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No.016:早稲田大学 先進理工学部 森島研究室

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RESEARCH 1:層状面光源を用いたボリュームの実時間間接照明法

・研究目的、背景

今日のゲームやVRに代表されるリアルタイムアプリケーション(以下、実時間アプリ)において、爆発や煙の表現はCG映像の写実性を向上する上で非常に重要な要素です。そのため、これらボリュームを高速かつ写実的に描画するための研究が数多くなされてきました。しかし、多くの既存研究はカメラから直接見えるボリュームの描画にのみ着目しており、爆発などの発光するボリュームのほかの物体表面に対する間接照明(映り込み)に関しては実用レベルで機能する技術が考案されていません。これはボリュームの間接照明の実現には、ボリューム内での複雑な光伝達の実時間での計算が求められることに起因しています。今日の実時間アプリでは、物理的に正確な表現には限界があるため、あらかじめ計算されたテクスチャを用いるなどの手法がとられています。

これらの問題に対処すべく、本研究ではボリュームの間接照明を実時間で描画する方法を開発しました[1]。本技術の特長は、任意のラフネス(粗さ)や形状をもった物体表面への映り込みを高速に描画できる汎用性にあり、幅広い分野での応用が期待できます。


・主な先行研究

前述したように爆発や煙の表現に関しては、その需要の高さから様々な技術が確立されています。例えば一般的な手法として、仮想的な光子(photon)をボリューム内に散布し、それら光子の寄与を累積するVolumetric Photon Mapping[2]があります。本手法はボリュームの映り込みも含めた写実的な画像生成が可能ですが、描画時間が長くなる傾向にあり、実時間アプリでの運用が困難です。

一方、実時間での描画を実現する手法として、シーン内を細かいグリッド状に分割し、それらグリッド内での光伝達を近似的に計算するLight Propagation Volume[3]があります。しかし、本手法はカメラから直接見えるボリュームの描画を重視しており、これらボリュームの映り込みを正確に評価できません。ほかにも、カメラから出射した光線(レイ)上の輝度を累積していくRay Marching[4]という手法がありますが、鏡面での映り込みの描画のみが可能で、任意のラフネスをもった物体表面への映り込みは描画できません。以上の理由により、既存の技術では、実時間かつ映り込みの対象を選ばない、ボリュームの間接照明の実現は困難でした。


・研究方法

写実的な爆発や煙の映り込みを表現するためには、ボリューム全体からの放射光が映り込みの起こる場所にどれだけ入射するかを正しく評価する必要があります。このときの計算を最も単純な方法で行うなら、ボリュームを無数の細かい点光源の集合だと考え、これら点光源からの寄与をボリュームの存在する領域上で体積積分する方法が考えられます。しかし、この積分を正しく評価するにはボリューム内での複雑な光伝達を考慮する必要があるため、最新のハードウェアを用いても実時間で計算することは非常に困難です。

そこで本研究では、ボリュームをある角度で切断すると、その切断面が面光源として扱えることに注目しました。この考えに基づくと、互いに平行な面光源が幾重にも積層したもの(層状面光源)としてボリュームを解釈することが可能です。本技術では、層状面光源から映り込みの起こる場所に到達する放射光を解析的に計算することで、非常に高速な描画を可能にしました。

▲床面、壁面、カーテンなど、性質のちがう様々な物体が存在するシーンにおける描画結果。本技術は、【上】爆発のような自己発光するボリュームだけでなく、【下】煙のような外部光源によって照らされたボリュームにも適用できます。また、【上】【下】の下段の拡大図にあるように、曲面を有するカーテンや、ラフネスの高い床面への映り込みも計算できます


  • ◀▲様々な状態のボリュームが、ラフネスの低い床面(鏡面)に映り込んでいるシーンにおける描画結果。【左上】爆発の手前に球体の煙(ボリューム)があり、これによる映り込みの遮蔽も考慮されています/【右上】赤い爆発と青い爆発が同時に存在しており、複数の爆発(ボリューム)が合わさった状態の映り込みも考慮されています/【下】ボリューム内に空洞がありますが、このような形状の映り込みも描画できます。以上のように、本技術はボリュームの個数や形状を問わず、正確な映り込みを描画できます


・研究の新規性

本研究の最たる新規性は、ボリュームを層状面光源と捉える新解釈にあります。実際の計算では、ある程度間隔を置いて離散的にボリュームを切断し、隣り合う2枚の切断面(面光源)に挟まれた小領域ごとに放射光の大きさを評価します。そして、これら小領域から映り込みの場所に到達する入射光を逐次的に足していくことで、ボリューム全体からの入射光を近似的に計算します。

さらに本研究では、厚みのある小領域から映り込みの起こる場所に到達する入射光の強さを、解析的に評価できる関数として求められることも発見しました。画像生成時にはこの関数を評価するだけで映り込み点の明るさを計算できるため、非常に高速かつ安定したパフォーマンスを発揮します。加えて、本技術は任意のラフネス・形状をもつ物体表面への映り込みを描画することも可能で、従来の技術では獲得しえなかった高い汎用性を有しています。


・実用の可能性、今後の課題

爆発や煙の表現は今日の実時間アプリでは決して珍しくないので、それらの高精細な映り込みを実現する本研究の需要は非常に高いと言えます。特に、その描画速度や映り込み対象を選ばない汎用性から、ゲームやVRなどでの活用がおおいに期待できます。加えて、提案手法のシンプルさに起因する実装の容易さは、本技術が様々な制作現場において大きな障害なく導入できることを意味しています。また、実際にユーザーが本技術を利用する際は、ボリュームの分割数を変更することで描画の品質と時間を調整できる点も非常に有用です。ユーザーが使用するハードウェアの性能に合わせて描画の品質と時間を調整できるため、ユーザーの望むパフォーマンスをストレスフリーに実現することが可能です。

今後の課題としては、本技術をより一般的なボリュームの間接照明へと拡張することが挙げられます。現時点では、爆発や煙といった気体状のボリュームの間接照明にのみ対応可能です。したがって、半透明物体などの固体状のボリュームの間接照明に拡張することが、大きな課題のひとつと言えます。


・参考文献

[1]Takahiro Kuge, Tatsuya Yatagawa, Shigeo Morishima, "Real-time Indirect Illumination of Emissive Inhomogeneous Volumes using Layered Polygonal Area Lights", Pacific Graphics, 2019
[2]Henrik Wann Jensen et al., "Efficient simulation of light transport in scenes with participating media using photon maps", ACM SIGGRAPH, 1998
[3]Anton Kaplanyan et al., "Cascaded light propagation volumes for real-time indirect illumination", ACM SIGGRAPH, 2010
[4]Ken Perlin et al., "Hypertexture", ACM SIGGRAPH, 1989

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