『SOUND & FURY』は、前作でグラミー賞を受賞したスタージル・シンプソン氏の最新作だ。本作発売後、同氏はBANDSINTOWN+BILLBOARD GLOBAL TOP ARTIST INDEX 1位となった。収録作の全10曲に合わせたMVも制作され、Netflixで全世界配信されている。本特集では、多彩なアーティストによるMV制作の舞台裏を全4回に分けて紹介していく。No.1に続き、No.2でも全10曲中5曲のMV制作に関わった神風動画の仕事にスポットを当てる。

MV『SOUND & FURY』No.1/20代ディレクターとベテランの競演で神風動画カラーを大放出
MV『SOUND & FURY』No.3/実写・作画・3D素材を駆使した森本晃司監督の新たな挑戦
MV『SOUND & FURY』No.4 /松本 勝監督が旧知のスタッフと共にディストピア世界を表現

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 257(2020年1月号)掲載の「20代ディレクターとベテランの競演で神風動画カラーを大放出 MV『SOUND & FURY』(前篇)」に加筆したものです。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

アニメーターがアクションに集中でき、メカデザイナーのこだわりも再現できるリグ

CGIディレクターの宇都宮隆文氏は2019年の年明け、アニメーションディレクターの石川剛史氏は同年の4月から本作に参加し、本記事のNo.1で紹介した仲道える沙氏と共に3曲のMV制作を牽引した。両氏もまだ20代だが、宇都宮氏は『ニンジャバットマン』『アイドリッシュセブン』など、石川氏は東映アニメーションのアニメ作品などで確かな実績を残してきた。なお、石川氏はフリーランスとして活動しており、以前にも神風動画の別案件を手伝っている。


  • CGIディレクター・宇都宮隆文氏(神風動画)
  • 本作において、宇都宮氏はセットアップや工程間での円滑なデータ受け渡しの支援などを担当した。「アルバムのタイトルを冠したSOUNDとFURYという2体のメカのセットアップでは、メカ特有のギミックを仕込みつつ、アニメーターにストレスを感じさせないしくみづくりを目指しました」(宇都宮氏)。


SOUNDとFURYは左右非対称の個性的な構造をしているため、メカデザインを手がけた桟敷大祐氏に対し、同氏がイメージする動きを問い合わせ、それを再現できるセットアップも目指したという。宇都宮氏のこだわりが詰まったセットアップは、ギミックの大半が自動化されており、アニメーターはアクション表現に集中できたと石川氏は補足した。「一見しただけでは動きをイメージしづらいメカでしたが、リグを触ると桟敷さんの意図する動きが伝わってきて、すごく助かりました」(石川氏)。

▲LightWaveの作業画面に表示したFURYのリグ。SOUNDとFURYは鏡合わせのデザインになっており、セットアップ構造は基本的に同じ。各所にサスペンションが仕込んであり、動きに応じて自動的に伸縮するようになっている


▲FURYの左膝のリグ。いわゆる二重関節になっているが、膝の短いボーンは上下の長いボーンの動きに自動的に追従するため、一般的な人型のリグと同様の操作感になっている。「肘関節も同じ構造になっており、アニメーターたちが一番喜んでくれたリグでした」(宇都宮氏)


▲FURYの腹部のリグ。背骨に相当するボーンを動かすと、蛇腹構造の腹部が連動して変形し、独特の形状になる。「桟敷さんのこだわりを感じる部分だったので、自動的に変形するしくみにして、セットアップに組み込みました」(宇都宮氏)


▲FURYのアクションカットを制作中の作業画面と、その完成画像


▲SOUNDのアクションカットを制作中の作業画面と、その完成画像


©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.

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アニメーターを不安にさせず、熱量を高めるディレクション

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アニメーターを不安にさせず、熱量を高めるディレクション

  • 石川氏はMV『Sing Along』の制作途中から参加し、同作のアニメーションと、ほか2曲のレイアウトおよびアニメーションのチェックを担当した。週3回ペースの参加に留まりフルコミットできなかった点が心残りではあるものの、限られた時間の中で、約15人のアニメーターが迷うことなく前向きに挑戦し続けられる環境づくりに力を注いだという。

  • アニメーションディレクター・石川剛史氏(フリーランス)


▲【上】MV『Fastest Horse In Town』のアニメーションのテイク1と、【下】それに対する石川氏の修正指示。眼力、口元、輪郭などに対し、具体的で明確な修正方針が示されている。「チェックする僕自身が明確な完成形をイメージできていないと、現場の人たちが不安になってしまい、良いものがつくれなくなるんです。だからあらゆる手段を使い、ゴールを明示するよう努めました。一方で、僕の中の完成形にだけ固執せず、予想外のものが上がってきた場合でもフラットな目線で判断するよう心がけてもいました」(石川氏)


▲【上】同じく、MV『Fastest Horse In Town』に対する石川氏の修正指示と【下】その参考動画。自ら演じてみせることで、動きの詳細を明示している


▲【上】同じく、MV『Fastest Horse In Town』に対する石川氏の修正指示と【下】その参考動画。「ヨロシクお願いします」のメッセージと共に描かれたイラストになごまされる


▲【上】同じく、MV『Fastest Horse In Town』に対する石川氏の修正指示。どの指示にも「明確な完成形をイメージし、あらゆる手段を使い、ゴールを明示する」という石川氏の姿勢がしっかり反映されている

「クライマックスの制作は、あえて若手に委ねました」

MV『Fastest Horse In Town』のクライマックスシーンの制作では、石川氏による思い切った采配がなされた。「現場の熱量が高く、その熱量でもって映像の質をもち上げていくのが神風動画さんのカラーだと思います。そのカラーを引き出したかったので、クライマックスのアクションシーンの制作は、あえて若手の岩本舜也さんに委ねました」(石川氏)。本シーンは7月公開のトレーラーでの使用が決まっていたため、最優先で仕上げる必要があった。岩本氏は業界経験3年目、本格的にアニメーションを始めてからは1年に満たないものの、「もっとアニメーションをやりたい。アクションに挑戦したい」と語っていたそうだ。

「これが上手く仕上がれば、ほかのアニメーターも『自分たちだって良いものを上げてやる』という気持ちになって、最高の化学反応が起こるのではと期待しました」(石川氏)。その期待通り、岩本氏のがんばりが起爆剤となり、現場の熱量は日増しに高まっていったという。

▲2019年7月に公開された、MV『SOUND & FURY』のトレーラー。岩本氏が担当したアクションシーンは、0:28あたりから確認できる


▲【上】岩本氏が手がけたクライマックスのアクションシーンの作業画面と、【下】その完成画像


▲同じく【上】岩本氏が手がけたクライマックスのアクションシーンの作業画面と、【下】その完成画像。7月公開のトレーラーでは主人公がマスクを被っていたが、その後制作された本編ではマスクが外れ、鬼気迫る表情が付けられた。「トレーラーの時点では岩本さん自身が満足しておらず、本編ではさらに動きを突き詰めてくれました」(石川氏)


©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.

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ベテラン中心の少人数チームによる、スピーディな制作体制

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ベテラン中心の少人数チームによる、スピーディな制作体制

  • MV『Remember To Breathe』は、ディレクターの水野氏が得意とする淡い水彩画のようなルックになっている。『ニンジャバットマン』でジョーカーが畑仕事をする作画のシーンのルックのCG版とも言える表現だ。「今回は短期間で仕上げる必要があったので、ベテラン中心の少人数チームにして、基本的にリテイクは出さず、直したい場合はなるべく自分で直すようにしました」(水野氏)。

  • 取締役/ディレクター・水野貴信氏(神風動画)


京都の寺院までロケハンに行った、お坊さんが武器商人と戦うカット

▲水野氏によるラフ


▲ビデオコンテ。本作では絵コンテをつくらず、ビデオコンテでスタッフ間の意思疎通を図った


▲ロケハン写真。事前にGoogle Earthでリサーチした後、京都の当該寺院まで水野氏自ら足を運んだ


▲レイアウト時の作業画面


▲アニメーション時の作業画面。担当した中島悠喜氏にリテイクを出した希有なカットで、「お坊さんが竹箒で武器商人と戦うので、飛びかかる前に少しためらいを入れてほしい」と依頼したそうだ


▲完成画像

シリンダーの回転まで再現した、武器商人による銃の4連射カット

▲水野氏によるラフを基に制作されたレイアウト


▲同カットのアニメーションでは、ポージングが変更されている。「担当した中島さんが機転を利かせ、よりスタイリッシュなシルエットに仕上げてくれました。今回は銃の表現にこだわっており、ネット上で早撃ちの動画をたくさん見て、シリンダーの回転まで再現しています」(水野氏)


▲完成画像

あえて間違った日本の解釈をしてもらった、日本家屋炎上カット

▲【上】美術設定。左奥の掛け軸(?)に、神風動画の社訓「妥協は死」が書いてあり、【下】完成画像にも反映してある。「あえて間違った日本の解釈をしてもらおうと思い、美術設定はフランス人スタッフのティボ・トレスカに依頼しました」(水崎氏)。隙あらば会社のカラーを活かそうとする姿勢が面白い



MV『SOUND & FURY』No.2は以上です。No.3では、森本晃司監督が手がけたMV『Mercury In Retrograde』の制作の舞台裏を紹介します。ぜひお付き合いください。

MV『SOUND & FURY』No.1/20代ディレクターとベテランの競演で神風動画カラーを大放出
MV『SOUND & FURY』No.3/実写・作画・3D素材を駆使した森本晃司監督の新たな挑戦
MV『SOUND & FURY』No.4 /松本 勝監督が旧知のスタッフと共にディストピア世界を表現

©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.

info.

  • 『SOUND & FURY / サウンド&フューリー』

    グラミー賞(最優秀カントリー・アルバム賞)を受賞したスタージル・シンプソンがニューアルバムをリリース!
    発売:2019年10月16日
    価格:¥1,980(税抜)
    デジタル・ダウンロードおよびストリーミング配信中
    wmg.jp/sturgillsimpson
    ©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.257(2020年1月号)
    第1特集:もっと! わいわいバーチャルYouTuber
    第2特集:CGWORLD 2019 クリエイティブカンファレンス
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2019年12月10日
    cgworld.jp/magazine/cgw257.html