本誌『CGWORLD vol.258』の特別企画から始まった大人気アイドルグループIDOLiSH7の新曲『Mr.AFFECTiON』MVの舞台裏に迫る本短期連載(全7回)。折返しとなる第4回は、美術監督の赤木寿子氏に、本MVの世界を構築する背景美術について解説していただいた。職人目線から捉える『Mr.AFFECTiON』の魅力とは? 普段あまり触れることのない、現実の風景以上の美しさで映像に臨場感を与える「背景美術」の世界を深堀りしていこう。
TEXT_野澤 慧 / Satoshi Nozawa
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、
山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
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アイドルたちを活かす舞台を描き出す「背景美術」
アイドルをどの舞台で踊らせたら、よりアイドルに見えるか――これが本作の背景におけるコンセプトの全てだ。勢いのある豪快な表現だが、実に芯を捉えたものである。気風の良い人柄と鋭く本質を表現する筆遣いはまさに職人。その人物こそ、本作の美術監督を務める赤木氏だ。
美術大学在学中、アルバイトとして背景美術を始めたことをきっかけに、その魅力に気づいたという赤木氏。大学卒業後は有名スタジオで背景美術のキャリアを積み、2016年にオレンジへと入社した。美術監督を務めた『宝石の国』(2017)や『モンスターストライク THE MOVIE ソラノカナタ』(2018)をはじめ、いくつもの作品に参加している。「私は子どもの頃から落ち着きがなく、飽き性なので、1枚の絵に長時間かけて描くのがとても苦手でした。一方で、映像作品の背景は、短時間でたくさんの枚数を描かなければなりません。そこが私の性格とちょうど合っていたのだと思います」と赤木氏。
TVシリーズのアニメなどでは、1話あたりおよそ300カットほどあり、カットの数だけ背景美術が必要となる。約3分半の本MVでは、80ほどの背景美術が用いられた。コンセプトアートや美術ボードはもちろん、一部の素材を除き全ての背景をほぼひとりで描くというかなりの作業量をこなしているが、「それが性に合っています!」と言ってのける赤木氏は生まれながらの背景職人なのだろう。
今回のMVはそんな赤木氏が培ってきた技術が存分に発揮されている。なぜなら以前からお伝えしているように、本作は全ての撮影がスタジオで行われているからだ。その上で、楽曲のイメージをふくらませるような豊かな映像をつくるため、様々な技術が用いられているわけだが、中でも赤木氏による背景美術の存在は大きい。何といっても、MVやアニメ、ドラマなど映像作品において、画面を占める割合が最も大きいのが背景なのだ。裏を返せば、どんなにキャストが素晴らしい演技をしても背景が作品や物語にそぐわなければ、全てが台無しになってしまう可能性をはらんでいる。赤木氏いわく「視聴者が背景を気にすることなく、感情移入ができる世界をつくること」が大切だと言う。そのためには当然、絵としての完成度の高さが必要になってくる。
▲「出し惜しみ」をする冒頭のカット。暗めのライティングかつ暗めの背景かつ黒目の衣装という構成の中で、メンバーが映える背景の塩梅には苦労したという
違和感のないハイクオリティな背景を描くためには、まず「文化」を正確に理解することが重要だ。今回のメイン舞台となる古城は、六弥ナギさんの生家のあるノースメイアをイメージしているが、ひと口に北欧風と言っても、作業者の想像だけではリアリティのある背景にならないという。そこで赤木氏は、城の建築様式から取っ手の形状、周囲の環境にいたるまで、北欧に関する資料を念入りに調べ上げた。背景美術の全工程の中で「下調べの時間が最も多いと言っても過言ではない」という。そうしてかけられた大量の時間が、説得力のある美しい背景を描き上げることにつながるのだ。
▲石壁の部屋での1シーン。光のチリとなって消えていく和泉一織さんに駆け寄る七瀬 陸さんというこのシーンの舞台も背景美術で描かれた
そして冒頭の言葉が示すとおり「キャスト(アイドル)が映える」というのも良い背景の条件である。ところが、本作で山本健介監督が目指したのは「ハリウッド映画のような明るさを抑えた世界観」であった。ハリウッド映画では、顔の明るさを落とし逆光にして劇的な印象を与える手法がしばしば用いられているが、日本のアイドルもののMVは基本的に顔を暗く落とすような演出はしない。アイドルファンには順光で表情をはっきりと見せる映像が好まれるからだ。そんな中、今回の山本監督の手法は型破りといも言える。赤木氏は山本監督の演出意図を汲み取りつつも、セオリーであるキャストを際立たせる背景を模索したそうだ。メンバ-の着ている衣装や髪の色に合わせて、激しく動くカメラワークの中でも見えやすい状態にしていく。
▲古城へ続く橋の上のシーン。スタジオ撮影のメンバーに美術で描いた背景を上手く合わせている。フレアなどの撮影処理が加わることで、さらに幻想的な世界となった
例えば連載第3回で紹介したワイシャツ衣装のシーンでは、黒いズボンと被る地面には白く輝く氷面や雪を、白いシャツの後ろには暗く輝く夜空を、といった具合にコントラストを意識したという。画面のバランスを考え、明暗や色味を調整していくのも背景美術の役割なのだ。メンバーに背景を合わせるときもあれば、ときには背景に合わせてもらうときもあるそうで「背景美術だけでなく、色指定や撮影と力を合わせて作品の世界を作り上げていくのです」と赤木氏は語る。そうして考え抜かれた計算の上で、最終的に全体の明るさを絞り、暗くするところは潰して、見せるところは見せるというメリハリのある映像となった。
▲背景美術を描く赤木氏。プラスチックの板の上で色をつくりながら描画していく。写真の背景画は赤木氏オリジナルのもの。アナログで描いた素材は本作でも様々なシーンで活躍している
▲PCとタブレットによる背景作業の様子。アナログでもデジタルでも背景を描くことができるのは赤木氏の強みだ
本作ではメインとなる古城や湖といった舞台のほかにも、牢屋や生け垣など10箇所ほどのシチュエーションが登場するが、そうした舞台の設定を考えるのも赤木氏の役目だった。山本監督とやり取りしつつ、メンバーの心情に合わせた色遣いをしたり、細かな設定を考えたりしている。「山本監督のイメージをどこまで再現できるかは、MVの完成度に関わる大きなポイントのひとつでした。そこにさらにメインスタッフのの意見やアイデアを加えていき、さらに全体の完成度を高めていきました」と制作プロデューサーの半澤優樹氏。
本作は山本監督にとって初めての監督作品であり、セオリーや他のスタッフからのアドバイスを採り入れるべく、役職や立場に囚われず、忌憚のない意見の交換がたびたび行われたそうだ。ときには激しいやり取りをすることもあったが、それもお互いへの信頼があってこそのことである。このMVをより良いものにしたいという強い想いがぶつかり合うことで化学反応が起こっていくのだ。赤木氏は「オレンジは常に挑戦を続けるスタジオで、試行錯誤を繰り返してしていくからこそ、作品の中で思わぬ奇跡が起こるんだと思います。今回のIDOLiSH7さんのMVを通して、少しでも多くの人を笑顔にできていたら本望です」と語る。
▲「この表紙で全て出し切りました!」と赤木氏が語った本誌「CGWORLD vol.258」の表紙グラフィック。IDOLiSH7のメンバーの撮り下ろしに背景美術が上手く世界を構築している。なお、今回は特別に表紙の販促用ポスターをプレゼント。詳細は記事の最後に!
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美術監督が解説する『Mr.AFFECTiON』の舞台
美術監督が解説する『Mr.AFFECTiON』の舞台
ここからはメイキングパートとして、本作で使用されている背景美術を、実際の素材や場面カットと共に詳しく紹介していく。背景の作成のながれから、赤木氏が誇る背景描画の技術まで徹底に解説したい。あのシーンやこのシーンに隠された職人の技をご覧いただこう。ボリューム満点でお届けする後半戦、ぜひお見逃しなく! なお、この先はイメージを損なう表現が出てくる可能性もあるため、ご理解をいただいた上で読み進めていただきたい。
MVの舞台となる古城外観の美術設定
▲ノースメイアのある北欧のイメージというオーダーを受けた赤木氏が、実際の背景美術を描く前に用意した美術設定。「背景美術の良さは "絵の嘘"がつけるところだと思います。この古城は架空のもので、実際には北欧にこういうお城はないので、見映えが良いようにイメージを膨らませて描きました」と赤木氏。ここで意識しているのは、実際の建築様式をベースにしつつも、それだけに縛られすぎてしまわないこと。下調べした中で良いところをピックアップしたり、赤木氏のアイデアを混ぜ合わせたりと、今回のMVだけのカッコ良いデザインを構築した
カメラの寄りに耐える描き込み
▲MV冒頭カットにおけるカメラワークの指示。ここでは大きな外側のフレーム(A)から、扉上部を捉える小さなフレーム(B)へとトラックアップしていくという指示がされた
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▲美術素材。この城門は3Dモデルが作成されていたため、その背景モデルに貼り込むために美術素材が用意された。城門の扉に寄っていくカメラワークのため、アップになった際にも耐えられるように、扉部分のみ1,200万画素の解像度という大きなサイズで描画されている
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▲実際の場面カット。寄りにも耐えられるクオリティだ
ふたつの表情を見せるコンセプトアート
今回はスタジオ撮影で後から背景を合成する手法が採られていたため、古城へ続く橋と城壁は3DCGで作成することが決まっていた。そこで美術設定を基に作成された背景モデルを事前にもらい、それに合わせて赤木氏がラフボードやコンセプトアート描いていったそうだ。
▲ラフボード。制作の初期段階でMV全体の方向性を示す
▲CGレイアウト。古城のコンセプトアートを描く基となった
▲古城のコンセプトアート①。楽曲序盤の寂しさをイメージして、全体的に暗めの設定となっている。色数を少なくして、雪が降っていることで視界も悪くなり、曲の不安感を助長させる雰囲気だ
▲背景美術。【古城のコンセプトアート①】を基に赤木氏が描いた
▲古城のコンセプトアート②。楽曲ラストの力強さをイメージして、全体的に明るく表現している。「暖色を織り交ぜることで、メンバーの元気な一面を引き出すような空間をつくりました」(赤木氏)
▲背景美術
▲楽曲序盤とラストの場面カット。同じ場所でも、基となるコンセプトアートがちがうと背景も異なる印象となる。背景による演出の効果は大きい
カメラワークを支えた遠景背景
MV初期の360度ぐるっとカメラワークするカットを解説しよう。こちらのカットの背景は、実は一枚絵で描かれている。
▲セル参考と背景美術。背景を描く前には、セル参考を必ずもらうという。今回の場合は背景モデルが映る箇所を黒塗りで表しているが、他にもメンバーがどのように移動するかなどをあらかじめ把握しておくことで、カメラに映らない部分の描き込みを抑えることができる。また、カメラワークが速いところは、ディテールよりも見えやすさを重視して、木炭デッサンのようにざっくりと明暗の表現だけに留めるなど、面で見る描き方を意識しているそうだ
▲背景美術。限られた制作期間の中でも、セル参考を基に描く箇所を絞って力を注ぐことで、効果的に背景を仕上げることができる
▲場面カットの連番。四葉 環さんや和泉三月さん、六弥ナギさんらメンバーの切なげな表情を後押しするような空気感をつくりつつ、暗い中でもメンバー全員の姿が見やすいように、背景美術にも詰まっている。本来であれば黒い衣装が映えるように背景も明るさを持ち上げたいところだが、夜という設定に加え、石などの素材はどうしても暗い色になってしまう。そこで、セル参考のメンバーが映る位置に合わせて、雪やオーロラといった白いものを配置して、メンバーを引き立てているのだ
[[SplitPage]]煙に飲み込まれる七瀬 陸さん
▲七瀬さんが煙に包まれていくカット。美術監督の仕事は、まず企画などの初期段階でコンセプトアートを描き、絵コンテを基に美術設定を作成して、ラフボードや美術ボードを手がけ、カットごとの背景美術を仕上げていく。中でも最初の色を決める工程や設定を考える工程に時間がかかるそうだ。その映像がどのような環境で観られるかという点は強く意識するという。本MVはスマートフォンや家庭用のモニタなど明るい環境で観られることを想定して、ベースは完全にブラックにはしていない。一方で映画のような暗い空間で観る作品は、暗い背景も細部まで視認できるため密に描くそうだ。各シーンのイメージが固まれば、その後はどんどん背景を描いていくので、後半はスピードが上がっていくとのこと。赤木氏は「背景美術はたくさん絵を描くので達成感がありますよ! それとギャラリーなどの限られた会場で展示する絵の良さもありますが、映像作品は日本全国のTVや映画館でながれることもありますし、ネットで配信されれば全世界の人が映像作品を通して自分が描いた絵を観ることになります。会ったこともないいろいろな国の人と感動を共有できるのは、この仕事最大の魅力ですね」と話す
コンテンポラリーダンスの演出が光る石壁の部屋
▲石壁の部屋の美術設定。武田考代氏が英訳した歌詞が投影される演出もあり、「プロジェクタを壁面のどこに埋め込みますか? という話し合いもしました」(半澤氏)とかなり設定が練られたそうだ。実際にはスタジオで撮影しているが、この場所が現実にあると想定してリアルサイズで設計している。壁のヒビの間にプロジェクタが埋め込んであるのもポイントだ
▲ラフボード。【石壁の部屋の美術設定】を基に彩色を施すことで最終的なイメージに近づけていく
▲美術素材。線画の美術設定を基に背景モデルを作成し、背景美術で描いたこの壁の素材を貼り込む。四方の壁で全て異なる素材を用意しており、よく見ていただくとプロジェクタが埋まっている穴も描かれている
▲光受けフィルタ処理後の美術素材。プロジェクションの光を受けたときなど、カットに合わせて調整する
▲石壁の背景美術。明るい部分はプロジェクタが投影されている部分だ
▲完成した一織さんと二階堂さんのワンシーン。背景美術による石壁の部屋が、メンバーのダンスを視聴者の心により印象づけている
透明感のある凍った湖の舞台
メンバーがひとりずつ消えていく氷の湖のシーン。湖の氷面、山、空など、パーツで別れている美術素材を、球状の3D空間に配置して360度の空間を表現している。ここでは、細かな構成素材までドドッと一挙公開する。
▲美術設定
▲美術ボード。昨今、背景美術はデジタルツールの使用が主流だが、こうした氷のヒビや遠景の木々のような有機的なものについてはアナログで描くことも多いという。にじみや筆先の割れ等、アナログの筆ならではの偶然性や勢いがプラスに働き、結果的に作業も速く綺麗な仕上がりになるとのこと。一方で、人工物は正確な線が簡単に引けるデジタルが最適だという。試行錯誤しながら、デジタルとアナログを上手く使い分けているそうだ。「最終的に視聴者にとって最高の絵になれば、手段にはこだわりません」と、赤木氏は背景美術の矜持を語る
▲氷の表面素材
▲湖表面のヒビ素材。大量に描かれた。こちらは紙に筆で描いたもの
▲ヒビの断面素材。こちらも筆で描かれた
▲様々なパターンのヒビの断面素材
▲氷表面のヒビとヒビの断面素材を並べた素材。比較すると表現によって筆遣いが異なることがわかる
▲氷素材に【氷表面のヒビとヒビの断面素材を並べた素材】を重ねた状態。氷の色味がつくと寒々しい氷の雰囲気が一気に増す
▲【湖表面のヒビ素材】を統合した素材
▲ヒビのフレア素材。フレアは現実空間で撮影した画像が白っぽくなったり、光がにじんだりする現象のこと。その現象を再現した
▲【氷の表面素材】の上に【ヒビのフレア素材】と【湖表面のヒビ素材を統合した素材】を重ねた氷表面のヒビ素材。こちらは上下左右でリピートできるように工夫したつくりになっている
▲氷の湖のワンシーン。表面のヒビはもちろん、下方向の断面まで丁寧に描くことで、寒々しい現実感が増している
▲空の素材
▲氷原の素材
▲島(小)の素材①
▲フレア素材①
▲【空の素材】~【フレア素材①】を合成した状態
▲島(中)の素材①
▲フレア素材②
▲【空の素材】~【フレア素材②】を合成した状態
▲島(中)の素材②
▲フレア素材③
▲【空の素材】~【フレア素材③】を合成した状態
▲島(大)の素材
▲島(小)の素材②
▲島(小)の素材
▲最終的な背景美術。この背景にたどり着くまでに、上記の数多くの素材が描かれた
▲アナログで描かれた素材の一部。上のモノクロの3点はオーロラ、青い1点は星空、下2点は樹木だ。先にも紹介した通り、赤木氏はアナログ技法も上手く駆使している
▲氷の湖のシーン。背景美術で作成した美術素材をCGチームが配置し、撮影チームがコンポジットすることで、最終的な完成映像となる。「全てのセクションの力が合わさり、イメージボードに合わせた想像通りの舞台が出来上がり、私も嬉しくなりました」と赤木氏。バストアップのカットでは、綺麗なオーロラが背後に輝き、美しい背景に四葉 環さんの躍動感あふれるダンスがよく映える
▲全身が映るシーンでは、輝く湖の氷により黒いズボンも映え、本当に凍った湖の上でダンスをしているようだ
[[SplitPage]]変身シーンを盛り上げる背景たち
ここでは、変身シーンの背景に注目したい。7人の中から逢坂壮五さん、大和さん、一織さんのシーンを紹介しよう。
▲逢坂さんの変身シーンの背景美術。舞台となるこのような城の場合、建築上このサイズの窓ガラスに枠が入っていないことはないのだが、逢坂さんの顔に枠が被らないように、本MV仕様としてあえて窓枠のないデザインにされた。背景美術ならではの「絵の嘘」が活きている
▲実際のカット。窓枠をなくしたことで、逢坂さんの演技を邪魔せず、ガラスだけが美しく飛び散る神秘的なシーンとなった。なお、このガラスについては、撮影時は危険を考慮してべっ甲でできた板を使用し、VFXで割れるガラスに差し替えたとのこと
▲二階堂さんの変身シーンの背景美術。このシーンは背景モデルの形に合わせて背景美術を描いているのだが、同じレンガを並べるだけでは整いすぎたいかにも作り物のチープな印象になりがちだ。そこで背景モデルの形と大きくはズレないようにしつつも、背景美術側で絵を崩して抑揚をつけている。「綺麗に違和感がないように崩してあげるのも、美術の大事な役割だと思います。自然な感じを出すには、人の目で描いた方が独特の味が出て上手く仕上がります」(赤木氏)
▲完成したカット。リアルに描かれた背景の中、炎を通り抜けるという非現実感が、このシーンをより印象的にする
▲一織さんの変身シーンの背景美術。一織さんは生け垣に穴を空ける演出があったため、奥の生け垣【上】、手前の生け垣の穴なし【左下】と穴あり【右下】の美術素材が用意された
▲【左】と【右】は手前と奥の生け垣を合成した状態だ
▲完成カット。実際に生け垣に穴を開けることなく、地球に優しい形でカッコ良いかシーンが出来上がった。なお、こちらの羽のエフェクトについては連載第2回で解説しているのでそちらもチェックしていただきたい
美術目線から舞台を効果的に補う
山中にひっそりとそびえ立つ古城。四方を囲む豊かな自然や山々が北欧の空気を感じさせるが、この山々には実は技術的な意味合いも隠されている。周囲を山にすることで、地平線を隠し、その後ろの空間を省いているのだ。先に紹介した橋の上のカメラワークや、氷の湖のシーンでも効果を発揮し、不要なコストを削減しつつ、安心して自由なカメラワークをつけている。そうした様々な面で重要な役割を果たしている山にも工夫が施されている。ざっくりとした周りの背景モデルはあるが、平面で描いた美術素材を3DCG側で丸く配置して上手く立体感を出した。
3D的なカメラワークのあるカットの場合、レイアウトと形が異なる美術素材にしてしまうと、背景モデルに貼り込む際に素材がずれてしまうため、基本的にはレイアウト通りに描かなければならない。しかし「人の目で見たときの感覚を大切にしている赤木氏は、不足していると感じる箇所は補うという方針を採っているそうだ。
▲【上】の3Dレイアウトから山の形を変更し、その代わりに川を入れることで、スケール感を演出している。描かれた背景美術が【中】で、完成カットが【下】だ。レイアウトから変更して、背景美術で寄り精度を上げている
赤木氏の作業机を直撃!
最後に、赤木氏がアナログで使用している道具を一部紹介しよう。
▲赤木氏の作業机。様々な道具が用いられている
▲ポスターカラー。アナログの背景描画で必須のアイテムだ。棚にも様々な色の予備を保管。作業机にはいつでも使えるようによく使う色が並べられている。各容器にはプラスチック製のスプーンが差してあるが、これは固まったりカビが生えたりしないようにかき回すためのもの。容器にサイズがピッタリだ
▲筆。こちらもありとあらゆる種類が取り揃えられている。描くものによって適宜使い分けているとのこと。どの筆を選ぶかも背景美術職人の経験がものをいう
▲ソフトパステル。こちらも赤木氏の愛用品だ。様々な画材を駆使し、さらにデジタルツールと組み合わせて作品の世界・舞台を構築する背景美術職人のアトリエを垣間見た
連載第4回はここまで! 本誌では扱っていない、初出しの情報ばかりをお届けした今回、いかがだっただろうか。メンバーの演技を支える舞台に隠された熱い情熱や苦悩を知り、改めて観返したい気持ちに筆者はなった。ときにぶつかり合いながらも、助け合い、支え合い進化していく姿は、これまでのIDOLiSH7の姿に重なるような気がする。仲間となら、どんな今日も越えられる。そして、完成する奇跡の結晶。次回も、そんな奇跡の裏側に隠された熱い想いを別視点からお届けするのでお楽しみに!