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No.012:武蔵野美術大学 造形学部 高山ゼミ

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RESEARCH 1:日本の伝統装飾のプロシージャルな表現

・研究目的

本研究は日本の伝統工芸に見られる装飾文様をプロシージャルに再現するプロジェクトです。伝統工芸品は洋の東西を問わず複雑な装飾を伴うことが多く、その制作には長い時間と労力だけでなく、熟練の職人技を要します。とはいえ近年、伝統装飾を新たな解釈や最新技術でものづくりに取り入れる事例も増えており、日本国内においても訪日外国人の増加に伴いこのながれは今後も加速していくと予測されます。そこで伝統工芸に見られる精緻な装飾文様を数理的なアルゴリズムで生成することは様々な産業に有益であると考えました。

私はこれまでにもいくつか装飾表現を試みており、西洋のゴシック建築に見られる窓枠装飾であるトレーサリーの表現[1]などの代表例があります。これらの経験を踏まえ、本研究では日本の伝統工芸に着目し、日本独自のガラス工芸である切子や、欄間などに見られる木工細工である組子に見られる装飾文様を再現することを試みました。その際、本研究ではL-systemという技法を用いて文様を記述しています。そもそも切子や組子の文様自体はさほど複雑なものではなく、直線を基調としているため手作業で作図したりモデリングしたりすることも難しくありません。しかし本研究ではデジタルコンテンツならではの可能性を見据え、文様自体が成長していく様子をプロシージャルに表現することで新たな応用性を見出すことを目指しました。


・研究内容と、研究方法

先に述べた通り、本研究ではL-systemを表現技法として用いています。L-systemは文字列を用意し、それを任意に定義したルールによって書き換えていく手法です。また、文字列の特定箇所の書き換え操作を反復することで自己相似状態を表現でき、さらにその文字列を図形描画に置き換えることで手作業では描くことが難しい複雑で再帰的な図形を描くことができます。このことからL-systemは樹木のCG表現などに多用されます。なお、L-systemは文字列の置き換えの過程を応用することで図形が生成されるプロセスを表現しやすいという特徴もあるため、樹木が成長する様子を描くアニメーション表現などにも用いられます。


・L-systemによる文様生成

  • ◀▲切子で広く用いられる装飾文様である「八角籠目紋」が成長していく様子。この画像はディスプレイスメントマッピング用のテクスチャとして、グラスの3Dオブジェクトの表面に貼り付けられます


  • ◀▲組子の代表的な装飾「八重麻の葉」の文様が成長していく様子。わずか数行の簡潔なルールによって、動きも含めた文様の生成過程が表現されています


・研究の新規性

本研究では切子や組子の文様を表現する際、ひとつの枝分かれの樹木とみなして定義することにしました。例えば、原点から放射状に幹が成長して途中で枝分かれする樹木のような文法を定義し、これをひとつの装飾モチーフとみなしました。また、モチーフのレイアウトも単なる複製やインスタンスとして図形を並べて配置するのではなく、レイアウト全体をL-systemによって定義することにしました[2][3]。これにより、まるで1本の樹木が成長してやがて葉をつけて花を咲かせるように、文様自体が成長(増殖)していく過程を単一のL-systemで表現することに成功しました。生成された文様はいずれも伝統様式に則っており、実在する美術工芸品にも用いられているものです。

本研究では前述の手法によって得られた図形の画像を、3Dオブジェクトの生成に応用しました。例えば切子の生成では、文様をグレースケール画像のテクスチャとして出力し、ディスプレイスメントマッピングとしてグラス表面に貼り付けています。組子の生成では、得られたパターンを押し出すことで高さ情報を与え、モデリングを行なっています。


・実用の可能性と、今後の課題

伝統文化を次世代へ引き継いでいくための方法は様々です。しかしこれまでの写真や映像といった記録方法では明示的な情報をアーカイブとして記録することしかできませんでした。一方で本研究のように論理的なアルゴリズムによって伝統文様を「しくみ」として記録することも可能であり、圧倒的な緻密さをごく単純なルールで記述できる利点があります。さらにアルゴリズムを組み替えれば、より正確な工芸品の加工プロセスの再現につながる可能性があり、それが実現すれば職人育成のための教育用コンテンツなどに応用できる可能性も生じます。さらに発展させれば、いずれは繊細な職人の技そのものをアルゴリズム化することも可能となり、新しい形式での伝統の継承が実現できるかもしれません。

本研究では、L-systemで文様とその生成過程をアニメーションとして再現したにすぎません。伝統的に正確な文様の再現と、文様が広がっていく視覚的な面白さの実現には成功しましたが、伝統を再現したと言い切るには不十分です。今後のステップとしては、より正確な文様の生成プロセスの再現、すなわちL-systemのルールを組み替えることで、職人が装飾をつくり上げるプロセスそのものを正確に再現することが挙げられます。

例えば切子においては、どのような順番で文様を刻んでいくのか戦略的に考える必要があります。この文様の生成過程が正確に再現できれば、好みの文様やデザインに応じて正しいカッティングの順番が提示されるような設計支援・教育コンテンツへの応用が可能になるかもしれません。組子においては、プロシージャルに生成されたパターンに応じて、部材の数や必要な木材の分量などを正確に算出できる設計支援システムなどへの応用も考えられます。


・アートアニメーションへの応用

▲本研究の応用として制作したCGアニメーション作品『Splendor』。2018アジアデジタルアート大賞展FUKUOKAにおいて、アジアデジタルアート大賞(最優秀賞)、福岡県知事賞、文部科学大臣賞を受賞したほか、SIGGRAPH Asia 2019 のComputer Animation Festival において、Electronic Theater にも選出されました


・参考文献

[1]J. Takayama, "Computer-generated Gothic Tracery with a Motif-oriented Approach", Proceedings of IASDR2013, pp.2489-2500, 2013
[2]高山穣, "L-Systemを用いた組子細工の文様表現", 第4回 ADADA Japan 学術大会, 2017
[3]J. Takayama, "Computer-generated Kiriko Glassware using L-systems", Proceedings of the 16th International Conference of Asia Digital Art and Design, pp.222-223, 2018

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