本誌にて颯爽と表紙デビューを果たしたデジタルヒューマン『Rin』。ナチュラルで親しみの湧くたたずまいが特徴的なRinは、一丸敦生氏と藤原 司氏によって設立されたKakela Studiosの新たな試みとして誕生した。本稿では、従来のデジタルヒューマンとは一線を画した存在として歩み始めたRinを紹介しよう。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 264(2020年8月号)からの転載となります。
TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン)
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©Kakela Studios
左から、一丸敦生、藤原 司(以上、Kakela Studios)、谷 宇宙(フリーランス)
社会のクリエイティブを加速させるために2019年にスタジオを設立。現在はデジタルヒューマンをメインに制作しており、共に作品をつくっていくメンバーを絶賛募集中!
Webサイト:kakelastudios.com
Twitter:@kakelastudios
Instagram:@rin_the_future
<01>社会通念を打ち破る! 等身大の魅力を放つデジタルヒューマン「Rin」
自分がつくったものが誰かのためになっている、ということ
2019年4月、「社会的な意義のあることをやりたい」という強い信念をもつ一丸敦生氏と藤原 司氏によってKakela Studiosは設立された。組織内で言われたことをやるだけの仕事では社会との接点がもてず、自分がやっていることにいったいどんな意義があるのかと疑問を感じていたという一丸氏は、「自分たちがつくったものが誰かのためになったり、世の中が良い方向に変わったり。それを自分たちの手で実現するため、Kakela Studiosの設立を決心しました」と語る。同社は「クリエイティブの解放」という強い理念を掲げており、人を縛り付けるステレオタイプな社会通念を打ち破り、人々の中に眠る自由で本質的な創造性を加速させるための創作活動に力を入れている。単純な受託業務だけではなく、自らが主体的に発信して社会と積極的に関わっていく姿勢から、高い理想と強いアート性が感じられる。
背景とストーリーのあるデジタルヒューマンとは
デジタルヒューマンであるRinは、同社が掲げる理念「クリエイティブの解放」を体現したオリジナルキャラクターとして誕生。性別に縛られない中性的な顔立ちに加え、年齢も26~7歳と少し高めの設定となっている。ただ見た目がかわいいだけで人気を獲得するファッションアイコン的な存在ではなく、「飾ることのないありのままの自分」で颯爽と生きていく、芯の通った信念と意思をもったキャラクターだ。ちなみにRinという名前は「凛とした」の「凛」とのことで、一丸氏は「SNSなどで見るインフルエンサーはただカワイイというだけでフォローされていますが、彼女たちからはストーリーがまったく見えてきません。そういった厚みのないキャラクターをつくりたくはありませんでした」と語る。当初からストーリーを描き出せるキャラクターとして考えており、今後は映像化に向けてアニメーションを付けたり、リアルタイム化したりと動画への展開を視野に入れているという。一丸氏は、「初めてのことばかりなので試行錯誤していますが、地道に積み重ねてRinと共に歩んでいきたいです」と意欲をみせる。
プロジェクト開始当初のRin
<02>モデリング
特別な技術に頼らず、地道にブラッシュアップを重ねる
モデリングでは人体をZBrushとMayaで、衣装はMarvelous Designerで制作。Rinのクオリティが非常に高いのは一目瞭然だが、ツールの使い方や技術的な面では特別なことをしていないと両者は口をそろえる。ただひたすらZBrushとMayaの往来をくり返し、"当たり前のこと"を愚直なまでに丁寧にブラッシュアップを重ねてクオリティを上げているのだそうだ。さらに、キャラクター制作で大切なことは、ツールの使い方よりもキャラクターの背景にあるストーリーや制作する意義を強く意識することだという。「ただカワイイというだけで消費されるものはつくりたくないんです。誰かのためになることをしたいという気持ちがあります」と藤原氏。モデリングという作業の裏に、確固とした制作者の思いや理想があるからこそ、深みのある魅力的なキャラクターとなっていくのだろう。例えば、テクニックをまるごと教えてもらって同じようにつくったとしても、Rinのようにはならないという。ものづくりは、制作者が自分自身の頭で考えて試行錯誤と探求をくり返し、主体的に行動することが何よりも大切なのである。
26~7歳という設定のRin、少し年齢を感じる目元や頬の表現から、親しみやすいナチュラルな魅力を感じる
人間的なリアリティにあふれた存在感のあるモデリング
クールで大人っぽく等身大の人生を歩むというRinのコンセプトに加え、26~7歳という少し高めの年齢設定には、「キャラクターは若くてかわいくなければならない」という社会通念に縛られず、「クリエイティブを解放する」という同社の理念が色濃く現れている。また、両氏と年齢が近いため親近感が湧き、人間的な深みのある表現がしやすくなるのだそう。そんなRinの最大の魅力は、流行に媚びず等身大で生きていくというキャラクターの内面(=設定)からにじみ出るしなやかな強さだ。一般的なデジタルヒューマンの場合、頬はふっくらと脂肪がのって質感もツルっとしており、若さあふれる完璧な見映えを重視しているが、Rinは少し年齢を感じる目元の痩せ感や、少し脂肪が落ちて凹凸が浮き出た頬骨など、年齢相応のエイジングが施されている。デジタルヒューマンとしての見映えがリアルなだけでなく、人間的なリアリティにあふれた独特の存在感がにじみ出ている。
目の下~頬の表現はふっくらとさせすぎず、年齢にふさわしい肉感を再現。トレンドに媚びない強さがにじみ出ている
さらに頬骨を強調して年齢相応のリアリティのある造形に
性別に囚われないファッションを追求
衣装はMarvelous Designerによってオリジナルで制作されている。企画当初は身体のラインが出るピタッとしたデザインだったが、ブラッシュアップを重ねるごとにテックウェアのような要素が追加され、次第にユニセックスなデザインに落ち着いていった。一丸氏は、「ステレオタイプなヒラヒラとした服ははじめから除外していました。再生産的なファッションアイコンを目指しているわけではないので、われわれが考えているストーリーにフィットするよう衣装をデザインしていきました」と衣装デザインの変遷を語る。また、実際の服づくりで使用されるパターン(型紙)の専門書を参照しながら、何度も検討を重ねてモデルの上に手描きでペイントオーバーしていったそうだ。髪型に関しても、シルエットが目立ちすぎず整いすぎず、極めてナチュラルな印象になるうに、細部まで「ちょうど良さ」を意識して制作している。
衣装デザインの変遷
余計なデザインを排除してさらにシンプルに
Marvelous Designerでパターンを制作
「形と形の関係性」にこだわったポージング
ポージングに関して一丸氏は、「モノとモノ、形と形の関係性はいつも注意しているところですが、なぜこの配置が良いと思ったのかを常に自分に問いかけつつ、形と形のベストな関係性を探しています」と話しており、ぬいぐるみを顎の下に置いたり頬に付けたりと検討を重ねてベストを探った。また、キャラクターを引き立たせるために手や靴裏の色味を少し暗くするなど、「ちょっとした調整」がいたるところで行われている。こういった微調整を細部までキッチリと詰めていくことが、リアルな表現には必要不可欠だという。
Rinが最も引き立つよう、調整するべきポイントを見つけ出す
ぬいぐるみとRin(形と形)の間にできるシワや影など、接点となる部分の「当たり前の表現」を少しずつ丁寧に詰めていくことがリアルな表現には欠かせない
フェイシャルリグは外部サービスを有効活用
フェイシャルリグはPolyWinkを利用。PolyWinkはTwitterでも話題になったのでご存じの方も多いと思うが、オンラインで顔のデータをアップロードすれば、236もの表情のブレンドシェイプターゲットとリグを付けてくれるサービスだ。基本的な表情の変化はブレンドシェイプで付けられ、目や首などにはボーンが組み込まれる。Rinのケースでは、不自然に額が膨らんだため何度かリテイクが発生したが、おおむね満足のいく結果が得られたそうだ。彼らのように少人数で作品を制作する場合、ポイントを押さえて効率良く外部サービスを使うのが有効だろう。その際、「PolyWinkに出せば終わり」ではないのがポイントだ。おおまかなところを外部に依頼し、自らの手で丁寧なブラッシュアップをくり返してクオリティを高めている。
PolyWinkでは236のブレンドシェイプターゲットとリグを作成してくれる
[[SplitPage]]<3>フェイシャル&リギング
アニメーションを見越してのリグ制作
アニメーションを付ける際に必須となるリギングにはmGearを使用。多くのプロダクションで採用されているmGearは、直感的で非常に使いやすいと定評のあるツールだ。モデル更新の際には、作成したスクリプトによって一括でリグの移植を実行する処理を行なっている。リグに精通したスタッフがいない同社にとって、mGearは力強い味方となったようだ。
「当たり前のこと」を丁寧に積み重ねる
技術的には特別なことをやっていないというRinだが、形状やテクスチャなど細部まで「当たり前のこと」を積み重ねて、きちんと形づくられている点が特徴的だ。例えば、歯の位置は少しでもズレたらまるで印象が変わってしまうパーツなので、歯科医さながら歯並びと顎の形を厳しくチェックしている。ほかにも、眉骨に沿って眉毛が正しく生えているか、まつ毛の生え際に違和感がないかなど、人体として正しい造形ができているかを深く掘り下げつつ細部を詰めている。「デッサンすることで、日頃どれだけものを見ていないかをうかがい知ることができるので、当たり前になっていることに対してゼロベースで考え、謙虚な姿勢で臨めます」と、一丸氏。彼らが丁寧なモデリングを実践する背景には、単なる形状へのこだわりやリアルさの追求ではなく、社会的に意義のある作品をつくりたいという同社の真摯な姿勢が根底にあることが窺える。
まつ毛の生え際はどうなっているのか、眉毛が生えている場所はどこが正しいのか。顎と歯の関係はどうなっている? 歯の大きさはこれで良いのか......。人体を形成する1つ1つのパーツを細部まで観察して形づくられている
<4>テクスチャ&コンポジット
一段階ずつ深堀りした繊細なテクスチャ作成
テクスチャワークは非常に繊細な工程で、ほんの少し色味や明暗のバランスがちがうだけで印象が大きく左右されてしまう。キャラクターに合っているか、変な色を使っていないかを常に意識しながら、一段階ずつ深堀りしてテクスチャを付けていった。今回、レンダリング素材として背景にビビッドなピンクを敷いたのだが、その結果、顔色が青黒くくすんで見えてしまい調整が必要となった。テクスチャの工程では、フィニッシュを考慮して制作することも必要なのだ。ちなみに、Rinのテクスチャはほぼ全てPhotoshopで作成されている。テクスチャ制作を担当した藤原氏によると、継ぎ目を考えずに済む場合は手慣れたPhotoshopで完結させることが多いとのことだ。
テクスチャはほぼ全てPhotoshopで作成している
Arnoldの標準シェーダを使いこなした肌の表現
レンダリングはArnoldを使用し、標準のスキンシェーダにディテール用のテクスチャをタイリングさせて情報量を増やしている。シェーダのノードを見ると、奇をてらわず丁寧にテクスチャを接続した実直なシェーディングがされていることがわかる。特別なチューニングを施すと、環境によってはレンダリング結果がブレてしまうこともあるが、基本的な機能を使って品質を上げていく手法は後工程での使い勝手が良く、ブレが少ない。また、肌の色はNix Pro 2を使用し、人間の皮膚を実測して色味を抽出している。肌の色を感覚で調整するのではなく、実測できるものは可能な限り数値化して割り出すという「ひと手間」が、リアルなデジタルヒューマンを制作するポイントだろう。
Arnoldの標準スキンシェーダに、ディテール用のテクスチャをタイリングさせて情報量を増やしている
Nix Pro 2を使って肌の色を抽出して数値化。iPhoneのアプリを使用して色を取得することができる(www.nixsensor.com/nix-pro)
抽出した際のアプリ画面(数値はRinで使用しているものではありません)
後加工を必要としない、高品質なレンダリングを実現
コンポジットにはDaVinci Resolveが使われている。静止画の場合、レンダリングしたものに修正加工を多数入れて仕上げることが多いが、今回はカラーグレーディングで少し手を加えただけで、顔部分には1ピクセルも描き込み(レタッチ)をしていないという。「形が正しくて、質感が正しくて、ライティングが正しければリアルになる」と藤原氏。前述したように、愚直なまでに細部を詰めたモデリングとごまかしのない実直な姿勢が、後加工を必要としない高品質なレンダリングにつながっている。動画やリアルタイムに展開していく際にも有利となるだろう。コンポジット時のフォローを考えつつ時間をかけずにモデリングするか、時間をかけてもはじめから高精度なものをつくって後工程を減らすかについては、目的やプロダクションによって考え方にちがいがあるだろうが、同社のように専任のコンポジターがおらず、少人数で制作する場合は後者の手法が向いているのかも知れない。
レンダリング結果(左)とDaVinci Resolveで少し色味を調整したもの(右)。顔部分には1ピクセルもペンを入れていないという