2022年7月8日(金)、2021年春から4度目の開催となるオンラインカンファレンスイベント、「CGWORLD デザインビズカンファレンス 2022夏」が行われた。約5時間半にわたるイベントでは、建築・製造・アパレルなどの各業界をリードする企業陣から、その活用法を中心に、デザインビズの“今”が語られた。

本記事では、大手総合建設会社の株式会社竹中工務店による、「3DCGを活用した建築デザインへのアプローチ」をレポートする。

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    CGWORLDデザインビズカンファレンス2022夏

    開催日:2022年7月8日(金)
    時間:13:00~18:30
    場所:オンライン配信
    参加費:無料 ※事前登録制
    cgworld.jp/special/cgwviz2022/summer/

    Blenderで建物全体のデザインを検討

    登壇者は、竹中工務店の1級建築士・塩月卓也氏。塩月氏は2015年に同社に入社し、3DCGによる建築デザインや、ジオメトリエンジニアリングに携わってきた。イベントでは、塩月氏がこれまでBlenderを使ってデザインした建築物と、そのワークフローが4事例紹介された。

    登壇者

    株式会社竹中工務店
    塩月 卓也 氏

    Architectural designer & vizualizer / Geometry engineer / 3DCG artist
    株式会社竹中工務店にて、3DCGを活用したファサードデザイン・インテリアデザインの検討・提案業務に携わる。1級建築士。

    Twitter:https://twitter.com/zkishiro

    1つ目の事例は、2022年秋、名古屋港ウォーターフロントにオープン予定の「名古屋市国際展示場 新第1展示館」。塩月氏はBlenderで、建物全体のデザインを検討したという。

    くの字型の外壁が特徴的。外壁のすぐ内側はコンコースになっている
    外壁の断面図。木製の柱の下部分は、鉄骨にガラス繊維補強コンクリートをかぶせた素材(STEEL+GRC)だという

    「基本設計の初期段階では、Blenderでアイデアをビジュアル化しました。従来のやり方と異なるのは、プラン先行ではなく、外観や空間の見え方から、少しずつプランを調整していったことです」(塩月氏)。

    ビジュアル化の流れは、まず、敷地条件やクライアントからの要望(建物の面積・高さなど)をBlenderに入力する。次に、Blenderのモディファイアー機能を使って、簡易的な3Dモデルを立ち上げる。

    設計者と打ち合わせをし、方向性が固まった時点で、より精度の高い3Dモデルを新たに作成する。3Dモデリングソフト「Rhinoceros」と、Rhinocerosのモデリング支援プラグイン「Grasshopper」で、ビジュアルスクリプトを使いながら建物を組み立てていく。

    これによって、柱の角度や本数、「折れ点」の位置をコントロールできるほか、窓ガラスの枚数や外壁の歪みなどを、数字と色で確認できる。

    建築設計・構造設計担当者のスケッチを基にコーディングし、実際の施工でも問題がないかを確認する

    次に、建築・構造・設備設計の担当者や、BIMマネージャーに3Dモデルのデータを共有し、解析とシミュレーションを進める。塩月氏はジオメトリエンジニアとして、この一連の流れをマネジメントしていた。

    施工前には、プロダクト部門や鉄骨の協力会社と連携し、より詳細な3Dモデルを作成

    塩月氏によると、この事例はかなり複雑な形のため、作図は「ArchiCAD」という建築CADソフトウェアで行なったという。

    「Blenderでデザインを検討した際は、『こんなものが本当に実現できるのか?』と考えていた」という塩月氏。竣工後の写真では、Blenderによる3Dモデルが忠実に再現されている。

    BlenderとRhinocerosの併用

    2つ目の事例は、前述の名古屋市国際展示場 新第1展示館に隣接する「コンベンション施設」だ。塩月氏は外装のデザインを主に担当した。

    左がコンベンション施設。設計部長の要望は、「これまでに見たことのない、コンセプトカーのようなデザイン」
    Blenderの作業画面。左にリアルタイムレンダリング、右にシェーディング画面を表示しながら行う

    「3Dモデルの“面”は三角形で構成されるので、ポリゴンモデリングを採用。アイレベルでモニタリングしながら形状をつくりました。歪みが発生すると赤や黄・緑で表示されるしくみにし、チェックしながら修正していきました」(塩月氏)。

    Blenderのシーンファイルは、基本的には1つを使用(上記画像の「計画建物」)し、枝分かれして「図面」「周辺敷地」「クルマ」のファイルを作成。

    取り込む際は、図面はdxfファイルに変換し、図面として読み込む。周辺敷地やクルマはSketchUpで作成したものをskpインポーターで変換してから、Grasshopperでパラメトリックモデルを作成した場合は、3dmインポーターで読み込んでから、リンクでシーンファイルに読み込ませる。

    「Lumion」用のシーンを希望する設計者やビジュアル作成チームには、FBXファイルも作成した。

    Rhinoceros上での作業画面

    Blenderで作成した3DモデルはRhinocerosへ書き出し、Grasshopperで外装の面積や辺の長さを算出することも可能だ。この方法は、2Dの図面では見積もり額を算出しにくいプロジェクトの見積もり作成にも応用できる。

    塩月氏によると、名古屋市国際展示場 新第1展示館(上記右)は一定のアルゴリズムに基づいてデザインしたため再現性が高いのに対し、コンベンション施設(上記左)は、規律に基づかない、新規性のあるデザインだという。

    「あくまでも僕個人の場合ですが、3DCGを活用した建築デザインの強みは、アルゴリズムによる再現性よりも新規性」と語った塩月氏。塩月氏の考える「新規性」とは、ひとつは法改正や技術革新によって新たに挑戦できるようになったもの。もうひとつは、独創性が高く、誰にも模倣・再現できないようなデザインだ。

    直線にとらわれない、ファブリックモチーフの事例も

    3つ目の事例は、名古屋市の錦三丁目に、2026年春に竣工予定の高層ビルだ。塩月氏はこのプロジェクトで、ビルの基壇部となる商業エリアの外装提案を、Blenderによる3DCGで行なった。

    建物全体のコンセプトは「urban fabric」。塩月氏は、ファブリック(布)をモチーフに、直線にとらわれない、ユーザーが豊かな空間移動体験をできるデザインを検討した。

    初期の提案には、外装部にファブリックをまとわせた3DCGを用いた
    Blenderでは、布のシミュレーションを使いながら、コンセプチュアルな形をつくっていった

    最終的なデザイン確定後は、建築主へのプレゼンテーションのために、Blenderでコンセプトムービーを作成。「今回のように、アイデアを考えた人がコンセプトムービーをつくるのは理想的」と塩月氏は語った。

    米企業開発の3Dプリンタで新たな可能性を探る

    最後の事例は、竹中工務店 静岡営業所にあるエントランスサインだ。初期デザインは建築設計者が担い、塩月氏は、より意匠を凝らしたデザインを担当。制作は、建築向けの樹脂系3Dプリンタを開発する米Branch Technologyが行なった。

    「私は最初にスケッチを描き、それを下絵にして始めることが多いのですが、レンダリングしながら調整し、3D曲面の有機的なスタディを行いました」(塩月氏)
    Branch Technologyとリモートで打ち合わせを重ね、3Dプリンタで生成可能なモデルを作成。画像は実際にプリントしている様子。サポート材なしでも、プリントしながら硬化し、3D化されていく

    竣工前の製品検査も、リモートで完結させた。製品の強度は事前に構造解析によって算出している。米国に滞在中の竹中工務店の社員がカメラで撮影し、現地で取り付ける際にコンクリートを流す穴を現場でも同じようにニッパーで開けることができるか確認した。

    「プロジェクトのストーリーから制作工程まで含めたデザインが増えています。竣工後の完成ムービーまで撮影できるのも、ゼネコンの強みです」(塩月氏)

    PythonやジオメトリノードでBlenderを効率化

    上記4つの事例に加え、塩月氏がデザインに携わっていない事例(ビジュアル作成のみ担当)も紹介された。

    その際には、設計検討モデル/BIMモデルを、3dmインポーターを使ってBlenderに取り込む。

    一方、「設計検討モデル/BIMモデルのデータは必ずしも一致しない」と塩月氏は言う。例えば、設計者が検討した細かい部分がBIMモデルに反映されていない、またはその逆もあり得る。

    また、Blenderへのインポート時、意図しないマテリアル設定やシェーディングが見られることがある。例えば、上記画像(左)のスロットには、同じ名称のマテリアルが番号ちがいで複数表示されているが、これらは本来、1つにまとまるべきもの。

    こうしたとき、塩月氏はBlender内でPythonを活用し、任意の仕様に一括変更している。

    「僕もPythonが得意なわけではないのですが、いざ書いてみると、意外と数行で終わったり、Web上のコードをコピペして、少し改変するだけで済んだりします。一度やれば次から同じ作業をしなくてよいので、だいぶ楽です。やったことのない方は、ぜひ挑戦してみてください」(塩月氏)。

    Blenderのジオメトリノード機能を使えば、「手すり」などのよく使う素材を一瞬で生成したり、設計者による図面を待たなくても、簡単なモデルを作成して、作業スタートを早めたりもできる

    Blenderの魅力は速さと選択肢の広さ

    Blender歴10年以上だという塩月氏は、Blenderを選ぶ理由について、モデリングとレンダリング、開発の速さを挙げた。

    「他の3Dモデリングソフトと異なるのは、モデリングが非常に速く、それがデザイン検討において有用なこと。また、自律的なコミュニティが都度自主的に開発し、その結果よかったものが本家に導入されるしくみなので、開発が速い。無料版のほかにもパトロン制があり、選択の幅が広いことも決め手です」(塩月氏)。

    最後に、「チームやクライアントに響くデザイン」について、自身の考えを語った塩月氏。

    「最低限3つを挙げるとすると、1つは、誰が聞いても納得するようなストーリーがあること。2つ目は、例えば環境負荷をどれだけ抑えられたか、どれだけ効率化が図れたのかなど、定量的な評価で“客観性”をもたせていること。3つ目は、それらを踏まえて、訴求力のあるデザイン・ビジュアルになっているかどうか。僕も、いつもこれらを意識しています」(塩月氏)。

    質疑応答では、「RhinocerosとGrasshopperを使用してパラメトリックデザインをされる、というお話がありましたが、Blenderのジオメトリノードをパラメトリックデザインの検討に使用することはありますか?」という声や、「Blenderは今後、建築業界で主要ツールになると思われますか?」などの質問が挙がった。

    前者に対し塩月氏は、

    「もちろんあります。初期段階は基本的にBlenderで完結したいので、ジオメトリノードを使ってパラメトリックデザインを行いますが、ジオメトリノードのしくみ上、どうしてもやり切れない部分があるため、RhinocerosやGrasshopperに切り替えることがあります」。

    と返答。後者については、

    「Blenderは誰かが販売・促進しているわけではないので、一気に広まるかというと先が読めない部分はありますが、ただ、僕が10年前に勉強し始めたときは、書店にBlenderの本がほとんど見当たらなかったんですね。でも今は、Blenderのコーナーがあり、関連書籍が平積みになっている。それほどユーザーが増えていると考えると、今後は建築業界にも広まっていくのではないか? という期待はあります」。

    と、業界の展望を語った。

    TEXT_原 由希奈/Yukina Hara(@yukina_0402