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No.003:東京工科大学 メディア学部 菊池研究室

No.003:東京工科大学 メディア学部 菊池研究室

RESEARCH 1:雪崩による雪煙のビジュアルシミュレーション

・研究目的

本研究の目的は、雪崩によって引き起こされる雪煙のビジュアルシミュレーション法の開発です[1]。雪煙を伴う雪崩は「泡雪崩(ほうなだれ)」とも呼ばれ、気温の低い多雪地で、多量の降雪を伴う吹雪が発生したときか、その直後の積雪が安定しないときに発生しやすいという特徴があります。そのため主に厳冬期の山間部で発生し、雪崩を構成する雪煙が最大で時速200km以上の速度で流下します。その衝撃力は数百KPa(キロパスカル)に達し、周囲のものがことごとく破壊、あるいは吹き飛ばされるため、大きな被害をもたらした実例があります[2]。

泡雪崩の撮影は多大な危険と困難を伴いますが、エンターテインメント分野では見せ場のひとつとして、しばしば用いられます。そのため、ビジュアルシミュレーションによる泡雪崩の再現が有益であることは言うまでもありません。


・主な先行研究

ナビエ・ストークス方程式は、流体現象の支配方程式としてよく知られています。CGによる流体シミュレーションでは、ナビエ・ストークス方程式を数値解析するために、2つの代表的なアプローチが用いられます。ひとつはグリッドベースによるオイラー法[3]で、もうひとつはパーティクルベースによるラグランジュ法[4]です。また、FLIP法[5]というオイラー法とラグランジュ法の利点を組み合わせたハイブリッドなアルゴリズムもあります。本研究では、山の斜面を転がり落ちる雪をパーティクルで表現し、その雪パーティクルによって舞い上がる周囲の速度場はグリッドベースで計算するため、FLIP法と同様にハイブリッドなアルゴリズムを用いていると言えます。

雪のビジュアルシミュレーションは、リアルタイム、非リアルタイムを問わず、古くから数多くの手法が提案されています。その中でも、2013年に発表されたStomakhinらによる手法[6]は特徴的で、従来の手法では再現が困難とされてきた湿った雪、あるいは高密度な雪を、MPM(Material Point Method)を用いてシミュレーションしています。なお、本研究では雪煙をシミュレーション対象としているため、雪自体をシミュレーション対象とするMPM法は採用していません。


・研究内容と、その新規性

本研究では、はじめに山の斜面をポリゴンで生成し、斜面上部から雪パーティクルを発生させ、斜面に沿った重力による落下運動を計算します。次に雪パーティクルが落下する際に斜面と衝突する地点を検出し、その地点での衝突力積を算出します。さらに、算出された衝突力積を利用して、衝突点からの雪煙の拡散速度場をグリッドベースによるオイラー法で計算します。最後に、生成された速度場に沿って運動する雪煙の密度を算出し、ボリュームフォトンマッピング法を介してアダプティブ・レイマーチング法によるボリュームレンダリングを行うことで、雪煙のビジュアルシミュレーションを実現しました。

▲雪煙のビジュアルシミュレーションのための運動モデル。山の斜面をポリゴンで生成し、斜面上部から雪パーティクルを発生させ、斜面に沿った重力による落下運動を計算


▲雪パーティクルが落下する際に斜面と衝突する地点を検出し、その地点での衝突力積を算出


▲算出された衝突力積を利用して、衝突点からの雪煙の拡散速度場をグリッドベースのオイラー法で計算。この拡散速度場が、雪煙の流体運動の基礎となります


本研究の新規性は、「山の斜面を転がり落ちる雪をパーティクルで表現し、その雪パーティクルによって舞い上がる周囲の拡散速度場をグリッドベースのオイラー法で計算する」というハイブリッドなアルゴリズムを提案した点と、ナビエ・ストークス方程式の外力項として雪パーティクルと山の斜面との衝突力積を考慮した点にあります。これにより瞬間的な撃力を積分して速度場に影響させ、斜面(雪面)付近の複雑な乱流成分、特に摩擦力によって雪面に吸い付きながら山麓方向へ"走る"雪煙成分を再現することが可能となりました。

▲研究成果画像


・今後の課題と、実用の可能性

今後の課題としては、雪崩の初期段階や雪が崩れる過程のビジュアルシミュレーションにMPMを応用した手法を開発すること、崩れる雪面の変形状態を数値解析しながら雪煙への干渉をシミュレーションすること、雪煙とほかの物体との相互干渉を考慮することなどが挙げられると思います。

本研究によって提案したアルゴリズムは、流体シミュレーションを活用しているCG・映像プロダクションであれば、すぐに実装できる簡単なものです。また、開発のベースにHoudiniを用いているため、研究成果をHDA(Houdini Digital Asset)化して配布することも可能です。

本研究のような自然現象のCGシミュレーションは、エンターテインメント分野に加え、自然災害の広報や事前学習にも活用できると感じています。映像ならではの説得力や訴求力を最大限に活用した「ハザードコンテンツ」を制作し、従来のハザードマップと合わせて地域住民に公開したり、教育現場で活用したりすることで、自然災害による被害の軽減に貢献できるのではないかと考えています。


・参考文献

[1]菅野将太, 菊池 司, "雪崩による雪煙のビジュアルシミュレーション", 芸術科学会論文誌, Vol.14, No.3, pp. 83-90, 2015.
[2]北海道雪崩事故防止研究会編, "最新雪崩学入門-雪山最大の危険から身を守るために-", 株式会社山と渓谷社, 1998.
[3]RASMUSSEN, N., NGUYEN, D. Q., GEIGER, W., AND FEDKIW, R. "Smoke simulation for large-scale phenomena." Proceedings of SIGGRAPH 2003, pp. 703-707. 2003.
PFAFF, T., THUEREY, N., AND GROSS, M. "Lagrangian Vortex Sheets for Animating Fluids." ACM Transactions on Graphics (TOG) - Proceedings of SIGGRAPH [4]2012, Volume 31 Issue 4, Article No. 112. 2012.
[5]Yongning Zhu and Robert Bridson, "Animating Sand as a Fluid" ACM Trans. Graph. Volume 24 Issue 3, (July 2005), pp. 965-972. 2005.
[6]STOMAKHIN, A., SCHROEDER, C., CHAI, L., TERAN, J., AND SELLE, A. "A Material Point Method for Snow Simulation." ACM SIGGRAPH 2013, 32(4), pp. 102:1-102:10. 2013.

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