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映画『海難1890』(VFX制作:東映アニメーションほか)

映画『海難1890』(VFX制作:東映アニメーションほか)

<2>エルトゥールル号を呑み込む荒波をつくり込む

Houdiniによる嵐の海のエフェクト制作

本作の見どころのひとつでもある、エルトゥールル号を難破させた嵐の海の海洋エフェクト制作について紹介する。嵐の海のシーンでは、エルトゥールル号はミニチュアやセットを使って撮影されているが、ショット内の海の部分は全てHoudiniでシミュレーションされた海や波が合成されている。ショット数も多く、撮影されたエルトゥールル号のミニチュアやセットに合わせて海面のエフェクトを制作しなくてはいけないため、技術的にもスケジュール的にもとてもハードな内容となった。ミニチュアを使った撮影前に、この海洋エフェクトを制作するため実際の海の映像などをリファレンスにしながら、どのような見映えにするか、どういう手法で作成するのかをプランニングし、田中光敏監督や野口光一VFXスーパーバイザーに提案しながら撮影に臨んだという。

海洋エフェクトはHoudiniのOcean FXを使って作成されており、監督から要望のあった、おとなしめの海から嵐の海に徐々に変化していくという海面の状況の変化を、実際のカットを想定した上でテストが行われた。エフェクトのクオリティもシミュレーションの幅を想定して最大から最小まで試されており、シミュレーション時間やレンダリング時間を含めて吟味されている。「タイトなスケジュールに合わせてクオリティを部分的にコントロールできるので、Houdiniを使ったエフェクト制作はとてもやりやすい。Ocean FXの出来が非常に良かったので助かりました」とエフェクトを担当した森重孝太氏は言う。

海面をCGエフェクトで作成する利点を鎌田氏は「海をCGで作成するのは大変なのですが、撮影時にアングルを気にしないで良い点はとても制作面でのメリットになると思います。過去の作品では海素材の撮影アングルが限定されてしまっていたために撮影に制限がありましたが、今回はある程度自由に撮影してもらうことができたのではないでしょうか」と語る。

▲<1>HoudiniのOcean FXを使った海面の作業画面。費用対効果を考慮しながら最適なシミュレーション範囲だけで素材が作成されていることがわかる

▲<2>海面のレンダリングプレビューが表示されたHoudiniの作業画面。最終的に1ショット約半日でレンダリングされるように調整されている

▲<3>出力された波のレンダリングパス。ノーマルやZデプス、ベクターなど11種のエレメントが出力されている

▲<4>Houdiniで作成した素材。左上からビューティ、ディフューズ、リフレクション素材

嵐のシーンのショットブレイク

▲<1>安土城のベースとなる姫路城の実写プレート

▲<2>奥側海面のカラー素材

▲<3>手前海面のカラー素材

▲<4>海面から飛び散る霧状のエフェクト素材

▲<5>霧状エフェクト素材その2

▲<6>波頭のエフェクト素材

▲<7>大きな波頭のエフェクト素材

▲<8>NUKEでコンポジットした状態

▲<9>カラーグレーディングを施した完成ショット

<3>3DCGアセットによる実写のリプレイス

トルコ航空機をCGアセットに入れ替える

本作ではミニチュアのほかに3DCGアセットを使ったVFXも多数制作されている。3DCGアセットを使用した代表的なものが、テヘランに孤立した日本人救出のために救援機として離陸したトルコ航空のDC-10だ。右のトルコ航空の格納庫のシーンでは、現代機の機体で実写プレートが撮影されているが、この機体を当時のDC-10の3DCGアセットに差し替えている。

このDC-10のアセットはモデラーの田口工亮氏が担当した。田口氏はモデリングからルックデヴまで行い、東映アニメーションではそのアセットを使ってショット制作を行なっている。撮影当初はどの程度のショット数があるかわからないため、どのようなアングルでも対応できるようにDC-10のアセットは作成された。公式な資料に加え、VFX側で当時就航していたトルコ航空のDC-10の資料を独自に集めてモデリングしていったという。

DC-10のモデルは資料に忠実にとてもリアルにモデリングされているが、実写プレートに撮影されている現在の飛行機に合わせるとタイヤの位置や翼の位置が異なるため、実写プレートのバレ消し作業を効率化するためにモデルの一部を調整して現代機のパーツが隠れるようにしているという。CGアセットを使って不要な実写部分を隠すだけでは限度があるため、不要物を消し込んで部分的に空舞台にした背景プレートも制作された。

「空舞台のプレートを作成するのはとても大変でした。このシーンでは実写の空舞台の背景プレートは撮影されていないため、飛行機が映り込んでいる実写プレートの前後のフレームを上手く拾いながらNUKEで合成を行なって空舞台のプレートを作成しています」と担当したコンポジターの中島中也氏は話す。

▲<1>モデリングされた1985年当時のDC-10のCGモデル。モデルの作成にはMayaとZBrushが使用されている

▲<2>ショット用にレンダリングされたビューティ素材

▲<3>デプス素材

▲<4>GI素材

▲<5>ベロシティマスク素材

▲<6>マテリアルIDマスク素材

▲<7>ライト素材

▲<8>スペキュラ素材

▲<9>リフレクション素材

格納庫内のDC-10にパイロットたちが乗り込むシーンのショットブレイク。

▲<1>実写プレート。画面中の飛行機は現代の機体

▲<2>実写プレートをNUKEで前後のフレームを使って飛行機の後部を消し込んだもの

▲<3>PFTrackによるトラッキング作業。本作ではPFTrackでトラッキングしているショットが多い。処理スピードが速く正確であるため重宝したという

▲<4>Mayaでの作業画面。実写プレートのHDRIは撮影されていないため、田口氏が簡易的な格納庫のモデルを作成して映り込ませている。また実写プレートの一部をマッピングするなど、コンポジットで合わせやすいように設定してレンダリングされている

▲<5>DC-10のワイヤーフレーム

▲<6>実写プレートにあるタラップ部分などのマスク素材

▲<7>完成ショット

次ページ:
<4>マットペイントとCGアセットでのシーン構築

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