記事の目次

    「キャラクターをつくりたい」という動機から、3DCGやイラストレーションの制作に挑戦し、「これを仕事にしたい」と考えるようになる人は数多くいる。そんな人たちの自己分析と業界研究の足がかりにしてもらうため、本連載では様々なゲーム会社やCGプロダクションを訪問し、キャラクター制作に従事しているアーティストたちの仕事内容やキャリアパスを伺っていく。

    第13回では、TVアニメシリーズ『SSSS.GRIDMAN』(2018)を事例に、本作の3DCG制作を担当したグラフィニカにおけるモデラーとアニメーターの仕事を全3回に分けて紹介する。以降の前編では、本作のキャラクターと背景モデリングを担当した若手モデラー2名の仕事と、両氏の学生時代や就活時のエピソードを紐解いていく。

    TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_蟹 由香 / Yuka Kani

    ▲『SSSS.GRIDMAN』放送直前PV。本作は円谷プロの特撮ドラマ『電光超人グリッドマン』(1993〜1994)を原点とする全12回のTVアニメシリーズで、2018年10月〜12月に放送された。アニメーション制作はTRIGGER、3DCG制作はグラフィニカが手がけており、グリッドマンや怪獣によるバトルシーンでは3DCGが多用されている

    モデリングでもアニメーションでも、キャリア4〜6年目の若手が尽力

    CGWORLD(以下、C):『SSSS.GRIDMAN』の3DCG制作では、グラフィニカの若手が尽力したそうですね。まずは本作における3DCGチームの構成を教えていただけますか?

    大島渓太郎氏(以下、大島):モデリングに関しては、モデリングディレクターの板橋紗綾香がディレクションを担い、当社のシニアモデラーと私、さらに協力会社のモデラーさん数名で、グリッドマンやアシストウェポン、怪獣などのCGモデル制作を分担しています。リギングについては、全キャラクターモデルを私が担当しましたが、本作では3ds Maxに加え、アニメーション制作にMotionBuilderも使ったので、MotionBuilderへのコンバートとセットアップはアニメーションも担当しているシニアスタッフに担当していただきました。


    C:グラフィニカでは、リギングもモデラーの仕事なのでしょうか?

    大島:全員ではありませんが、モデリングからリギングまで一貫して担当する人は多いです。私の場合は自分からやらせてほしいとお願いしたこともあって、本作に関わる以前からリギングまで担当しています。

    田口 愛氏(以下、田口):ビルや電線、街路樹などの背景と、クルマなどのプロップ(小道具)のモデリングは、当社の若手モデラー数名と私とで分担しました。本作の背景の多くは美術スタッフが描いていますが、CGのグリッドマンと怪獣が戦うシーンの背景は、CGで美術ガイドをつくっています。また、グリッドマンや怪獣がビルを破壊するシーンでは、一部のビルを美術ではなくCGで表現したので、美術ガイド用のCGモデルをベースに、破壊用のビルも制作しました。

    • 田口 愛
      武蔵野美術大学で建築デザインを4年間学んだ後、さらにHAL東京で3DCG制作を2年間学び、2015年4月にグラフィニカへ入社。同社の3DCG部に所属し、背景やキャラクターのモデリングを担当。『ガールズ&パンツァー 劇場版』(2015)、『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-』(2016)などの3DCG制作に参加。『PERSONA5 the Animation』(2018)ではモデリングディレクターを担当。『SSSS.GRIDMAN』ではビルや電線、街路樹などの背景モデリングを担う。


    長濵夏海氏(以下、長濵):アニメーションの方は3DCG監督の宮風慎一がディレクションを行い、当社のシニアアニメーターと若手アニメーター、さらに協力会社のアニメーターさんとで分担しています。私は第1回から本作に参加し、最終回(第12回)までコンスタントに関わってきました。

    • 長濵夏海
      鹿児島キャリアデザイン専門学校でデザイン全般を3年間学んだ後、都内のゲーム会社に勤務し、キャラクターのモーション制作を担当。2017年の夏頃にグラフィニカへ移籍し、3DCG部でアニメーションを担当。『ガールズ&パンツァー 最終章』(2017〜)、『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(2018)などの3DCG制作に参加。『SSSS.GRIDMAN』では第1回、第3回、第5回、第8回、第10回、第11回、第12回のCGカット制作を担う。


    C:先ほど、アニメーション制作ではMotionBuilderも使ったと大島さんが語っていましたが、アニメCG、しかもモーションキャプチャを使わない案件でMotionBuilderを使うのは珍しいように思います。なぜ導入したのでしょうか?

    長濵:グリッドマンにしろ、怪獣にしろ、本作のキャラクターは情報量が多いのに加え、かなりダイナミックなアクションが求められたので、アニメーターのストレスを減らすため、動作が軽快なMotionBuilderを導入することになりました。実際、MotionBuilderを使わなければ、あそこまでのアクションは実現できなかったと思います。とはいえ、MotionBuilderの使用経験がある社内のアニメーターは限られていたので、本作を機に覚えた人もいましたね。今回のインタビューに参加しているアニメーターの中だと、近藤と私は使用経験がありましたが、及川は未経験でした。

    及川恭平氏(以下、及川):アニメーターの中には、札幌スタジオ所属のスタッフも含まれています。私は、今日は出張で新宿スタジオに来ていますが、普段は札幌スタジオで作業をしています。本作では第7回と第10回のCGカット制作に参加しました。

    • 及川恭平
      札幌マンガ・アニメ学院(現、札幌マンガ・アニメ&声優専門学校)でアナログのイラスト制作を2年間学んだ後、2012年4月に新卒としてグラフィニカへ入社。同社の札幌スタジオにて3DCG部に所属し、アニメーションを担当。『楽園追放 -Expelled From Paradise- 』(2014)、『ガールズ&パンツァー 劇場版』(2015)、『チェインクロニクル ~ヘクセイタスの閃~』(2017)などの3DCG制作に参加。『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(2018)では3DCGIアニメーションディレクターを担当。『SSSS.GRIDMAN』では第7回、第10回のCGカット制作を担う。


    C:東京と札幌のスタジオ間のやり取りは、今日の近藤さんのように、TV会議システムを使うのでしょうか?

    ▲TV会議システムにて取材対応する、札幌スタジオの近藤菜津美氏


    近藤菜津美氏(以下、近藤):そうですね。メールやコミュニケーションツールも使いますが、打ち合わせや講習の際には、このシステムを使います。私の場合は、本作では第2回から参加し、最終回まで関わってきました。


    • 写真提供:グラフィニカ
    • 近藤菜津美
      吉田学園情報ビジネス専門学校で3DCG制作を2年間学んだ後、2015年4月に新卒としてグラフィニカへ入社。同社の札幌スタジオにて3DCG部に所属し、アニメーションを担当。『チェインクロニクル ~ヘクセイタスの閃~』(2017)、『ガールズ&パンツァー 最終章』(2018)、『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(2018)などの3DCG制作に参加。『SSSS.GRIDMAN』では第2回、第3回、第4回、第9回、第10回、第11回、第12回のCGカット制作を担う。


    「特撮らしさ」が求められた、グリッドマン&グールギラス

    C:ここからは、本作における皆さんの仕事の中から、特に印象に残っているハイライトを伺っていきたいと思います。大島さんの場合は、やはりグリッドマンでしょうか?

    大島:そうですね。グリッドマンと怪獣のグールギラス(第1回、第11回登場)は、本作で最初につくったCGモデルということもあり、特に時間をかけました。

    ▲後藤正行氏によるグリッドマンのデザイン画。ハイパーエージェントと名乗るエネルギー体で、主人公の響裕太と合体することで実体・巨大化する


    ▲西川伸司氏によるグールギラスのデザイン画。新条アカネが制作したフィギュアから生み出された怪獣で、フィギュアの骨組みに使われた針金が、角や尻尾の先端から突出している


    C:どちらのデザイン画も一般的なアニメ用の設定画ではないので、線が多いですし、影やハイライトの表現にグラデーションが使われていますね。これを基に、アニメ用のCGモデルを制作したのでしょうか?

    大島:そうです。このデザイン画に加え、雨宮 哲監督やアニメーターさんの描いたアクションの参考画も送っていただいたので、イメージはつかみやすかったです。少し遅れて第1回の絵コンテも届いたので、それも参考にしながらモデリングを進めました。例えば第1回では足が大きく映っていたので、足のディテールもちゃんとつくる必要があるなど、指針になる情報は数多くありましたね。

    C:雨宮監督やほかのスタッフから、具体的なオーダーはありましたか?

    大島:デザイン画の情報を省略し、セル調のルックに変更する必要があったので、省略の方向性は監督やディレクターの板橋に確認しました。「クリーチャーではなく、特撮のスーツアクターや着ぐるみをつくっていると思ってください」という指示は、打ち合わせやチェックのたびに繰り返し強調されました。

    ▲先のデザイン画を基に大島氏が制作したCGモデルに対する修正指示の一例。「デザイン画に合わせつつ、3DCGとしての格好良さを意識しながらモデリングしました。特にシルエット調整にはすごく時間をかけています。ブラッシュアップを続ける中で、当初の形状よりもスマートになっていったように思います」(大島氏)


    C:グールギラスは、終始合っていない目の焦点や、骨組みの針金がそのまま突出したような爪の造形などが「着ぐるみのお約束をちゃんと再現している!」と放送直後から話題になっていましたね。

    大島:カメラワークによっては調整が必要かもしれないと思い、目の焦点を合わせるリグも付けはしたのですが、再三にわたって「いらない」と言われてしまいました(笑)。

    C:言われはしても、念のために付けておきたくなる気持ちはわかります(笑)。

    ©円谷プロ ©2018 TRIGGER・雨宮哲/「GRIDMAN」製作委員会

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    怪獣のモデリングでは
    布やウレタンなどの素材をイメージ

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    怪獣のモデリングでは、布やウレタンなどの素材をイメージ

    C:本作に着手した時点で、大島さんの特撮に対する理解はどの程度でしたか?

    大島:どちらかといえば、詳しい方ではなかったと思います。本作への参加が決まってから、『電光超人グリッドマン』や『ウルトラマン』シリーズなどの特撮作品を時間の許す限り見まくって勉強しました。怪獣のモデリングでは、素材は布、ウレタン、針金などで、目は電球が使われている......といったことをイメージしながらつくっています。例えば、一般的なクリーチャーや生き物の口であれば、ちゃんと喉の奥までつくるんですが、グールギラスの場合は手前の方で完全に縫い合わせてあります。舌も生物的な動きではなく、揺れ物のように揺れるリグにするなどして工夫しました。

    C:1体あたり、完成までにどのくらいの期間がかかっているのでしょうか?

    大島:グリッドマンとグールギラスは3ヶ月近くかかっています。本作に限らず、最初につくるCGモデルはその後のモデルのひな形になるので、時間をかけて試行錯誤を重ねます。その後に着手したアシストウェポンの場合は2ヶ月、怪獣は1.5ヶ月くらいでつくっているので、方向性が決まれば制作期間は短くなります。

    ▲先の修正指示を反映させ、さらにディテールを追加したグリッドマンのCGモデル


    ▲【左】先のCGモデルのワイヤーフレーム/【右】同じくリグ。「そのキャラクターらしい格好良いポーズをとるためには、どんなリグが必要か、アニメーターの意見も聞きながら提案するよう心がけていました。例えばグリッドマンの場合は、カメラに応じて前腕の小手のようなパーツを回転させた方が格好良い画になるので『前腕のパーツは、回したり外したりできるようにしましょう』といった提案をしました」(大島氏)


    ▲グリッドマンのチェック用ターンテーブル


    ▲先の修正指示を反映させ、さらにディテールを追加したグールギラスのCGモデル


    ▲【左】先のCGモデルのワイヤーフレーム/【右】同じくリグ。「グールギラスの首から頭部にかけても、舌と同様にあえて揺れ物として扱い、ゆらゆら揺れるように設定しました。本作の怪獣は『中に人が入っている着ぐるみ』という設定だったので、そういう設定を踏まえたリグを組むケースが多かったですね」(大島氏)


    ▲グールギラスのチェック用ターンテーブル


    C:本作を通して、どのような学びがあったと思いますか?

    大島:今回は自分なりに試行錯誤して効率的につくる方法を考えたり、ディレクターやアニメーターに提案や相談をしたりと、これまで以上に主体的に動く機会が多かっです。自分の提案が採用されるケースもそれなりにあったので、次につながる良い経験ができたと思います。


    板橋紗綾香氏(モデリングディレクター)からのコメント

    • 大島はリギングが得意なモデラーなので、本作ではキャラクターモデリングからリギングまでのワークフローと手続きを通して学んでもらいたいと思っていました。当初はできるところまでで良いと思っていましたが、本当にがんばって食らいついてきてくれたので驚いています。グールギラスはほぼひとりでつくってくれました。リギングは普段から熱心に勉強しているので、安心して任せられました。主体的に提案を上げてくれたので、今後はほかのスタッフへの指示出しなどもできるようになってほしいと期待しています。また、モデリングとリギングに加え、怪獣のヂリバー(第7回、第11回登場)のUFOのエフェクトも担当してもらいました。当社ではモデラーがエフェクトまで担当する機会は少ないので、経験できて良かったと思います。

    学生時代は独学でCGを学び、最初にグラフィニカへ応募

    C:締めくくりに、学生時代の話もお聞かせください。大島さんのポートフォリオは、1秒でロボやCGに対する熱量が伝わりますね。この画をつくった学生さんが、4年後にグリッドマンやグールギラスをつくるというながれは、とても首尾一貫していて納得できます。学生時代は、どのようにCGを勉強したのでしょうか?

    ▲大島氏がグラフィニカへの応募時に提出したポートフォリオの一部。好きなものに対するひたむきな熱意が伝わるのに加え、キャラクターを棒立ちのままレンダリングするのではなく、しっかりリグを組んでポーズを付け、画づくりをしようとする姿勢は今に通じるものがある。「アニメーションと撮影はやりませんでしたが、モデリングからリギングまでは新しいCGモデルをつくるたびに通して実践していました。おかげで制作のながれを理解できたし、知識が偏ることもなかったので、やっておいて良かったと感じます」(大島氏)


    大島:大学では情報工学を専攻しており、プログラミングなどの講義を受けていました。CGの講義はなかったので、放課後の部活やプライベートの時間にCGをつくっていましたね。3DCGソフトはMetasequoiaやBlenderから使い始めて、Mayaも学生なら無料でダウンロードできると聞き、使うようになりました。すごく短い期間でしたが、地元のゲーム会社にインターンシップに行ったりもしました。

    C:独学でCGをここまでつくる根気のある人はそうそういないので、びっくりしました。リギングはスクリプトの知識も必要とされるので、大学でのプログラミング経験が役立っていそうだなと思うのですが、実際のところは如何でしょうか?

    大島:順序立てて考えるという姿勢はリギングにも通じるので、役に立っている部分はあると思います。思い付くままにやっつけでつくって、後で収拾がつかなくなる......という失敗は学生時代に経験したので、どういうアニメーションが求められるのか、先々のことを想像しながらリグを組むようにしています。ポートフォリオに関しては、今見ると、直したいところだらけで辛いです。

    C:この連載の取材をやっていると、皆さんそうおっしゃいます。「本当に掲載するんですか?」と辛そうに聞かれるのが常なんですが、現役の学生さんにはすごく励みになると思うので、ぜひ紹介させてください。ところで、数あるCGプロダクションの中から、どうしてグラフィニカへの応募を決めたのでしょうか?

    大島:ちょうど就職活動のタイミングで公開された『楽園追放 -Expelled From Paradise- 』(以下、『楽園追放』/2014年11月公開)のPVがすごくセンセーショナルで、「まずは、ここだっ!」という思いで応募しました。だから就職活動では、グラフィニカしか受けなかったです。

    C:『楽園追放』のCGによるキャラクターやメカの自然な描写は、当時話題を呼びましたね。一方で、今だから言える、学生時代に勉強しておけば良かったと思うことはありますか?

    大島:学生時代から画づくりをしようという意識はあったものの、カメラやレイアウトなど、画づくりの基礎的な知識が身に付いていなかったことに入社してから気付きました。

    C:例えば、同じシーンを撮るのでも、カメラの画角やアングルによって印象が大きく変わってくるので、演出意図に応じたカメラワークを選択する必要がある......といったことでしょうか?

    大島:そうですね。イラストや絵を描く経験をほとんどしてこなかったこともあり、学生時代はそこまで深く考えていなかったです。入社後の1年間くらいは、講習や仕事などを通してそのあたりを毎日のように指摘されました。

    C:講習というのは、いわゆる新人研修のことですか?

    大島:はい。グラフィニカに入社した新卒は、モデラーの場合は共通課題のモデリングをやりながら、実作業のワークフローを学びます。トレーニング期間は3ヶ月で、課題は無機物(ボート)と有機物(人体)の2種類があります。期間中はトレーナーと呼ばれる指導係がつき、課題のチェックをしたり、日々の相談にのってくれます。

    及川:アニメーターの場合もトレーニング期間は3ヶ月で、2D先行、3D先行、フル3Dの3パターンにおける画づくりのワークフローを学びます。そのほかにモデラーとアニメーターの共通トレーニングとして、撮影(コンポジット)のセミナーや、アドバイザーの板野一郎さん(※1)によるレンズと画づくりの講習などもあります。一連のトレーニングが終了したら、実際の現場にアサインされます。

    ※1「板野サーカス」と呼ばれるメカやミサイルのアクロバチックな作画で知られる演出家/アニメーター。『SSSS.GRIDMAN』ではヂリバー(第7回、第11回登場)のデザインも担当。グラフィニカには設立当初からクリエイティブアドバイザーとして在籍しており、同社の作画と3DCG、両分野のスタッフの指導育成にあたっている。案件に対するアドバイスに加え、演出やシナリオなどの講習も実施している。

    長濵:グラフィニカは社内に作画、仕上げ、美術、撮影、編集などのセクションもあるので、アニメ制作の全体像を把握しやすいというメリットがあります。実際、撮影のセミナーでは社内の撮影監督が講師となり、撮影のやり方を教えてくれました。

    ©円谷プロ ©2018 TRIGGER・雨宮哲/「GRIDMAN」製作委員会

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    荻窪駅前や青梅街道をモデルに
    広大な街並みを制作

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    荻窪駅前や青梅街道をモデルに、広大な街並みを制作

    C:田口さんは本作以外でも、背景モデルを担当することが多いのでしょうか?

    田口:キャラクターを担当することもありますが、6対4くらいの割合で背景を担当する機会が多いです。本作の場合は美術ガイド用のビルを大量に配置して、作中の街並みを表現しました。正確には覚えていないのですが、3人がかりで少なくとも100個以上のビルをつくったと思います。私がつくってきた中では、1番広い背景でした。

    若手モデラー2人に2週間くらいかけてビルを量産してもらうのと併行して、私は1ヶ月くらいかけて街並みをつくっていきました。同じ頃、大島はグリッドマンとグールギラスをつくっていたので、制作途中のモデルを試しに置いてスケールを確認したりもしました。

    ▲美術ガイド用のビルのCGモデルの一部。様々な形状のビルが制作され、そのうちの4個はカット制作時の破壊表現などにも使えるよう、テクスチャが追加された。なお、【左】のビルはTRIGGERがオフィスを設けているビルがモデルになっている


    ▲【左】数多くの美術ガイド用のビルが配置された街並みの全景/【右】街並みの駅周辺。スケール確認用に、制作途中のグリッドマンとグールギラスのCGモデルも配置されている


    ▲街並みの近景。グールギラスの背後には前述のオフィスビルが見えており、両者のスケールを対比確認できるようになっている


    ▲【左】街並みの近景。先の近景とは異なるカメラで映している/【右】街並みの近景。道路寄りのカメラで映している。このカメラで見ると、ビルに加え、電線、街路樹、道路標識、信号、横断歩道、バス停、クルマなどまでモデリングされていることがわかる


    ▲先の街並みを基につくられた美術ガイド作成用のレイアウトモデル。これらに美術会社がディテールを描き足すことで、本編で使用される美術が制作された。「ビルのシルエットや窓の外枠はそのまま使用される場合が多かったです。美術さんが加工しやすいように、窓ガラス部分などは別素材としてレンダリングできる設定にしておきました」(田口氏)


    C:かなりの物量なのに加え、美術ガイド用とはいえ、それなりにディテールがありますね。破壊用のビルはさらにディテールを追加してあるのでしょうか?

    田口:正直、街並みはちょっとつくり込みすぎたなと感じています。破壊用のビルは、候補にあげた美術ガイド用のビルの中から、雨宮監督に4つを選んでいただき、テクスチャを追加しました。グラフィニカとしては、並べたときにバリエーションがあるように見せたかったので、なるべくビルの4面の印象がちがうものを選んでいただく方向性で監督に選定していただきました。

    ▲【左】ビルAと名付けられた、美術ガイド用のビルのCGモデル/【右】破壊用にディテールを追加したビルA。カット制作にも使えるよう、美術会社に描いてもらったテクスチャを貼るなどしてディテールアップを図っている。加工しやすいように、UVもきれいに展開してあるそうだ


    ▲【左】ビルBと名付けられた、美術ガイド用のビルのCGモデル/【右】破壊用にディテールを追加したビルB


    ▲【左】ビルCと名付けられた、美術ガイド用のビルのCGモデル/【右】破壊用にディテールを追加したビルC。グラフィニカの阿佐ヶ谷スタジオがオフィスを設けているビルがモデルになっている


    ▲ビルCのチェック用ターンテーブル


    ▲【左】ビルDと名付けられた、美術ガイド用のビルのCGモデル/【右】破壊用にディテールを追加したビルD


    C:各社のオフィスビルが混ざっているのは、遊び心があって良いですね。

    田口:TRIGGERさんのオフィスがある荻窪周辺をモデルにしてほしいというオーダーをいただいたので、Googleマップで荻窪駅前の3次元情報を参照しながらつくりました。ビルや道路のスケールは、実際の荻窪に合わせてあります。

    C:となると、シーン内の道のモデルは青梅街道(※2)ですか。実在する街のミニチュアを壊すのも特撮のお約束ですから、それをCGで再現したというわけですね。

    ※2 荻窪駅前から南阿佐ヶ谷方面へと延びる道路。沿線には、TRIGGERやグラフィニカ 阿佐ヶ谷スタジオのオフィスビルがある。

    田口:シーン内のビルを全部表示すると処理負荷が高くなってしまうので、カット制作の際にはアニメーターがビルを配置し直しています。そのため作中の街並みは、私がつくったものとは若干ちがう場合が多いです。

    C:ビルA〜ビルDは、破壊用の仕込みもしているのでしょうか?

    田口:つくった時点ではどこを壊すかわからなかったので、そこまではしていません。窓ガラスまでは割らないだろうと思っていたら、後半ではしっかり割れていたので驚きました。ビルにクルマが刺さって、ちゃんとヒビまで入っていたこともありましたね。

    C:カット制作担当のアニメーターが、窓割れやヒビ割れまで表現したということでしょうか?

    及川:本作では、そういうことがよくありましたね。破壊シミュレーションのツールを使う場合もありましたし、実際には壊していないけど、一見すると壊れているように見せる場合もありました。

    近藤:例えば第10回はバトルシーンが多いので、ビルA〜ビルDを何度も使っています。フルパワーグリッドマンとアンチのバトルシーンで、アンチがビルCの屋上に落下するカット(第10回 12:15あたり)では、カメラアングルを工夫して、破片を盛大に散らすことでビルが壊れたように見せました。

    C:確か第10回には、ナナシBがビルでフルパワーグリッドマンを殴るカット(第10回 17:56あたり)もありましたね。

    田口:それはビルDを加工して使っています。担当アニメーターが勢いでやってくれましたね(笑)。

    及川:ほんと、勢いです(笑)。

    C:何回壊されても、無傷で再登場するビルA〜ビルDというのも、なんだか特撮っぽいですね。街並みをつくる中で、特にこだわった点は何ですか?

    田口:電柱と電線を格好良く配置するのが難しかったですね。電柱は3種類くらいつくって、パーツを付けたり消したりすることでバリエーションを出しています。シルエットをどれだけ格好良くできるかにこだわっていました。

    長濵:電柱と電線は何度も使いましたね。

    及川:はい。カメラの手前に電線を入れると巨大感を出せるので、かなり使いました。電線を揺らすと、グリッドマンや怪獣が移動するときの重量感や振動も表現できますしね。

    C:電線の揺れまでアニメーターが付けているんですね。

    長濵:CGカットの場合は、電線もCGのものを揺らしています。そこまで作画で表現するのは大変ですから。

    C:本作を通して、田口さんはどのような学びがあったと思いますか?

    田口:CGモデルを大量につくるときは、事前の準備が本当に大事だと痛感しました。今回はちょっと失敗して、つくり込み過ぎてしまい、必要以上にシーンデータが重くなってしまいました。もう少しクオリティーラインを下げた上で、量産に入れば良かったなと思っています。


    板橋紗綾香氏(モデリングディレクター)からのコメント

    • 田口とは、ほかのアニメ作品で一緒に背景モデルをつくったことがあったので、今回は背景モデリングの主軸となり、ほかの若手モデラーへの指示出しも担当してもらいました。最初に街並みのつくり方を説明すると、各スタッフの仕事をチェックしながら的確にイメージ通りの街並みに仕上げてくれたので、さらにディテールを盛り込めました。街並み以外に、アニメーターが使う背景モデルのセットアップも担当してもらいました。今後も経験を積んでいき、設定から最終的な使われ方のイメージを膨らませ、モデリングの道筋を立てられるモデラーになってほしいです。

    CGだと重力や空間の制約がないので、より自由なものづくりができる

    C:田口さんの学生時代の話もお聞かせください。田口さんのポートフォリオは背景モデルが中心で、大島さんと同じく、今の仕事に通じるものがありますね。武蔵野美術大学では建築デザインを専攻していたそうですが、どうしてHAL東京に進学し、CGを勉強しようと思ったのでしょうか?

    ▲田口氏がグラフィニカへの応募時に提出したポートフォリオの一部。「美大の受験や講義を通してデッサンを経験したことは、今の仕事に活きていると思います。デッサンをする場合には、最初に全体の光の加減を見て、次に大まかな形状を写しとり、徐々に細部を描き込んでいきます。いきなり細部をつくり込んでも良いものにならないという点では、モデリングも共通しています。何をつくるにしても、まずは全体をとらえ、細部に入っていくという姿勢は不可欠なので、デッサンを通してその訓練ができたことは良かったなと感じます」(田口氏)


    田口:建築デザインは今も好きなのですが、CGだと重力や空間の制約がないので、より自由なものづくりができます。その自由さが楽しいと感じました。

    C:HAL東京では、Mayaを勉強したのでしょうか?

    田口:はい。MayaとAfter Effectsを中心に勉強しましたが、ほかのソフトにも触れて、可能性を広げておけば良かったなと思います。仕事の合間に新しいソフトを勉強するのは結構大変ですから。

    C:『SSSS.GRIDMAN』の場合は、メインツールが3ds Max、MotionBuilder、After Effectsですし、この仕事ではツールへの対応力も問われますね。大島さんにも伺いましたが、グラフィニカに応募しようと思った理由も教えていただけますか?

    田口:セル調のCGが好きだったのに加え、私は大島と同期なので、同じく『楽園追放』のPVを見て「すごく良いな」と思ったのがきっかけで、グラフィニカへの応募を決めました。

    C:良い作品をつくると、良いリクルーティングにつながるという典型例ですね。今後は『SSSS.GRIDMAN』をはじめ、皆さんの手がけた作品がきっかけで、グラフィニカへの応募を決める人が出てくると良いですね。



    前編は以上です。中編はこちら、後編はこちらでご覧いただけます。

    ©円谷プロ ©2018 TRIGGER・雨宮哲/「GRIDMAN」製作委員会

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