近年、映画、ドラマ、ゲーム、CMなどのCG映像制作分野でプリビズ(プリビジュアリゼーションの略語)の需要が高まっているが、業界内での理解はまちまちであり、本来の価値が発揮されないケースもある。本連載『ほんとのプリビズ!』では、ジャストコーズプロダクションの協力の下プリビズについて深掘りしていく。
今回は、代表兼映像監督のライアン・マクガイヤー(Ryan McGuire)氏を中心にMetaやANA、BMWなど国内外の企業CMを多数制作してきた映像プロダクション「CUTTERS STUDIOS TOKYO」のVFXアーティストとしてプリビズをいち早くワークフローに導入した安田雄策氏(現在はIMAGICA Lab.所属)と、著名な映画作品のプリビズ制作を多数担当しているジャストコーズプロダクションのプリビズ監督小原健氏に、映画『ゴールデンカムイ』、『キングダム 大将軍の帰還』など過去に担当したプリビズ制作を振り返りながらプリビズの現状やその役割について語ってもらった。
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プリビズの導入はコンポジターとしての経験が契機
ーーまずは、お二人の経歴について簡単に教えてください。
安田雄策氏(以下、安田):私はVFXコンポジターとしてキャリアをスタートし、その後「CUTTERS STUDIOS TOKYO」でVFXアーティストを務め、フリーランスを経て現在はIMAGICA Lab.で活動しています。近年手掛けている仕事は、CMが多いです。具体的には『ANA “Always Looking Ahead”』、『BMW “Journey of Light with Albert Watson” Episode 1』などを担当しました。
小原健(以下、小原):ジャストコーズプロダクションの小原です。プリビズ監督やバーチャルカメラスーパーバイザーとして活動しています。近年プリビズを担当した作品としては、映画『キングダム 大将軍の帰還』、映画『ゴールデンカムイ』、Netflixシリーズ『幽☆遊☆白書』、映画『シン・仮面ライダー』などです。
ーー安田さんがプリビズを制作するようになったきっかけは?
安田:無駄を減らしたいと思ったのがきっかけです。企画・設計段階で十分な検証を行わずに撮影、編集、カラー.....と進めてしまうと、後々修正が多発しスケジュールが後ろ倒しになってしまうことが多いです。そしてその皺寄せは、最終工程を担当するコンポジターにくることが多かったので(笑)。
ーーポスプロでの経験は、プリビズの制作にどのように活かされていますか?
安田:後々発生するであろう問題、調整が必要とされる事案を、事前にプリビスで検証することでクオリティと効率性の向上に繋げられていると思います。
例えば、カメラを動かすためのレールを設置する際、プリビズを使うと事前にカメラのアングルを確認できます。これにより、撮影に影響を与えない場所にレールを設置でき、作品にとって効果的なアングルを追求しながら、撮影現場での無駄を最小限に抑えることができます。
また、美術セットの設置についても同じことが言えます。プリビズの段階で予算に合わせて効果的な配置を考え、最小限のマットペイント作業で済むようにできます。これにより、撮影現場が効率的になり、ポストプロダクションで発生しがちな無駄を省いてクオリティを上げることができます。プリビズを活用することで、無駄のない撮影現場を作り、ポストプロダクションでの作業を最小限に抑えながらも高品質な映像を作ることができていると思います。
ーー安田さんが最初に手がけたプリビズ制作について教えてください。
安田:最初のプリビズはMeta(旧Facebook)の案件でした。横長、縦長、16:9、スクエア.....多種多様な形式で、一人で踊るシーン、集団で踊るシーンをそれぞれ撮影したいと要望がありました。どんなダンスが美しく見えるか、どんなカットが望ましいのか、形式によってどのようなカットが最適かなど検証すべきことが多く、撮影には3日から4日、もしくはそれ以上かかると想定していました。
そんな時プリビズの存在を知り、試しに制作してみることにしました。撮影スタジオの環境を事前に調査し、ダンサーの動画を送ってもらってCGでスタジオ内の配置や動きをシミュレーションし、プリビズを作成しました。事前に全員に共有していたことで、撮影当日は画角の確認などの必要がなく、1日で撮影を終えることができました。この結果、節約された時間と予算は、より重要な作業に投入され、最終的なクオリティの向上に寄与しました。
プリビズの価値は「演出の追求」と「ビジョンの共有」
ーー現在の広告業界でのプリビズの浸透度はいかがでしょうか?
小原:まだまだ広がる余地があると思いますね。そもそも「プリビズとは何か?」という本質的な理解がまだ浸透していないと感じる場面が多くあります。作品の形式、ワークフロー、予算、ステークホルダーとの関係、納期など業界によって導入のしやすさに違いはあると思いますが、私が多く担当させていただいている映画業界よりも浸透していない印象です。
安田:同感です。制作体制、案件の性質などケースバイケースではあるのですが、プリビズはもっと導入されてもいいと感じています。
また、「プリビズをやってほしい」と言ってくれたのはいいが、作品のクオリティを上げるためというより、どうやったらお金が掛からないかを知りたいだけなのかなと感じる依頼も中にはあります。
もちろん前述したようにそういった要素もプリビズを導入するメリットの一つではありますが、「作品のクオリティを上げるために無駄を減らす」ということがプリビズを導入することの本来の目的です。予算や規模感を把握した上で、「どんな演出が最適なのか?」という試行錯誤を、演出を担当する方と綿密に行える過程こそ一番重要だと考えています。
ーーなぜ本来のプリビズが浸透しないのでしょうか?
安田:プリビズが普及している北米と比較すると、わかりやすいかもしれません。
まずそもそも北米と比較し日本では、まだプリビズに対する認知が広まっていません。プリビズを導入しようとしても予算が承認されない、その価値が理解されないということがありそうです。
また、北米など海外の場合、かなり細かくスタッフの役割や、アサイン時間が契約で細かく設定される文化がありますが、日本は海外ほど、この慣習もないため、プリビズを導入すると手間が増えるが利益は変わらないという状態になることもありそうですね。プリビズを制作した方が、結果的にクオリティのアップ、無駄なコスト削減に繋がるので、導入した方が良いことに変わりはないですが。
<北米でプリビズが浸透している背景>
ーープリビズを発注する際の注意点を教えてください。
小原:できるだけ早い段階で依頼していただき、アイデアをビジュアル化し、ブラッシュアップしていくことが重要です。さまざまな演出アイデアを事前に検証すると、最初には予想していなかったアプローチが見つかることも多いですよね。一旦演出の決め打ちをしてしまうと、その段階でクオリティが確定してしまいます。なので、事前にさまざまな演出アイデアを検証しておくことが必要なんです。このプロセスを通じて、作品のクオリティが向上し、制作に対する納得感も高まります。仮にスケジュールが厳しくなった後だったとしても、プリビズは効果を発揮すると思います。
あとは、監督や、デイレクターなど演出の責任者とコミュニケーションを取れる状態にしていただくことですね。
安田:わかります!制作スケジュールが厳しくなりそうな時こそ効果を発揮しますよね。
ーープリビズは制作後、制作現場でどの程度共有されるのですか?
安田:私の場合は、ディレクターとスタッフがプリビズを作って、それを代理店とクライアント、それからカメラマン、美術、照明.....できる限り関係者全員に共有するよう心がけています。
というのも、以前海外の案件で、プリビズを制作し準備万端という状態で臨んだのですが、代理店や制作会社の方たちしかプリビズを見ていなくて、実際に現場で動くスタッフや出演者はプリビズを見ていないということがありました。
結果、撮影当日、照明さんに「危険な場所での撮影なので参加できない」と参加をキャンセルされてしまいました。プリビズを制作していたおかげで、その他のトラブルによる大幅な撮影時間の延長などもなくその撮影は何とか完了できたのですが、プリビズが事前に共有されていれば発生しなかった問題だと思い、以後プリビズを共有する際は可能な限り関係者全員に送付するようにしています。
小原:現実的に難しいこともありますが、本音を言えば、プリビズは関係者全員と共有すべきですね。
私の経験で言うと『ゴールデンカムイ』という映画で、アシリパという女の子が、(CGの)ヒグマと白い狼が戦うシーンを見ているというシーンがあったのですが、アシリパ役の役者さんは何もないところでそれを演じなきゃいけないわけです。そこで事前にプリビズを作り共有する事で、役者さんは目の前で起きている誰も見たことの無い想像のできない壮絶なバトルを監督や現場スタッフと同じビジョンをイメージしながら演技に集中していただくことができました。
プリビズは監督や制作スタッフのための撮影の準備としては勿論なのですが、役者さんにイメージを掴んでいただくためにもどんどん活用してもらいたいです。
絶賛制作進行中のNetflix映画では、制作スタッフさんがプリビズを見ている役者さんのリアクションを撮影して送ってくれて非常に嬉しかったですね。我々は普段、プリビズが現場でどのように受け止められているのかが見えないので、ちゃんと現場で使われていることが見られたのは良かったです。
過去作品から見る「プリビズ監督」という仕事
ーー他にも効果的だったプリビズはありますか?
小原:Netflixシリーズの『全裸監督』のプリビズで、宇宙空間にエロビデオのカセットが浮遊し、その中を主人公演じる山田孝之さんが宇宙遊泳するというシーンを制作したのですが、それはとても評判が良かったと聞いています。現実には有り得ない不思議な世界ほど、プリビズを制作する意味が際立つと思うのです。一度やってみないとわからないし、演出として面白くないと成立しないですからね。
ーープリビズをどのように制作しているのか、具体的にお聞かせください。
安田:我々は現場に行ってのロケが多いので、カメラやiPhoneで撮影現場の環境を記録したり、レーザーでスキャンしたりして、それを元に3DCGの空間に同様の環境を構築して作っていきます。ストックフッテージを集めて制作したこともありましたね。
小原:弊社が最近制作したNetflixシリーズの『幽☆遊☆白書』を例に挙げてお話させていただきます。我々は主人公たちがヘレンというクリーチャーと戦うシーンのプリビズを制作しました。戦闘シーンで役者さんの目線がどこに向くべきか、クリーチャーのスケール感や走る速度、そしてその巨体がスタジオのセットにどう収まるかといったことをすべて計算し、それに基づいて撮影に臨むという依頼でした。
ーー具体的に細かい演出面の検証について教えてください。
小原:我々のプリビズには、高さや幅の制限がある倉庫内のチェイスやバトルシーンにどう面白くクリーチャーを入れるのか、それに付随して役者さんの動線やクリーチャーが尻尾で攻撃してくる時にはそこに視線がいくよねとか、そういう細かい演出の設計を求められていました。
クリーチャー、役者それぞれの演技プラン、そしてそれをどのような画角でどのように撮影するのか撮影プランを細かく提示する必要がありましたが、もともと私自身、アクションのバックグラウンドがあったこともあり、やり遂げることができました。
ーー小原さんはハリウッドのアクション映画への憧れから、スタントやアクション監督からキャリアをスタートさせて、自分でもアクション映画を撮りたいと考えてアメリカに渡ったそうですね。
小原:はい、なのでアメリカでも元々アクションのビデオコンテは沢山撮っていました。
『幽☆遊☆白書』はアクションシーンが多いので、アクションが作れるというのがまず大前提でした。
また、ヘレンというクリーチャーは原作では一瞬で死んじゃうのですが、それがデザインも変わり、戦闘もするという、実写版独自のアップデートがされていたので、アクション部で作成したVコンを元にCGでしか表現できないアクションパートを0から考えないといけなかったのです。
おそらくまだ日本の多くの業界人も「プリビズって要はCGコンテでしょ」と考えていると思うのですが、僕にとってプリビズはCGコンテではなくて、演出内容やカメラアングル、そして編集によって決まる尺感といった、実際の映画のワンシーンを作る工程と変わらないプロセスを踏みます。より完成に近い状態までの画をプリプロ段階で迫力をもって見せる事の出来る武器だと思っているのです。
安田:実は私も、冒頭のあらすじ映像の制作で『幽☆遊☆白書』に携わっていたんですが、本編を観て、戦いのシーンがただ速くて格好良いだけじゃなくて、凄く見やすくていいなと。あれはどうやって作ったんだろう、と思っていました。
小原:ブループリントをいただいて、その通りの背景をCGで全部再現してプリビズを制作しました。クリーチャーに関しては、最初は何となく3mくらいかな、というざっくりしたイメージでしたが、クリーチャーのCGモデルを実際に役者さんのCGモデルと比較してサイズ感を決めていきました。
あとから「思ったより大きくなかった」とか「大きすぎてこの通路を走れないよね、天井に当たっちゃうよね」とか気付いちゃうと色々と問題が起きると思うんですが、そういったこともプリビズを使って早めに検証することで回避できました。プリビズの段階でブラッシュアップを何度も繰り返して、日程ギリギリまで最適な演出方法を探しました。
ーー他にもプリビズ制作の事例があれば教えてください。
小原:同じく漫画の実写化作品ですが映画『キングダム 大将軍の帰還』のプリビズ制作を担当しました。例えば、軍勢と軍勢が対峙しているシーンで、上から見下ろした引きのシーンで人間が何人必要なのかというのをシミュレーションするための設計図や、プリビズでしか表現できないアクションシーンや壮絶なエンディングパートなどを制作しました。
この作品の場合は、最初に監督と打ち合わせをしただけで、あとはもう全部お任せしていただいたので、あれも入れよう、これも入れよう、もっと良いものを作ろうと、あらゆる演出方法を検証しながら作っていきました。群衆の中を駆け巡る壮絶なアクションシーンやクライマックスのエンディングパートを数ヶ月かけて拘りぬいたプリビズを作り、監督に提出したらほぼ修正無しで早い段階のOKを頂くことが出来ました(笑)。
ーー監督の信頼を得て全面的に任せてもらったことで、小原さん自身のアイデアをプリビズに盛り込んでいけたということですね。
小原:はい、そうです。個人的には「プリビズ監督」という仕事がもっと一般的になって欲しいと考えています。「アクション監督」という仕事も、『マトリックス』シリーズや『キル・ビル』シリーズの武術指導を担当したユエン・ウーピン氏が、約30年前にハリウッドで、カンフーや空手のシークエンスの武術指導、撮影、編集も手掛けたことから世界的に認知された仕事です。
アクションの裏方と言えば格闘アクションや殺陣のスタイルを考案する振付師や役者に変わって危険なシーンを吹き替えするスタントマンくらいかなぐらいのイメージだった時代に、カメラアングルやカット割りを意識したアクション構成やワイヤーアクションといった「アクションシーンを作るならこの人に任せればいいものができるよね」という選択肢が生まれた。
プリビズ監督とはアクション演出に対してCGでしか表現できないシーケンスを総合的に考え、CGアクションと実写アクションのハイブリッドアクションシーンを作る事の出来る仕事として認知されていけばいいなと思うのです。演出込みでシークエンスを作って、プロデューサーや監督といった、作品に対して目が肥えた人たちのイメージを超えていきたいですね。大きなテーマではあるのですが、プリビズ監督としての制作活動を通じて「日本映画を良くしていこう」と考えながら、制作にあたっています。
ーー最後に、プリビズに対する正しい認識を広めていくには、どんなことが必要だと考えますか?
安田:やはりプリビズの重要性を理解してもらうことでしょうね。まだまだ「プリビズ?それ必要なの?」「CGを使うからとりあえずプリビズやっておくか」という認識を持っている方が沢山いると思います。プリビズの目的は、予算や時間のリソース配分の最適化にもあるんですが、やはり第一は作品のクオリティアップなんですよ。まずはそこを理解してもらった上で、より良い演出のためにプリビズを活用していただきたいですね。
小原:CGのクオリティが向上していくのは素晴らしい事ですが、近年は「CGは凄かった」とか「アクションは凄い」みたいな偏った作品が増えている印象なのです、そこを改善するためにはプリビズを通してストーリーとアクションのバランスの取れた見せ方を事前に検証し、シーケンス全体を把握できる環境を出来るだけ早い段階で準備したいと思っていただける監督やプロデューサーが増えてくれるといいですね。そういう方々に「プリビズをやりましょう!」と言っていただけると本望です。その上で日本のコンテンツを盛り上げていって、「日本発信のコンテンツは面白い」と世界の方々に思っていただければいいなと思います。代表的なアニメは既に叶っているので、次は実写のほうでもそうなって欲しいです。
安田:やっぱりそのためにはプリビズが絶対必要だと思います。映像制作は準備が全てですからね。
ーー今回はありがとうございました。
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PHOTO_大沼洋平
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