著名アーティストの作品制作を通して、画づくり全体の設計から完成にいたる考え方やテクニックを紹介する短期集中連載企画「画づくりの達人」。第8回はVFX集団UNDEFINED所属の3Dアーティストのnagafujiriku氏に、画像生成AIやUE5の機能を活用した画づくりについて解説してもらった。
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Information
紹介機材今回の達人
nagafujiriku
1999年生まれ、北海道出身の3DCGアーティスト、ディレクター。14歳でAdobe After Effectsに出会ったことをきっかけに映像や3DCGの世界にのめり込む。サイバーパンクやポストアポカリプスな世界観の作品を中心に制作している。2020年からVFXアーティスト集団UNDEFINEDを結成し、ミュージックビデオや広告の映像の制作などに携わっている。
Twitter:@nagafujiriku
『Infinite Industrial City』
設計:AIを活用したコンセプトワーク
1. コンセプトの設定
はじめに、自分が得意とするアートスタイルと「∞(インフィニティマーク)」というテーマをかけ合わせたコンセプトを策定しました。Sci-Fi系やサイバーパンク系のビジュアルを得意とするため、「無限に成長する未来の工業都市」という設定を考えました。
画面構成をする上で、象徴的な巨大建造物と「∞」をフォーカスポイントにしたいと考えました。また、「∞」は2つのサークルが重なって成り立つマークのため、本作では曲線の性質をもつエレメントをビジュアルに採り入れて、これまでに制作してきた未来都市系の作品と差別化を図ろうとしています。
一般的に、未来都市は直線の性質をもつエレメントで構成されるケースが多く、画面にスピード感や動感を与えにくい構図になりがちです。変化を狙うという意味でも、「∞」の曲線を使いたいと考えました。さらに、単なるビジュアルマークとして使うのではなく、“無限に生成する”という要素をコンセプトに採り入れています。
2. 構図の決定
コンセプトが決まったらリファレンス収集を行います。リファレンスは自分で探すことが多いですが、最近はMidjourneyで画像生成を行なってみて、そこから触発されて作品づくりを行うこともあります。
プロンプトはシンプルに「Future City」や「Infinity Simbol」、あるいは「Circle」などを組み合わせたものです。今回は3枚出力しましたが、全体の画面構成や象徴的な建造物が1つ中央に建っているような構図やレイアウトなど、フレーミング的な目線で参考にしました。
制作:UE5とAEを活用した画づくり
1. キットバッシュによるレイアウト作業
続いて、キットバッシュでレイアウトを作っていきます。
今回はUE5を使って制作を進めます。UE5は昨年8月頃から使い始めましたが、この理由はSNSでコンスタントに作品投稿を行うために制作スピードの高速化が必要だったからです。今はプリレンダーだけでなく、リアルタイム3DCGも制作の中に採り入れています。
今回は巨大な建造物を中心にパース感のあるダイナミックな構図にしたいと考えたので、最初にカメラを広角に設定してからアセットの配置を行なっています。
キットバッシュには「Sci-Fi Industrial」を使いました。最初にスケールの大きいオブジェクトを配置して全体のシルエットを決めて、その後に小さいオブジェクトを追加してディティールを形づくるような作り方をしています。
地面の凸凹したディテールにはディスプレイスメントマップを用いています。UE5でプレーンの平面を作り、あらかじめ用意したテクスチャを使って凸凹を生成しています。
今回はUE5のモデリング機能を使っていますが、普段Cinema 4DとOctane Renderで制作をするときも、OctaneマテリアルのDisplacementを使用することが多いです。
細かいビル群には、UE5のFolidge機能を用いました。草木を生やすときなどに使うツールで、ビューポートにペイントするような感覚で任意のオブジェクトを配置することができます。密度や位置、回転、スケールをコントロールしながら、凹凸した地面にビル群を生やしていきます。
なお、オブジェクトが増えてきても、カメラ距離から自動的にLODを行うNaniteを用いれば、比較的ビューポートを軽い状態に保ちながら作業を行うことが可能です。
また、レイアウト中に注意したいのが視線誘導です。都市のシーンは情報量が多く、焦点がわかりにくくなりがちなため、視点誘導と目を休めるための余白を意識しながら画面を構成しています。
今回は手前に意図的なスキマを作って、フォーカスして欲しい中央の建造物までの目線誘導を行なっています。
2. ライティング
ライティングでは、陰影とハイライトが補色の関係になる午後から夕方にかけての時間帯を目指しました。
天候の変化は、簡単な操作で天候を制御できる「Ultra Dynamic Sky」というブループリントアセットを使っています。プリセットを使って素早く様々な天候のライティングを試すことができるのがメリットで、今回は3種類の天候を試しました。コンセプトの段階から青い空を想定していましたが、念のため曇りや霧などもトライしてみます。
続いて「EasyFog」を用いて、全体の空気感と奥行きを出すためのフォグを作っていきます。色や密度をパラメータで調整でき、シーンの任意の位置に配置しながら馴染み方を確認できます。これをシーン中に平面として配置していきます。
また、UE5はリアルタイムGIのLumenが使えるため、天候やGIを含めて全てリアルタイムでルックを確認できるのが強みです。複雑なシーンでも、かなりの回数のトライ&エラーを行うことができました。
3. After Effectsでの仕上げ工程
UE5のビューポート時点で、画づくりとしては完成に近いところまで作り込みました。この後はAfter Effectsで作業を行うため、EXRシーケンスでレンダリングします。
なお、AOVはDepthとCryptomatteなど必要最低限のものだけを出力しました。ZDepthパスはWorldPositionとCameraPositionの差を利用してDepthを抽出するポストプロセスマテリアルを制作して出力しています。
ビル群の後ろにある円形のオブジェクトはAfter Effectsで追加しています。円はその内側に視点を引き込む効果があるので、視点誘導に使っています。フラクタルノイズから制作したものに、ショックウェーブのフッテージを足して作っています。
カラーグレーディングは、ライティングの印象を強化する方針で行います。自分用のLUTライブラリがあり、作品の性質に合うものを選んで調整します。この他には、フィルムグレインを追加したり、アンシャープマスクを用いて全体の質感を整えたり、全体的にシネマティックな印象を与えるような画づくりを行いました。
機材検証:iiyama SENSE ∞(インフィニティ) の実力
作品制作に用いたPC
- モデル名
SENSE-F079-LC139KF-ULX
- 価格
377,800 円~
- OS
Windows 11 Home [DSP版]
- CPU
Intel Core i9-13900KF
- チップ
Intel Z790
- メインメモリ
DDR5-4800 DIMM(PC5-38400)64GB(32GB×2)
- ストレージ
1TB NVMe対応 M.2 SSD [PCIe 4.0×4]
- 光学ドライブ
非搭載
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 4070 Ti 12GB GDDR6X
- ケース
ミドルタワー
- 電源
800W 80PLUS GOLD認証 ATX電源
- URL
https://www.pc-koubou.jp/products/detail.php?product_id=958795
nagafujiriku氏が普段制作に使用しているPC
- CPU
Intel Core i9-9900K
- GPU
NVIDIA GeForce RTX 3090
- メモリ
64GB
1. レンダリング速度とビューポートの快適性
UE5のビューポート上のfps値と、レンダリングにかかる時間を計測しました。トータルで見たときのパフォーマンスは大幅に向上しているという印象で、ビューポート上でカメラ移動やレイアウト調整を行う際も非常に軽快でした。今回制作したシーンよりも、さらに物量の多いオブジェクトを配置しても余裕をもって作業できそうな印象を受けました。
映像のレンダリングについては、UE5のムービーレンダーキューを使用しています。検証用PCでは2分10秒、所有PCでは3分15秒と、1分ほどの差がありました。作品のブラッシュアップの過程で何度もレンダリングし直すので、その意味でも速度が向上したのはありがたいことです。
今回の場合はビューポート上で完成に近い画が出せていたので、レンダリングによるイテレーションは10回以内には収まっていますが、複雑なシーンではより多くのレンダリングを行うこともあります。
ビューポート上のfpsは、検証用PCが120fps 8.4ms、所有PCが78fps 12.82msという結果でした。所有PCでも78fpsを出せているため体感として大きな差はないものの、さらにオブジェクトを追加したり、ライトなどを多用したりしてシーンが重くなったときには大きな差として表れると思います。その意味でも、fps値はできるだけ稼いでおきたい数字になります。
また、今回はAfter Effectsも使用したため、CPU性能差によるパフォーマンス向上も感じました。筐体イメージも自分好みの落ち着いた印象で、静音性も高く、使いやすいマシンだと感じています。
最後に
今回は無限の「∞」をテーマに、普段の作品の延長のようなかたちで楽しく制作させていただきました。自分なりの手法やロジックを明確に言語化することで思考プロセスを整理できましたし、画面構成やライティングについても見識を深めることができたと感じています。
画面構成、ライティングの目的は見る方の視点誘導や場面の雰囲気づくりなど多岐にわたると思いますが、私自身も頭を日々悩ませながら試行錯誤を繰り返しています。今回の企画が、皆さんの作品制作のヒントになれば嬉しいです。
TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)