「キャラクターをつくりたい」という動機から、3DCGやイラストレーションの制作に挑戦し、「これを仕事にしたい」と考えるようになる人は数多くいる。そんな人たちの自己分析と業界研究の足がかりにしてもらうため、本連載では様々なゲーム会社やCGプロダクションを訪問し、キャラクター制作に従事しているアーティストたちの仕事内容やキャリアパスを伺っていく。
第13回では、TVアニメシリーズ『SSSS.GRIDMAN』(2018)を事例に、本作の3DCG制作を担当したグラフィニカにおけるモデラーとアニメーターの仕事を全3回に分けて紹介する。前編のモデラーの仕事、中編のアニメーターの仕事(その1)に続き、以降の後編では、近藤菜津美氏が担当した第10回のフルパワーグリッドマンがアンチを殴り飛ばすカットや、第11回のグリッドナイトがグールギラスやデバダダンを倒すカットなど、全3カットにおけるアニメーターの仕事を紐解いていく。さらに同氏の就活時のエピソードと、グラフィニカにおけるアーティストのキャリアパスについても紹介する。
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_蟹 由香 / Yuka Kani
多くのエフェクトを盛り込んだ、グリッドマンのポーズカット
CGWORLD(以下、C):本作における近藤さんの仕事の中で、特に印象に残っているものをお聞かせください。
近藤菜津美氏(以下、近藤):第2回、第10回、第11回のカットから、ひとつずつ挙げていきます。第2回はグリッドマンのポーズカット(第2回 19:55あたり)です。本作で最初に担当したカットで、なるべく格好良くしようと思いながらつくりました。
C:グリッドマンが怪獣のデバダダンをグリッドマンキャリバーで両断した後のカットですね。煙や炎のエフェクトと逆光によるライティングが印象的ですが、これらも近藤さんが手がけたのでしょうか?
近藤:そうです。本カットでは多くのエフェクトを盛り込んでおり、アニメーションやカメラワーク以上にエフェクトに時間をかけました。カット頭の煙は3ds Max上でつくっており、中盤以降の背後の黒煙は本作用の汎用素材を組み合わせました。
▲近藤氏が担当した、第2回のカット(第2回 19:55あたり)。【左列】はレイアウトのテイク1、【右列】はT撮のテイク2。グリッドマンのアニメーションは基本的に2コマ打ち、煙や炎のエフェクトはフルコマで制作されている。レイアウトとT撮とでグリッドマンの動きに大きな変化はないが、エフェクトの追加とライティングによってまったくちがう印象の画に仕上がっている
▲レイアウトのテイク1の映像
▲T撮のテイク2の映像
慎重にシルエットを調整した、アンチを殴り飛ばすカット
C:第10回は、フルパワーグリッドマンがアンチを殴り飛ばすカット(第10回 12:27あたり)ですね。全てのアシストウェポンと合体したフルパワーグリッドマンは、ちょっと動くだけでパーツ同士が刺さりそうですが、実際のところは如何ですか?
近藤:パーツ同士のめり込みはかなりあったので、不自然に見えないようフレーム単位でパーツを動かしています。手前のアンチと奥のフルパワーグリッドマンのシルエットも、気を抜くとすぐに重なるので、なるべくかぶらないよう慎重に調整しました。それから彼らはすごく重いという設定なので、動きにタメツメを付けつつ重量感も表現することを目指しました。
▲近藤氏が担当した、第10回のカット(第10回 12:27あたり)。【左列】はレイアウトのテイク1、【右列】はT撮のテイク1。基本的に2コマ打ちで制作されている。T撮ではカメラが若干右側に移動しており、両者のシルエットがより明確になっている。本カットでは、フルパワーグリッドマンが右手に持ったグリッドマンキャリバーでアンチと3回斬り合った後、キャリバーを放り上げてアンチを右手で殴り飛ばし、左手でキャリバーをキャッチし直すというトリッキーな動きをする。レイアウトとT撮の66フレーム目以降を比較すると、T撮では放り上げたキャリバーのシルエットがより明確になっている点が面白い
▲レイアウトのテイク1の映像
▲T撮のテイク1の映像
©円谷プロ ©2018 TRIGGER・雨宮哲/「GRIDMAN」製作委員会
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ハイスピード撮影を模した
「The 特撮」的なカット
ハイスピード撮影を模した、「The 特撮」的なカット
C:第11回は、グリッドナイトがグールギラスやデバダダンを倒すカット(第11回 11:57あたり)ですね。本カットはかなり尺が長いのに加え、画面の手前と奥とでちがう芝居を観せる演出が印象的でしたね。
近藤:尺は22秒くらいあります。「The 特撮」という感じの、本作の中で1番楽しんでつくったカットでした。ゆっくりとした動きを固定したカメラで映しており、ごまかしがきかないカットだったので、見えない足の先端まで全身の動きを付けてあります。かなり動きを突き詰めており、作業開始からOKをいただくまでに1ヶ月くらいかけました。
▲近藤氏が担当した、第11回のカット(第11回 11:57あたり)。【左列】はレイアウトのテイク1、【右列】はT撮のテイク1。基本的に3コマ打ちで制作されており、ほかのカットよりゆっくりとした動きになっている。本カットでは、画面手前を走る作画のマックス、ボラー、ヴィット、立花ママを抱えたサムライ・キャリバーと、画面奥で戦うグリッドナイトを同時に観せるため、あえてグリッドナイトのアクションはゆっくりとしたテンポで表現された
▲レイアウトのテイク1の映像
▲T撮のテイク1の映像
近藤:本カットでは、最初に尺を本来の1/4くらいに設定してから通常のスピードのアクションを付け、その後で尺を引き延ばしてゆっくりとした動きにしています。「そうやった方が、つくりやすいと思います」というアドバイスを宮風からもらったので、それに従いました。
C:ハイスピード撮影した映像を、スローモーションで再生するのと同じ原理ですね。つくり方まで特撮的なのが、すごく面白いです。本カットの場合は、レイアウトとT撮とで、大きなちがいはないですね。
近藤:この頃になると、どのスタッフも本作に対する理解が進んでいたので、リテイクは減っていましたね。本カットでも、BGや煙の引きの速度を変えたり、アクションのタイミングを微調整した程度で、大きな修正はありませんでした。煙の引きの速度は、手前から奥にかけて段階的に遅くすることで、遠近感を出しています。
C:本作を通して、どのような学びがあったと思いますか?
近藤:長濵や及川が語ったように、エフェクトやコンポジットまでやらせてもらえた点は勉強になりました。ほかの案件だとここまで経験できることはマレなので、色々と新しい発見がありました。
宮風慎一氏(3DCG監督)からのコメント
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写真提供:グラフィニカ - 今回の取材メンバーの中で、近藤は最もMotionBuilderを得意としていたので、さらに得意部分を伸ばしてもらいました。絵コンテにはないアクションも積極的に盛り込んでくれて、クライアントさんにも喜んでいただけました。アクションの腕は申し分がなく、ほかの案件ではやる機会の少ないエフェクトを含んだ画面構築もできたので、数少ないゼネラリストを目指して引き続きがんばってほしいです。
©円谷プロ ©2018 TRIGGER・雨宮哲/「GRIDMAN」製作委員会
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グラフィニカには3回応募して
3回目でようやく採用
グラフィニカには3回応募して、3回目でようやく採用
C:学生時代のお話も聞かせてください。近藤さんの母校の吉田学園情報ビジネス専門学校は、モックスの代表取締役で、同校の卒業生でもある住岡義和さんがカリキュラム監修などを担当し、アニメーション教育に力を入れているという話を以前の取材で伺っています。加えてグラフィニカ 札幌スタジオの田熊 健さん(スタジオマネージャー)も、同校で長年講師をなさっていますね。
近藤:私が在学していたのは住岡さんがカリキュラム監修を担当する以前の時代なので、アニメーションに特化した授業はありませんでした。ただ、2年次から田熊の担当授業の中でアニメーションを教えてもらい、アニメーターを志すようになりました。グラフィニカには3回応募して、1回目と2回目は落ちてしまい、3回目でようやく採用してもらえました。
C:グラフィニカに限らず「何度でも応募してください」という会社は多いですが、本当に何度も応募したんですね。応募時の作品は、毎回ちがうものだったのでしょうか?
近藤:1回目は卒業年度の秋頃にポートフォリオを提出し、2回目は12月くらいに未完成のデモリールを提出し、3回目は3月の卒業式直後に完成したデモリールを提出しました。本当に後がなかったので、必死にしがみついていましたね。私は大島や田口と同期なので、やはり『楽園追放 -Expelled From Paradise- 』(2014)の存在は大きかったです。これをつくった会社に入りたいと思いましたし、そもそもアニメーション制作に携われる札幌のCGプロダクションはほとんどなかったので、グラフィニカに絞って何度も応募しました。
▲近藤氏が学校の卒業年度に3名のチームで制作した、3分のCGアニメーション作品。企画から完成までに約半年を要しており、近藤氏は主にアニメーションを担当している。『SCAMPER』(「疾走」の意)というタイトルの通り、4本足の小動物が、海中・火山・雲海などを駆け回る作品に仕上がっている。「企画から始まり、キャラクターデザイン、絵コンテ、CG、コンポジットにいたるまで、一連の作業を自分たちで実践できたので、大変ではありましたが、良い勉強にもなりました。制作中はアニメーションだけに注目してしまい、後半で講師としてチェックしてくれた田熊からカメラワークに対するリテイクを大量に受け、ようやくカメラの重要さに気付きました。もっと早い時期から意識できていたら良かったなと、後になって感じましたね」(近藤氏)
4〜5年目でリードを経験し、早ければ6年目でディレクター
C:インタビューの最後に、皆さんの今後のキャリアパスについてお聞かせください。『SSSS.GRIDMAN』では田口さんが若手モデラー2名に対して背景制作の指示出しをなさっていますが、入社4年目くらいになると、そういう役割も担い始めるのでしょうか?
田口 愛氏:はい。入社2〜3年目で新人のトレーナーをやりながら自分が教わってきたことを再確認し、4〜5年目でリードモデラーやリードアニメーター、サブディレクターを経験しながらCGディレクターの補佐を経験し、早ければ6年目くらいでディレクターになるというのが基本的なキャリアパスです。私の場合は、今は別の案件でディレクターの補佐をしつつ、チェックや管理を勉強しています。ただ、自分の技術力がまだまだ足りないので、ディレクションの経験を積みつつ、モデリングの技術も磨きたいとすごく思っています。
長濵夏海氏(以下、長濵):私の場合は、去年、新人のトレーナーを担当しました。これまでに多くの方々から知識を伝えてもらってきたので、自分も後進の方々に伝えていけると良いなと思っています。ディレクションにも興味があるので、ディレクターを目指して徐々にキャリアアップしていきたいです。
C:ディレクターの道に進まず、現場でモデリングやカット制作のスキルを磨いていくという選択肢もあるのでしょうか?
長濵:そういう道もあります。試しにサブディレクターなどを経験してみて、ディレクションをメインでやっていきたいのか、現場で制作を続けたいのか、将来の方向性を考えることもできます。一方で最初から方向性が明確な人は、その道に進めるようになっています。グラフィニカでは、年に3回面談の機会があり、本人の方向性や足りないスキルを話し合いながら目標を設定し、ステップアップできるようになっています。
近藤:それとは別に、チーム単位でスタッフをまとめるリーダーがいるので、本人が不安に感じていることや、やりたいことを伝えられるようにもなっています。長濵と同様、私も今後はディレクションを経験していきたいという気持ちがあり、去年は新人のトレーナーをやらせてもらいました。ただ、まだまだ絵コンテに忠実につくり過ぎだとも感じているので、もっと自分で工夫して格好良い画づくりができるようになりたいです。
大島渓太郎氏:私の場合は、今はリグを任される機会が多いのですが、今後はよりテクニカルな部分も視野に入れ、効率よく良いものをつくる仕組みを構築したいという思いがあり、自分の方向性を考えている最中です。
及川恭平氏:初めてリードやディレクターを担当するときは誰でも不安を感じるので、事前にその職種のシニアと面談したり、案件がスタートした後もシニアに全体の調整役を担ってもらったりして、少しずつ負担を増やし、仕事に慣れていけるようになっています。私の場合は、現在ほかの案件でディレクターをやっており、スタッフやスケジュールの管理や、先方との打ち合わせなどを担当しています。今後は社内のスタッフが働きやすい環境の構築を目指したいと思ってます。アニメ業界はブラックだと言われがちなので、しっかり地盤を整え、人間らしい生活をしながら良いものをつくれる環境を模索していきたいです。
C:『SSSS.GRIDMAN』を終えた後、各々が次の方向性を考えたり、新しいことに挑戦しているわけですね。次は新作のスタッフロールで、皆さんのお名前を拝見できるのを楽しみにしています。お話いただき、ありがとうございました。
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写真提供:グラフィニカ
▲取材の最後に、全員でグリッドビームを放っていただいた
©円谷プロ ©2018 TRIGGER・雨宮哲/「GRIDMAN」製作委員会
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