オープンワールド型と呼ばれる広大な空間を舞台にしたゲームが人気を博す中、それらの巨大なデータ作成は困難を要する。CEDEC 2018で行われた講演「空撮フォトグラメトリー技術とレーザースキャン技術の融合による広大な現実空間の3Dデータ化方法」では、Cygamesと、測量技術の専門家であるパスコのタッグにより実現した佐賀県ベストアメニティスタジアムの3Dモデル化を例に、大規模空間でも手順を踏むことで比較的容易に3Dデータを構築できる手法が紹介された。

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TEXT&PHOTO_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)



【Cygames】佐賀県鳥栖市「スタジアムリニューアルによる魅力向上プロジェクト」スタジアムリニューアルデザイン イメージ映像


<1>サッカー専用競技場の高精度3Dデータ化プロジェクト

國府 力氏(Cygames デザイナー部3DCGアーティストチーム CGディレクター)

前半は、大阪CygamesでCGディレクターを務める國府 力氏が登壇、今回の事例の概要について説明した。「3Dモデル化の対象となったのはベストアメニティスタジアム。佐賀県にあるサッカー専用の球技場で、Jリーグ・サガン鳥栖のホームスタジアムです。今回、老朽化したスタジアムの塗装リニューアルに伴い、プレスリリース用の3D映像の制作を請け負いました」。

数年前まではこれらのデータ作成は手作業に頼るしかなく、今回ほどの精度を実現すること自体が困難であったが、3Dレーザースキャナを用いた地道なスキャニング技術、古くから使われてはいるが最近スピードや精度の向上がめざましいフォトグラメトリー技術、最新のドローンによる空撮技術の3つを組み合わせることで、広いエリアの高精度な3Dデータ化が実現できたという。


  • 点群データ


  • 最終データ

●レーザースキャニング技術

続いて今回用いられた3つの技術について、順に解説が行われた。レーザースキャニング技術では、3次元レーザースキャナ(FARO Focus 3D X330 HDR)を用いて、点群データから3Dメッシュデータを作成する。この手法の利点はレーザーによる計測で、位置情報が正確で精度の高いデータが得られる一方、レーザーの死角になる部分は計測できず、様々な工夫が必要ととなる。また、スキャナの計測時に奥行きデータだけでなく色情報も得られるが、テクスチャとして用いるには若干解像度が足りない場合があるという。これらの手法に関しては、CEDEC 2017での講演「本当にリアルなMixed Reality コンテンツを実現する為の技術開発」の内容がCygamesの技術ブログにまとめられているので参照いただきたい。

CEDEC 2017で発表された点群データの3Dポリゴン化手順

●フォトグラメトリー技術

フォトグラメトリー技術は、近年ゲーム開発において業界標準となりつつある技術だ。写真測量の技術を応用したもので、複数の方向から撮影した写真の視差情報を解析して利用する。その手法は非常に手軽で、カメラとフォトグラメトリー用のソフトがあれば良い。自動で解析でき、カメラの位置を固定する必要もない。おまけに高精細なカメラで撮影するため、解像度の高いテクスチャも同時に得ることができる。Cygamesではゲーム用のアセット制作にフォトグラメトリーを活用しているという。

課題としては、手持ちカメラで撮影する場合、撮影箇所の取りこぼしの有無を現場で確認することが難しい点が挙げられる。そのため、撮影にはそれなりの経験と技術が必要となる。また、撮影対象に解析のための特徴点が少なかったり、真っ白だったりする場合、解析の難易度が上がってしまうこともある。

Cygamesではフォトグラメトリー技術をアセットの制作に活用しており、カメラ209台を配備したスキャンスタジオを自社内に設置、主に人物の撮影を行なっているとのこと。この場合野外とは異なり、影が出にくいような照明が可能で、ライティング的にフラットなテクスチャ素材を得られる利点もあるという。

アセット制作に活用されているフォトグラメトリー技術

●ヘリコプター、ドローンによる空撮技術

続いて、ヘリコプターやドローンによる空撮に話題が進んだ。空撮は、高い位置から広範囲のデータを一気に取得できることが最大のポイントだ。他の技術の場合、高さをカバーするのは難しいが、ヘリやドローンの場合は、高さの問題を一気に解決することができる。「最近ではドローン関連の法律も整備されたので、事前に許可を取れば撮影できる場合も多く、撮影の敷居は低くなっていると考えています」(國府氏)。


  • 鳥栖駅周辺の空撮データ


  • ヘリコプターからの撮影の様子

その一方問題点としては、事前に撮影許可を得る必要があるためその手続きに手間がかかること、すぐに撮影を実施することが難しいこと、地上での撮影よりも天候や風に影響を受けやすいことが挙げられた。また建造物や樹木、人間など、被写体に近づくことも難しい。

撮影した写真は多視点ステレオ写真測量(Structure from Motion:SfM)という手法によって3D化。天候によっては撮影時の影が目立つため、曇天の方が良いデータが取れる場合が多いという。

ここまでに紹介した3つの技術を融合することで、それぞれの欠点を補い合うことができる、と國府氏。「これらの技術を基準に進めていくことになりますが、実際は大きな問題がありました。それは今回の場合、撮影規模がとんでもなくデカいことでした」。そのサイズは何と約260m×200m。これまでの3D化では数m規模の実績しかなかったところ、いきなり10倍の規模を手がけることになったのだ。Cygamesにはそもそもこの規模のデータ取得や撮影のノウハウがなく、リリース日を考えると検証を進める時間的余裕もあまりなかったことから、物流管理システムや文化財調査、測量データの販売など空間情報を総合的に取り扱う"測量の専門家"、株式会社パスコの協力を仰ぐこととなった。

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<2>計測の前提と実際の手順

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<2>計測の前提と実際の手順

林 大貴氏(株式会社パスコ 環境文化コンサルタント事業部 技術センター 文化財技術部 技術二課)

続いて株式会社パスコより林 大貴氏が登壇、導入としてパスコの業務内容が紹介された。「パスコでは主に文化財の計測、自社仏閣、古墳などの計測を行なっています。従来手法では計測が困難な地形を3次元計測機器で計測することが主な業務です。また、被災地に行って迅速な被災データの処理にも従事しています」(林氏)。

今回のような大規模空間の3次元測量手順は、次のとおり。

  • 1:地理空間の基準となる基準点を作成
  • 2:UVAを利用した大縮尺の空中写真測量
  • 3:地上レーザーを利用した小縮尺の測量
  • 4:設置標識点を使用した位置合わせと整合

前提として、大規模な現実空間を3次元化する場合に問題となるのは「空間の破綻」だという。大規模な建造物を計測する際は、1箇所で撮影して終わりということはなく、何度も移動しつつ、建造物の周りを計測していくことになる。何度も計測していくと、そのたびに小さなズレが蓄積していずれ大きなズレになり、3次元形状が破綻してしまう。これを測量用語で「誤差の伝播」と呼ぶ。そのため、誤差を小さくする、誤差が収束するための工夫をする必要がある。

何度も計測するうちに蓄積した誤差は、やがて形状の破綻をもたらす

「どんなに頑張っても、誤差がなくなることはありません。今回使用した方法は、基準点を設け、全体として整合のとれた形状を計測するという方法です」(林氏)。この手法自体は、日本全国を測量して歩き、現代的な地図を完成させた伊能忠敬が使っていた1800年頃の手法と同じで、基本的な考え方は進化しておらず、計算式としては古くから使われてきたものだという。

現実世界をモデル化する際には必ず誤差が出てくることの例として、「延々と伸びる海岸線」という逸話が紹介された。「海岸線の総延長が500mとします。これを拡大するともっと細かい誤差が出てきます。500mに見えたところが、拡大してみると実際は501mかもしれません。どこかで拡大をやめないといけませんが、これは求める縮尺がどれくらいかによって変わってきます。つまり、誤差の許容範囲はどのくらいなのか? どの程度まで誤差を許容するのか?といったことです」(林氏)。

「延々と伸びる海岸線」問題

縮尺1/2,500の地図では、10mの距離が地図上の4cmの線になる。これは拡大すれば拡大するほど誤差が目立つ。測量の成果をどのように利用するかによって、誤差の許容範囲を決める必要があるというわけだ。「今回の場合、人の目線で見るため水平精度±12cm、高さ精度±25cmを目指しました」。地図の場合はこの精度が法令で決められているが、ゲームやCGの場合は許容誤差を自分たちで決める必要があるという。

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ベストアメニティスタジアムの測量手順

[[SplitPage]] ●1:基準点の測量

続いて、ベストアメニティスタジアムの測量手順がひとつずつ解説された。まず、基準点の測量には、GPS衛星から送信される電波を利用する測位方式のGNSS測量機を利用。カーナビの超高精度版と考えれば良いだろう。カーナビは数mの精度だが、GNSS測量機は数cmから数mmの精度だという。ただし計測するまでに1箇所に1時間以上置き、調整した上で計測する必要がある。GNSS測量機では水平位置は10cm、高さは20cmの誤差まで許されており、これは今回設定した誤差の許容範囲内に収まる。こうしてスタジアム周辺に8点の基準点が作成された。


  • 基準点測量の方式


  • 基準点測量結果

基準点を作成したら、次は計測のための標識となる「標定点」を設置する。標定点は、白黒の板を用いたもので位置合わせを行う。「トータルステーション」という測量専用機器でレーザー照準を使い、人が覗き込んで目標の角度と距離を計測する。「実は伊能忠敬も同じことをしていて、1800年当時はレーザーがなかったので、代わりに人の歩幅で距離を測っています」(林氏)。


  • 標定点の設置について


  • 基準点を使用した標定点の計測法

●2:UAV(Unmanned aerial vehicle:ドローン)を利用した大縮尺の測量

標定点の設置が完了したらいよいよ計測に入る。詳細な計測を実施する前に、ドローン2機種にレーザースキャナを積んで、屋根の上など人が入れない場所を空中から計測。ドローンにもGNSS測量機を搭載し、そのデータも利用して全体的に座標付きのデータを600枚ほど撮影した。データ的にはまだまだ穴が多いが、屋根の上の計測データは何とかモデル作成に使えそうな結果となった。なかにはドローンにレーザースキャナが搭載されている機種もあるが、今回のような大規模なモデルには密度が少なすぎて適さないため利用しなかったとのこと。


  • ドローン2機種によって計測した結果をフォトグラメトリー処理したもの


  • レーザースキャナ搭載機種による計測データは点群密度が薄く、モデル作成には適さなかった

●3:地上レーザーを利用した小縮尺の測量

空中計測の後、地上からレーザースキャナによる詳細な計測を行う。この計測はスタジアム全体で428回にも及んだという。レーザースキャナには三角法方式、位相差方式(フェイズ・シフト)など様々な計測方式があるなか、今回はタイム・オブ・フライト方式の機器が採用された。1秒間に多量のレーザーを照射し、レーザーが対象物とセンサの間を往復する時間とレーザーの照射角度から座標を算出するしくみ。

タイム・オブ・フライト方式による計測の模式図

●4:標識点を利用した位置合わせ

地上レーザースキャナで観測した点群に対し、標定点座標を用いて位置合わせを行う。既知点である標定点の座標から、スキャナの位置を逆算して点群の座標をあてはめていく。作業量としては1日に50スキャン程度。それらを全部合成してできたものが300億点のデータとなる。取得した点群データは、それぞれの高さ情報も保持しているため高さごとに色分けすることも可能だ。

標定点座標を用いた位置合わせ

これらの作業を経て、基準点の誤差が最大7mm程度、全体のデータ取得精度が約5cm以内と、当初の目標の誤差範囲内に収まる高精度の点群データを得ることができた。一度点群を取得してしまえば、何度も現地に赴く必要がなく、スムーズに作業を進めることが可能だ。


  • 計測した点群データの整合結果


  • レーザースキャナは計測した対象の断面も見ることができる

その後各種資料から図面を起こし、スタジアムのソリッドモデルを作成。テクスチャは現地で撮影した写真、レーザースキャナの360度画像やドローンの計測データから補完しつつ作成された。

完成したソリッドモデル

そうして完成したソリッドモデルを基に、リニューアル後の新しいカラーの動画用モデルに調整。スタジアム周辺の街並みについても、空撮データから3Dモデルを起こしている。「3Dで確認することにより、塗り直し後の全体のイメージを把握することができ、詳細なデザインの調整なども容易に行えました。異なる技術、異なる業種での知見の組み合わせで、様々な問題を解決することができたと思います。全体のデータがしっかりしていたので、映像のクオリティの追求に時間を使うことができました」と、國府氏は今回の取り組みを総括した。

完成した動画用モデル

次ページ:
<3>会場での質疑応答

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<3>会場での質疑応答

最後に、会場で交わされた質疑応答の一部を紹介する。

Q:測量関係の作業量はどの程度ですか?

A:ドローンによる撮影は2〜3時間、基準点の設定に1日、地上レーザーでの計測は2台同時計測で5日。

Q:たくさんポイントクラウドが取得できているので、そこからポリゴンを作りたい。何か試みは?

A:トンネルや橋などは、ポイントクラウドからソリッドモデルを作成する研究が以前から行われている。トンネル用、橋用など特定の用途であればある程度利用できるが、今回のようなスタジアムは構造が複雑なため、なかなか一般的なツールを適用するのは難しい。

Q:ポイントクラウドやメッシュデータ、点群データからのポリゴン生成を自動化するツールがあるが、そういうツールが使えない理由は、クオリティの面で満足いかないから?

A:ソリッドモデルだと扱いやすいが、ポイントクラウドやメッシュデータでは重すぎて今回のような用途には向かない。一般的にメッシュデータのまま扱えるのは地形のみ。構造物はソリッドデータにしないとデータ量と汎用性の面で扱えず、他のデータ形式は向かない。

Q:レーザースキャンする計測機の設置の基準点は? 経験によるカン?

A: 今のところカン(笑)。計測器の位置を逆算しているが、その方法も3パターンくらいある。フォトグラメトリーにしたデータを参考にソリッドデータを作成している。

Q:図面立てしてからソリッドモデルにしている? 建築でいうところの三面図を作っているということですか?

A:その通り。建築系の図面からソリッドモデルを起こすのは、その作業に慣れたメンバーが担当した。

Q:基準点というのは、何点? 複数点があったとすると見通しがある?

A:基準点は複数点。バック点といって少なくとも2点ないといけない。今回は8点、内部と外で4点、角に置いた。それぞれ見通しがきく状態だった。

Q:SfMの処理、ツール、実行環境は?

A:3種類くらいのソフトウェアを組み合わせて利用し、最も良い結果のものを使っている。業務用市販ツールと、自社開発のものも利用した。実行に2日かかるものもあれば、すぐできる場合もあり、かかる時間はクオリティの設定次第で変わってくる。今回のものは、2日ほどかかった。マシンはGPU搭載のPC1台で、今のところ分散処理はしていない。