2022年7月8日(金)、建築、製造、アパレルなど、デザインビズの“今”が学べる「CGWORLD デザインビズカンファレンス」がオンラインで開催された。本稿では、岐阜県生活技術研究所によるセッション「『現物しかない』木製家具の3DCG用リバースエンジニアリング」についてレポートする。

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    イベント概要

    CGWORLDデザインビズカンファレンス2022夏

    開催日:2022年7月8日(金)
    時間:13:00~18:30
    場所:オンライン配信
    参加費:無料 ※事前登録制
    cgworld.jp/special/cgwviz2022/summer/

    木製家具を3DCGにする取り組みの背景

    本セッションで登壇したのは、岐阜県生活技術研究所の山口穂高氏。山口氏の専門分野は感性工学や人間工学で、木材の質感や木製家具の使用感を研究の対象にしている。3DCGを導入した理由は、木製品の良さや質感をインターネットで伝えたかったためという。セッションの前半では木製家具の現物から3DCGモデルを起こす取り組み、後半では木材の特徴とCGで表現する場合のポイントについて解説された。

    山口氏の研究所がある岐阜県の飛騨地域は木製家具の産地として世界的に有名で、「飛騨の家具」というブランドがある。木製家具は工業的な製品だが、クラフト的、アート的、審美的な見た目の良さにもこだわりをもっている。そして、木材が天然の素材であることが特徴だと述べた。

    ▲飛騨地域で製造される家具の特徴としては、いい木材を使っていることと、木を曲げる「曲げ木」という技法や「削り出し」の加工・精度の良さが挙げられる

    このような特徴がある木製家具を、3DCGで表現する目的が2つ述べられた。ひとつは、実物の家具は大きくて重く数も限られてくる。スタジオに何回も運んで写真を撮るよりもCGに置き換えたい。もうひとつは、未完成な状態でも「このようなイメージになる」という絵を見せられることで、先出ししてプロモーションの機会が増えるなどのメリットがある、ということだ。

    リバースエンジニアリングのワークフロー

    ワークフローとしては実物を3Dスキャンで取り込み、リバースエンジニアリングでモデリングをし直して、レンダリングするという流れになる。まずはスキャンについて。今回使ったスキャナはArtec Evaというハンディ式の機種。向きを変えながら表・裏とスキャンし、点群データを取得する。そのままでは向きがバラバラなので、スキャンデータの位置合わせを行い、位置が合った後にひとつのメッシュを生成するという手順になる。

    ▲スキャンによって3DCGデータを得るワークフローと、使用するハードウェア、ソフトウェアが紹介された
    ▲写真のような椅子をスキャンする場合、スキャン自体は15分から30分で終わるが、位置合わせやメッシュをした後にスキャンが足りなかった部分の処理などで半日くらいかかるという

    スキャンしたデータは、木目をテクスチャ画像として同時に取得できるため、見かけ上はCGとして使えそうに見える。しかし、スキャンできない箇所がある、部材が分けられずひとつのモデルとして出力されてしまう、サイズに微妙な誤差が生じる、という問題があるという。そのためにリバースエンジニアリングでモデリングをし直す必要が出てくる。

    ▲スキャンして位置合わせ後の点群データからメッシュデータを作り、テクスチャ画像を貼り付けることで見た目は十分なCGとなるが……

    リバースエンジニアリングにおけるモデリング

    スキャンモデルからリバースモデルへのモデリング手法には、「フィーチャーモデリング」と、「フィットサーフェスモデリング」という2つの手法がある。フィーチャーモデリングは座枠や角木など直線で押し出して表現できる部材に向いており、フィットサーフェスモデリングは背もたれや肘かけ、座面の布の膨らみ具合など曲線的な部材に向いている。実際の作業では、目的に応じて両方を使い分けている。

    モデリングにはリバースエンジニアリング用3DソフトウェアGeomagic Design Xを使う。3Dスキャンしたメッシュデータに対して線が取れるので、これを下絵にしてCADのようにモデリングする。長方形でモデリングできそうな部分は数値を入力し、押し出せば柱ができる。簡単にできる部分は簡単にやろうというのがフィーチャーモデリングの考え方だ。

    ▲Geomagic Design Xでフィーチャーモデリングをしている様子

    一方のフィットサーフェスモデリングは、メッシュのデータに対して補助線のようなものを表面に追加し、ワンクリックでソリッドデータができるというしくみになっている。補助線は自動で入れることも、輪切り状のものは手動で入れることもできる。

    ▲フィットサーフェスモデリングをしている様子。補助線が見えるだろうか

    レンダリングし、現物しかない製品が3DCGへ

    リバースエンジニアリングでモデルを作成できたら、レンダリングを行う。この事例では、CADの状態からいったんメッシュに戻し、木製の部分はArtec Evaでスキャン時に取得したテクスチャ画像を使った。座面にはKeyShot 10のマテリアルを使い、色展開やレザー素材のシミュレーションを行なった。

    ▲KeyShot 10でレンダリングした状態。座面のみ仮想マテリアルを使っている

    レンダリングして書き出した3DCGは、元々の目的であるコンセプトカタログに利用できる。置き方やライティングも自由なので、思いどおりのカタログを作ることができる。同様にウォークスルーのパノラマ画像も制作できる。

    ▲スキャンにかかる時間は半日程度だが、そこにリバースエンジニアリングの時間を加えると1日以上かかるのが現状。ハードウェア、ソフトウェアの価格を考えても、現物をCG化できる価値は大きいといえる

    木材の視覚的な特徴

    セッションの後半では、木材の見た目の特徴とCG化の課題について説明があった。木材と聞くと、スギやヒノキを思い浮かべるが、それらは針葉樹で、主に建築用途に使われる木材だ。家具用としては広葉樹材が多く使われる。広葉樹はさらに道管の形状で分類されるが、代表的なのは「散孔材」「環孔材」である。散孔材は道管(木が水を通す管)が全体に分布しており、管は目立たないのが特徴。代表的な樹種はブナやサクラなど。環孔材は年輪に沿って道管が並ぶので、年齢がくっきり目立つ。代表的な樹種はナラやケヤキだ。

    ▲針葉樹と広葉樹の違い、さらに広葉樹の中でも散孔材と環孔材で見た目が違うという説明があった

    木材の見た目の特徴は、木目光沢という3つの観点から語られることが多い。ひとつめの色については、意外なことに樹種による違いはそれほどない。違いが大きいのは明度。「白っぽい」「黒っぽい」という表現になるが、明度は樹種によってかなりばらつきがある。

    次に木目について。木目は同じ木材でも切る方向によって見た目が変わる。これは「木材の三断面」と呼ばれる。丸太を上から見た部分が木口面で、年輪が同心円状に広がる模様になる。年輪の接線方向に切った面が板目面(板目材)で、年輪の模様が曲線的に出る。年輪の半径方向に切った面が柾目面(柾目材)で、年輪が直線的に出る。年輪の見え方以外に、板目面と柾目面で放射組織の見え方も変わるため、CGで再現する際には気にかけた方がいいとのこと。

    ▲木材の三断面と板目、柾目の見え方の違い。木製家具を見るとき、どちらの材が使われているか注目してみよう。ちなみに、ひとつの板部材を作る際に板目材と柾目材を混ぜることはほとんどない

    最後に光沢について。木材は光の当たり方によって、黒く見えていた部分が白く輝いて見えるなど、反転するような現象が起きる。これは木材の細胞が組織ごとに向きをもって並んでおり、反射に異方性が生じるために起こる現象だ。これは「杢(もく)」とも呼ばれ、楽器の表面などで意匠的に使われることがある。

    見た目の3つの特徴に加え、天然素材ゆえ個体差があることも木材の特徴だ。同じ樹種でも見た目が異なる。個体差は唯一無二の特別感がある一方、カタログと届いた製品の見た目が違うことにもなりかねない。山口氏がスキャン時のテクスチャを使っているのは、できるだけ現実的な見た目どおりにCGを提供したいと考えていることが理由だ。

    現状の課題とまとめ

    現状、木製家具をCGにする上での課題として、

    ・テクスチャ画像の欠点
    ・木材マテリアルの適用
    ・製品バリエーションの仮想

    という3つが挙げられた。スキャン時のテクスチャを使う場合、スキャン品質が仕上がりに直結する。例えば、露出の違いによる色ムラが発生するという問題がある。また、UV展開されていないため、修正したい画像がテクスチャのどの部分にあるのかわからないことも課題だ。

    木材マテリアルは合理性を保てるが、部材を分けないと大きな丸太から切り出したように見えてしまう。逆に部材を分けすぎると作業量が多くなってしまう。現状のマテリアルは、ややのっぺりと見えてしまうので、木材マテリアルのリアリティ向上にも期待が込められた。

    製品バリエーションについては、樹種の違いをどう表現するのか。イメージスキャナでは凹凸感の再現、マテリアルスキャナでは実際の木材にはあり得ない反復模様の発生が課題。素材状態で質感を測定して流用するような、「質感のリバースエンジニアリング」ができるようになれば解決策となり得る。

    ▲木製家具の特徴と、リバースエンジニアリングのワークフローの関わりを示した図。天然素材ゆえの課題がある

    最後に、「木製家具の魅力を高めたい、価格に対する納得感を高めたい、というのがそもそもの大きな目的であるとお話ししました。消費者の方が『そうそう、これが欲しかった!』って思える、そういった価値を生み出すために、木製家具とCGの繋がりみたいなものが発展していけばいいなと思っています」と山口氏は語った。

    ▲3DCGが、価格に対する納得感を与えられるようにしたいということが、山口氏の理想

    TEXT&EDIT_園田省吾(AIRE Design)