<4>マットペイントとCGアセットでのシーン構築
その時代に即した説得力のあるマットペイント
本作ではエルトゥールル号が遭難した時代やイラン・イラク戦争当時のテヘランなど、当時の状況を踏まえて背景をつくり込まなければいけないシーンが多く、それらのシーンはマットペイントによって構築されている。右に掲載した例も実写プレートを参照しながらショット全体をマットペイントとCGアセットによって構築しているという。エルトゥールル号が停泊している当時の横浜港のショットでは、「明治時代の横浜は、時代の移り変わりが早く建物の様子もどんどん変化していく時期なので、1890年にどのような景観だったのかを調べるところから始めました。何年にどの建物が建ったのかという時代背景を調べるのが大変でした」とマットペイントを担当した八巻豊氏は話す。
当時存在した建物の資料や当時の写真、現在の赤レンガ倉庫街周辺の古い建物の写真を撮影したものを基に、当時の横浜港のマットペイントが作成されているという。地形に関しても横浜港から富士山方向を見るとどのように見えるか、カシミール3Dで現地の等高線メッシュを使って検証し正確な景観の背景が作成されている。これらの港のシーンのほかにも座礁現場である串本町の当時の村落などもマットペイントでショットが作られている。
「監督からは40から50世帯が暮らす村落で、診療所からこんな風に村落が見えるようにしたいという具体的な要望があったので、イメージボード等を作りながらスタッフと相談しながらイメージを固めていきました。村が成り立つには奥に川があるだろうとか、斜面に建っているので建物が奥にいくほど位置が上がっていくとか、生活感のある村落になるように試行錯誤しています」と鎌田氏は語る。完成したショットのマットペイントは実際にあった村落とは異なっているというが、当時の人々が生活していた漁村が説得力をもって表現されている。
エルトゥールル号が停泊する横浜港のショット
▲<1>リファレンスとした実写プレート
▲<2>富士山や丹沢山系、横浜の街並みのマットペイント素材
▲<3>海面素材
▲<4>マットペイント素材と海面素材をコンポジットしたもの
▲<5>ミニチュアで撮影された素材をマットペイントした素材
▲<6>艦船のCGアセットを配置した完成ショット
港を出港するエルトゥールル号のショットのショットブレイク
▲<1>カメラ位置などをリファレンスに使用した実写プレート
▲<2>CGで作成した海面の素材
▲<3>遠景の船のCG素材
▲<4>中景の船のCG素材
▲<5>エルトゥールル号のCG素材
▲<6>地形のマットペイント素材
▲<7>完成ショット
<5>実写プレートを活かした背景制作
制作に7ヶ月を要した座礁シーンのVFX
最後に実写プレートを活かした背景の制作例を紹介したい。実写プレートをCGアセットで補完したVFXショットの中でも、一番制作に時間を要したのが、遭難から救助されたムスタファ大尉が座礁した船を崖上から見るシーンだ。座礁して大破したエルトゥールル号を初めて見せるという印象的なショットであるため、監督がとてもこだわったショットだという。最初に作成されたイメージボードでは、船体が真っ二つにV字に折れているようなイメージだったが、座礁時には船体が大破していしまい残骸もほとんど残っていなかったという話もあり、座礁したということを印象づけるためにどのパーツを残して印象づけるかをスタッフ間で探っていったという。
残骸のパーツは馬場拓己氏が作成したCGアセットが使われているが、このショットの制作はまだエルトゥールル号のCGアセットもミニチュアモデルもない頃に制作が始まったため、馬場氏がゼロから船体の残骸をモデリングしてショットのレイアウトを探っていったそうだ。また海面を漂う漂流物は、松本涼一氏がHoudiniを使って波の動きに合わせて動いているように、水面のサーフェスの動きを利用して素材を作成している。最終的には帆のマスト部分にミニチュアを撮影した素材を使うなど、制作が進む中で様々な素材が加えられて構築されたショットだという。
「このショットは一番初期に手を付け始めたショットなので、完成までに7ヶ月ぐらいかかっています。カメラがクレーンアップすると残骸が見えてくるというショットですが、いかに悲惨な状況なのかを表現したいということで、とにかく船の残骸の状態がなかなか決まらず馬場氏がかなり苦労していました。社内のテイクだけでも40テイクは超えているのではないでしょうか。チェックでOKが出たときには関係者から拍手が出ました」と当時の苦労を小倉裕太氏は語ってくれた。
エルトゥールル号が座礁した現場のシーンのショットブレイク
▲<1>実写プレート
▲<2>壊れたエルトゥールル号のレンダリングイメージ
▲<3>帆の部分のミニチュア素材。シーンでは風で揺れているなど細かい演出が加えられている
▲<4>浮遊物のCGアセットにHoudiniで海面に漂っているような動きを加えた素材
▲<5>完成ショット
CGアセットを実写プレートに合成しているショットの例として、エルトゥールル号がイスタンブールの港から出港するシーンのショットブレイクを紹介する。実写プレートがメインのショットでも、海はほとんどのシーンでCG素材に差し替えられている。
▲<1>セットで撮影された実写プレート
▲<2>艦船だけをマスクした素材
▲<3>CGで作成した海面の素材
▲<4>船の航跡のみのCG素材
▲<5>マットペイントによるイスタンブールの街並みと海素材を合成したもの
▲<6>完成ショット
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks)
PHOTO_弘田 充 ./ Mitsuru Hirota
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企画・監督:田中光敏/脚本:小松江里子/撮影:永田鉄男(A.F.C)/特撮監督:佛田洋/VFXスーパーバイザー:野口光一/出演:内野聖陽、ケナン・エジェ、忽那汐里、アリジャン・ユジェソイほか/製作:Ertugrul Film Partners(「海難1890」製作委員会&トルコ共和国文化観光省映画総局)/製作プロダクション:東映東京撮影所、東映京都撮影所、クリエイターズユニオン、Bocek Yapum
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