東京は上野の浅草寺のほど近く。山崎友一朗氏の営むデジタルホビーの店舗はそこにある。山崎氏の"工房"にたどり着いた筆者たちを待ち受けていたものは、まるで大空を夢見る少年のおもちゃ箱をひっくり返したような山崎氏のアトリエだった。決して広くないアトリエには、ドローンやカメラの完成品や部品が雑然と"散乱"しており、ただただ圧倒される。外から一見すると骨董屋、中に入ると機械ものの修理工場や町工場のようにも感じられる。広い作業台に設えられたマルチスクローンのPCを見ると、「あぁ、ここは映像を扱うアトリエなんだな」とわかる。

▲山崎氏のアトリエ(デジタルホビー店舗)

ほどなくして現れた亀村文彦氏と山崎氏は既知の間柄で、作業台の上に置かれたカメラリグや超魚眼レンズに換装したGoProなどを手にとって簡単な情報交換をしたり、かつて一緒に取り組んだ作品のその後、現在取り組んでいる事案の話題などを、いくつか軽妙な語り口で交わした後、そのまま本題に入っていった。

今回の対談では、山崎氏と亀村氏に「360度映像/VR向けのドローンによる空撮」というテーマで語っていただいた。にわかではあるものの、"ドローン元年"ともいわれる今年、筆者は最新ドローンの動向に注目し続けている。また、自分自身の手によるドローン空撮を検討中の筆者にとって、実務の第一線での話をお伺いできたのは、またとないチャンスとなった。はたしてどんな話が飛び出すのかとかと思い胸を躍らせて、お二方の対談に聞き入った。

▲山崎氏のカメラグッズ販売店舗デジタルホビーにて。普段は山崎氏が作業を行う作業台をテーブル代わりに、気取らない対談が実現した

<1>プロの撮影機材を公開!知られざるドローン空撮環境の今

実は、3年前からドローンによるCMや映画用の空撮に事業として取り組んでいる山崎氏。VR熱の高まりを受けてか、ここに来て急に360度動画の撮影依頼が増えているという。市販のドローンでは、カメラだけでも約2.3kgほどあるRED社のプロ用カメラなどを搭載しようとすると、ペイロード(有効搭載量)が足りず安定した飛行を行うことができない。その点、山崎氏はドローンを自作しており、豊富な飛行経験から撮影要求に適切な機材を構成することができる。

▲山崎友一朗氏---DELL、アップル、AMDなどのIT系企業にてセールス・マーケティングを担当。趣味だったカメラの仕事に関わりたくレンズマウントの輸入代理店「デジタルホビー」を開業。映像業界に関わるうちに撮影する側に興味を持ち、特殊撮影のドローン空撮や360度動画撮影などの依頼を受けるようになり自ら製作してドローンによる高品質な撮影を行うようになる。最近ではAKB48のMVや映画『真田十勇士』の空撮も担当した。

例えば、上空から眼下に広がる雄大なランドスケープを美しく撮影したい場合は、カメラリグを用いてGoProを6台使用する。このとき使用するリグは周囲を5台でカバーし、下方向を1台でカバーするものだ。上方向が欠けてしまうが、そもそも上方向にはドローン本体が位置しており、仮に上方向まで撮影できたとしても、そのままでは360度映像としては使えない。そこで空に相当する部分は、別途用意した空を合成するといった手法をとることになる。晴天の空ならCGで用意しても全く問題ないと思われ、非常に合理的な判断だ。曇り空で空に動きがあったとしても、天球のCGを合成するのは比較的容易だと思われる。

「このタイプのカメラリグは、通常は三脚、ヘルメット、車の天井に1台を上方向に向け設置する。360度撮影のライブストリーミング時に、充電ケーブルが妨げにならないよう工夫されているのが特徴だ。」と亀村氏は補足する。それをドローン撮影用に逆に吊り下げて設置してしまうところが、自由な発想で構成できる自作ドローンを活用する山崎氏ならでは、といったところだろう。

▲山崎氏が自作したドローン。9月より公開の映画『真田十勇士』で実際に使用されたものだという

クライアントからの要求が、より高解像度のものであった場合には、10台のGoProを使用することもあるという。こちらは、7台で全周囲をカバーし、下方向を2台で、上方向を1台でカバーする。すべての撮影素材をステッチング(つなぎ合わせ)すると、360x180度で12,000x6,000px解像度の映像が得られ、映像品質としては申し分ない。

このほかにも、ドローンを完全に消してしまうために280度をカバーする超魚眼レンズに換装したGoPro2台で、ドローンを背中合わせにはさんで使用することもある。もちろん解像度は及ばないものの、完全にドローンを消し込んだ撮影素材を得ることが最優先事項の場合に有効な手段だ。なお、このケースで山崎氏は、超魚眼レンズにCP+ 2016で見かけた「Entaniya Fisheye」を使用しているとのことだった。決して純然たるホビー用途というわけではなく、シンプルながらプロも認める構成といえるだろう。

▲GoPro10台を使用する際につかうカメラリグ

これら、ちょっと驚きのGoPro台数のカメラリグだが、現時点では各カメラの同期を自動的に取ることができないのだという。同じフレーム同士を正確にステッチングするために、正確な同期が必要なのだが、リグでまとめた複数のGoProはそれぞれが個別に撮影しており、相互に何の関係もない。撮影開始のタイミングを一致させる制御を行う仕組みがないのだ。かといって目分量で雑にステッチングして、360度映像の一部分だけがズレてしまったのでは話にならない。60fpsで1フレームずれただけでも、カメラが大きく動くと人間は不自然に感じてしまうのだ。

そこでどうするか。この問題に対する亀村氏の解説は実にシンプルだった。なんと、カメラリグをすっぽり覆うようにフードをかぶせ、その中で閃光を録画し、その発光を頼りにして、ポストプロダクションの段階で、ツールを用いて同期を取るというのだ。デジタル的にシグナルを送るような制御が無理でも、機械的に録画開始ボタンを押すような装置を用い、その機構に制御を送るようなことを想像していた筆者にとって、この解は実に意外だった。デジタルデータを撮影する現場でも、こういったアナログなやり方は生きているのだな、と変に感心させられた。

もっとも、この問題は間もなく解決しそうだ。というのも、年初にラスベガスで開催されたCES2016で、360Heros社から複数のGoProの同期を行う「Bullet360」コントロールシステムが発表されたからだ。「Bullet360」を搭載し、6台のGoProで360度水中パノラマ撮影可能な「360ABYSS」の新バージョン「NEW 360Abyss-v4 with 6 Camera Lock and CASE」が、5,985ドル(約66万7千円)でアメリカではすでにリリースされている。今回話題にのぼった10台のGoProを使用するカメラリグ「PRO10HD」の「Bullet360」搭載版である「PRO10HD Bullet360」も、1,740ドル(約19万4千円)でプレオーダーを受け付けている段階だ。同社の製品ラインナップには、GoProを24台使用するものも含まれているほか、「Bullet360」非対応ながら12台または14台のGoProを使用して、立体視用素材の撮影が可能なものも予定されている。ほどなく山崎氏のデジタルホビーでも取り扱いが始まることだろう。

現状できないことといえば、実写撮影素材とCGとのマッチングも、比較的大きなテーマだと言える。以前、CP+ 2016レポートJapan Drone 2016レポートでも触れた通り、GPSやそれを補完する障害物を検知したり位置を補正したりする各種センサーを搭載していながら、現在のドローンは正確な座標とカメラの向きを取得することが簡単にはできない。ゲームワールドやDCCツール上の空間ありきで考えてしまう筆者にとって、この事実はなんとも歯がゆい。精度の高いカメラアニメーションをそのままデータとして取得できれば、計算コストの高い平面画像解析によるマッチムーブを行わなくても、CG素材同士の合成のように簡単にコンポジットできるからだ。

ところが、実際の実写合成の現場では、実写とCGとの合成にマッチムーブを使用している。CGWORLD vol.212に掲載されたNHK大河ドラマ「真田丸」のタイトルバック制作でも「ドローンによる空撮は、確かに迫力ある画が撮れるのですが、軽量で小型ゆえにカメラの揺れが大きいんです。ターゲットのマーカーを配してもすぐにフレームアウトしてしまうので、トラッキングとスタビライズにはとにかく苦労しました」とコメントしている。

参考:
実写のダイナミズムをVFXで高める。前人未踏の表現に挑んだ、NHK大河ドラマ『真田丸』タイトルバック

このような事例に対して、実際に現場の状況を理解しているわけではないが、と断った上で、山崎氏からは「ドローンが風に弱い一面があることを認めながらも、そうした問題にぶつかっても安定した飛行をするための機体や撮影技法の工夫があり得る」というコメントが'得られた。

筆者は、ごく近い将来に筆者は、ごく近い将来にクリアされることに期待している。今は精度的にまだまだであっても、ドローンに採用されているGPSの精度は、技術の急速な進歩で瞬く間に向上するだろう。

▲株式会社ロゴスコープ代表取締役。株式会社ロゴスコープでは、デジタルシネマ及び自動車産業における撮影・編集・VFX・上映など映像制作に関するワークフロー構築およびコンサルティングを行っている。とりわけ ACES 規格に準拠したシーンリニアワークフロー、 BT.2020 規格を土台とした認知に基づく映像の高リアリティ化を進めている。最近では 360 度映像及び一人称視点のストーリーテリングにおいて必要な基礎技術と、ビジュアルエフェクトの探求をおこない、バーチャルリアリティ上での劇映画の表現基盤形成に取り組んでいる。

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<2>プロが狙う次世代ドローン空撮環境

すでに独自のドローン空撮環境を構築し、数多くの実績を重ねる山崎氏だが、その目はすでに次世代に向かっている。今現在は、360度コンテンツの公開の出口はウェブであることも多いため、現時点では先述したGoProリグのシステムで品質的に十分だという。GoProは色再現性も素直で発色が良く、ログの収録も可能だ。自動露出機能と組み合わせれば、コスト面も含めてポストプロダクションにおいて現状最も扱いやすいと亀村氏も認めている。

一方で、RAWで撮影するのが当たり前のCMや映画を製作しているクライアントには、GoPro以上のカメラを求められるケースが出ていると山崎氏はいう。そこで次世代のドローン環境として、かなり広角なレンズを用いたBlackMagic社Microを複数台搭載したドローン空撮システムの導入を構想しているとのこと。山崎氏の自作ドローンならば、たとえ総重量が8kgになったとしても十分に安定した空撮が可能だと氏はいう。

高性能カメラを搭載する理由は、関与するプロジェクトの意思決定者の理解の問題だけではない。実際、これらプロユースのカメラはセンサーサイズも大きく6K動画をRAWで100fpsで記録することができるものもある。RAWであれば画質の劣化はなく、そもそものダイナミックレンジも広い。これはポストプロダクションにおいてCGと合成する際にも自由度が大きいことを意味する。一部のコーデックを除いて、基本的に動画のエンコードは不可逆であるから、既存のシステムとの差は決して小さくない。映像の最終品質を高めるために、プリミティブな素材の劣化がないことが最も有効なのは誰が考えても明らかだ。

ここに現世代のドローン空撮で培った山崎氏のノウハウが加わると、さらに高品質な映像が得られることだろう。具体的な内容を聞くことはできなかったが、ドローン本体の揺れを抑えることひとつを取っても、独自のノウハウがあるという。このほかにも、カメラのシャッターの仕組みに起因するローリングシャッター問題や、ドローン本体の形状によっては足が写ってしまう問題、ドローンのローターがブレとしてフレーム内に写ってしまう問題など、ドローン空撮の素人では直ちに解決できない問題に対しても、対処法があるというのだ。

やはり自分自身でフロンティアを切り開いてきたことが大きいのだろう。何か問題があっても、都度改善のためのアイディアを生み出す前提となるノウハウと、アイディアを具現化するアトリエの存在が大きな拠り所となっていると感じられた。

▲山崎氏が撮影を行った『MITSUBISHI ESTATE』
Multicopter 6 Rotor
Battery:TATTU 16000mAh (5min-6min)
Camera:BMCC(production 4k)
Lens:Canon EF16-35mm F2.8L II USM
Gimbal:MōVI M5
ATOMOS:ATOMS2H001

対談の後の余韻に乗じて、山崎氏に対して一般のドローン空撮未経験者がやるなら、どのあたりの機種がいいか尋ねてみた。読者諸氏の参考に、というのはもちろんのこと、筆者自身も参考にするためだ。実際のところ、筆者が想定するようにVRゲームの最遠景としてスカイドームなりスカイボックスに貼り付けるといったユースケースの場合、撮影する素材は静止画でも良い。高性能なジンバルを装備したDJIなどのハイエンドモデルに、要求品質で撮影が可能なカメラを搭載すれば、動画ほど揺れの問題に悩まされることなく撮影可能とのことだった。ただ、VR用途の360度撮影となると、完全に定位置に空中で静止できる前提でカメラを回転させて必要枚数を撮影するか、山崎氏のようにカメラリグを組んだ上で、別途同期の方法についても考慮する必要があるだろう。現在販売中の手が届く価格帯のドローン完成品では、ビギナーには解決できない宿題が残るように感じられるというのが、今回の取材を経た筆者の率直な印象だ。

一方で製品レベルで使用しない、たとえばロケハンでの模擬的なテスト飛行や、CG合成前提のプロジェクトでCG制作側から実写撮影にリクエストを出す目的を兼ねたプリビズのようなものを作成する場合には、そこまで本格的なものでなくても意義があるように思われた。実際、ドローン空撮は自己のテリトリーではないという亀村氏も、あくまでテストとしてではあるが、自身でドローンを飛ばすことがあるという。すでにドローンを活用した映像づくりは始まっているのだ。

ドローン空撮のプロジフェッショナルである山崎氏の凄さは、機材面での最適解の提案にとどまらない。いかなる局面でも安定してドローンを飛行させるテクニックとノウハウがある。なかなか事前に飛行プランを立てておくことができない海外ロケを行うケースでも、現地での対応に強いドローン撮影技術者は、大いに心強いことだろう。亀村氏を始めとする映像業界のプロフェッショナルから絶大な信頼を得て、各所から依頼が舞い込む理由はここにある。

TEXT&PHOTO_谷川ハジメ(トリニティゲームスタジオ
PHOTO_弘田充