「キャラクターをつくりたい」という動機から、3DCGやイラストレーションの制作に挑戦し、「これを仕事にしたい」と考えるようになる人は数多くいる。そんな人たちの自己分析と業界研究の足がかりにしてもらうため、本連載では様々なゲーム会社やCGプロダクションを訪問し、キャラクター制作に従事しているアーティストたちの仕事内容やキャリアパスを伺っていく。
第14回は、スマホ向けRPG『Fate/Grand Order』の開発・運営などを行うディライトワークスが登場。同社が発表した新規ゲームプロジェクトのコンセプトアートの制作記録を事例に、同社アート部の「ディライトアートワークス」という組織に所属するアーティストたちの仕事を前後編に分けて紹介する(後編は9月6日公開)。前後編を合わせると約25,000文字におよぶ長文記事だが、「コンセプトアートとキャラクターデザインはどうちがうのか?」「ラフの役割とは?」「ディレクションの役割とは?」「適切なスケジュール管理とは?」などのトピックを、実際の制作記録を使って徹底解説していくので、ぜひ最後まで味わっていただきたい。
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
「Don't think! Feel.(考えるな!感じろ)」......ではない
▲左から、直良有祐氏(クリエイティブオフィサー/ジェネラルマネージャー/アートディレクター)、神尾晶平氏(アーティスト)、角 崇康氏(マネージャー/アートディレクター)
CGWORLD(以下、C):手始めに、皆様の経歴と、現在の仕事内容を教えていただけますか?
直良有祐氏(以下、直良):2016年に、20年以上勤めたスクウェア・エニックスを退職し、現在は島根県の出雲市を拠点に活動しています。IZM designworksという自分の会社の代表取締役と兼任で、ディライトワークスのクリエイティブオフィサーとしてディライトアートワークスとディライトグラフィックワークス(※)を統括しており、普段の仕事のやりとりはネットなどを経由して行なっています。
※ ディライトワークスのアート・グラフィック部門は、コンセプトアートやデザインワークなどを担当するディライトアートワークス(アート部)と、2Dグラフィックや3Dアセットなどを担当するディライトグラフィックワークス(グラフィック部)に分かれている。同社グラフィック部の仕事については、DELiGHTWORKS Developers Conference(同社が主催するゲーム開発者向けの技術勉強会)の「vol.05 アートから受け取るグラフィックス」(2019年4月開催)のスライドを参照。
神尾晶平氏(以下、神尾):PCゲーム業界で、5年以上、キャラクターのデザインやイラスト制作を行なっていました。2017年に当社へ入り、それ以降、ディライトアートワークスでずっと新規ゲームプロジェクトの開発に携わっています。今もキャラクターを担当することが多いですが、コンセプトアートやイメージボードを任される場合もあります。
角 崇康氏(以下、角):ゲーム業界でのキャリアは10年くらいで、別のゲーム会社を経て、2017年に当社へ入りました。現在はディライトアートワークスで新規ゲームプロジェクトのアートディレクターを務めています。
▲新規ゲームプロジェクトのティザームービー。AnimeJapan 2019のディライトワークスのブースにて、2019年3月23日に初公開された
▲先のムービーに先立ち、2019年3月13日に公開された新規ゲームプロジェクトの開発の方向性を紹介する動画。この動画のコンセプトアートは2017年8月後半に制作されており、同年10月に初公開された。本記事では、このコンセプトアートの制作記録を、直良氏、神尾氏、角氏へのインタビューを交えて紐解いていく
C:ディライトアートワークスのアーティストは、神尾さんのように、コンセプトアートからキャラクターデザインまで幅広く担当する人が多いのでしょうか?
直良:ディライトアートワークスを設立してから日が浅いので、正直、偏りはあります。ただ「描けないモノはないようにしてほしい」とメンバー全員に伝えました。それに、例えば親戚の子とかに「おじさん、絵描きさんなんでしょう? 何々描いて」と言われたときに「いや、苦手なんだよ」って答えるのは格好悪いじゃないですか(笑)。もちろん専門性はあっていいんですけど、「描けない」原因がどこにあるかというと、「苦手」や「下手」ではなく、「経験が浅い」という人が大半だと思うんです。まずは、できるだけいろんなモノを描いてみてほしいです。組織の人数が揃ってきたら、だんだんと専門化して、突出してくれるといいなと思っています。神尾の場合はキャラクターが得意で経験も豊富なので、それを依頼する機会が多くなっていますが、コンセプトアートや、キャラクター以外の絵も描けるようになってほしいという思いがベースにはあります。
C:「ゲーム会社でキャラクターを描きたい」と思っている学生の場合も、キャラクター以外も描けた方が有利ということでしょうか?
直良:そうですね。ちょっと突っ込んだ話をさせてもらうと、われわれの仕事は「ひとつの世界をつくる」ことであって、「キャラクターの見た目」は、その世界を構成する要素の一部分でしかないんです。表面的には花形の仕事に見えるので志望者は多いですけどね。そこだけで勝負できる、よっぽど突出した能力をもっていないと、任せづらいです。例えば新規ゲームプロジェクトの女子高生の場合なら、あの子は普段どんな学校のどんな教室で勉強しているのか、どんな家に住んでいるのか、周りの雰囲気はどんな感じかってことまで把握して描ける人の方が、活躍の場は広いんじゃないかと思います。実際に働いてて、神尾はどう思いますか?
神尾:専門化し過ぎると、「かわいければオーケー」みたいな、どんどん狭い世界に入り込んでしまうんですよね。でも、当社で求められたのは、そういう仕事ではなかったんです。構図ひとつ、配色ひとつとっても、どうしてそうするのか考えなきゃいけない。最初はそこまで考えてなかったので、正直、ビビリが大きかったです(笑)。でも、やっていくうちに「ああ、確かにな」と思えるようになってきました。
直良:絵を提出したタイミングで、「これに何の意味があるのか?」というのを隅々まで問われるんですよ(笑)。
角:個人的には「何で祭り(なんでまつり)」って言ってます(笑)。「何でこの構図なの?」「何でこの色なの?」といったことを、全部説明しなければいけない会を定期的にやっています。終わることのない戦いですね。
C:1枚絵の中に描かれたモノの全てが、何らかのメタファーであって然るべきということでしょうか。しかも「感じてください」ではなく、言語化しなきゃいけない。アーティストが1番苦手としそうなことのような気がします。
直良:少人数で完結する仕事だったら、感覚に任せてやってもいいと思います。でもゲーム開発のように、多くの人が協力しないと完成しない仕事の場合、全員が天才肌というわけではないですから、絵描きに限らず、多少の説明ができる力が必要になります。チーム内ではよく「ブルース・リー先生、大否定」って言ってますね(笑)。「Don't think! Feel.(考えるな!感じろ)」(※)じゃないんだと。「見た人に、こういう感情をもってほしい。こういう影響を与えたい。だから、こういう絵なんです」ということが伝われば、絵に込めた機能が連鎖し始めるんです。例えば、キャッチコピーひとつを置くにしても「こういうコンセプトの、こういう絵だったら、こういう文字の置き方がいいですよね?」というように、ほかの人にも思いが連鎖して、より機能的な絵に仕上がっていく。だから、できるだけシンプルな、ワンワードで伝わるようなメッセージにすることも心がけています。
※ ブルース・リー主演のカンフー映画『燃えよドラゴン』(1973)内の名台詞。
C:ディレクターやマネージャーなどのポジションの人ほど、「think!」が求められそうですね。
直良:その点は、角が今すごくがんばっています。アートディレクターの仕事は、ファイナルビジョンを考えて、その機能や役割を人に伝えることなんです。それもあって、角はあんまり絵が描けない。いや、描かないんでしたっけ?
角:両方です(笑)。
ドラマが成立してない段階で、キャラクターをデザインしても無意味
C:ここからは、角さんがまとめたコンセプトアートの制作記録をふり返りながら、アーティストの仕事内容を具体的に伺っていきます。画像だけで21枚もあるので、すごく読み応えがありますね。一方で、当時の神尾さんの苦悩が伝わってきて、読んでいるだけで胃が痛くなりました(苦笑)。
神尾:今見ると面白いですが、描いている当時は病んでましたね(笑)。
C:このプロジェクトは、どういう経緯で、いつ頃から始まったんですか?
直良:2017年の6月頃から、私と塩川(塩川洋介氏/クリエイティブオフィサー)とで絵のコンセプトを考え始めました。その後、CEDEC後のタイミングで新規ゲームプロジェクトを開発中であることを公表して、転職を考えている開発者や新卒学生への周知を図ろうという話になりました。加えて、ゲームのユーザーにもアピールできる絵にしたいという思いもありました。その前から、角と神尾は新規ゲームプロジェクトに携わっていたので、この絵の制作も彼らに依頼しようという話になり、私が「大ラフ」を描いた後に引き継ぎました。
・教室の窓
・雲の中にうっすら異質で巨大な物体
・吹き込む風
▲【上】直良氏による「大ラフ」/【下】この段階で決めた方針を記したメモ。「この『大ラフ』は、出雲市の仕事場で、塩川とチャットで相談しながら10分くらいで描きました」(直良氏)
8月15日 制作開始(神尾さんには未告知、直良さんの「大ラフ」は作成済み)
8月21日 ラフFIX
8月25日 FIX
▲コンセプトアート制作開始時に作成されたスケジュール(後述する、実際のスケジュールとは異なる)
C:かなりタイトなスケジュールですね。「神尾さんには未告知」というのもすごい(苦笑)。加えて、全体スケジュールに占めるラフの期間が長過ぎませんか?
神尾:めちゃくちゃビビリました。「新しいコンセプトアートをつくる」という話は以前から聞いていましたが、自分が描くことになるとは予想していませんでした。しかも「今月中に」って言われて。
C:「今月って、もう半分終わってますよね?」という状況での急発進。
神尾:「私が描いていいんですか?」という戸惑いが大きかったですね。前職では小さな会社にいたので、急に仕事がふってくることには慣れていたんです。ただ「この絵がもつ意味を考えると、下手はできない」という緊張感がありました。
直良:アーティストの所属部門をディライトアートワークスとディライトグラフィックワークスに分けた背景には「アートにコストをかける」という意図があったんです。時間をかけて、コストをかけて、脳みそを使って、それから手を動かす。だから、脳みそを使うラフの期間を長くとりました。1枚の絵をどこまで詰められるか、とことん経験してもらおうというねらいがあったんです。加えて、開発中のゲームプロジェクトのアートを外に出すということは、そのアートでもって会社の将来性が値踏みされることにつながるので、コストをかける価値があるとも思っていました。
C:最初に今回のようなコンセプトアートをつくり、その後で、アートの中に描いたキャラクターや、背景や、小物などのデザインを詰めていく......というのが、典型的な仕事のながれなのでしょうか?
直良:そうです。特に、ディライトアートワークスは「ドラマのあるアート」を提案することをゴールに掲げているので、ドラマが成立してない段階で、キャラクターをデザインしても無意味なんです。ドラマが詰め切れていなければ、キャラクターも掘り下げ切れません。今回の場合は、この1枚絵の中のドラマをラフの段階でしっかり詰めてほしいという話をしました。とはいえ、神尾はとりあえず描かないと安心しない性分だから、描いては引き戻し、描いては引き戻しというやりとりを何度も繰り返すことになったんです(笑)。角も神尾も、「コンセプトを理解し、ドラマを表現する」というのは初めての経験だったので、できるようになるまでには、ある程度の時間がかかるだろうと思っていました。
C:直良さんは、「大ラフ」を描いた時点で、どのくらいの精度までファイナルビジョンをイメージしていたのでしょうか?
直良:自分なりのゴールは、全部イメージできていました。ただ、それを2人に代わりに描いてもらうつもりはなくて、実際に新規ゲームプロジェクトに携わっている彼らなりのゴール、チームとしての正解を導き出してほしかったんです。
C:ということは、そのまま直良さんが仕上げたら、ちがう絵になっていたわけですね。
直良:そうです。描く人がちがったら、ゴールもちがいます。そこは、多様性があった方が面白いだろうと思います。正解はひとつではありません。
次ページ:
「絵の質は落としてください」という指示を出し
グッと引き戻す
「絵の質は落としてください」という指示を出し、グッと引き戻す
[直良さんからのオーダー]
・女の子は標準的なヒロインを想定
・仕草はよくある授業中のよそ見だが、遠く空を見上げている
・風が手前に吹き込んでいる(兆しや予感などを表す)
・空は夏の終わりかけのような、季節の変わり目を感じるモノ(高さは出したい)
・空に浮かぶモノは、これからネタ出し。日常←→非日常のギャップ重視!
[1点目の絵について]
光で飛んでてわからないですね。すみません。一応、盆栽のような大樹が浮いています。大樹は、育む命の源のイメージで浮かんだモノです。
[2点目の絵について]
石柱のようなモノがあって、奥の空に不明要塞があるイメージです。
▲【上2点】神尾氏による「ラフ」/【下】神尾氏と角氏が記したコメント
C:で、最初の「ラフ」でいきなり完成度が跳ね上がっていますね。
神尾:直良の「大ラフ」を見た瞬間に、私なりの絵が見えて、「ここは透明感を出さなくちゃ」「ここはブルーだ」といったキーワードも浮かんで、描き始めていました。「コンセプトをつくるとき、先にディテールが浮かんで邪魔をする」というのは、ありがちな失敗なんですけど、それをスタートからやっています。面白い始まり方をしてますね。
角:面白い(笑)??
神尾:今ふり返るとですけどね(笑)。「かわいい子を描いてね」「わかりました。できました」というやり方が染み付いていて、考えることなく、手癖で描いていましたね。
着彩の精度などの完成度はいったん横に置いて、まず、奥のモチーフを決めましょうか。
大体のレイアウトは動かす必要がないので、
・日常的に異質なモノが存在するパターン
・この子にしか見えない異質で非日常なモノが存在するパターン
上の2パターンを、線画でもいいので、いくつか出して決めましょう。
アイデアベースなので、絵の質は落としてください。
1. ネタを決める(1番惹きの強いモノを選ぶ)
2. レイアウト確定
3. いったん共有・確認
ココからイラスト作成
4. ポーズや各種デザインを詰める
5. 着彩
6. 共有・確認
7. ポリッシング・フィニッシュ
上のながれをイメージしてください。
既に「ディライトワークスが学園モノ?!」という惹きはあるので、
・何をつくろうとしているんだろう?
・すごいことが始まろうとしているのか?
というのを、手前の学園風景と、奥のモチーフのギャップと共に、押し出すのがポイントです。
今回の絵は、開発者とユーザーの両方に向けたティーザーとして機能するので、食べやすさは必要だけど、ありがちな丸まったネタは必要ないです。
ネタの段階で、今回の取り組みの6割は決まります。
なので悩んだら、開発者目線と、ユーザー目線の両面で考えてみてもいいかもしれません。
▲神尾氏の「ラフ」に対する、直良氏のフィードバック
C:ここから、直良さんの「描いては引き戻し」が始まったわけですね。引き戻すのと合わせて、完成までのながれを提示しているところは、学生が見ても参考になると思います。
直良:依頼した後、2~3日くらい連絡がなくて「多分、進めちゃってるな」という予感がありました。だから、1回目は特にちゃんと返そうと思って、「絵の質は落としてください」という指示を出し、ポリッシングにまで踏み込みかけているところをグッと引き戻しました。いきなりディテールに脳みそを使って、絵を仕上げて、なんとなくふわっと終わりにしてほしくなかったんです。
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制作記録を見返しながらインタビューに答える直良氏 - コンセプトがどれだけ反映されているか、ターゲットが魅力に感じる要素がどのくらい付加されているかに重きを置きたかったので、それを理解してもらうために、手数を重ねてもらおうと思っていました。残り時間が少ないという焦りがあったでしょうが、窓の奥に何が見えるのか、空白になっている部分に向き合って、しっかり悩んでほしかったんです。そこに2人がピンときてくれるまで、結構やりとりを重ねましたね。
神尾:「質を落とす」という言葉の意味が、全然わかってなかったですね。
直良:最初は質を落とした状態で、手数を重ねていろんなネタを出す。ネタやレイアウトが確定したら「イラスト作成」に入る、というように工程を分けてほしかったんです。イラスト作成は、ちょっと言い方が悪いですが「作業」なんですよね。それ以前の工程とは、まったく別モノです。フィードバックでは「ネタの段階で、今回の取り組みの6割は決まります」と書きましたが、実際には、それ以上の割合だと思います。この絵は、女の子を通して、見る人の視線を窓の奥に誘導していますよね。そこに何が見えるのか「答え」を確実に用意しないといけません。それが弱いままだと、全てが台無しになるんです。
C:とはいえ、この時点で残り時間は10日をきっていますから、最短ルートでゴールしたいですよね。
神尾:はい。すごく焦っていましたね。
絵のターゲットのことも、掘り下げて考えてほしい
卵と植物をどこかに入れたいというのがあって描いてみました。
▲【上】神尾氏による「アイデア出し その1」/【下】神尾氏が記したコメント
卵、良いですね。色々象徴してますね。ほかにネタがないか、夕方までもうちょいねばれるかな?
例えばもうちょっとモチーフを絞って、スマホサイズでも一目でわかるくらいのモノ。
ほかのネタについて、さらに具体的にいうと、卵は「生まれる」ことを象徴している点で、学生とユーザー向けに良いモチーフだと思います。
別のアプローチとして、今現在、他社に在籍している開発者に「これは参加しないともったいない!」と思ってもらえるモノ。開発者にとって魅力的な、余白のある感じのモチーフでアプローチするのもいいかと。
▲神尾氏の「アイデア出し その1」に対する、直良氏のフィードバック
C:で、ここから絵の質を落とした上でのアイデア出しが始まりましたね。直良さんの「スマホサイズでも一目でわかるくらいのモノ」というフィードバックは、今の時代ならではですね。
直良:自分でも「時代だな」と思いながら返していました。この段階だと、まだまだ神尾はディテールを描いていますね。0が1になっていない状態で、無理矢理10まで広げる作業を始めています。
神尾:完全にディテールに踏み込んでますね(苦笑)。直良の言っていることが、まだ半分も理解できていない状態です。例えば「命の源」というキーワードを提示されると、「そう見える絵って何だろう? 卵かな。根っこかな?」というように、直結するモチーフを考えてしまうんです。何度も「そうじゃない」と言われたんですが、直結させてしまう癖が残っていますね。
直良:それから、この絵のターゲットのことも掘り下げて考えてほしいという意図があって、「開発者にとって魅力的な、余白のある感じのモチーフとは何か?」という問いかけも返しました。
次ページ:
「どうすれば、ターゲットの興味を引けるのか?」
を最優先に考える
「どうすれば、ターゲットの興味を引けるのか?」を最優先に考える
開発者→自信がある、もしくはない。くすぶっている。奮起する。奮起したい。発展途上。才能......などをイメージし、落ちていく古いアイデアと、新しいアイデアを入れてみました。
女の子の見ている窓の内側だけ、幻想的な風景にしてはどうでしょうか。左右の窓の風景とは色味がちがったり、窓枠を境に鳥が竜(ガーゴイル?)になっていたり。
▲【上】神尾氏による「アイデア出し その2」/【下】神尾氏が記したコメント
窓枠を境にして、現実世界と異世界を隣り合わせにしたいと聞きましたが、ただ並べるだけだと、人によっては「絵が3枚並んでいるだけ」に見えるかもしれないと思いました。ですので、窓枠を境に、現実世界と異世界とで様相が変わる何かを挟むべきではないでしょうか。
▲神尾氏の「アイデア出し その2」に対する、ほかのアーティストからのアドバイス
C:で、神尾さんがアイデアを練るフェーズがさらに続きますね。この段階では、角さんはどういう立ち位置だったのでしょうか。
角:私は相談されたらアイデアを出すくらいで、まだ静観している状態です。
- 今後のプロジェクトでも同じようなことが繰り返されるだろうと思ったので、ほかのスタッフの参考になればと、一連のながれを記録するよう心がけていました。
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制作記録を見返しながらインタビューに答える角氏
C:その記録のおかげで、今回のちょっと変わった取材が実現しています。ほかのアーティストからのアドバイスまで記録してあるのもいいですね。
直良:そのアーティストは、何年も前から私と一緒に仕事をしてきたので、近い考え方をしています。この先の展開を予想して、助け船を出してくれたんだと思います。
▲神尾氏による「アイデア出し その3」
C:で、神尾さんがさらにアイデアを練るものの、奥のモチーフはあまり変化がないですね。
神尾:いやはや、どんどん恥ずかしいモノが出てくる(笑)。この頃は完全に迷子でしたね。どうすればいいのか、わからなくなっていたんです。状況が全然見えていない中で「描けば解決する」と思い込んでいました。でも実際は、そうじゃなかった。
C:求められていたのは「think!」だったと?
神尾:はい。でも、考えるだけで、手を動かさないことがすごく怖かったんです。焦るばかりで、考えがまとまらない。「卵って何の意味があるんだろう? 卵から何が生まれれば『新しいことが始まろうとしている』と感じてもらえるんだろう? ワクワクしてもらえるんだろう?」って、一日中考えていました。
- そうやって考える中で「この女の子が見ている世界は何なのか」「ターゲットがこの絵を見た瞬間に、どんな情報が伝わらなければいけないのか」が、うっすらと見えてきてはいました。ディテールを描き込むのではなくて、先に考えることがあると、頭ではわかっていたけど、心はわかっていない状態だったんです。でも、角やほかのアーティストに何回も相談して、アドバイスをもらっているうちに、だんだん心の方でも理解できるようになってきました。「滝って何の意味があるんだろう?」「何で飛行機が竜になるんだろう? 何のために描くんだろう?」というように、いろんなことを考えるようになりました。
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制作記録を見返しながらインタビューに答える神尾氏
角:「何で祭り」の始まりですね。
直良:「正しさ」ではなく「魅力」を優先する状態へ、だんだんとシフトしてきましたね。「どう描けば正しいんだろう」ってディテールをどんどん詰めていた状態から、「どうすれば、ターゲットの興味を引けるんだろう? 理解してもらえるんだろう?」と考える状態へ変わってきています。まずは魅力のあるネタやレイアウトを考えて、その後で、描くモノの説得力や理屈を考えればいいんです。
・「卵モチーフはいいね」で一致(生まれる、育てよう、などのメッセージがある)
・窓の内側だけ異世界なのもいい
・卵の中はさらに考える必要があるものの、「アイデア出し その3」をベースに、ひとまず塩川がキャッチコピー(ディライトワークスから開発者へのメッセージ)を考える
という方針でいきましょう。
で、現実←→非日常を表現するにあたり、現実←→ハイファンタジーでいこうか、現実←→ハイ・ローのごった煮でいこうか、どう思います?
▲神尾氏の「アイデア出し その3」に対する、直良氏のフィードバック
ハイファンタジーよりも、もう少し明るい方が、迷っている人もワクワクしてくれて、「自分もチャレンジしてもいいのかな」という希望が湧いてくるのではと思います。なので、最初に出したような、カラフルな絵にしたいと思っております。植物や卵は、質感を重くできたらと思います。
明日は線画を描いて、バランスを改めて調整。窓枠の向こうにある建物も、レイヤーを分けて描いてみたいと思います。
▲直良氏のフィードバックに対する、神尾氏の意見
自分もハイファンタジーじゃない方がいいと思います。
あ、線画といってもクリンナップまでいかない程度でお願いします。卵以外の入れる要素を整理することを最優先に。
▲神尾氏の意見に対する、直良氏のフィードバック
C:このタイミングで、『ロード・オブ・ザ・リング』的なハイファンタジーの世界にするのか、『ハリー・ポッター』的なハイファンタジーとローファンタジーをミックスした世界にするのか、直良さんが確認していますね。合わせて「クリンナップまでいかない程度」と、釘を刺している点もポイントだなと感じます。
直良:この絵を開発者目線で見たときに、どのへんに着地させれば興味をもってもらえるのか、アイデアの精査をしておくタイミングだと思ったんです。「竜と飛行機と、両方あった方が面白いよね」といったことまで考えて、要件を確定させていきました。併行してキャッチコピーも決めて、ゴールに向けて「解像度」をグッと上げていく必要がありました。じゃないと、本当に迷子になるから(笑)。塩川にキャッチコピーを依頼したら、「こうしてみたらどうですか?」という彼らしいアイデアを返してくれました。
むしろ絵が未完成で、余白があること自体がメッセージになるのでは?
「俺でもヤレる !」って隙間。例えば、卵の中を描かないで白く残しておくとか?
チラと識別できるけど、描ききれておらず「どうなっているの??」と気になる。
むしろ、描き足したくなる。見栄え的にいけているかは不明!
▲【上】塩川氏による「イメージ」/【下】塩川氏が記したコメント
重要なのは、以下の2点です。
・窓の外がとにかく魅力的!
・未完成感を出す!
[大方針]
・あくまで「作品」感を重視。初見で「おっ」と思ってもらい、クリック or スクロールしていくと採用情報がある、みたいな立て付け。
・まず作品で惹きつける。ものづくりに惹かれてきてほしいので。
「それは、本当にRPGと呼べるのだろうか?」というキャッチコピーは、どちらかというと、絵ありきで考えたものです。
1.「RPGなの?そうじゃないの?」など、開発者にも、ユーザーにも「なんぞや?」と考えてもらう。
2.「窓の外を見ているキャラクター」=「開発者、あるいはユーザー」であるかのように、感情移入してもらう。
3. キャラクターの視線の先に「1.」で疑問に思った対象(謎)がある。「見たことのない、新しそうな世界観なんだけど、なんぞや?」といった、解き明かしたくなる謎(異物)がある。
・スクラッチで謎が隠されている、ちょい見せ、などで、気になるようにさせる。
・完成している絵にはしない。スキを残し「自分たちで完成させるんだ」感を出す。
・窓の外だけ異世界。異世界へ視線を向け、飛び込んでいく、向かっていくイメージを想起。
4. 結果、何か興味深いことをやろうとしているのでは、と読み手に伝わる。「少なくとも、RPG関連の何かだろう」ということは伝わるので、アクションゲームとかスポーツゲームとか、そのレベルの期待のズレは起きない。
▲塩川氏の「イメージ」と合わせて提示された、直良氏と塩川氏のフィードバック
C:卵の中のディテールが、容赦なく塗りつぶされてますね......。
直良:はい。この段階でターゲットの期待感を盛り上げようとするなら、重要なのは細かいディテールではなくて「未完成であること。余白があること」だろうという方針になりました。
ファイナルビジョンを何通りも出せる人は重宝される
C:神尾さんにアイデア出しを求めつつ、要所、要所でディレクションが入っていく。このながれは家や学校で絵を描いているだけだと体験しにくいので、業界志望者の参考になると思います。加えて、一連のやりとりを見ていると、ラフの役割もよくわかりますね。「ポートフォリオには、完成画だけでなく、ラフも入れてほしい」と語る採用担当者は一定数いて、画力の高い志望者ほどラフの追加提出を求められるケースをよく見ます。今回の「アイデア出し」のような場面での対応力を探っているのだろうと感じました。
直良:会社によって差はあると思いますが、私の経験から言うと、アートの人間は「発明のようなモノ」を求められることが多いんです。完成しきった小説の挿絵を描くタイプの仕事ではなく、0を1にするためのビジュアルアイデアですね。アイデアを出す能力が高い人、クリエイティブの幅が広い人は、ゲーム会社に入った後、プロジェクトの前半から後半まで、長いスパンで活躍できます。さらに言えば、前半工程で見たことのないモノを生み出してくれる人が増えた方が、その会社の開発力や商品力は確実に上がります。
- ファイナルビジョンがその人の頭の中にあって、それを何通りも出せる人は重宝されます。その力をみる手段として、ラフは有効なんです。ただ、ラフはアイデアを出すときの手段のひとつなので、例えばフォトバッシュだったり、ほかの手段でもいいんです。今回のプロジェクトで私が最初に描いた「大ラフ」も、もうちょっと自分の中で詰めたら、多分、何通りも出てくるんですよ。というか、出せるべきだと思うんです。やっぱり、ファイナルビジョンが大量にある人の方が強いですから。
神尾:直良が言った「会社によって差がある」というのは本当にその通りで、私の前職の会社では、完成間近の絵を提出しないとクライアントに伝わらなかったんです。外注として受けていたこともあって「ちょっとわからないんで、もう少し完成度を上げてください」とリテイクされてしまうのが常でした。だから早々に完成度を上げようとしてしまう。職業病ですね(笑)。
直良:同じ会社にいると、その場で会話しながら詰められるので、すごくラフな絵でもゴールを共有しやすいですね。とはいえ、会社には定期的に新しい人が入ってくるし、それぞれ別の経験をしてきているので、その会社のやり方に慣れてもらうための手探りの期間が必要だと思います。角と神尾の場合は、それがこのプロジェクトでした。
C:で、先のキャッチコピーが提示されたのが8月20日頃、当初予定したスケジュールだと「8月21日 ラフFIX」でしたから、順調に遅れてますね......。
神尾:いやー、焦りましたね(苦笑)。この後も、まだアイデアとディテールの間で行ったり来たりして、「描いちゃダメだ」「いや、描かなきゃ」「あれ? どっちだっけ?」みたいな葛藤がしばらく続きました。
前編は以上です。この先の展開は、9月6日(金)公開の後編でお伝えします。
ぜひお付き合いください。
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