03 妙高寺の決戦~スタジオ撮影~
多種多様の技法を臨機応変に使い分ける
NHKのVFX班では、独自開発した、DCCツールの制御とCG・VFX制作チームの連携を円滑にするプロジェクトマネージメントツールから構成されたツール群「NK Pipeline」を軸としたパイプラインを構築している。そして各プロジェクトごとにWikiを作成しているのだが、これにより、誰が作業しても極力同じクオリティを出せるように、資料を作って整理、共有、情報交換が行われている。また、チュートリアルのようにもなっており、フリーランスの人が来てもスムーズに入れるしくみになっているという。本Wikiでは、ショットやシーンごとのライトリストも共有されたが、テレビドラマの場合は明るいリビングで観られるものである。そのため、映画館という暗い空間での上映を前提とした劇場映画の要領で画づくりをしてしまうと暗くなりすぎてしまう。されど明るすぎるとチープなルックになる恐れがあり、本作でも特に後半の妙高寺シーンはナイトシーンのため、細密な調整が求められたそうだ。
クライマックスに登場する怪物の体に文字(書道家の先生に書いてもらった文字)が這うという表現について。こちらはHoudiniでマスクだけ出してコンポジットで合成。パーティクルを体に這わせて、そこにランダムに文字を配置。ただし、このままではめり込んだり浮いたりするので、まずはテクスチャにベイク。文字が貼られた連番のテクスチャを作成し、MayaのUVと同じ状態の物に再度貼り直してレンダーしている。Mayaでディスプレイスメントをかけているので数値をもってきて、Houdiniで再現された。また、怪物の体の皮が剥がれる箇所は、破壊のシミュレーションと水シミュレーションの合わせ技。破壊→溶ける→ポイントクラウドで破壊。途中から水のシミュレーションにシフトして、メッシュ化。という複雑な工程を踏んでいる。「トポロジーが変わるので、そのあたりはノードの組み方を工夫して対応しています。最終的に複雑なしくみになりましたが、流体シミュレーション以外は比較的データ負荷が軽かったので期日内に仕上げることができました。Houdiniのブーリアン機能が優秀だったことにも助けられましたね」と、怪物のエフェクト制作をリードした北川茂臣氏。体の中の質感は、SSSを使用しているが、夜なので太陽光もなく、クオリティがなかなか上がらなかったというが、最終的には中に物体を入れてSSSっぽさを上手く表現することに成功している。
クライマックスの舞台、妙高寺シーンは東宝スタジオにセットを建てつつ、ブルーバックで収録。遠景にセットエクステンションが施された
Mayaによるセットエクステンション作業の例。現場で撮影した複数の写真を基にフォトグラメトリーでセット形状を起こした上で、精密なCGモデルが組み合わされていった
ブレイクダウン
怪物が境内のお堂を尾で破壊するカットより。「実際の美術を壊すのではタイミングが取りづらいですし、何テイクも収録できません。そこで実写は破壊前と後の状態だけを収録し、それに合わせてCGで作成しました。全てをCGでつくるのでは高コストになりますし、実写の割れ目等に合わせてCGを加えた方が、効果的にリアルな画づくりも行えます」(松永氏)
実写プレート
破壊アニメーションの連番。Mayaで制作したお堂のモデルをHoudiniで読み込み、セットアップ。破壊シミュレーションをMayaにAlembic形式で戻し、Arnoldでレンダリングされた
朱音の兄で藩の重臣・曽谷弾正(平 岳大)は、怪物に呑みこまれてしまう。そのVFXを制作するにあたり、弾正のデジタルダブルが作成された。「弾正が怪物に呑まれるシーンは東宝スタジオで収録しました。そこで、弾正を演じた平さんを衣装を着た状態で、スタジオ内のピクチャーエレメントのボディスキャン(フォトグラメトリー専用ステージ)で撮影したデータを基にデジタルダブルを作成しました」(松永氏)
ある出来事をきっかけに、怪物の体表を呪文の文字が覆い尽くす。妙高寺シーンにはこうしたファンタジックなVFXが随所に登場する。「書家の方に書いていただいた文字をデジタルデータ化して、パーティクル素材にしました。ポイントは怪物のデコボコした体表に這わせる必要があったことですが、MayaのVector Displacement Mapと同じマップに合わせてHoudini側でも同じVector Displacement Mapを適用することで対応しています」(北川氏)
ブレイクダウン
怪物の外皮が剥がれ落ちるカットより。剥がれ落ちた皮はドロっと流体のようになって混ざり溶け落ち、光沢のある内部が露わになる。剥がれ落ちるエフェクトと剥がれた状態をHoudiniで作成し、そのデータをAlembic形式でMayaに読み込んでまとめてレンダリングが行われた
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剥がれ落ちるアニメーション作業。剥がれていくにつれて溶けていくように、ポイントクラウドでブリッジしつつ、流体シミュレーションにつなげている。それを最終的にメッシュ化するのだが、極力同じトポロジーになるように調整された
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Houdiniの作業UI。剥がれ落ちる箇所が色付けされた状態
ブレイクダウン
涙の表現。「エフェクト作業はHoudiniで行いましたが、演出意図を適確に表現するためにシミュレーションではなく、VDBブレンドやポイントクラウドのメッシュ化などを用いて手付けで動きを付けました。一度しくみを構築してしまえば修正対応も効率的に行うことができ、プロシージャルの強みを感じました」(日髙氏)
弾正が怪物の舌を切り落とすVFXも実写素材を活用した好例だ。地面に落ちた舌から流れる血をどう表現するか? もちろん、CGエフェクトでも可能だが、よりコストパフォーマンスの高い手法としてペットボトルに血糊を入れて倒すというオーソドックスな手法が用いられた