私たちがつくっているのはゲームの一部を構成する素材
C:そもそも、どうしてゲーム会社に就職しようと思ったのですか?
嶋原:小さい頃からゲームが好きで、親もすごくゲームが好きで、家にゲームが溢れていました。だから「ゲーム会社で働きたい」という漠然とした思いが心の中にありました。平凡な人生を送っていても、ゲームをすれば、色々な発想や体験ができますよね。そこにすごく魅力を感じていたし、絵を描くことや、ものづくりをすることが好きだったので、ゲーム業界を目指そうと思いました。アカツキを選んだ理由は、自分ががんばれば、年齢に関係なくどんどん成長できそうだと感じたからです。とはいえアカツキに提出したポートフォリオの中にはゲーム会社向けの作品がほとんど入っていなかったので、採用が決まったときは驚きました。
柴田:作品も重要ですが、アカツキの採用ではスタンスとマインドをより一層重視しています。若い人の場合、スキルは入社後も伸びると思っていますから、成長の土台となるスタンスとマインドの方が大事です。嶋原は笑顔がすごく印象的で、元気で、前向きで、愛されるキャラかもしれないと思いました。つらいことがあっても笑顔で乗り越えていけそうなポテンシャルを感じたので、採用することにしました。
C:最大の決め手は人柄だったわけですね。その後、京都から上京して、アカツキに入社し、5月頃にプロジェクトへ配属されたというながれでしょうか?
嶋原:そうです。8月頃までは上司のデザインリーダーと2人で、プロジェクトのためのキャラクター、背景、世界観などを協力会社さんのお力を借りながらひたすら模索していました。特にキャラクターの方向性が決まるまでは、100本ノックに近い感じで、ひたすら描いて、描いて、描きまくっていましたね。自分たちが考えた絵がどうゲームに落とし込まれるのか、当時はあまりイメージできない状態で手を動かしていました。自分の中の引き出しを増やすために描かせてもらっていたのだろうと、今になって思います。
C:協力会社の方々には何を依頼していたのでしょうか?
嶋原:初期段階から一緒にデザインを模索していただきました。キャラクターはテイストに則ったラフを描いていただき、背景は何を描いてほしいかを伝えるラフを私が描き、それを汲み取ったデザインをご提案いただきました。何れの場合も、協力会社さんのラフやデザインに対して私がフィードバックをして、再度ご提案いただき、またフィードバックをして......というのを繰り返し、どんどん世界観を固めていきました。
C:責任重大ですね。100本ノックというくらいですから、その期間に100枚近くの絵を描いていたのでしょうか?
嶋原:案出しの絵も含めれば、余裕で100枚を超えていたと思います。入社直後は「新人だから当面は下積みだろう」と思っていたのですが、いきなり協力会社さんのデザインに対してフィードバックをすることになり、かなり抵抗があったし戸惑いもしました。
C:失礼ながら「新卒がフィードバックしてくるの?」と、協力会社の方々も驚かれたのではないでしょうか?
嶋原:そうですね。6月に会食の機会があり、そこで初めてお会いしたのですが、びっくりなさったかもしれません。
柴田:それでも嶋原はコミュニケーション能力が高いので、やれてしまうんですよ。そこは「すごいな」と思います。経験のない若手がベテランの絵に対して修正を依頼するのは気が引けますし、相手に不快な思いをさせかねません。でも嶋原はそれが嫌味なくできるタイプだと思ったから、採用したし、今の仕事にアサインしているのです。入社から今日までの期間、期待通りどころか、期待以上の働きをしてくれていますね。「相手に好かれるキャラクター」というのは、嶋原の武器のひとつだと思います。
C:これまた失礼ながら、嶋原さんよりも協力会社の方々の方が画力は高いですよね?
嶋原:もちろんです。
C:そういう方々へのフィードバックのコツがあれば、教えていただけますか?
嶋原:絵の中で、いいな、素敵だなと思ったところは素直にお伝えしています。ただ、画力が高いからこそ、描き込み過ぎてしまったり、ゲームのコンセプトや世界観から外れてしまったりということは結構あるなと思います。私たちの表現したい世界観を理解していただくために、例えばイメージに近い資料をお送りしたり、自分でイメージを描いて共有したり、めげずにすり合わせることも大切にしています。一方で、柔軟に絵柄を合わせていただける方々もいて、それは本当にすごいし、有り難いなと感じます。
C:画力の高さと、コンセプトや世界観にフィットしているかどうかは別物だから、客観的な判断が必要なわけですね。
嶋原:「ご自分の絵」になってしまう方は多いですね。それはそれで魅力的な絵ではあるものの、私たちがつくっているのはゲームの一部を構成する素材なので、そのゲームのコンセプトや世界観から外れたものは修正をお願いすることになります。キャラクターでも背景でも、1枚だけで判断するのではなく、それ以前の絵と一緒に並べてみて、全体のテイストが合っているかを確認することが大切です。とはいえ似たような絵ばかりでは単調になって面白くないので、世界観を守りつつ、どうやって面白い絵をつくるか、日々頭を抱えながらひねり出しています(笑)。
柴田:協力会社さんは1社ではなく、3社、4社と段階的に増えているのです。だから途中から参加していただいた方々には、われわれが表現したい世界観や、必要とする絵柄をていねいにお伝えする必要があります。そのための資料を用意することもアートディレクターの仕事になります。
▲『ハチナイ』の世界観や画風を伝えるための資料
▲『ハチナイ』の衣装設定や美術設定。複数の協力会社やイラストレーターと連携しつつ、統一された世界観やデザインの絵を量産するため、数多くの詳細な設定画がつくられている
▲『ハチナイ』のカードイラスト。キャラクターたちの何気ない日常を切り取ったスナップ写真のようなイラストになっており、20代後半∼30代前半の想定ユーザーに自分の高校時代を懐かしく思い出してもらうことを意図している
▲同じく『ハチナイ』のカードイラスト。こちらはユーザーに10代の頃の甘酸っぱい記憶を思い出してもらうことを意図しており、スマホの画面を見ているユーザーとキャラクターの視線が合うように設計されている
ユーザーに喜ばれるものをつくることが最優先
C:昨年の5月から今日まで、嶋原さんはプロジェクトのアートディレクターを続けてきたのでしょうか?
嶋原:はい。世界観や主要キャラクターのベースができた後は、どんどんキャラクターの数を増やしていきました。それに伴いプロジェクトメンバーも増えていき、今は社内だけで10人くらいの人たちが関わっています。立ち上げ当初からいた上司のアートディレクターは別のプロジェクトに異動し、別の上司がアートの最終意志決定を担うようになりました。ただし、その前段階の意志決定は私がやっており、上司に最終チェックをしていただくというながれになっています。
C:入社から今日までの約1年間に、とても濃密な経験を積まれてきたのですね。そんな中で、特に印象に残っていることを教えていただけますか?
嶋原:初期段階の100本ノックですね。上司と2人きりで、何を期待されているのかすらわからない中、ずっと答えを探し続けた期間は特にきつかったです。その期間を乗り越えたとき、「あれにはちゃんと意味があったんだ」と思えるようになりました。
C:「100本ノック」というのは、描いては上司に提出し、ダメ出しをされ......というのを100回近く繰り返したということでしょうか?
嶋原:そうです。「何となく、これがいいと思います」と言うだけでは納得してもらえないので、「何故これがいいのか」をちゃんと言語化して伝えなければいけない点が特に難しかったですね。大学時代は自分がつくりたいものをつくれば単位をもらえましたが、会社に入るとユーザーに喜ばれるものをつくることが最優先になります。そのちがいを理解することが最初のハードルでした。その頃は自分の中の引き出しを増やしたくて、業務時間外に大量の本を読んでいました。アニメ、ゲーム、映画などの設定資料集や技術解説書に加え、ロジカルシンキングの本なども上司に紹介してもらったので、片っ端から読破しました。さらに既存ゲームのUIの模写をやったりもして、がむしゃらに勉強しましたね。
柴田:アカツキはディレクションを重視するので、「自分の画力を極めたい」というモチベーションで入ってくると、期待されることとのギャップに戸惑うと思います。一番大事なのは「面白いゲームをつくること」であって、アートはそのための素材のひとつです。だから1枚の絵を最初から最後まで自分で描くことはほとんどありません。その絵がゲームの中でどう使われるかを理解し、それを踏まえてどうあるべきかを考え、提案したり指示したりすることが求められます。単純に絵のクオリティを上げるだけでなく、描きやすさや量産性まで視野に入れ、設計する必要があるのです。
▲アカツキのカードイラスト制作では、発注前の準備がとても重視されており、2Dイラストにも関わらず3DCGによるレイアウトがつくられる。3DCGを使うことで、正確なパースが保たれる、修正が容易になるなどのメリットが生まれるという。「準備を重視するようになってから、ラフ以降の修正が減り、制作効率が向上しました」(柴田氏)。【左】3Dレイアウト/【右】ラフ初稿
▲【左】ラフ/【右】線画
▲【左】彩色初稿/【右】彩色仕上げ
▲完成画。「カードイラストを企画する際には、そのキャラクターならではの内容やシチュエーションになっているかを重視しています。キャラクターを入れ替えても成立するようであれば、内容やシチュエーションを見直す必要があります」(柴田氏)
C:確かに、デザイン次第でその後の量産性の良し悪しは大きく変わりますね。その点はアニメや3DCGのキャラクターデザインにも共通していることですが、新人のうちはそこまで考えが及ばないですよね。
嶋原:はい。どうつくるべきか、どうデザインすべきかを、試行錯誤しながら、失敗しながら学んでいきました。だから初期のフィードバックの中には的確でないものもあって、協力会社さんに何度も描き直しをお願いしたこともありました。
柴田:その点に関しては、協力会社さんに頭が上がらないですね。嶋原のディレクションに対して、すごく真摯にお付き合いいただき、とても感謝しています。ただ、嶋原もその有り難みは理解していますし、失敗を通して成長もしているので、アートディレクターに抜擢してよかったと感じています。今後も悩んだり壁にぶつかることがあるとは思いますが、今はすごく楽しそうに仕事をしているので、若い人たちのロールモデルになってくれればと願っています。
嶋原:何度も根を上げそうになりましたが、私は根が体育会系なので「やるからには、やり切る」というのがポリシーです。この1年めちゃめちゃ大変でしたが、ひとつの限界を突破できたと思うし、少し自信もついたので、やってよかったと感じています。
C:お話いただき有難うございました。
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