著名アーティストの作品制作を通して、画づくり全体の設計から完成にいたる考え方やテクニックを紹介する短期集中連載企画「画づくりの達人」。第6回はクリーチャーデザイナー・デジタル造形作家のタンノハジメ氏に、「∞」の形状を活かした、静的でシンメトリな画面構成に基づく造形制作について紹介してもらった。
■関連記事
アーティストの作品制作から画づくりの秘訣を知る〜画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.1 涌井 嶺
「画のシルエットでクオリティの6割は決まる」〜画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.2 吉武 薫
つくりたいイメージと制作手法の組み合わせを探る試行錯誤〜画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.3 高原さと
建築家としての知識と経験に裏打ちされた緻密な構図設計〜画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.4 Motionist
静謐なのに心が躍る、気鋭の若手アーティストが挑む「無限に見返したくなる」映像~画づくりの達人 by iiyama SENSE ∞ vol.5 Kazuya Ohyanagi
今回の達人
タンノハジメ
1999年生まれ。クリーチャーデザイナー・デジタル造形作家。高専の建築デザイン学科を経て、現在は東北の美術大学に在籍。3DCG作品は学生コンペにて受賞多数。クリーチャーや神性を主軸とし、造形の美しさ・力強さや象徴性を求めて作品制作をしている
Twitter:@tnn_scaltinof
「無限ノ夢幻偶像」
設計:テーマからカタチをとらえる
1.コンセプトと構成の思案
まずは、制作するもののイメージをつくっていきます。今回は「∞(インフィニティマーク)」を採り入れたアート作品という題から、∞の形状そのものを活かした画面構成にしたいと考えました。この企画の作品群の中に∞を主題に置いているものが少ないこともあって、あえて主題として∞を強く使いました。
イメージの話になりますが、「∞」からは、シンメトリ、静的、曲線といった要素を感じます。また、個人的に動画やダイナミックな動きのあるものからは有限さを強く感じるため、時を感じさせない、止まっているものこそ∞を象徴するに相応しいと考えます。
そのため、今回の作品は非対称でダイナミックな構成より、シンメトリで静的、荘厳な印象の画面構成を目指すことにしました。3D的な構成というよりは、より絵画、イラスト的なアプローチで考えてつくっていきます。
2.落とし込む要素とリファレンス
普段は主にひとつの生物としてのクリーチャーの造形をしていますが、今回は画の特性に合わせて、より彫像としての側面が強いものをつくりました。ひとつの生物としてのクリーチャーをつくる際は、説得力をもたせるために多くのルールがあり、かなり考慮してつくらなくてなりません(そこが楽しいところでもありますが)。
個人的に彫像としての側面が強い作品は比較的感覚的な要素が多く、より自由度が高い制作になると感じます。採り入れたい要素としては、角、虫の外骨格、多数の生物の要素、鎧、星、∞、仏像などをピックアップしました。
つくりたい要素は常日頃から思考して、その中で作品に差し込みたい要素をテーマに合わせて採り入れていきます。リファレンスとしては、蟷螂の頭部、中世のプレートアーマー、特にルネサンス期の鎧工の作品などを参考としています。
3.イメージ、構図の具象化
構図の決定の際は、まずは形状をぼんやりとスケッチに描き、前述の要素を採り入れながら頭の中のイメージを鮮明にしていきます。詳細は造形しながら考えていった方が効率的だと考え、シンメトリをONにして、ある程度までPhotoshopでスケッチしました。シンメトリで描くとシルエットが少々野暮ったい感じになったので、造形しながらシルエットも大幅に変えています。
動画制作、映像の1シーンとしてつくる画とはかなり違う構成の仕方にはなりますが、今回の作品は、前述の通り「∞」のシェイプを活かし、造形自体の力を伝えるために日の丸構図のように真ん中にドカンと配置しています。目が合う構図では最初に目に視線がいきますので、目、∞、シルエット、その後は造形の流れに沿って細部を見てもらう構成になっています。
普段の制作から、造形する際はシルエットとディテールが連動している美しい流れに重きを置いて制作しています。本作品は、角や外殻の曲線を主体とし、それぞれの造形の流れが一体となるようにしました。
大要素としての蟷螂型の頭部、中要素としての造形の大きな流れ、小要素として鳥やタツノオトシゴ、魚などの装飾を各所に散りばめており、どの距離感で観ても魅力があるように意識して制作しています。
制作: 仕上がりを意識して美しい流れと強さをつくり出す
1.ZBrushによるスカルプト
まずスケッチを基にSphereから形を大まかにつくっていきます。SnakeHook、ClayBuildup、Standardブラシを主に用います。
スポットライト機能でスケッチを画面に投影し、バランスの調整をこまめに行います。
角のベースはコントロールしやすいZSphereを使ってベースをつくり、ベースができたら、アダプティブスキン作成でメッシュ化します。あまり細かくZSphereで調節していても時間がもったいないので、大体の形ができたらすぐにメッシュ化します。その後はSculptrisProモード等を駆使して鋭く仕上げていきます。
造形の序盤は、できる限りスケッチのバランスから外れないように調整します。肩のパーツには以前制作した「鵺」という作品の頭部を流用して仮置きしました。
細かいパーツも造形していきます。まつ毛はCurveTubeブラシでチューブをつくってSculptrisProモードのSnakeHookブラシで引き伸ばし、形をつくりました。
ひとまず、スケッチに準じた形状ができました。アクセサリ類はZBrushのプリミティブを少し加工しただけのものです。ずんぐりとした印象なので、ここからもう少しスタイリッシュなシルエットに変えました。
続いて、鎧の装飾をつくっていきます。胸部には祈る手を模した装飾をつけることにしました。頭部の細かい部分などは少々ディテールの詰め方に迷ったので、ガイドとしてPhotoShopで線画を描きました。
肩の造形のベースはいくつかの案をつくりました。骨、トリケラトプス、虎などのモチーフを試しましたが、全体の曲線の流れが美しいライオンのベースを選びました。
造形を進めていき、各部位を鮮明にしていきます。分割した方が造形しやすい部位はマスクを用いてパーツを分割します。シンメトリでつくってもいい場所はシンメトリで新たにつくってから組み込んだ方が効率的です。筋彫りにはDamStandardやStandardブラシを用いています。
詳細を彫る際は一度Zremesherでリメッシュし、サブディビジョンレベルを上げて投影でディテールを転写します。ある程度まで全体を進めたら、一部位を完成させて作品の密度の指標をつくると完成形の密度感が掴めるため、他の部位もつくりやすくなります。密度を上げすぎた部分は間引いて、引きで見た印象がごちゃごちゃしすぎないように調整します。
マテリアルを時々変えて印象を確認します。メタリックやラフネスで印象がかなり変わるので、時々変えてみるのはオススメです。
こちらで造形は完成です。今回は正面からの一枚画のため、ポリペイントやテクスチャワークは行なっていません。
2.KeyShotによるレンダリング
KeyShotを用いてレンダリングしていきます。KeyShotはZBrushとの連動が一番手軽で、UIもシンプルなので使用しています。
マテリアルを割り当て、目指すルックになるようパラメータを調整します。金属感がありながらも生物のような有機的な印象も兼ね備えた質感、色味を目指しました。今回は造形を詳細まで見てもらう画づくりの特性上、ボケてほしくはないので被写界深度は設定しませんでした。
ライティングはHDRIを2種類使用して、陰影が強く出るドラマチックなライティングのものと、造形がくっきり出るライティングのものを2つレンダリングしPhotoShopでのポストプロセスの際に合わせて使用します。KeyShotのレンダリングは輪郭に背景色が影響して縁がついてしまうので、背景色はつくりたい画に合うものを設定します。
3.Photoshopでのコンポジット
Photoshopにてコンポジットを行います。異なるライティングの2枚を重ねて、造形が見えつつもドラマチックな画へと調整します。やりすぎると平面的になるので、この手法はバランス感覚を重視しています。
強調したい部分にハイライト、空気感の演出にフォグを乗せていきます。
これで、造形物自体の調整が完了しました。最後の仕上げに、枠線など画面としての試行を十数枚試した結果、シンプルな形に落ち着きました。
iiyama SENSE ∞(インフィニティ)の実力
紹介機材
SENSE-F079-LC139KF-VAX [CG MOVIE GARAGE]
- 価格
435,800 円~(税込)
- OS
Windows 11 Home[DSP版]
- CPU
Intel Core i9-13900KFプロセッサー
- チップセット
Intel Z790
- メインメモリ
DDR5-4800 DIMM (PC5-38400) 32GB(16GB×2)
- ストレージ
1TB NVMe対応 M.2 SSD
- 光学ドライブ
非搭載
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080 10GB GDDR6X
- ケース
ATX
- 電源
800W 80PLUS GOLD認証 ATX電源
- URL
https://www.pc-koubou.jp/products/detail.php?product_id=935310
※紹介機材の構成は最新モデルの構成です。検証当時の構成とは異なります。
作品制作に用いたPC
- モデル名
SENSE-F069-LC129K-VBX
- OS
Windows 10 home
- CPU
Intel Core-i9-12900K 16-Core Processor 3.20GHz
- メモリ
DDR4-3200 32GB(16GB×2)
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080 12GB
- ストレージ
1TB NVMe対応 M.2 SSD
タンノ氏が普段制作に使用しているPC
- OS
Windows 11 Home
- CPU
AMD Ryzen 7 3700X 8-Core Processor 3.60 GHz
- メモリ
32GB
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3060
- ストレージ
2.5TB
様々な工程で過不足なく使用できるスペック
今回は、主にZBrushの制作工程で検証しました。普段使用しているPCでも特に不足を感じることは少ないですが、ZBrushなどのスカルプティングツールはポリゴン数が膨大になりがちなのでパーツを細かく分割したり、そもそもあまりポリゴン数を上げすぎない工夫をして使用しています。普段制作しているクリーチャーモデルは多くても合計8,000万ポリゴン程度です。
普段のPCの使用感としては、サブツールのポリゴン数が約3,000万ポリゴン/SubDivありの状態では、ブラシを使う際はラグがないものの、アンドゥに1秒程度の時間がかかります。1億ポリゴンを超えるとアンドゥには3秒以上かかり、ブラシ作業にもラグがあるので制作はかなり難しいです。SubDivなしの状態で3,000万ポリゴンではブラシ操作にも若干のラグがありました。1億ポリゴン程度になるとカクつきが酷すぎて作業になりません。
今回の検証PCでは、サブツールのポリゴン数が約3,000万ポリゴン/Subdivありの状態では、ブラシ使用時はもちろん、アンドゥもラグはありませんでした。1億ポリゴン程度でも操作のカクつきはなく、アンドゥには3秒程度かかってしまいますが、ブラシのストロークも最初に少しのラグがあるのみで作業可能でした。
レンダリング工程等も他の方の記事にもあるとおりかなりスムーズで、スカルプト、レンダリング、様々な制作過程で不足なく使用できるPCだと思います。
最後に
今回は「∞」というテーマで私の現時点における制作手法や思考の一端を紹介させていただきました。少しでも参考になる点があれば幸いです。
昨今、CGの世界はAIなどによって自動化が進んでいますが、現状では意思決定を人間がしているため、体系的な美術の知識や作品を見る目、画力は重要だと考えます。一方で、自動化が進んで個人でできることも増える分、作業面では機械による裁量が大きくなるのではないでしょうか。より高いスペックの機材があると制作の幅が広がっていき、規模の大きな作品もつくりやすくなると思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
TEXT_タンノハジメ
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)