著名アーティストの作品制作を通して、画づくり全体の設計から完成にいたる考え方やテクニックを紹介する短期集中連載企画「画づくりの達人」。第7回は3Dキャラクターアーティストの亥と卯(いとう)氏に、クオリティと作業コストのバランスを取りながら魅力的な1枚絵を仕上げるポイントについて解説してもらった。
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Information
紹介機材今回の達人
亥と卯(いとう)
3D キャラクターアーティスト
1996年生。2018年に大阪の2年制専門学校を卒業後、フリーでTVアニメやゲーム、映像などのキャラクターモデル制作に携わる。Autodesk AREA Japanにて『セルルックなキャラクターモデリング チュートリアル』を連載。 SNSなどでアニメCGをメインに自主制作作品を投稿し、自分なりのアニメ表現を模索しながら自主制作アニメを制作することを目標に活動中。
https://www.itou-nko.com/
「A colorful future」
設計:日常と非日常を混在させる
1. 制作内容の思索
今回は自分の得意なアートスタイルで「∞(インフィニティ)」を採り入れた作品ということで、僕が普段自主制作している、制服を着た女子学生の日常的な風景を表現したいと考えました。
私の場合、オリジナル作品を制作するときは、制作する過程でアイデアがポンポンと浮かんで来ることが多いので、とりあえず手を動かしながら内容を考えます。
最終的に、ストーリーやキャラクターのもつ背景は日常的ながら、キャラクターの髪型にツーサイドアップを採用したり、パステルな色づかいにするなど、日常感とアンリアルな非日常感との混在を追い求めました。
今回の制作で大切だったのは、充てられる制作時間にも限りがあったので、どこまで作り込むか、どこまでを3Dで表現しどこまでをレタッチで対応するかを考えることでした。短い制作期間の中でテーマに沿った1枚画を作成するコストパフォーマンス的な部分をどうするかが重要なポイントになっていたと思います。
また、普段のお仕事では自由なテーマで3Dイラストを制作することがあまりないので、ワクワクしながら制作に取りかかりました。
2. レイアウトの決定
今回は時間短縮のために、自主制作などでもともと作成していた制服モデルをベースに進めます。先に簡単にポーズを決めてシーン内にカメラを置き、ポーズに合ったお気に入りの構図を模索します。
今回の構図を決定する上では、
・1枚画としての制作が前提なので、パースを感じられるダイナミックな構図
・カメラに映る範囲が広すぎると制作する背景オブジェクトが膨大になり制作期間が足りないので、映る範囲を絞る
・カメラと人物の関係性を表すようなストーリーを感じる構図
以上の3点を考慮した構図にしたいと考えました。
隣の席を意識した横からのアングルも候補にありましたが、背景の作り込みが大変になることともう少しダイナミックな構図にしたいという気持ちから見送り、今回の構図に決めました。
とはいえ個人的にはキャラクターの横顔を表現するのが好きなので、機会があれば横アングルにも挑戦したいと思います。
3. キャラクターデザインとリファレンス
今回は、キャラクターのデザインに関して、絵が描けてかつ僕との関係性が深く、コンセプトや内容を相談しやすいイラストレーターの詠葉さんにお願いしました。
キャラクターモデリングにおいて、キャラクターのデザインが未定のまま脳内で構築しながらモデリングを進めるのはなかなか難しいです。リファレンスがない状態で制作しても、方向性が曖昧でチグハグな作品になってしまいがちです。
最終的に細部が変更されることになったとしても、制作時に完成形を想像できる状態にしておくことが、スムーズな制作には必要だと思います。
僕はいろいろなイラストレーターの方やデザイナーの方とコラボレーションしながら制作するのが好きなので、今回もその人の良さをどうすれば表現できるか、作品に落とし込めるかを考えながら制作を進めました。
制作:見せ方を第一に、割り切ってつくる
1. 1枚画を意識した工夫
今回はイラストを意識した1枚画ということで、単一方向への造形に特化しています。
顔も髪の毛も元のシンメトリな造形から崩してアシンメトリな造形になっており、髪の毛は平面ポリゴンと厚みをもたせたポリゴンを織り交ぜて作成しています。
カメラから見えない部分はほとんどつくり込んでおらず、構造的にもボリューム感やシルエットが映える造形を優先しているため、普段のキャラクターモデリングとはまったく違う割り切った造形になっています。
頭部の大きさや位置もポーズそのままで進めるとパース感が強くなりすぎてしまうため、キャラクターは背景に反してパース感が減るよう調整しています。
3DCGイラストではありますが、3DCG感が全面に出てしまうのは避けたかったのでキャラクターと背景・プロップでバランスを調整しました。
髪の毛の造形も普段はほぼ全てのメッシュに厚みをもたせて作成しますが、今回は板ポリのままの部分と厚みをもたせたメッシュを織り交ぜて制作しています。
一方向だけを意識しているため、厚みが不要な部分は平面のままに、ライティングの影響を大きく受ける部分やレタッチをあまりしない部分は厚みをもたせています。後頭部の髪の毛もほとんど作り込まず、構造的な形だけ存在しているような造形になっています。
ライティングはキャラクターの顔と前髪の陰影を調整する顔用のライトと、キャラクター全体用のライト、そして背景・プロップ用のライトに分かれています。
キャラクターはパース感を抑える方向で造形を行なっている反面、ロッカーはFFDで形状を湾曲させダイナミック感をプラスする方向にもっていっています。
カメラとの兼ね合いの関係で、実際の教室のつくりよりも奥側にロッカーを配置しています。また、上段のロッカーが下段のロッカーよりも少し長くなっています。
ロッカーにはパステルなカラーを散りばめたかったこともあり、キャラクターと被りすぎてしまうとキャラクターの印象が弱まってしまうので、あまり被らないように位置と高さを調整しました。
2. Photoshopでの調整・レタッチ
最終的な絵の仕上げはPhotoshopで行いました。キャラクター、プロップ、背景のカラー素材やライン等の素材を分けて書き出し、Photoshopで重ね合わせて完成させます。
細かな調整として不要なラインの削除、キャラクターに対する陰影の形の調整、奥行きを出すための背景ぼかし、ロッカーから差し込むライトの映り込みの追加などを行なっています。また、サイズはレンダリングサイズそのままではなく、余白を調整するためにトリミングしています。
不要なラインの削除について、ラインは任意の位置で出すこともしますが、基本的に自動で計算されて描かれるものなので、ノイズとなるラインを削除して整理します。主に髪の毛周りのラインを削除しており、レタッチの際に邪魔になるラインや、ラインが重なってごちゃごちゃとした部分を調整しています。
ただし、個人的にあまり綺麗に整理されすぎた印象にしたくなかったので、調整は最低限に留めました。3Dらしさをいろんな意味で残したかったため、書き出された画像に対してまったくの別物にならないように意識しています。
レンダリングしたままのレタッチ前の画像と、レタッチ後の比較です。
特に髪の毛の陰影やハイライトのレタッチを多く行なっていることがわかります。
髪の毛の陰影は、ある程度3D側でテクスチャとして対応しようかと考えていましたが、結局結果は同じになるので、作業時間短縮のためにもレタッチを選択しました。
ちなみに、レタッチにはテクスチャと同様にパスツールを使用しています。手で描くことをほとんどせずにアニメ調のイラストが完成するというのも面白いポイントだと思います。
作品内に「∞(インフィニティ)」マークを採り入れるとのお題もありましたので、要所要所に散りばめるかたちで入れ込んでいます。
機材検証:iiyama SENSE ∞(インフィニティ)の実力
紹介機材
作品制作に用いたPC
- モデル名
SENSE-F079-LC139KF-ULX
- 価格
377,800 円~
- OS
Windows 11 Home [DSP版]
- CPU
Intel Core i9-13900KF
- チップ
Intel Z790
- メインメモリ
DDR5-4800 DIMM(PC5-38400)64GB(32GB×2)
- ストレージ
1TB NVMe対応 M.2 SSD [PCIe 4.0×4]
- 光学ドライブ
非搭載
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 4070 Ti 12GB GDDR6X
- ケース
ミドルタワー
- 電源
800W 80PLUS GOLD認証 ATX電源
- URL
https://www.pc-koubou.jp/products/detail.php?product_id=958795
亥と卯氏が普段制作に使用しているPC
- OS
Windows 10 Pro 64bit
- CPU
AMD Ryzen 9 5900X(3.7GHz-4.8GHz/12コア/24スレッド)
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3080 10GB GDDR6X
- メモリ
64GB(32GB×2)
- ストレージ
SSD:1TB/HDD:8TB
1. PCの使用感
検証マシンは普段自分が仕事で使用しているPCよりもスペックが高く、不自由なく作業できました。GPUの世代もCPUのクロック数も上がったことで、ビューポートがサクサク操作でき、各ツールにも素早くアクセスすることが可能で、操作におけるストレスをあまり感じませんでした。
僕は、制作中は十数分に一度自動保存の設定を入れていますが、自動保存のスピードも速く、ツールが止まる時間が短くなったことで集中力が途切れることなくスムーズに制作を進めることができました。
今回の作品は1枚画でかつセルルックなので、レンダリングスピードにそこまでの差異は感じられませんでしたが、アニメーションを付けたり、連番を何度も書き出す作業となるとかなり変わってくるだろうなという印象です。
セルルックはシェーダによる負荷は少ないものの、サブディビジョンサーフェスを多用するのでキャラクターや背景オブジェクトが多くなるとシーン自体がすごく重くなります。場合によってはシーンを開くのにも時間がかかったりするので、PCのスペックの高さが作業効率に与える恩恵はすごく大きいと感じます。
個人的には、これからはアニメーションにもどんどんチャレンジしていきたいと思っているので、アニメーションやコンポジット時にPCスペックによってどのような影響があるかも意識して制作に取り組んでいきたいと思います。
最後に
今回は自身としても初の試みの、かなり割り切った進め方で制作しました。
普段はキャラクターも背景もコンポジットも相互関係を意識して一体でつくっていく感じですが、今回はキャラクター・背景・コンポジットと要素を個別に切り分けたような考え方で制作していたと思います。
とはいえセルルックCGの画づくりとしてはごく普通のありふれた方法だと思います。パースもサイズ感も造形に関してもイラスト的な”誇張”や嘘を散りばめようと意識して制作しましたが、まだまだやれることはあったなと感じています。
普段3DCGとにらめっこをしているとリアリティや正確に計算された写実性みたいなものに囚われがちですが、今回のようにアートとして自由な発想で制作することも大切だなと思いました。
3DCGモデラーは縛られた仕様やデザインで制作することがほとんどなので、自由なテーマで作品を制作するのはとても楽しく、このような機会をいただけてとても良い経験になりました。
ご覧いただきありがとうございました。
TEXT_亥と卯 / Itou
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)