最終話のTV放送を本日6/24(木)22:30に控え、大きな盛り上がりを見せているTVアニメ『ゴジラ S.P<シンギュラポイント>』。本作では3DCGカットに限らず、かなりのカットにオレンジの真骨頂とも言えるVFX表現が華を添えている。ド派手なものから環境系にいたるまでエフェクトの種類やルックは様々だが、一貫しているのはアニメとしての画づくりの範疇で最大の効果を上げることだ。ここでは、序盤の代表的なVFXカットのブレイクダウンを紹介しよう。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 274(2021年6月号)からの転載となります。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda
©2020 TOHO CO., LTD.

  • 『ゴジラ S.P<シンギュラポイント>』
    ■放送・配信
    毎週木曜TOKYO MXほかにてテレビ放送中
    毎週木曜Netflixにて国内配信中(毎週1話ずつ先行配信)
    ■STAFF
    監督:高橋敦史
    シリーズ構成・脚本:円城 塔
    キャラクターデザイン原案:加藤和恵
    怪獣デザイン:山森英司
    コンセプトアート:金子雄司
    CGディレクター:池内隆一・越田祐史・鈴木正史
    VFXディレクター:山本健介
    アニメーション制作:ボンズ×オレンジ
    製作:東宝
    godzilla-sp.jp/
    ©2020 TOHO CO., LTD.

多種多様なエフェクト要素を吟味しルックに落とし込む

ここでは、『ゴジラ S.P<シンギュラポイント>』におけるVFXディレクターの山本健介氏とVFXサブディレクターの早川大嗣氏の取り組みを紹介する。本作は作画キャラクターと手描き背景美術、3DCGによる怪獣キャラクターとエフェクトで画面が構成されているという、極めてハイブリッドな表現になっている。各要素はVFXチームの試行錯誤によって違和感のないルックにまとめられている。「制作がスタートした当初は、監督からのオーダーも探り探りという感じでしたが、今回人物キャラクターは作画、怪獣やエフェクトは3DCGで制作するということで、リアルな質感と作画の質感をどう馴染ませていくかをカットやエフェクトごとに探っていきました。VFXチームとしてはいったんリアルな質感の素材を作成するのですが、監督はアニメとしての質感を大事にされていたので、リアルな素材をどこまでアニメ側の質感に合わせていくのかを監督に提案しながら落とし込んでいます。ルックの落とし込みも作品全体で一様ではなく、煙や水といったエフェクト素材ごとにルックの落とし込み方が異なっています」と山本氏。早川氏もエフェクトのルックについてふり返る。「1カットの中にエフェクトの要素がたくさんあるので、それぞれの要素を切り分けながらエフェクトをつくって構成し、ワンカットにまとめていくのがとても難しかったです。情報量をあまり上げたくないということで、作画に合わせたルックに落とし込んでいくのですが、線引きが難しかった」。

従来のオレンジの制作ワークフローではエフェクトもアニメーターが担当していた。しかし本作では外注が多かったため、エフェクトは全て社内で対応。エフェクトの作業はアニメーターからレイアウトやアニメーションデータ、キャラクターアセットなどを提供された状態からスタートするが、レイアウト段階でシミュレーションの仕込みなどを事前に行なっているという。今回、山本氏は初めてレイアウトの段階で手描きでエフェクトプランを作成し、監督に提案しながら内容を詰めたそうだ。

パーティクルSIM:適材適所のツール選びで画づくりに挑む

本作では、多くの煙系のエフェクトが用いられている。こうしたシミュレーションが必要なパーティクルエフェクトは、3ds MaxをベースにPhoenix FDやFumeFX、RealFlowなどを適材適所で使用。また汎用素材を作成するため、実験的にリアルタイムエフェクトツールのEmberGenも使用したとのことだ。

カットでは怪獣の動きに絡むようなエフェクトが多いため、全般的にかなりエフェクトヘビーになったという。今回紹介しているのは2例で、まずは飛来するラドンの大群のカット。大量のラドンが紅塵と呼ばれる赤い霧を纏って飛んでくるという内容だが、登場するラドンの量が膨大なためシミュレーションで作成するのが難しかったため、汎用素材をAfter Effectsで加工して対応したという。

2例目はマンダとゴジラが海面近くを泳いでいる、引き波のカットだ。大きな水の動きと水飛沫はPhoenix FD、細かな水飛沫はtyFlowで作成。様々なツールを適材適所で使い、非常に多くの要素を組み合わせて画をつくり上げている。

大群で飛来するラドンの群れ

飛来するラドンの大群のカットで作成したエフェクト素材

▲合成前の素材

▲紅塵用汎用煙素材

▲After Effects処理前

▲After Effectsでの処理後。ラドンの量と移動距離が膨大でシミュレーションコストがかかるため、このようなエフェクトはできるだけAfter Effectsによる処理を完結できるように工夫している

▲tyFlowを使用したラドンの軌跡の一部

▲完成素材

引き波の表現

マンダとゴジラが海面近くを泳いでいるときの引き波のエフェクト制作

▲tyFlowによる水しぶきのシミュレーション。海面にマンダが触れるとパーティクルが発生するよう設定し、Frostでメッシュ化した

▲Phoenix FDによる引き波のシミュレーション。あらかじめ指定されたBGの引きと3D上でのカメラの動きに整合性をもたせるため、風を当てて引き波のスピード感を調整した



  • ▲背景レイアウト



  • ▲マンダ素材



  • ▲Phoenix FDで作成した引き波素材



  • ▲After Effectsによる紅塵素材



  • ▲Phoenix FDによる泡素材



  • ▲tyFlowによる水飛沫素材

▲完成ショット(撮影処理前)

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質感系①:生々しいディテールで迫るカメラのズームインカット

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質感系①:生々しいディテールで迫るカメラのズームインカット

VFX上の負荷が高い、怪獣やエフェクトにカメラがズームインし、細かなディテールが映し出されるカット。紹介しているショットは海中から現れるゴジラに対して望遠レンズを使って寄っている構図のもので、怪獣の質感素材はもちろん、水飛沫にもかなり高精細な素材を使用してディテールを表現する必要があった。ゴジラのテクスチャは、本カット用にベースとなるテクスチャに対してSubstance Painterでディテールを描き加え、アップに耐える質感に修正している。水飛沫のエフェクトも、FumeFXでシミュレーションしたベロシティ情報を利用してStokeでパーティクルを生成し、アップでもディテールがわかるように細かいミストを作成。さらに、RealFlowやtyFlowで作成した粒子素材を合成している。これらの素材を組み合わせながら、手前の素材を大きくしたりぼかすことによって、遠近感が強調された表現となっている。早川氏は「このカットは非常に時間と手間のかかるヘビーな処理になりました」とふり返った。

カットバイで対応したゴジラが浮上するカット

水中からスケール感のあるゴジラが浮上するカットのディテール制作

▲FumeFXのベロシティ情報を使ってStokeでパーティクルを生成し、Krakatoaでレンダリングした粒子素材



  • ▲ディテールアップ前のゴジラのテクスチャ素材



  • ▲カメラの寄りに耐えられるよう、Substance Painterでディテールアップしたゴジラのテクスチャ素材



  • ▲粒子の素材を全て合成した粒子素材



  • ▲RealFlowで作成した粒子素材

▲tyFlowで作成した粒子素材

▲全素材をコンポジットした完成ショット

質感系②:「動く美術」を目指した怪獣のルックデヴ

本作に登場する怪獣のルックデヴは、山本氏を中心としたVFXチームが担当している。「山森さんの怪獣デザインに、コンセプトアーティストの金子さんが着彩した状態の設定画がそのまま動くというのが目標でした」(山本氏)。

ワークフローとしては、まずモデリングした怪獣のモデルに対してSubstance Painterでリアルなルックで着彩し、それをベイクして出力、3ds Maxにインポート。Max上で明度差のある部分に暗い色を入れるなど調整・加工をしながらアニメ的なルックに寄せていった。リアルからアニメへ、どのようにディテールを潰して質感を変えていくかの判断が難しいところだったが、指標として「動く美術としての怪獣」を念頭に調整していったとのことだ。

紹介しているのはアンギラス。この怪獣は通常時の質感だけでなく、バリアを張る際に虹色に輝くというエフェクトが必要だった。その虹色エフェクトについて、当初はっきりとしたデザインの指標がなかったため、体をパーティクルが動き回るようなエフェクトなど、様々なルックのパターンをテスト映像として作成しながら探っていったという。最終的に、法線方向に応じて色が変化するようなエフェクトに落ち着いた。

アンギラス特有の虹色バリア表現

防御姿勢を示す怪獣アンギラスの体表エフェクトのブレイクダウン

▲エフェクト合成前

▲3ds Maxで作成したバリア素材



  • ▲グレースケール化したバリア素材



  • ▲バリアのマスク素材



  • ▲素材【B】をAfterEffectsのコンポ上で調整した素材



  • ▲素材【C】をコンポ上で調整した素材



  • ▲【E】と【F】を合成した状態



  • ▲マスク素材【D】を使って【G】の脚部分をマスクで抜き、バリアの素材が完成

▲バリア素材【H】と【A】を合成した完成画像

▲バリア表現を行うため、体表に沿って移動するパーティクルについて、UVを利用してテクスチャレンダリングしたもの。連番動画として用意したこの素材を全身に貼り付けてレンダリングしたものが、バリアの波紋表現のためのマスク素材となっている

▲tyFlowの設定画面

紅塵エフェクト:有機的に舞い上がるパーティクルショット

本作のストーリー上重要な要素である「紅塵」。多数のカットで登場する赤いパーティクル状のエフェクトだが、その制作手法はカットよって使い分けられている。「基本は物理的に自然な動きなのですが、カットによっては生物的な動きの演出が必要な場合がありまして、そうなってくるとエフェクトとしては非常に難しいです」と山本氏は語る。

特にここで紹介している2例目、紅塵が下方から舞い上がってくるショットは、他のカットの紅塵エフェクトとはちがって特殊なルックになっており、シミュレーションだけでは表現できない動きが含まれている。制作にあたっては、RealFlowを使ってかなりのハイディテールなパーティクル素材を作成。その素材を3ds Maxに読み込み、形やレイアウト、速度などを微調整しながらケレン味のあるエフェクトとして仕上げた。

仕上がったエフェクト素材はいったん3ds Maxにてグレースケールでレンダリングし、After Effects上で紅塵の色に調整しコンポジット。徐々にトラックバックしていくカメラワークという性質上、かなり大判の解像度でレンダリングする必要があり、レンダリングコストの非常に高いカットとなった。

ベーシックな水中の紅塵エフェクト

ゴジラから放出されるベーシックな紅塵のエフェクト

▲Phoenix FDで作成した紅塵素材。ゴジラの表面から均等に放出されないようエミッタを作成している

▲Phoenix FDでの作業画面



  • ▲【Phoenix FDで作成した紅塵素材】の作成時に放出されたパーティクルを使用し、Frostで任意のジオメトリ素材に置き換えて作成した素材



  • ▲【Phoenix FDで作成した紅塵素材】の作成時に放出されたパーティクルをKrakatoaでレンダリングした素材

▲Phoenix FDで作成したベロシティ情報を使い、tyFlowで量や速度、動きを調整してレンダリングした素材

地下から吹き出す特殊な紅塵

舞い上がるように吹き出してくる紅塵エフェクトのブレイクダウン

▲RealFlowでの流体制作。複数のAtractorを使って、このカットに特徴的な流体のふるまいを制御している

▲【RealFlowでの流体制作】で作成した流体を3ds Maxに読み込み、デフォームとタイミングを調整してKrakatoaでレンダリングした素材

▲別途制作した細かい塵素材

▲全エフェクト素材を合成し、着色などして完成させたエフェクト

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ゴジラエフェクト:超高密度な熱線を放出するスペシャルカット

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ゴジラエフェクト:超高密度な熱線を放出するスペシャルカット

本作のPVに登場する熱線を放出するゴジラのカットは、このためだけに制作した特別なカットだ。エフェクトがメインのカットということで、アニメーションからエフェクト作成までVFXチームが担当している。監督と山森氏が持っていた熱戦のイメージを基に、エフェクト制作を開始した。「イメージとしては気体と液体の中間くらいの物質というオーダーでした。それを受けて、超高密度の気体という感じでエフェクトをまとめていきました」と山本氏。

熱線自体のエフェクトにはFumeFXを使用し、熱線の芯となる部分の素材と周りのスモーク状の素材を作成。熱線の放出時に口から漏れ出る液体はPhoenix FDを使用している。また本カットでは、熱線のエフェクトだけでなく、その影響により舞い上がる紅塵や火の粉など様々な流体系のエフェクトがコンポジットされているが、これらのエフェクトもFumeFXで制作している。さらに、エフェクトのタイミングで揺れる電線などの動きもVFXチームが担当。3ds Maxのフレックスモディファイアに風のフォースをバインドさせて揺らしている。

熱線を吐く迫力満点のゴジラ

PV用の熱戦放出カットのブレイクダウン

▲FumeFXで作成した熱線素材

▲熱線素材作成時のFumeFXの作業画面



  • ▲Phoenix FDで作成した熱線発射時に、口から漏れ出る液体素材



  • ▲電柱と電線素材



  • ▲ゴジラのノーマル色素材



  • ▲紅塵の色がゴジラに照り返す部分の素材



  • ▲ゴジラの背びれ光の処理済み素材。背びれの素材に対してAfter Effectsでグローをかけている



  • ▲火の粉の素材。FumeFXで作成したベロシティ情報を使ってStokeでパーティクルを生成し、そのパーティクルにfrostで複数作成した火の粉のジオメトリを割り当てている



  • ▲FumeFXで作成した、周囲に漂う紅塵素材



  • ▲完成ショット

2D背景+CGエフェクト:2D美術背景と一体化する3DCGの爆発エフェクト

本作のPVで登場するビル爆破のカットでは、美術が制作した2D背景素材に対して、3DCGで制作したエフェクトをコンポジットしている。本カットではビルの壁に沿って爆発の粉塵が舞い上がっているように見せるため、2D背景素材を基にビルの3Dガイドモデルを作成し、そのモデルをコリジョンとしてPhoenix FDでエフェクトを作成。ここで、Phoenix FDで作成したエフェクトだけでは爆発したときの衝撃が足りないと感じ、揺れている木や電線などを加えてインパクトのある映像をつくった。なお、2D背景のビルは、ノーマル色で描かれている背景に対して爆発の照り返しなどを受けて色が変わっている素材を作成することで、エフェクトに背景が馴染むよう配慮。結果として一体感のあるカットに仕上がっている。

本作ではこのように2Dの背景素材に対してCGエフェクトをコンポジットして作成されているカットもまた多い。全てを3DCGで作成するのではなく、美術で必要な背景素材などを用意してそれに3DCGを馴染ませる工夫をすることで、3DCGが使われていてもアニメ的なルックになるよう担保している。

アニメ的ルックを担保した爆炎カット

ビルが大規模に爆発・破壊されるカットのブレイクダウン



  • ▲tyFlowで作成した塵の素材



  • ▲Phoenix FDで作成した爆炎のメイン素材。ビルに激突する凹凸のある半円をエミッタにし、広がる爆炎を表現している



  • ▲爆炎作成時のPhoenix FD作業画面



  • ▲ビルに這わせるようにシミュレーションを調整した爆炎の追加素材



  • ▲ノーマル色の背景素材



  • ▲爆炎の照り返しを受けた状態の背景素材



  • ▲電柱の素材。揺れる電線はtyFlowで作成した



  • ▲電柱素材作成時のtyFlowの作業画面。Object Bindで電線の根本を固定し、Forceを与えて電線が揺れるように設定



  • ▲tyFlowで作成した揺れる木の素材



  • ▲完成ショット

EmberGenの活用:リアルタイムエフェクトで時間的制約の壁を越える

本作での技術的なチャレンジのひとつとして、EmberGenを利用した汎用エフェクト素材の作成が挙げられる。EmberGenはJangaFX社によるリアルタイム流体シミュレーションツール。今年の第3四半期にバージョン1.0リリースを予定する開発途上の製品ではあるものの、すでに各社で導入が進む期待の新ツールだ。

EmberGenで作成したエフェクト素材はライブラリとしてまとめてあり、コンポジット班などでも利用できる。ここで紹介しているカットでは、ゴジラの背景にある爆炎にFumeFXで作成したエフェクト素材と共に利用している。「これまでのシミュレーション系のエフェクトツールでは非常に計算に時間がかかっていましたが、EmberGenではリアルタイムでエフェクトを調整できて非常に使いやすいです。本作ではエフェクトアセットの汎用素材作成に使用していますが、3,000フレームくらいのエフェクトでも時間をかけずに制作できます。今のところカメラデータをインポートすることができないので、シーンに対して目で合わせてエフェクトを作成しています。今回のようにバリエーションが必要な汎用素材制作には非常に有効でした。この経験を基に、今後積極的に使っていきたいツールです」と山本氏。

バリエーション豊かな汎用素材を活用した爆炎カット

爆炎の中を歩くゴジラのカットでは多数の汎用素材で複雑な炎の様子を描くことができた



  • ▲火の粉の素材



  • ▲背面の煙の素材



  • ▲炎の素材



  • ▲ゴジラの調整前

▲ゴジラに照り返しを追加した素材

▲EmberGenで作成した火の粉の素材



  • ▲エフェクト処理前のカット



  • ▲煙や火の粉の素材を追加



  • ▲【追加した煙や火の粉の素材】にさらに火の粉や炎を追加



  • ▲色味を調整し歪みを追加した完成ショット

▲EmberGenで作成した汎用エフェクト素材の一例

©2020 TOHO CO., LTD.



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.274(2021年6月号)
    ゴジラ S.P〈シンギュラポイント〉
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2021年5月10日