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映画『天の茶助』

映画『天の茶助』

03 現場処理を重視したコンポジション

アーケードに降る羽根

本作のVFXショットには、看板の差し替えやバレ消し、グリーンバックで撮影した素材を使ったコンポジットやロトスコープを使ったコンポジットなど、沖縄のようでどこでもないような独特の世界観を構築するために様々な手法が使われている。

グリーンバック撮影も沖縄の美浜メディアステーション内にあるスタジオで行われた。下で紹介するショットでは、アーケードに羽根が降ってくる効果が加えられているが、現場で羽根を降らせている実写プレートに、グリーンバックで撮影した羽根素材を使ってコンポジットされている。
「羽根を合成するにしても、現場で実際に降らせるということを大事にしていて、われわれはその実写素材を基にして要素を足していく作業になります。現場でできることは極力現場で撮影することで、説得力のある画になると思っています」と大萩氏は語る。

▲(左)実写プレート。リファレンスも兼ねて撮影時に羽根を少し降らせている
▲(右)沖縄で唯一のグリーンバック撮影ができる北谷町 美浜メディアステーションのスタジオでワイヤー撮影した素材

▲(左)羽根の素材
▲(右)亡霊たちの素材

▲完成ショット

屋根を突き破る茶助

現場でできることはなるべく現場で処理するということで、エフェクト的な効果も現場で同時に撮影されることが多いという。レンズフィルタなども後処理ではなく、撮影時にカメラにフィルタを装着して撮影されていることも多い。
「グリーンバックで撮影している状態でも、カラーフィルタを入れて画づくりがされていたりコンポジット素材としては厳しいショットもあったのですが、そこは現場の雰囲気やテンポを崩さないようになるべく監督がイメージをつくりやすいように撮影してもらっています。ただ、どうしてもコンポジット時に難しい作業になりそうなときは、ノーマルの状態で撮影してもらったり、そのあたりは臨機応変に現場の雰囲気を見て指示させてもらっています」と大萩氏は話す。

▲(左)グリーンバックで撮影した人物プレート。レンズフレアが被った状態で撮影されている
▲(右)アーケードの屋根の実写プレート。この素材も光が被った状態で撮影された

▲(左)アーケードの屋根素材に、フレアのエフェクトを足した素材
▲(右)グリーンバックをキーアウトした人物プレート

▲完成ショット

04 アイデアとチームワークで効率化

はじけ飛ぶスコープ

「力技でなんとか仕上げたという感じのショットが多くて恥ずかしいのですが」と藤井氏は謙遜するが、ツールに頼らず短期間でこれだけのクオリティで監督の世界観を具現化したショットが制作できるのは、個々のスタッフのスキルの高さによるところが大きい。コンポジットは主に、大萩氏と藤井氏そしてコンポジターの今井恭子氏が担当している。特に今井氏は産休から復帰直後に参加した作品ということで、時短勤務でありながらも多くのショットを担当し成果を出している。
「とにかく作業に使える時間が短いので、なんとかその時間内に作業を終わらせられるように、素材のもらい方を工夫したり、コンポジットをなるべく単純に組みつつクオリティが上がる方法を考えて作業していました」と今井氏は話す。長時間労働が多い業界だが、アイデアやスタッフ間でのやりとりの工夫次第で時短勤務でもクオリティの高いショット制作を行うことができるという良い例だろう。

下に紹介したショットは、ライフルのスコープが割れるというショットだが、レンズの破片のアニメーションは、青沼氏が3DCGでシミュレーションを行い、素材のコンポジットは今井氏が担当している。

▲(左)実写プレート。撮影現場でのカメラデータは常に藤井氏が記録している。HDRIは撮影していないが、カメラの絞りや撮影距離、フィルタの状態がわかるので現場でどのような撮影が行われていたのかを把握しやすい
▲(右)レタッチして整えた素材

▲(左)3DGCで作成したレンズの破片素材
▲(右)完成ショット

腕に浮き上がる刺青

この茶助の腕に刺青が浮き上がるショットも今井氏が担当したショットだ。「最初はオーバラップするように全体的に浮き上がるという予定だったのですが、袖の中側から手の方に刺青が徐々に現れるようにしたいということで、刺青素材をNUKEで3Dコンポジットしようとしたところ、松山ケンイチさんに刺青のあるなしの状態でまったく同じ位置で演技してもらえたので、単純にマスクの移動で対処することができました」と今井氏は話す。修正も簡単な位置修正程度で済んだという。

▲(左)刺青がない状態の実写プレート
▲(右)刺青がある状態で撮影した実写素材を使った刺青出現用のロトスコープ素材

▲刺青が袖口から現れてくる完成ショットの一連

05 世界観を支えるカラーグレーディング

撮影現場とのコラボレーション

本作の世界観を構築する上で、重要なポイントとなっているのがカラーグレーディングだ。カラーグレーディングは、カラリストの長谷川将広氏とIMAGICAが担当している。撮影後に行われたDaVinciによるプリグレーディングで、作品の全体のトーンが決められていった。
「今回は天界のルックをどうするかが一番のポイントでした。作中のショットは撮影条件によって変わってくるので、撮影された素材をベースにカラコレしています。芝居がベースの作品であるため、目が疲れてしまうようなルックにはしていません。天界さえ決まってしまえば、ほかのながれが見えてくるという感じでした」と長谷川氏は話す。

本作のカラーグレーディングは、撮影時から撮影監督の相馬大輔氏と長谷川氏の間でどのようなルックにするのか、方向性を相談しながら撮影されているため、撮影から上がってきた素材から大きく直しをすることもなく、カラーグレーディングの作業が行われている。
「本作のカラーグレーディングは、DaVinciだけで行なっています。基本的なところはRGB値を3次元の色空間でベースライトによって調整できれば良いので、ツールのちがいによってグレーディングの作業が変わってくるということはほとんどありません。カラーグレーディングは素材を扱う人と撮影条件でほとんど決まってきます」と長谷川氏は語る。グレーディングにかかった日数は約5日間。そのうち2日間は監督との調整にあてられたという。

3DCGが絡んでくるショットでは、DaVinciでグレーディングした設定をNUKEに置き換えて設定し、長谷川氏が構築したカラーグレーディングをなるべく崩さないようにコンポジット作業が行われた。

▲本作のワークフロー図。現場での撮影はRED EPICとBlackmagic Pocket Cinema Cameraが使われており、R3DおよびDNGRAW形式で4K、2K、HD解像度が混在している。最終画角は2Kで仕上げられた。撮影されたデータはIMAGICAにてメタデータ管理され、VFX/オンライン用のデータ切り出し、デジタル現像等が行われる。VFXチームには10bit LogのDPXでデータが渡された

▲撮影現場で必ず作成されるレポート。ショットごとに使用カメラ、レンズ、ISO感度、フィルタの種類などとても細かい情報が記録されている

茶を注ぐシーンのカラーグレーディング例

▲DaVinciによる作業画面

▲(左)カラーグレーディング前
▲(右)カラーグレーディング後の完成ショット

天界内のカラーグレーディング例

▲DaVinciによる作業画面

▲(左)カラーグレーディング前
▲(右)カラーグレーディング後の完成ショット

アーケードシーンのカラーグレーディング例/

▲DaVinciによる作業画面

▲(左)カラーグレーディング前
▲(右)カラーグレーディング後の完成ショット

TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス

<Information>
映画『天の茶助』
2015年6月27日全国ロードショー
監督:SABU/脚本:SABU/原作:SABU「天の茶助」(幻冬舎文庫)/撮影:相馬大輔/VFXスーパーバイザー:大萩真司、藤井義一/グレーディングアーティスト:長谷川将広/出演:松山ケンイチ、大野いと、ほか/配給:松竹メディア事業部、オフィス北野/製作委員会:バンダイビジュアル、松竹、オフィス北野
©2015「天の茶助」製作委員会 chasuke-movie.com

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