年の春で、同じく両氏が共同監督した『ULTRAMAN』(2019)よりも着手は早かったという。


  • 神山健治監督

  • 荒牧伸志監督


本作のシリーズ構成は神山監督が担っており、シーズン1(全12話)の脚本は神山監督と5名の脚本家が分担している。絵コンテは両監督に加え、8名の演出家が分担しており、4話以降のチェックは主に荒牧監督が担っている。その後の工程は両監督が一緒にチェックしており、役割分担をしていない。「モデル、レイアウト、ライティング、モーションキャプチャ、アニメーション、コンポジット等々、ほぼ毎日、何らかのチェックを一緒にやっています。意見が合わない場合は、お互いが納得するまで話し合います。意見が分かれたままだと、スタッフが困ってしまいますから」(荒牧監督)。

この体制のメリットは、多角的なチェックができることにあると荒牧監督は解説した。3D映像はチェックを必要とする要素が多いため、相互に補完しあう体制が大きな効果を生んでいるという。「例えば、神山さんがメインの2人をチェックしているときに、僕はその周囲にいる人たちの立ち位置や、動きのタイミングを見る、といった具合です。曖昧になっていた部分に相手の指摘で気がつき、演出方針を見直すといったこともあります」(荒牧監督)。

『攻殻機動隊』を3Dで表現する試みは、経験豊かな両監督であっても試行錯誤の連続のようだ。「3Dが抱える問題の性質は、作画のそれとは真逆だということが、やればやるほどわかってきました。同じように観せるためには、全然ちがうアプローチが必要なんです」(神山監督)。アプローチの具体例は以降で紹介する。

▲【左】イリヤ クブシノブ氏(キャラクターデザイン)が2017年8月に描いた草薙素子/【右】同年9月に描いた素子。こちらはNetflixのWebサイトをはじめ、様々なかたちで使用されることとなった


▲同じく、9月に描いたコスチュームのデザイン案。モダンはもちろん、マニッシュ、ロマンティック、カジュアルまで、様々なイメージを提案している


▲デザイン決定稿(2018年7月完成)。「最初にイリヤさんにお会いしたとき、素子のファンアートを見せてもらったんです。『攻殻機動隊』のファンで、フレッシュな感じだったので、お願いすることにしました」(神山監督)。イリヤ氏のInstagram投稿をさかのぼると、素子やバトーのファンアートが2013年頃から複数回アップされている。気になる人はチェックしてみてほしい


©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会 | ©Shirow Masamune, Production I.G/KODANSHA/GITS2045

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2017年にデザイン着手し、2019年に完成したフル3Dの草薙素子

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2017年にデザイン着手し、2019年に完成したフル3Dの草薙素子

本作のCG制作は、SOLA DIGITAL ARTSが主導しており、一時期は『ULTRAMAN』の制作と併行して進められた。シーズン1に参加したスタッフは約180名で、同社の社内スタッフ(約100名)と、フリーランスや協力会社の社外スタッフ(約80名)という内訳になっている。

同社のChief Content Officerを担う荒牧監督は、映画『APPLESEED』(2004)を皮切りに、精力的にフル3D作品の可能性を探ってきた。本作のスタッフには、そんな荒牧監督の作品制作を長年支えてきたメンバーが数多く含まれている。


  • 田崎真允氏(モデリングスーパーバイザー)
  • 例えば、田崎真允氏(モデリングスーパーバイザー)と荒牧監督の出会いは『EX MACHINA』(2007)にまでさかのぼる。「本作は群像劇なので、『ULTRAMAN』以上に登場人物が多いのに加え、モブ、プロップ、背景も大量です。それらを短い期間で、効率良く制作・管理できる体制づくりが最初の課題でした」(田崎氏)。


そこで草薙素子の制作とメインキャラクターのチェックは松重宏美氏(3Dキャラクタースーパーバイザー)が担い、そのほかのアセットは田崎氏が管理するという体制が採られた。

▲【左】松重氏が2018年3月に作成した素子の初期モデル。「石川社長にお見せしたら、すごく良い反応でした」(荒牧監督)/【右】2018年5月時点のモデル。顔の形状はほぼ完成しているが、髪の形状はその後も試行錯誤が続いた。この時点ではラインが入っておらず、ルックはかなりちがう


▲2019年5月に完成したモデル


©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会 | ©Shirow Masamune, Production I.G/KODANSHA/GITS2045

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『ULTRAMAN』の制作を通して見えてきた、リグの課題とその解決

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『ULTRAMAN』の制作を通して見えてきた、リグの課題とその解決

リギングスーパーバイザーは錦織洋介氏と井上暢三氏の2名体制とし、錦織氏がメインキャラクター用に開発したリグを、井上氏がゲストキャラクターやモブ用にチューニングするという分担がなされた。さらに、社外スタッフのタスク管理と、特殊なリグの検証は錦織氏、社内スタッフのタスク管理や教育は井上氏が担うことで負荷の分散を図っている。「全キャラクターの指標になったのが、素子とトグサです。素子は最初に着手したにも関わらず、完成までに一番時間を要しました」(錦織氏)。


  • 錦織洋介氏(リギングスーパーバイザー)

  • 井上暢三氏(リギングスーパーバイザー)


▲『ULTRAMAN』と同じく、本作のキャラクターの動きはモーションキャプチャベースになっている(表情や、指の細かな動きは手付け)。「動きがリアルだからこそ、股関節の位置が不自然に高いと、見覚えのないところが動いているように見えるんです。歩くにしろ、座るにしろ、骨盤の入っていないフニュフニュした感じの腰になり、格好良くありません。そのため早い時期から、低くするよう依頼していました」(神山監督)


手のリグに対しては、1. クローズアップに耐えられる手にしたい、2. 人形っぽさをなくしたい、3. 銃をしっかり握りたい、という要望が両監督から出された。「手の外形と内部構造を改めてリサーチし、モデルチームの協力を得ながら、トポロジーとボーンの配置を見直しました。キャラクターの量産に対応できるよう、変形は補助骨で実現できる範囲にしています。『ULTRAMAN』では、変形時に手の体積を減らさないために補助骨を使いましたが、本作では骨の隆起や筋肉の収縮を感じさせるために使っています」(井上氏)。

▲手・膝関節・肘関節の変形チェック用動画。手の変形では、拳を握ったときに指と指の間に隙間ができないようになっている。また、いずれの変形においても、骨の隆起や筋肉の収縮を感じさせることを目指している


▲【上】先のチェック用動画から、さらに手のバランスを改良し、OKとなった/【下】完成した手の補助骨


▲素子の手。「手と同様、肩や肘の曲げ伸ばし時のシルエットも改良しており、素子には一番リッチなリグを仕込んであります」(錦織氏)

モデリングとリギング時の身長を170cmで統一し、データのパブリッシュ時に変更

キャラクターのデザインやモデリング時には、前述の股関節の指示に加え、「スーパーモデルのような頭身ではなく、頭を大きめにしてほしい」という指示が両監督から出された。「モーションキャプチャベースの場合、スーパーモデル体型だと、座ったときに膝が身体にめり込んだりして、アクション時のポーズが決まらないので、やや寸詰まりの体型にしています。それでも実際の人と比べると、足は長い方だと思います。僕は以前から、3Dを作画の代用品にしたくないと思ってきました。本作では、アニメシリーズとして最適解のルックやつくり方を神山さんと一緒に探っています」(荒牧監督)。

▲【上】本作のキャラクターは、モデリングとリギング時の身長を170cmで統一し、体型は標準・筋肉質・老人のいずれかをベースにすることで、流用を容易にしている。データのパブリッシュ時にShotgunに入力した本来の身長が参照・反映されるため、簡単に身長を変更できる仕様になっている。ただし、170cmでモデリングするとポケットが大きすぎるなどの問題があり、モデリング作業は全て本来の身長で行われた/【下】Shotgunのアセット管理画面。各キャラクターの身長が入力されており、パブリッシュ時に参照される



「- No.1 - 草薙素子篇」は以上です。
「- No.2 - タチコマ篇」では、新・旧タチコマの制作背景と、両監督による3Dならではの設計・演出にスポットを当てます。合わせてご覧ください。

©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会 | ©Shirow Masamune, Production I.G/KODANSHA/GITS2045

info.

  • Netflixオリジナルアニメシリーズ
    『攻殻機動隊 SAC_2045』
    2020年4月23日よりNetflixにて全世界独占配信中
    (中国本土を除く)

    原作:士郎正宗『攻殻機動隊』(講談社 KCデラックス刊)
    監督:神山健治 × 荒牧伸志
    シリーズ構成:神山健治
    キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
    制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
    製作:攻殻機動隊2045製作委員会
    ghostintheshell-sac2045.jp



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.263(2020年7月号)
    第1特集:CG業界のリモートワーク事情
    第2特集:実写版『映像研には手を出すな!』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年6月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw263.html