こんにちは。ビジュアルデベロップメントアーティスト(Visual Development Artist)の伊藤頼子です。第18回ではキアロスクーロやキャストシャドウを使ったライティングデザインについて解説しました。今回は天気や時間帯による自然光のちがいと、その使い分けによって場面やそこに登場する人物の感情を表す(ストーリーテリングをする)方法を学びましょう。
TEXT&ARTWORK_伊藤頼子 / Yoriko Ito
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
異なる自然光の写真を撮影する
直射日光が当たった場合と、曇天の光が当たった場合の陰影のちがいについては連載 第2回で解説しました。今回はさらに掘り下げて、天気による自然光のちがいを解説します。また、朝、昼、夕方など、時間帯によるちがいにも言及します。
天気や時間帯による自然光のちがいを学ぶため、まずは実際の現象を観察し、写真を撮影してみましょう。明暗のコントラストが理解しやすいように、今回はあえて白黒写真を使って解説します。なお、以降で紹介する写真はロサンゼルスのバーバンクにて8月に撮影しました。この地の8月は昼の日差しが強く乾燥した気候です。土地の風土や気候によって明暗の度合いは多少変わります。
▲朝の風景写真です。空気中に含まれた水分によって朝もやができ、遠くの山には投影(キャストシャドウ/Cast Shadow)(※1)が生じているものの、その風景はぼやけています(※2)。光は柔らかく、ハイライト・中間調・シャドウが全体的にバランスよく分散しているため、光の当たっている部分とキャストシャドウとのコントラストは高くありません
※1 光に照らされた物体によって生じる、別の物体の上に落ちる影のことをキャストシャドウと呼びます。詳しくは連載 第2回をご覧ください。
※2 視点から対象までの距離が開くほど(視点と対象との間にある空気の量が増えるほど)、対象の明暗のコントラストが低くなり、ぼやけて(霞んで)見えるようになります。特に空気が湿気を含んでいる場合に、この現象は顕著になります。この現象を模倣した遠近法が空気遠近法です。
▲前述の風景を昼に撮影しました。光の当たっている部分とキャストシャドウとのコントラストが高いものの、山にはキャストシャドウがほとんど生じておらず、全体的に明るく中間調が少ないためフラットな印象の画面になっています
▲前述の風景を夕方に撮影しました。山には長いキャストシャドウができ、遠くの光は空気の影響を受けて柔らかくなります。全体的に影の部分が多くなり、明暗のコントラストは近くが高い一方で、遠くは低くなっています
▲別の風景を朝に撮影しました。建物の向かって左方向から柔らかい光が当たっています
▲前述の風景を昼に撮影しました。明暗のコントラストが高く、短いキャストシャドウが生じています
▲前述の風景を夕方に撮影しました。建物が影の中に入っているため、ローカルバリュー(物体自体がもつ明暗)のみで陰影が構成されています
以上のように、自然光は天気や時間帯によって光の状態が異なります。映画などのビジュアルデベロップメントでは、それを言葉で説明することなく、ビジュアルだけで見る人に伝えなくてはいけません。例えば直射日光が当たれば、濃いキャストシャドウができます。画面のデザインをよく考え、どこに影ができるか(影をつくるか)を整理しましょう。そして、日頃から光と影を観察することを心がけるといいでしょう。
[[SplitPage]]Lesson40:異なる自然光を描き分ける
異なる自然光を描き分け、そのシーンで伝えたい感情に合わせて適切なライティングデザインを選択できるようになってください。まずは場所を設定し、その場所の天気の良い日の朝、昼、夕方のライテイングをデザインしてみましょう。
▲浜辺に座る男性を、まずはラインだけで描きました
▲前述のラインに、朝の光に照らされた明るいライティングを施しました。男性の正面から光が当たっており、明暗のコントラストは高くありません。 朝の光が入ることでシーンが明るくなり、ポジティブな印象になります。また1日の始まりを連想させるため、そのようなストーリーライン(ストーリーのながれ)と組み合わせて使うと効果的です
▲前述のラインに、ほぼ真上からの真昼の光に照らされた明るいライティングを施しました。キャストシャドウは短く、明暗のコントラストは高いです。魅力的なライティングではないため、目的を明確にした上で使いましょう。また、天気のいい真昼の太陽光は、朝や夕方の太陽光よりも強いことを念頭に入れておきましょう
▲前述のラインに、男性の後ろから光(夕日)を当てました。全体的に暗めですが、光が当たるところは輝くように描きます。キャストシャドウは長く、明暗のコントラストは高いです。このようなライティングは、ロマンティックなストーリーで多く使われます
Lesson41:曇りの日のライティングを描く
続いて、曇りの日のライティングも描いてみましょう。曇りの日は強い光がないため、ぼんやりとした影になり、光と影のコントラスは低くなります。そのためローカルバリューを使って画面をデザインします。
▲前述のラインに、曇りの日のライティングを施しました。物事がかんばしくないことを「曇り」によって暗示する目的で使う場合もありますが、デザイン性の高い画面になるため、ほかの目的で使うこともあります
名画のショットを通して、曇りの日のライティングを学ぶ
以降では、曇りの日のライティングを効果的に使っている名画のショットを紹介します。
▲『The Conformist(邦題:暗殺の森)』(1970)(ベルナルド・ベルトルッチ(Bernardo Bertolucci)監督)の中のショットを筆者が引用目的で模写したものです。キャストシャドウのない白色の壁とは対照的に、右下の人物は暗い色で表現されており、デザイン性の高い画面になっています
▲ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ制作の『Zootopia(邦題:ズートピア)』(2016)の中のショットを筆者が引用目的で模写したものです。問題に直面し、キャラクターたちが輪になって会議をしています。ここでもキャストシャドウのない曇りの日のライティングが施されており、フラットな画面になっています
今回のレッスンは以上です。第20回も、ぜひお付き合いください。
(第20回の公開は、2018年9月を予定しております)
プロフィール
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伊藤頼子
ビジュアルデベロップメントアーティスト
三重県出身。短大の英文科を卒業後、サンフランシスコのAcademy of Art Universityに留学し、イラストレーションを専攻。卒業後は子供向け絵本のイラストレーション制作に携わる。ゲーム会社でのBackground Designer/Painterを経て、1997年からDreamWorks AnimationにてEnvironmental Design(環境デザイン)やBackground Paint(背景画)を担当。2002年以降はVisual Development Artistに転向し、『Madagascar』(2005)でAnnie Award(アニー賞)にノミネートされる。2013年以降はフリーランスとなり、映画やゲームをはじめ、様々な分野の映像制作に携わる。2013年からはAcademy of Art UniversityのVisual Development Departmentにて後進の育成にも従事。2017年以降は拠点をロサンゼルスに移し、現在はアートディレクター・ビジュアルデベロップメントアーティストとしてアニメーション長編映画を制作中。
www.yorikoito.com
www.artstation.com/yorikoito
本連載のバックナンバー
第1回∼第13回まではこちらで総覧いただけます。
No.14:画の中のスケールとディテール
No.15:ダイナミックな動きのある画を描く
No.16:イメージづくりに使うレイアウトコンポジション
No.17:ライティングデザイン
No.18:ライティングデザインによる感情表現