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No.003:東京工科大学 メディア学部 菊池研究室

No.003:東京工科大学 メディア学部 菊池研究室

RESEARCH 2:和紙の乾燥による皺生成アニメーション

・研究目的

本研究では、書道において和紙に墨汁で字を書いた後、一定時間が経過した際に生じる乾燥(内力)による皺を生成するプロシージャルアニメーション手法を提案しています[1]。和紙は一定の法則性をもって編みこまれた布とは異なり、大きさも太さもちがう繊維が絡み合い、複雑な"流れ目"をつくっています。同じ紙でも洋紙とは原料や漉(す)き方がちがうため、水分を含んだ際には和紙の方が皺になりやすいという特性があり、伸縮の計算における拘束条件も複雑になります。本研究は、そんな和紙特有の伸縮を再現できるビジュアルシミュレーションのための運動モデルの提案を目的としています。


・主な先行研究

紙のような薄い素材のCGシミュレーションを行う場合は、3次元FEM(有限要素法:Finite Element Method)を用いた物理ベースモデリングを採用するのが一般的です。Bronkhorstは、非線形3次元FEMシミュレーションは計算コストが高いとし、線形の弾性挙動シミュレーションを行なっています[2]。その結果、布のような伸縮性をもつ素材のアニメーションが生成可能となっていますが、その挙動は視覚的な不自然さを伴っています。

紙に皺が発生する現象に着目したCGシミュレーションの先行研究では、局所的な応力によって初期平面形状を変形させ、繊維間の抵抗限界を超える応力によって繊維の塑性変形を引き起こすモデルが数多く提案されていますが、洋紙と和紙のいずれをシミュレーション対象としているのか述べていない場合がほとんどです[3]〜[7]。


・研究内容

本研究では一般的に入手可能な書道用の4種類の和紙(白鷺、野菊、唐仙、寒梅)と洋紙を研究対象とし、靭皮繊維の様子と墨汁の乾燥による皺の生成の関係性をデジタルマイクロスコープで観察しました。その結果、野菊は繊維同士の隙間が多く、繊維が平行に並ぶ傾向があるとわかりました。

続いて、4種類の和紙に漢字の「十」を書き、50分間放置して経過を観察した結果、野菊は一番早く皺が寄り始め、最終的な皺の量も一番多いとわかりました。これは「繊維同士の隙間が多い」という野菊の特徴に由来していると思われます。すなわち繊維同士の密度が低いため、乾燥によって繊維の距離が縮み、多くの皺が寄ったと考えられます。また、横方向の辺に対して垂直に生じる縦方向の皺よりも、縦方向の辺に対して垂直に生じる横方向の皺の方が多く見られました。これは紙の"流れ目"に由来すると考えられ、運動モデルの提案ではこの要素も取り入れることが重要であるとわかりました。

▲デジタルマイクロスコープを使った観察の様子


▲デジタルマイクロスコープで撮影した野菊。繊維同士の隙間が多く、繊維が平行に並ぶ傾向があるとわかりました


▲4種類の和紙に漢字の「十」を書き、50分間放置した結果。左から白鷺、野菊、唐仙、寒梅。野菊は一番早く皺が寄り始め、最終的な皺の量も一番多いとわかりました


以上の観察から、和紙の挙動は様々な力の複雑な相互作用によって決まり、墨汁が乾燥するときに加わる力は以下の物理に分割できると考えました。

・和紙の面内物理
・和紙の曲げの力
・重力
・自己衝突の物理

このうち「和紙の面内物理」と「和紙の曲げの力」を解く方法として、本研究ではFEMを用いました。基本的な計算方法はクロスシミュレーションにFEMを用いる場合と同じですが、前述の通り和紙には複雑な"流れ目"があり、伸縮の計算における拘束条件も複雑になります。そこで本研究では、三角形メッシュの分割方法が異なる2層のFEMレイヤーをインタラクションさせる手法を開発しました。

 

▲【左】上層のFEMレイヤー。微妙にサイズのちがう小さな三角形で分割されています/【右】下層のFEMレイヤー。"流れ目"を考慮し、横方向に細長い三角形で分割されています


▲【左】450分放置して乾燥させた野菊(写真)/【右】前述の野菊をCGで再現したビジュアルシミュレーション


▲研究成果映像


・今後の課題と、実用の可能性

本研究の新規性は、紙の中でも特有の挙動をする和紙に着目したことと、その繊維の複雑な絡み合いと"流れ目"を考慮した2層のFEMレイヤーをインタラクションさせる手法を開発したことにあります。この手法により、乾燥点における縦方向の伸縮を制限することで、横方向により多くの皺が寄るという和紙(野菊)の特徴をビジュアルシミュレーションでも再現できました。

今後の課題としては、2層のFEMレイヤーの上層レイヤーの方にハイトフィールドを導入し、墨汁の染み込み量を考慮した計算方法を開発すること、文字の輪郭の曲率などを考慮して乾燥点を自動配置する手法を開発することなどが挙げられます。

本研究結果を活用すれば、上の研究成果画像のようなシーンを制作する場合に、個々の「習字」の画像(テクスチャ)を用意するのではなく、乾燥点の異なるシミュレーションを数回くり返すだけで、プロシージャルに「習字」の画像を生成できます。さらに、段階的に皺が寄っていくようなアニメーション表現も可能となります。


・参考文献

[1]林 瑞樹, 菊池 司, "半紙の乾燥収縮によって生じる皺のビジュアルシミュレーション", 映像表現・芸術科学フォーラム2017, 概要集データ収録, 2017.
[2]C. Bronkhorst, "Modelling paper as a two-dimensional elastic-plastic stochastic network", International Journal of Solids and Structures 40, 2003.
[3]M. B. Amar and Y. Pomeau, "Crumpled paper", Proceedings of the Royal Society. Mathematical, Physical and Engineering Sciences, 1997.
[4]Y. Gingold, A. Secord, J. Y. Han, E. Grinspun and D. Zorin, "Adiscrete model for inelastic deformation of thin shells", Technical Report, 2004.
[5]T. J. Simnett, S. D. Laycock and A. M. Day, "An edge-based approach to adaptively refining a mesh for cloth deformation", In Proceedings of TPCG. pp. 77-84, 2009.
[6]R. Narain, A. Samii, and J. F. O' Brien, "Adaptive anisotropic remeshing for cloth simulation", ACM Trans. Graph. (Proceedings of SIGGRAPH Asia), Vol. 31, Issue 6, 2012.
[7]R. Narain, T. Pfaff and J. F. O' Brien, "Folding and crumpling adaptive sheets", ACM Trans. Graph. (Proceedings of SIGGRAPH), Vol. 32, Issue 4, 2013.



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